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ビッテルバーク辺境伯、ジーンクリフトは招待客が続々と到着するのを玄関で出迎える。
「ようこそ、デンヒルト卿」
「やあ、ビッテルバーク卿、招待ありがとう」
首都からの招待客の何人かは数日前に到着しており、そのもてなしのためにこの数日はセレニアの所に行くことが出来ないでいた。
ベラーシュが毎日彼女の所へ行き、様子を伝えてくれているので、あの叔父とその息子を始め、彼女を悩ませる親戚が来ていないことはわかっていたが、このところ毎日飲んでいた彼女のお茶が飲めないことが残念でならなかった。
招待客の中には年頃の令嬢を連れた貴族も何人かおり、宴が始まるより先に彼女たちとの交流に既に疲れかけていた。
結婚相手を探すと決めたのは自分だが、いざ始めてみると、彼女たちの相手は魔獣と戦うより彼の神経を磨り減らした。
こんなに女性との会話は難しいものだったか?
姪にあたる王女たちの姦しい会話はうるさくもあるが、あどけなくて可愛いと思う。しかし年頃の女性の会話は、首都での流行りの衣裳の話や誰かの噂話が中心で、まるで中身がないことが多いと気付いた。
あの夜会で出会ったメリルリース嬢は、少し違った。
殆ど一目惚れだったが、彼女の何に惹かれたのか、求婚を断りに彼女が来た後に考えた。
それは彼女が始めから自分にまったく興味を持っていなかったから、特別に感じたのだと後になって思い至った。
加えて彼女には思い人がいて、だからこそ彼女の一途さ、思い人と結ばれないと思っている切なさが滲み出ていて、それが自分の心を打った。
「総大将……ビッテルバーク閣下」
そんな彼の物思いを打ち破るように声をかけてきた人物がいた。
「やあ、クリオ、ナサニエル、久しぶりだな」
自分を総大将と呼ぶ若者たちに意識を向ける。
「急に呼び立てて悪かったな」
「いえ、ちょうど次の仕事に入る前にのんびりしていたところですから」
自分と同じ位の背丈で短めの明るい栗毛にグレイの瞳をしたクリオ・ロータフは、従軍医師としてジーンクリフトの部隊で働いていた。
伯爵家の三男である彼は家を継がないため、手に職を持ち独り立ちしている。
ナサニエル・カーサスもジーンクリフトやクリオ程ではないが、背も高く、華やかな赤毛と琥珀色の瞳の溌剌とした青年だった。彼は首都でも指折りの商家の次男坊で、補給部隊の副官としてジーンクリフトの補佐的役割を担っていた。
「それより遅くなってすいません。後一日早く着くつもりが、途中で馬の蹄鉄が外れたりして思わず時間がかかってしまいました」
「いや、大丈夫だ。首都から遠いのにすまない。もし良かったら風呂の用意でもするが……」
「お気遣いありがとうございます。ギリギリだと思い、手前の街で身支度を整えてきましたので」
「そうか……料理も酒もたっぷりある。楽しんでくれ」
「ありがとうございます。それから、これを陛下から預かって参りました」
クリオがすっと懐から一通の封筒を差し出す。
「陛下から?」
蝋で封印されているものの、そこには正式な刻印はされておらず、私信であることがわかる。
「本当に陛下からなのだな」
「はい」
「わかった」
丁度招待客が途切れたので、隅に寄って中の手紙を読んでいると、メリッサが声をかけてきた。
「旦那様……」
「メリッサ、セレニアは?」
手紙を内側に収め振り返った。
宴の支度のために彼女の家に行っていたメリッサが戻ってきたということは、彼女も来たということだ。
「正面から来るのは恥ずかしいと言うので、中から通しました。既に会場におります」
「そうか、メリッサから見て彼女の仕上がりはどうだ?」
今日のためにメリッサが知り合いで首都でも有名な仕立屋を手配したのは知っていた。
「旦那様がきっと後悔なさると思いますよ」
「……どういうことだ?」
訳知り顔でメリッサが言うので、そんなにひどいのかと気色ばむ。
玄関から開け放たれた会場の扉を潜り抜け、中へ足を踏み入れると、皆がこちらに注目する。
「お集まりの皆さん、私ことジーンクリフト・ビッテルバークはこのとおり無事の帰還を果たすことができました。本日は遅ればせながら、皆さんと無事の帰還を共に喜び合いたいと思い、細やかではございますが宴席を設けました。これから暫くは魔獣の驚異に怯えることなく過ごすことができるでしょう。宴にお越しいただきありがとうございます」
一段高い場所から皆に向かって挨拶をすると、会場から拍手が沸き起こった。
「それでは暫くお楽しみください」
そう言って壇上を降りると、忽ち大勢の人たちに囲まれ、一人一人に声を掛けて回った。
先に到着して接待していた令嬢たちに加えて領地内や近くに住む令嬢たちも次々と名乗り、覚えが悪い方ではないはずの彼も途中から誰が誰やらわからなくなってきた。
「失礼、皆さんに挨拶しなくてはなりませんので…」
そう言って彼女たちから離れてセレニアを探した。
窓辺付近まで行き、ようやくクリオとナサニエルの側に立つ背の高いセレニアを見つけることが出来た。
「セレニア……」
こちらを向いて立つクリオの方を向いていたので、最初目に入ったのは彼女の後ろ姿だった。
近づき声をかけた自分を振り返った彼女を見て、一瞬息を飲んだ。
ひらりと長い後ろに付いた光沢のある生地がまるで蜻蛉の羽のようにも見え、後ろに長い裾に付いた細かい石が紺地の上で煌めいている。
うっすらと化粧を施し、着飾った彼女は自分の知っているセレニアではなかった。
「ようこそ、デンヒルト卿」
「やあ、ビッテルバーク卿、招待ありがとう」
首都からの招待客の何人かは数日前に到着しており、そのもてなしのためにこの数日はセレニアの所に行くことが出来ないでいた。
ベラーシュが毎日彼女の所へ行き、様子を伝えてくれているので、あの叔父とその息子を始め、彼女を悩ませる親戚が来ていないことはわかっていたが、このところ毎日飲んでいた彼女のお茶が飲めないことが残念でならなかった。
招待客の中には年頃の令嬢を連れた貴族も何人かおり、宴が始まるより先に彼女たちとの交流に既に疲れかけていた。
結婚相手を探すと決めたのは自分だが、いざ始めてみると、彼女たちの相手は魔獣と戦うより彼の神経を磨り減らした。
こんなに女性との会話は難しいものだったか?
