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邸に戻るとヘドリックが慌てて出迎えた。

「ずいぶん長いお出掛けでしたね」
「ドリフォルト家に立ち寄っていた」
「ドリフォルト家……ああ、さようでございましたか……セレニア嬢はお元気でしたか?」
「まあ……祖父殿が亡くなって色々苦労しているようだ。ややこしい親類がいるみたいだな」
「今朝もですか……」
「知っていたのか?」

知っていたのに何も教えてくれなかったことに非難がましい目で見た。

「領内で噂にはなっていました。彼女はきっと誰にも頼らず自分で解決するつもりでしょうが、向こうもなかなか諦めが悪いようです」
「そのようだな……彼女は祖父に代わってずっと前から家のことや家業を切り盛りしていると言っていたが、能力はあるようだ」
「実際、去年はかなりの茶葉が収穫できたようです。質も良く、首都でも評判だとか。大量生産していなくて市場に出回る数も限られているので更に価値が高くなっているようです」
「討伐先でも評価が高かった。そなたが送ってくれる茶葉でもてなした各国の代表も喜んでいた」

玄関から真っ直ぐ執務室へ行くと山積みになった書類が目に入った。うんざりしてヘドリックを見ると、彼は涼しい顔をしている。

「それだけうまくやりくりしていても、やはり女性だというだけで、色々と大変なようだ」

これも自分の責務だと諦めて椅子に座り、一番上から片付けにかかった。

「ところで、なぜ彼女は今も独身なんだ?もうとっくに結婚して子どもがいてもおかしくない年だろう」
「それを旦那様がおっしゃいますか……」

自分の父よりは少し若いヘドリックがタメ息とともに見返す。

「わかっている。だが、私より彼女の方が結婚すれば色々な問題が解決すると思うが」
「……まさかと思いますが、彼女にもそうおっしゃいましたか?結婚はしないのかとか」
「言ったが?」

その時のやりとりをヘドリックに話すと、彼は頭を抱えた。

「それで、彼女が言った自分を卑下する言葉に対して旦那様は否定されなかったのですか」
「否定というか……そうは思っていないから肯定もしなかったが」
「同じです。嘘でも君の思い過ごしだと言わなければ、旦那様も彼女が自分で言うように思っていると認めたようなものです」

あの時の彼女の顔が曇ったのはだからなのか。

「いいですか、女性は私なんて……と自分で自分を卑下した言い方をしますが、そんなことはないと心の中では思っているのです。自分で自分が嫌っている部分について揶揄しても、他人からそのことを指摘されれば傷つくんです。彼女は自分が他の女性より背が高くて女性らしい体つきでないことを気に病んでいるのです」

「しかし、私は気にしたことはないぞ。気になったこともない。彼女は良き隣人だったサイラスの孫で、私にも彼女はサイラス同様良き隣人だ」

「確かに彼女は勤勉で利口で思いやりがありますが、成熟した一人の女性なのですよ。旦那様が人を見る目があって人を使うのはお上手ですが、女性の扱いはまるでなっていませんね」

「どういう意味だ……確かに女性の扱いに長けているとは言わないが」

残念なものを見るようなヘドリックの視線が痛い。自分の言動が祖父を亡くしたばかりの彼女をさらに傷つけたのだと言われてショックを受けた。

「私は……そうか……」
「長い目で見れば、セレニア様は好ましい方だと思いますが、同年代の者からすれば、決して結婚相手に求める要件を備えていらっしゃるとは言えません。自分より背が高い女性は忌避すべきところだと考えるものです。まして経営の才能もあって男性なら称賛される能力も、女性であるが故にそれがかえって悪目立ちします。セレニア様もそう思われているのでしょう。亡くなったドリフォルト卿ご夫妻も、それを心配されていました。磨けば輝く宝石の価値を見抜く人材がいないとね」

「充分に美しいと思うが……」

「いっそのこと、旦那様が結婚してさしあげてはどうですか?そうすればお互いに問題は解決です」

「馬鹿なことを……馬の繁殖とわけが違う。彼女にも好みというものがあるだろう。そんな手近で済ませるようなことは失礼だ」

冗談にしては趣味が悪すぎる。彼女にも選ぶ権利がある。

「旦那様の条件は悪くないと思いますが、何よりセレニア嬢よりも更に背が高い。亡くなった先代様も身分など気にせずビッテルバーク辺境伯家を立派に切り盛りする方を旦那様の伴侶にお望みでした。魔獣の氾濫はひとまず収まりましたが、ビッテルバーク家は定期的に彼の地を見廻り次の討伐の時期を早期に見定めるという任がございます。温室育ちのご令嬢ではとても勤まりません。それとも旦那様はセレニア様がお気に召しませんか?」

半ば冗談だと思っていたが、亡くなった両親の意向まで持ち出すところを見ると、ヘドリックが思った以上に真面目に考えているのだとわかった。

彼の仕事振りには絶大な信頼を持っているが、このような提案をしてくる人物だったとかと、古参の家令の顔をまじまじと見つめた。
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