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『狂乱の淑女』
今では大陸中で禁止されている薬物である。
それを口にした女性はまさしく狂乱してしまう。
同じものを飲んでも男はひどく酒に酔ったようにはなるが、吐き戻してしまえば多少の頭痛が残る程度だ。
誰が作ったのか。恐らく悪事のために他のものを作ろうとして出来上がったのだろう。
ほんの少し前、我々が魔獣討伐に赴いている間に、密かに問題になっていらしい。
唯一の対処法は男の精を注ぎ込むこと。男の精が子宮に注がれることにより、中和される。それが叶わなければいつまでも体が発情したまま苦しむことになり、衰弱して最悪死に至るか、気が触れる。
しかも服用した量にもよるが、たった一度では治まらない。
狂ったように男を求める。
ご禁制のその薬をカーターは手に入れ、セレニアに飲ませた。その量はわからない。
リックスがセレニアが帰ってこないと飛び込んできたのは夜遅く。
ナサニエルが首都に行くのを送り出し、クリオも明日には戻ると言うので、二人で今夜は酒を飲み交わそうと話していたところだった。
明日の夜にはセレニアがやってくる。クリオも気遣って明日帰ると申し出たのだろう。
「なんだと、病み上がりなのにどこへ行った!」
「その、ヴェイラート家から晩餐の招待があって出掛けたのですが、あちらはとっくに出たと」
「ヘドリック、すぐにヴェイラート家に人を送れ……いや、私が行く。馬の用意をしろ」
「ジーン様……旦那様がそこまで…」
ヘドリックが止めようとしたが、聞き入れるつもりはなかった。
「相手は伯爵だ。私でなければ、向こうも知っていたとしても何も話さんだろう」
「私たちも参ります」
クリオとベラーシュを連れて、暗くなった道を馬に乗りヴェイラート家に向かった。
「大将、あれ」
視力のいいベラーシュが木々の向こうから夜空に立ち昇る白い煙を見つけて指差した。
「あちらには何があるのですか?」
クリオに訊かれ、すぐに思い出した。
「あっちは今は使われていない昔の木こり小屋がある」
嫌な予感がして、そちらへ馬の首を向ける。
「いくぞ!」
馬の腹を蹴り一気に駆け出した。
小屋に近づくと、外には一頭の馬が繋がれていて中から男の呻き声が聞こえた。
「気を付けろ」
二人に声をかけていざという時のために腰に帯びた剣の柄に手を掛ける。
「私が開けます」
クリオが言って扉に手を掛けるのを見ながら身構える。
バン!
勢いよく扉を開けて中になだれ込むと、まず手足を縛られた状態のセレニアが目に入った。
柄から手を離し彼女に駆け寄る。
「ジ……」
来たのが誰かわかって彼女はホッとした表情を見せたが、何か様子がおかしかった。
熱でもあるのか体が衣服の上からでも熱い。
何やら薬を飲まされている。
一瞬毒を疑ったが、彼女は首を振ってそれを否定するので、自分が何を飲まされたかわかっているようだった。
たどたどしく荒い呼吸の下から絞り出した言葉を聞いて、クリオがその名を口にした。
そのまま彼女は僅かな痙攣と共に意識が朦朧とし出し、顔に火傷を負い、もはや顔の判別も難しくなったカーターをベラーシュに任せて、クリオと共に胸にセレニアを抱いてドリフォルト家ではなくビッテルバーク邸へと向かった。
「ジ……ジーン……ジーンさ……」
振り落とさないよう彼女をきつく抱きしめると、うわ言のように私の名を呼んでいる。
「苦しいか、セレニア……もう少しだ我慢しろ」
火照った頬を私の胸に擦り付け、腕の中で身悶えしているその顔があまりに扇情的で目を見張った。
とろりとした青い瞳が見上げてきて、それが薬のせいと知りながら、胸の鼓動が跳ね上がった。
「ジーン……さま……はあ……」
熱い吐息が彼女の口から洩れて喉にかかると、ぞくりと背中を快感が駆け抜け、ぞわりと肌が粟立つのがわかった。
馬から落ちなかったのは奇跡だ。
長い討伐での体に染み付いた経験が、何とか落馬を阻止した。
「大丈夫ですか、閣下。一瞬体が揺らぎましたが」
すぐ後ろから付いてきていたクリオが横に躍り出て訊ねる。
「大事ない。少し……動揺しただけだ」
ぐったりと体の力が抜けた彼女の頭を後ろから抱え込み、腕を廻して彼女をさらに引き寄せた。
たとえ信頼の置ける部下でも、発情して瞳を潤ませた彼女の顔を見せたくはなかった。
