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そんな相手がいる筈もない。自分が好きなのは今目の前で私を組伏せている人。
「ジーン様は………それでいいのですか」
「考える猶予はなかったが、何の覚悟もせず君を抱いたわけではない」
ジーン様の言う覚悟とは、責任を取って本当に婚約するということだとわかる。
でもそれでいいのか。
「セレニア………君は自分が思っている以上に魅力的な女性だ。何も私は義務感だけで……命がかかっていたからだけではなく、きちんと私は君に欲望を感じていた。男はいつでも誰でもその気になるわけではない。その証拠に薬の効果が無くなるまで、私は君に何度も何度も精を放った」
「も、もういいです…やめてください……」
彼は今日の天気の話をしているかのように淡々と話すが、あまりに生々しすぎて聞いていられない。
「落ち着く時間はあげよう。どちらにしても婚約から婚姻までは一年は置くのが習わしだ。その間、ゆっくり私と結婚することについて考えればいい」
「一年経って、それでも結婚したくなかったら?」
そう言うとジーン様の口元が強張った。
「その時は……話し合おう。たが、結婚を念頭に置いた歩みよりの結果ならだ。ずっと拒否し続けての解消は受け入れない」
「ぜ、善処します」
花嫁になる気持ちで向き合い、それでもやっぱりだめなら、無理にとは言わない。そう譲歩してくれたが、それはジーン様も同じだと言おうとして黙った。
ジーン様だって、今は責任感でがちがちになっているだけで、冷静になれば、やっぱり私とはあり得ないと思うに違いない。
「…あの……カーターは?」
「カーターは顔に酷い火傷を負い、息が出来なくなって、数日もたなかった。父親は息子が勝手にやったことだと知らぬ存ぜぬを貫いている。ヴェイラート家も君を食事に招いたことは認めているが、君を無事に見送った後のことは知らないと言っている」
「カーターが………死んだ……」
私が暖炉に突き飛ばしたせいで負った火傷でカーターが死んだ。
直接手を下したわけではないが、その事実を聞いて身が震えた。
「私……私が……私のせい」
「落ち着け。彼は自業自得だ。もし生き永らえたとしても、あれほどの熱傷では苦しいだけだった。その上犯した罪を償わなければならず、ろくに治療もできなかっただろう。葬儀は既に済み、父親からも君には二度と近づかないと言質を取った。後はヴェイラート家だけだが、こちらは当主から家族、使用人までうまく口裏を合わせていてすぐには証拠がない」
申し訳ないとジーン様は仰るが、本当のところは叔父もどの程度関わっていたかわからない。それにヴェイラート伯爵も、ジーン様が手を出せないなら、どうもすることが出来ない。
「すいません……あの、ジーン様」
「何だ?」
「その……そろそろ離してくれませんか」
さっきから優しく腰を抱き、身を寄せられていることに戸惑う。
「君の震えが止まるまでもう少しこのままではだめか?」
カーターの死の話を聞いてから震え出した私を気遣ってくれているのはわかるが、意識し出すと別の意味で震えが止まらない。
「私は……どうしたらいいのでしょう……」
「何を?」
「お祖父様の跡を継いで頑張ってやってきたつもりです。カーサスさんのお店と契約してお祖父様の時よりも発展させようとしたのに……油断していたとは言え簡単に薬を飲まさせれて……ジーン様が来てくれなければどうなっていたか…………女の身で邸を切り盛りして事業を営むのやっぱり分不相応なのでしょうか」
思わず弱音を吐いてしまった。
それは祖父が亡くなって初めて口にする不安だった。
ジーン様に体を預け、心まで預けてしまったら私はどうなるのだろう。
期間限定の婚約だったのに、いつの間にか取り返しのつかないところまで来てしまった。
責任感のあるジーン様が取った行動を後悔しているようには見えないが、これが彼の望んだ結果と違うと思っていたなら、いつか二人の関係に皹が入るのではないだろうか。
「君はよくやっている。ナサニエルと交渉した時も言ったと思う。ただ、誰にも頼らないことが正しいとは限らない。一人で出きることには限界があることを知って、もう少し力を抜くことを覚えた方がいい。私だってそうだ。総大将として大軍を率いた重責に押し潰されそうになった時が何度もある」
「ジーン様がですか?想像できません」
「私だって人間だ。討伐のために体も鍛え備えに備えていても、何日も寝ないでいることはできないし、怪我もすれば病気にでもなる」
「怪我……怪我をされたのですか?…………すいません」
口にしてからそんなこともあるのだとバカな質問をしたと顔を赤らめた。
「謝る必要はない。私の怪我など怪我のうちに入らない。命を落としたものや、今でも後遺症に苦しんでいる者もいる。こうやって君に寄り添っていられるのは私一人の功績ではない。多くの命の犠牲があったからだ」
ジーン様の琥珀色の瞳に翳りが見え、泣きそうに見えた。五年間の魔獣討伐の遠征でジーン様が味わった苦しみは想像することしか出来ないが、それに比べれば私の苦しみがとてもちっぽけに思えた。
