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「閣下も……私が祖父の後を継ぐのは力不足だと思いますか?」
責めるように聞こえたら仕方ない。けれどずっと祖父が亡くなってから言われ続けてきた言葉を彼からも聞こうとは思わなかった。
「すまない。私の言い方が悪かった。その逆だ。ここに足を踏み入れて屋敷を見ただけでも手入れが行き渡り、うまく運営されているのがわかる。この居間もとても居心地がいい。お祖父様の采配だと思っていたが、君がやってきたと知って感心したんだ」
心の底から申し訳なさそうに言う彼を見て、私が拘り過ぎたとわかった。
「私こそ……閣下のお言葉を勘繰るようなことを申しました。このところ色々ありましたので……」
「私もとは、君ではお祖父様の跡継ぎは頼りないと誰かが?さっきもそれで?」
彼にはすでに現場を見られているので今さら取り繕いもできない。素直に頷いた。
「私が何度も大丈夫だと言っても親類は信用しないのです。さっきの叔父…祖父の嫁いだ姉の子なのですが、女手だけでは不安だと……早く身を固めてきちんとするべきだと言って…財産目当ての変な男に騙される前に息子のカーターとと……」
先ほどの若者を思い出しているようだ。
「まあ、人の好みはそれぞれだから、君がそれでいいなら」
「全然です!彼は昔から偉そうで使用人を人と思っていないし、怠惰で女にだらしなくて、あんなのと結婚なんて、うちの馬とした方がよっぽどいいわ」
一気に捲し立て、唖然としている閣下を見て取り乱してしまったことに気づいて咳払いする。
「何度も断っているのに諦めてくれないんです」
「それなら早く誰か自分が思う人と身を固めたら……」
話の流れからそう言われるとは思っていたが、彼の口から言われると胸が痛んだ。
「この街で私を妻にしたい人はいません……殆どが私より背が低いか同じくらいで……」
「ここならそうかも知れないが、視野を広げて首都になら……」
「地方の……日に焼けて大して美人でもなく、背が高くて女らしくなくて二十五になる女を妻にしたい男性など……ましてや財産は妻が握っているのをよしとする人がどれ程いると思いますか?現実的に見て、まずいないでしょう」
自嘲気味に言うと、彼も返答に困った様子だった。反論がないということは彼も少なからずそう思っているのだろう。
「……勤勉で家族思いで利口で、君の良さをわかってくれる人はそこそこいると思うが……」
美しいとか女らしいとかの言葉が彼から出なかったのが、彼の私に対する評価がどんなのかわかる。
「閣下こそ、そろそろ花嫁を迎える必要があるのではないですか?私と違って後継者が必要でしょう?私は……もし私の代で我が家が終わるなら、閣下に全て返上すればいいのですから」
「痛いところを……確かに跡継ぎの件は避けて通れない問題だな……」
「まずは花嫁からですよね。領民としては気になるところですが、ご予定でも……」
いつ私には関係ないことだと遮られるかと思いながら訊ねた。もしあると言われたらどうしようと思いながら……
「ビッテルバーク家の使命を知っているか?」
唐突に彼が言った。
「えっと……魔獣の氾濫に備えてランギルグの森を巡察し、氾濫の折りには討伐隊を率いる?」
それはこの辺りの……この国の者なら誰もが知る話だった。
「そのとおり、今回の氾濫が終わり、次は数百年後。この先二百年はあの森も術士たちのお陰で穏やかだろう」
「はい」
なぜ、花嫁の話からビッテルバーク家の話になるのだろう。不思議に思ったが口を挟むべきでないと思って黙って頷いた。
「辺境伯と言う身分も、華やかに思われるだろうが、やはり辺境の地に領地を構えている分、首都にいる者からは嫌煙されやすい。田舎暮らしを我慢できる者でなければ、勤まらない」
「この辺りの者なら、そのようなことでは臆する者はおりません。その気になれば閣下個人を見て花嫁に成りたがる女性が列をなすでしょう。その中から好きに選ばれればよいではありませんか」
その列に私が並んだとしても選ばれないだろうことはわかる。
「どうだろうね……欲を言えば、私の心が動いた相手と連れ添いたいとは思う。共に過ごし、自分の子を産んでくれる人なのだから」
「閣下なら、いくらでも見つけられますわ」
「だといいが、近々帰還を祝う夜会を開こうと思う。セレニアも喪中かもしれないが、隣人として来てもらえるか?」
「是非……」
紅茶を飲み終え、彼が立ち上がった。
「すっかりご馳走になった。ごちそうさま。急に訪ねてきてすまなかった」
「こちらこそ、お悔やみをありがとうございます」
束の間の時間だったが、久し振りに彼と話ができて嬉しかった。
玄関まで彼を見送りにでて、繋いでいた馬を使用人が連れてくるのを待つ。日はすっかり高くなっている。
「長い間お引き留めして申し訳ありませんでした」
「こちらこそ、美味しいお茶をありがとう」
手綱を受け取りさっと跨がるのを見て何をやっても様になると思った。
「もし、今日みたいなことがあって対処しきれないことがあれば、いつでも相談に乗るから遠慮なく言いなさい」
「ありがとうございます…ですがお気持ちだけ頂いておきます。今日は閣下のお陰で助かりましたが、できるだけ閣下のお手を煩わせないよう、自分で対処します」
いくら隣人のよしみだからと言っても、これくらいのことが対処できなければ、これからずっと頼るわけにはいかない。