今では大陸中で禁止されている薬物である。
それを口にした女性はまさしく狂乱してしまう。
同じものを飲んでも男はひどく酒に酔ったようにはなるが、吐き戻してしまえば多少の頭痛が残る程度だ。
誰が作ったのか。恐らく悪事のために他のものを作ろうとして出来上がったのだろう。
ほんの少し前、我々が魔獣討伐に赴いている間に、密かに問題になっていらしい。
唯一の対処法は男の精を注ぎ込むこと。男の精が子宮に注がれることにより、中和される。それが叶わなければいつまでも体が発情したまま苦しむことになり、衰弱して最悪死に至るか、気が触れる。
しかも服用した量にもよるが、たった一度では治まらない。
狂ったように男を求める。
ご禁制のその薬をカーターは手に入れ、セレニアに飲ませた。その量はわからない。
リックスがセレニアが帰ってこないと飛び込んできたのは夜遅く。
ナサニエルが首都に行くのを送り出し、クリオも明日には戻ると言うので、二人で今夜は酒を飲み交わそうと話していたところだった。
明日の夜にはセレニアがやってくる。クリオも気遣って明日帰ると申し出たのだろう。
「なんだと、病み上がりなのにどこへ行った!」
「その、ヴェイラート家から晩餐の招待があって出掛けたのですが、あちらはとっくに出たと」
「ヘドリック、すぐにヴェイラート家に人を送れ……いや、私が行く。馬の用意をしろ」
「ジーン様……旦那様がそこまで…」
ヘドリックが止めようとしたが、聞き入れるつもりはなかった。
「相手は伯爵だ。私でなければ、向こうも知っていたとしても何も話さんだろう」
「私たちも参ります」
クリオとベラーシュを連れて、暗くなった道を馬に乗りヴェイラート家に向かった。
「大将、あれ」
視力のいいベラーシュが木々の向こうから夜空に立ち昇る白い煙を見つけて指差した。
「あちらには何があるのですか?」
クリオに訊かれ、すぐに思い出した。
「あっちは今は使われていない昔の木こり小屋がある」
嫌な予感がして、そちらへ馬の首を向ける。
「いくぞ!」
馬の腹を蹴り一気に駆け出した。
小屋に近づくと、外には一頭の馬が繋がれていて中から男の呻き声が聞こえた。
「気を付けろ」
二人に声をかけていざという時のために腰に帯びた剣の柄に手を掛ける。
「私が開けます」
クリオが言って扉に手を掛けるのを見ながら身構える。
バン!
勢いよく扉を開けて中になだれ込むと、まず手足を縛られた状態のセレニアが目に入った。
柄から手を離し彼女に駆け寄る。
「ジ……」
来たのが誰かわかって彼女はホッとした表情を見せたが、何か様子がおかしかった。
熱でもあるのか体が衣服の上からでも熱い。
何やら薬を飲まされている。
一瞬毒を疑ったが、彼女は首を振ってそれを否定するので、自分が何を飲まされたかわかっているようだった。
たどたどしく荒い呼吸の下から絞り出した言葉を聞いて、クリオがその名を口にした。
そのまま彼女は僅かな痙攣と共に意識が朦朧とし出し、顔に火傷を負い、もはや顔の判別も難しくなったカーターをベラーシュに任せて、クリオと共に胸にセレニアを抱いてドリフォルト家ではなくビッテルバーク邸へと向かった。
「ジ……ジーン……ジーンさ……」
振り落とさないよう彼女をきつく抱きしめると、うわ言のように私の名を呼んでいる。
「苦しいか、セレニア……もう少しだ我慢しろ」
火照った頬を私の胸に擦り付け、腕の中で身悶えしているその顔があまりに扇情的で目を見張った。
とろりとした青い瞳が見上げてきて、それが薬のせいと知りながら、胸の鼓動が跳ね上がった。
「ジーン……さま……はあ……」
熱い吐息が彼女の口から洩れて喉にかかると、ぞくりと背中を快感が駆け抜け、ぞわりと肌が粟立つのがわかった。
馬から落ちなかったのは奇跡だ。
長い討伐での体に染み付いた経験が、何とか落馬を阻止した。
「大丈夫ですか、閣下。一瞬体が揺らぎましたが」
すぐ後ろから付いてきていたクリオが横に躍り出て訊ねる。
「大事ない。少し……動揺しただけだ」
ぐったりと体の力が抜けた彼女の頭を後ろから抱え込み、腕を廻して彼女をさらに引き寄せた。
たとえ信頼の置ける部下でも、発情して瞳を潤ませた彼女の顔を見せたくはなかった。
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