「ジーン様は………それでいいのですか」
「考える猶予はなかったが、何の覚悟もせず君を抱いたわけではない」
ジーン様の言う覚悟とは、責任を取って本当に婚約するということだとわかる。
でもそれでいいのか。
「セレニア………君は自分が思っている以上に魅力的な女性だ。何も私は義務感だけで……命がかかっていたからだけではなく、きちんと私は君に欲望を感じていた。男はいつでも誰でもその気になるわけではない。その証拠に薬の効果が無くなるまで、私は君に何度も何度も精を放った」
「も、もういいです…やめてください……」
彼は今日の天気の話をしているかのように淡々と話すが、あまりに生々しすぎて聞いていられない。
「落ち着く時間はあげよう。どちらにしても婚約から婚姻までは一年は置くのが習わしだ。その間、ゆっくり私と結婚することについて考えればいい」
「一年経って、それでも結婚したくなかったら?」
そう言うとジーン様の口元が強張った。
「その時は……話し合おう。たが、結婚を念頭に置いた歩みよりの結果ならだ。ずっと拒否し続けての解消は受け入れない」
「ぜ、善処します」
花嫁になる気持ちで向き合い、それでもやっぱりだめなら、無理にとは言わない。そう譲歩してくれたが、それはジーン様も同じだと言おうとして黙った。
ジーン様だって、今は責任感でがちがちになっているだけで、冷静になれば、やっぱり私とはあり得ないと思うに違いない。
「…あの……カーターは?」
「カーターは顔に酷い火傷を負い、息が出来なくなって、数日もたなかった。父親は息子が勝手にやったことだと知らぬ存ぜぬを貫いている。ヴェイラート家も君を食事に招いたことは認めているが、君を無事に見送った後のことは知らないと言っている」
「カーターが………死んだ……」
私が暖炉に突き飛ばしたせいで負った火傷でカーターが死んだ。
直接手を下したわけではないが、その事実を聞いて身が震えた。
「私……私が……私のせい」
「落ち着け。彼は自業自得だ。もし生き永らえたとしても、あれほどの熱傷では苦しいだけだった。その上犯した罪を償わなければならず、ろくに治療もできなかっただろう。葬儀は既に済み、父親からも君には二度と近づかないと言質を取った。後はヴェイラート家だけだが、こちらは当主から家族、使用人までうまく口裏を合わせていてすぐには証拠がない」
申し訳ないとジーン様は仰るが、本当のところは叔父もどの程度関わっていたかわからない。それにヴェイラート伯爵も、ジーン様が手を出せないなら、どうもすることが出来ない。
「すいません……あの、ジーン様」
「何だ?」
「その……そろそろ離してくれませんか」
さっきから優しく腰を抱き、身を寄せられていることに戸惑う。
「君の震えが止まるまでもう少しこのままではだめか?」
カーターの死の話を聞いてから震え出した私を気遣ってくれているのはわかるが、意識し出すと別の意味で震えが止まらない。
「私は……どうしたらいいのでしょう……」
「何を?」
「お祖父様の跡を継いで頑張ってやってきたつもりです。カーサスさんのお店と契約してお祖父様の時よりも発展させようとしたのに……油断していたとは言え簡単に薬を飲まさせれて……ジーン様が来てくれなければどうなっていたか…………女の身で邸を切り盛りして事業を営むのやっぱり分不相応なのでしょうか」
思わず弱音を吐いてしまった。
それは祖父が亡くなって初めて口にする不安だった。
ジーン様に体を預け、心まで預けてしまったら私はどうなるのだろう。
期間限定の婚約だったのに、いつの間にか取り返しのつかないところまで来てしまった。
責任感のあるジーン様が取った行動を後悔しているようには見えないが、これが彼の望んだ結果と違うと思っていたなら、いつか二人の関係に皹が入るのではないだろうか。
「君はよくやっている。ナサニエルと交渉した時も言ったと思う。ただ、誰にも頼らないことが正しいとは限らない。一人で出きることには限界があることを知って、もう少し力を抜くことを覚えた方がいい。私だってそうだ。総大将として大軍を率いた重責に押し潰されそうになった時が何度もある」
「ジーン様がですか?想像できません」
「私だって人間だ。討伐のために体も鍛え備えに備えていても、何日も寝ないでいることはできないし、怪我もすれば病気にでもなる」
「怪我……怪我をされたのですか?…………すいません」
口にしてからそんなこともあるのだとバカな質問をしたと顔を赤らめた。
「謝る必要はない。私の怪我など怪我のうちに入らない。命を落としたものや、今でも後遺症に苦しんでいる者もいる。こうやって君に寄り添っていられるのは私一人の功績ではない。多くの命の犠牲があったからだ」
ジーン様の琥珀色の瞳に翳りが見え、泣きそうに見えた。五年間の魔獣討伐の遠征でジーン様が味わった苦しみは想像することしか出来ないが、それに比べれば私の苦しみがとてもちっぽけに思えた。
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