私の答えに彼は何か言いたそうな顔で見下ろしていたが、私は目を合わせることなく深々と頭を垂れて、彼の馬が見えなくなるまで頭を上げなかった。
責めるように聞こえたら仕方ない。けれどずっと祖父が亡くなってから言われ続けてきた言葉を彼からも聞こうとは思わなかった。
「すまない。私の言い方が悪かった。その逆だ。ここに足を踏み入れて屋敷を見ただけでも手入れが行き渡り、うまく運営されているのがわかる。この居間もとても居心地がいい。お祖父様の采配だと思っていたが、君がやってきたと知って感心したんだ」
心の底から申し訳なさそうに言う彼を見て、私が拘り過ぎたとわかった。
「私こそ……閣下のお言葉を勘繰るようなことを申しました。このところ色々ありましたので……」
「私もとは、君ではお祖父様の跡継ぎは頼りないと誰かが?さっきもそれで?」
彼にはすでに現場を見られているので今さら取り繕いもできない。素直に頷いた。
「私が何度も大丈夫だと言っても親類は信用しないのです。さっきの叔父…祖父の嫁いだ姉の子なのですが、女手だけでは不安だと……早く身を固めてきちんとするべきだと言って…財産目当ての変な男に騙される前に息子のカーターとと……」
先ほどの若者を思い出しているようだ。
「まあ、人の好みはそれぞれだから、君がそれでいいなら」
「全然です!彼は昔から偉そうで使用人を人と思っていないし、怠惰で女にだらしなくて、あんなのと結婚なんて、うちの馬とした方がよっぽどいいわ」
一気に捲し立て、唖然としている閣下を見て取り乱してしまったことに気づいて咳払いする。
「何度も断っているのに諦めてくれないんです」
「それなら早く誰か自分が思う人と身を固めたら……」
話の流れからそう言われるとは思っていたが、彼の口から言われると胸が痛んだ。
「この街で私を妻にしたい人はいません……殆どが私より背が低いか同じくらいで……」
「ここならそうかも知れないが、視野を広げて首都になら……」
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自嘲気味に言うと、彼も返答に困った様子だった。反論がないということは彼も少なからずそう思っているのだろう。
「……勤勉で家族思いで利口で、君の良さをわかってくれる人はそこそこいると思うが……」
美しいとか女らしいとかの言葉が彼から出なかったのが、彼の私に対する評価がどんなのかわかる。
「閣下こそ、そろそろ花嫁を迎える必要があるのではないですか?私と違って後継者が必要でしょう?私は……もし私の代で我が家が終わるなら、閣下に全て返上すればいいのですから」
「痛いところを……確かに跡継ぎの件は避けて通れない問題だな……」
「まずは花嫁からですよね。領民としては気になるところですが、ご予定でも……」
いつ私には関係ないことだと遮られるかと思いながら訊ねた。もしあると言われたらどうしようと思いながら……
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唐突に彼が言った。
「えっと……魔獣の氾濫に備えてランギルグの森を巡察し、氾濫の折りには討伐隊を率いる?」
それはこの辺りの……この国の者なら誰もが知る話だった。
「そのとおり、今回の氾濫が終わり、次は数百年後。この先二百年はあの森も術士たちのお陰で穏やかだろう」
「はい」
なぜ、花嫁の話からビッテルバーク家の話になるのだろう。不思議に思ったが口を挟むべきでないと思って黙って頷いた。
「辺境伯と言う身分も、華やかに思われるだろうが、やはり辺境の地に領地を構えている分、首都にいる者からは嫌煙されやすい。田舎暮らしを我慢できる者でなければ、勤まらない」
「この辺りの者なら、そのようなことでは臆する者はおりません。その気になれば閣下個人を見て花嫁に成りたがる女性が列をなすでしょう。その中から好きに選ばれればよいではありませんか」
その列に私が並んだとしても選ばれないだろうことはわかる。
「どうだろうね……欲を言えば、私の心が動いた相手と連れ添いたいとは思う。共に過ごし、自分の子を産んでくれる人なのだから」
「閣下なら、いくらでも見つけられますわ」
「だといいが、近々帰還を祝う夜会を開こうと思う。セレニアも喪中かもしれないが、隣人として来てもらえるか?」
「是非……」
紅茶を飲み終え、彼が立ち上がった。
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束の間の時間だったが、久し振りに彼と話ができて嬉しかった。
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手綱を受け取りさっと跨がるのを見て何をやっても様になると思った。
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「ありがとうございます…ですがお気持ちだけ頂いておきます。今日は閣下のお陰で助かりましたが、できるだけ閣下のお手を煩わせないよう、自分で対処します」
いくら隣人のよしみだからと言っても、これくらいのことが対処できなければ、これからずっと頼るわけにはいかない。
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