姪にあたる王女たちの姦しい会話はうるさくもあるが、あどけなくて可愛いと思う。しかし年頃の女性の会話は、首都での流行りの衣裳の話や誰かの噂話が中心で、まるで中身がないことが多いと気付いた。
あの夜会で出会ったメリルリース嬢は、少し違った。
殆ど一目惚れだったが、彼女の何に惹かれたのか、求婚を断りに彼女が来た後に考えた。
それは彼女が始めから自分にまったく興味を持っていなかったから、特別に感じたのだと後になって思い至った。
加えて彼女には思い人がいて、だからこそ彼女の一途さ、思い人と結ばれないと思っている切なさが滲み出ていて、それが自分の心を打った。
「総大将……ビッテルバーク閣下」
そんな彼の物思いを打ち破るように声をかけてきた人物がいた。
「やあ、クリオ、ナサニエル、久しぶりだな」
自分を総大将と呼ぶ若者たちに意識を向ける。
「急に呼び立てて悪かったな」
「いえ、ちょうど次の仕事に入る前にのんびりしていたところですから」
自分と同じ位の背丈で短めの明るい栗毛にグレイの瞳をしたクリオ・ロータフは、従軍医師としてジーンクリフトの部隊で働いていた。
伯爵家の三男である彼は家を継がないため、手に職を持ち独り立ちしている。
ナサニエル・カーサスもジーンクリフトやクリオ程ではないが、背も高く、華やかな赤毛と琥珀色の瞳の溌剌とした青年だった。彼は首都でも指折りの商家の次男坊で、補給部隊の副官としてジーンクリフトの補佐的役割を担っていた。
「それより遅くなってすいません。後一日早く着くつもりが、途中で馬の蹄鉄が外れたりして思わず時間がかかってしまいました」
「いや、大丈夫だ。首都から遠いのにすまない。もし良かったら風呂の用意でもするが……」
「お気遣いありがとうございます。ギリギリだと思い、手前の街で身支度を整えてきましたので」
「そうか……料理も酒もたっぷりある。楽しんでくれ」
「ありがとうございます。それから、これを陛下から預かって参りました」
クリオがすっと懐から一通の封筒を差し出す。
「陛下から?」
蝋で封印されているものの、そこには正式な刻印はされておらず、私信であることがわかる。
「本当に陛下からなのだな」
「はい」
「わかった」
丁度招待客が途切れたので、隅に寄って中の手紙を読んでいると、メリッサが声をかけてきた。
「旦那様……」
「メリッサ、セレニアは?」
手紙を内側に収め振り返った。
宴の支度のために彼女の家に行っていたメリッサが戻ってきたということは、彼女も来たということだ。
「正面から来るのは恥ずかしいと言うので、中から通しました。既に会場におります」
「そうか、メリッサから見て彼女の仕上がりはどうだ?」
今日のためにメリッサが知り合いで首都でも有名な仕立屋を手配したのは知っていた。
「旦那様がきっと後悔なさると思いますよ」
「……どういうことだ?」
訳知り顔でメリッサが言うので、そんなにひどいのかと気色ばむ。
玄関から開け放たれた会場の扉を潜り抜け、中へ足を踏み入れると、皆がこちらに注目する。
「お集まりの皆さん、私ことジーンクリフト・ビッテルバークはこのとおり無事の帰還を果たすことができました。本日は遅ればせながら、皆さんと無事の帰還を共に喜び合いたいと思い、細やかではございますが宴席を設けました。これから暫くは魔獣の驚異に怯えることなく過ごすことができるでしょう。宴にお越しいただきありがとうございます」
一段高い場所から皆に向かって挨拶をすると、会場から拍手が沸き起こった。
「それでは暫くお楽しみください」
そう言って壇上を降りると、忽ち大勢の人たちに囲まれ、一人一人に声を掛けて回った。
先に到着して接待していた令嬢たちに加えて領地内や近くに住む令嬢たちも次々と名乗り、覚えが悪い方ではないはずの彼も途中から誰が誰やらわからなくなってきた。
「失礼、皆さんに挨拶しなくてはなりませんので…」
そう言って彼女たちから離れてセレニアを探した。
窓辺付近まで行き、ようやくクリオとナサニエルの側に立つ背の高いセレニアを見つけることが出来た。
「セレニア……」
こちらを向いて立つクリオの方を向いていたので、最初目に入ったのは彼女の後ろ姿だった。
近づき声をかけた自分を振り返った彼女を見て、一瞬息を飲んだ。
ひらりと長い後ろに付いた光沢のある生地がまるで蜻蛉の羽のようにも見え、後ろに長い裾に付いた細かい石が紺地の上で煌めいている。
うっすらと化粧を施し、着飾った彼女は自分の知っているセレニアではなかった。
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