【完結:R18】女相続人と辺境伯

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
30 / 68

29

しおりを挟む
『狂乱の淑女』

今では大陸中で禁止されている薬物である。

それを口にした女性はまさしく狂乱してしまう。
同じものを飲んでも男はひどく酒に酔ったようにはなるが、吐き戻してしまえば多少の頭痛が残る程度だ。
誰が作ったのか。恐らく悪事のために他のものを作ろうとして出来上がったのだろう。

ほんの少し前、我々が魔獣討伐に赴いている間に、密かに問題になっていらしい。

唯一の対処法は男の精を注ぎ込むこと。男の精が子宮に注がれることにより、中和される。それが叶わなければいつまでも体が発情したまま苦しむことになり、衰弱して最悪死に至るか、気が触れる。

しかも服用した量にもよるが、たった一度では治まらない。

狂ったように男を求める。

ご禁制のその薬をカーターは手に入れ、セレニアに飲ませた。その量はわからない。

リックスがセレニアが帰ってこないと飛び込んできたのは夜遅く。

ナサニエルが首都に行くのを送り出し、クリオも明日には戻ると言うので、二人で今夜は酒を飲み交わそうと話していたところだった。
明日の夜にはセレニアがやってくる。クリオも気遣って明日帰ると申し出たのだろう。

「なんだと、病み上がりなのにどこへ行った!」

「その、ヴェイラート家から晩餐の招待があって出掛けたのですが、あちらはとっくに出たと」

「ヘドリック、すぐにヴェイラート家に人を送れ……いや、私が行く。馬の用意をしろ」

「ジーン様……旦那様がそこまで…」

ヘドリックが止めようとしたが、聞き入れるつもりはなかった。

「相手は伯爵だ。私でなければ、向こうも知っていたとしても何も話さんだろう」

「私たちも参ります」

クリオとベラーシュを連れて、暗くなった道を馬に乗りヴェイラート家に向かった。

「大将、あれ」

視力のいいベラーシュが木々の向こうから夜空に立ち昇る白い煙を見つけて指差した。

「あちらには何があるのですか?」

クリオに訊かれ、すぐに思い出した。

「あっちは今は使われていない昔の木こり小屋がある」

嫌な予感がして、そちらへ馬の首を向ける。

「いくぞ!」

馬の腹を蹴り一気に駆け出した。

小屋に近づくと、外には一頭の馬が繋がれていて中から男の呻き声が聞こえた。

「気を付けろ」

二人に声をかけていざという時のために腰に帯びた剣の柄に手を掛ける。

「私が開けます」

クリオが言って扉に手を掛けるのを見ながら身構える。

バン!

勢いよく扉を開けて中になだれ込むと、まず手足を縛られた状態のセレニアが目に入った。

柄から手を離し彼女に駆け寄る。

「ジ……」

来たのが誰かわかって彼女はホッとした表情を見せたが、何か様子がおかしかった。

熱でもあるのか体が衣服の上からでも熱い。

何やら薬を飲まされている。

一瞬毒を疑ったが、彼女は首を振ってそれを否定するので、自分が何を飲まされたかわかっているようだった。

たどたどしく荒い呼吸の下から絞り出した言葉を聞いて、クリオがその名を口にした。

そのまま彼女は僅かな痙攣と共に意識が朦朧とし出し、顔に火傷を負い、もはや顔の判別も難しくなったカーターをベラーシュに任せて、クリオと共に胸にセレニアを抱いてドリフォルト家ではなくビッテルバーク邸へと向かった。

「ジ……ジーン……ジーンさ……」

振り落とさないよう彼女をきつく抱きしめると、うわ言のように私の名を呼んでいる。

「苦しいか、セレニア……もう少しだ我慢しろ」

火照った頬を私の胸に擦り付け、腕の中で身悶えしているその顔があまりに扇情的で目を見張った。

とろりとした青い瞳が見上げてきて、それが薬のせいと知りながら、胸の鼓動が跳ね上がった。

「ジーン……さま……はあ……」

熱い吐息が彼女の口から洩れて喉にかかると、ぞくりと背中を快感が駆け抜け、ぞわりと肌が粟立つのがわかった。

馬から落ちなかったのは奇跡だ。

長い討伐での体に染み付いた経験が、何とか落馬を阻止した。

「大丈夫ですか、閣下。一瞬体が揺らぎましたが」

すぐ後ろから付いてきていたクリオが横に躍り出て訊ねる。

「大事ない。少し……動揺しただけだ」

ぐったりと体の力が抜けた彼女の頭を後ろから抱え込み、腕を廻して彼女をさらに引き寄せた。

たとえ信頼の置ける部下でも、発情して瞳を潤ませた彼女の顔を見せたくはなかった。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

処理中です...