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「ん……」
「旭…もっと口を開けて」

 素直に私はその言葉に従う。いつの間にか、唯斗さんは私のことを呼び捨てにした。
 けれど、そんなことは今はどうでもいい。
 両耳を塞ぐようにして、彼の手が私の顔を挟み、「キスしていいか」と尋ねてきた。
 私がコクリと頷くと、彼は「今俺にキスを許すということは、その先も許すということだよ? それでもいいの?」とまた尋ねた。
 さすが手が早いと思いながら、私は再び頷いた。
 
「これ以上ないくらい、君をグズグズに蕩けさせてあげる」

 そう言って唇を重ねてきたかと思うと、そこから彼の猛撃が始まった。

「国見さ…」
「唯斗だ」

 軽く触れるだけのキスから始まると思ったのに、彼のキスは最初から激しかった。
 顔を斜めにして、食むように唇を奪ってくる。まるで魂をも喰らい尽くすかのように。
 頭を挟まれているため、逃れることも出来ない。
 舌先で唇を割られ、分厚い舌が口腔内を一巡する。
 互いの息が溶け合い、鼻腔を擽る香水と彼の体臭とが混じり合った香りが、私の脳を刺激し体が火照る。
 溢れる唾液も飲み込ませてもらえず、ただひたすらに唇を重ね続けている。

「寝室に行こう」

 ようやく唇を離すと、掠れた声でそう囁かれた。
 彼の方も確実にその気になっているのが、その表情を見ればわかる。
 興奮して頬が紅潮し、瞳がぎらついている。
 それだけでなく、体を密着しているため、彼の心臓の鼓動も、ズボンの生地を押し上げている張り詰めたものも、さっきから私のお腹に押し付けられている。
 私の方も心臓がドキドキし、これから先に待つ彼とのセックスに期待が膨らむ。
 キスだけであんなに情熱的なのだ。もし体中を彼の手で愛撫され、キスをされ、そして彼のものを突き刺されることを想像するだけで、クラクラする。
 覚悟をして彼の口づけを受け入れたし、女にだって性欲があるのだと、今初めて知った。
 これまで私はセックスに対して、どこか悪いことをしているという意識が働いていたのだろう。  
 でも、彼から向けられる情熱が、そんな私の抑圧を取り払う。
 これまできっと多くの女性をその腕に抱いてきただろうこの人に求められることが、どれほど特別なことか。
 たとえこれがほんのひと時の彼の気まぐれだったとしても、一度でも求められたことで、私は満たされる思いだった。
 
「皺になるから、服はここで脱いでいくか?」

 けれど、そう言われて痺れる頭で、私はある事実を思い出した。

「あの…その、私…仕事が終わって、戻ったばかりで…せ、せめてシャ、シャワーを…」
「俺は気にならないけど…どちらかと言えばシャワーなんか浴びたら、君の香りが消えてしまってもったいない」
「も…」

 まさかの匂いフェチ?

「あ、もしかして俺の匂いが気になる? その…加齢臭とか…」
「い、いえ…そんなことは…その…どちらかと言うと、とても男らしくて官能的な…んんん」

 全部言い終える前に、また唇を塞がれた。

「嬉しい。ちゃんと俺のことを男として意識してくれているんだ」

 すぐに唇は離れたけど、彼はそう言って顔中にキスをしまくる。

「そ、それは…あん、あ、あなたは…お、男の人で…」
「わかっている。けど、俺は今、君に男として思われていることが嬉しい」
「そ、そんなこと…当たり前…あん」

 今度は首筋に舌を這わしてくる。

「や、そ、そこは…汗、掻いて…」
「わかってる。君の匂いがする。男をその気にさせるフェロモンだ…やばい、たまらない」
「そんなの…な、ない」

 フェロモンは知っている。だけど、それが自分にあるとは思わない。

「だめだ。寝室まで保ちそうにない。いったんここで、やってもいいか?」

 今いるソファーも、シングルベッドくらいの広さは十分ある。決して狭くはない。

「君との初めては、もっと良いところで…」
「場所はどこだって…いい。あなたが、私をほしいと思ってくれるなら…」
「旭」

 私にとって、彼が求めてくれることが大事なのだ。
 場所は関係ない。

「わかった。でも、場所はどこであっても、君に極上の快楽を味あわせてやる。グズグズに蕩けさせて、君の体に俺を刻み込む」

 滾る彼の欲望が、私にまっすぐ突き刺さる。
 これほどまでに求められたことは、初めてだった。
 この男を、この私がここまで興奮させている。
 それだけで、ゾクリとした快感が肌を粟立たせた。

「あ、だめ、そんな風にしたら、せっかくの服が」

 ジャケットを腕から脱がせると、物凄い力でブラウスの生地を引き裂く勢いで引っ張り、繊細なボタンが弾けた。全部でうん十万もしたのを思い出す。

「構わない。買ったのは俺だ。それに、昔から男が服を女に買うのは、それを脱がせるためだと決まっている」

 開けたブラウスから見える胸元に、彼は鼻を突っ込んで思い切り息を吸い込んだ。

「ああ、たまらない…旭の匂い…」
 
 やっぱり彼は匂いフェチだ。
 けれど、そう思っても、私は引くことはなかった。
 
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