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「オレのこと、覚えている?」

 光沢のある黒のシャツと細身のグレーのカジュアルジャケット着た男性が、サングラスを外して話しかけてきた。

「国見…さん」
「そうそう。嬉しいな、覚えていてくれたんだ」

 彼は私が彼を覚えていたことを、心から嬉しそうに笑う。

「ちょっと、唯斗」

 私に話しかける国見さんの腕を、連れの女性が引っ張り、自分に注意を向けさせようとする。

 この前お通夜で彼を迎えに来た女性とは、別人だった。

「どうしたの、その顔、また誰か亡くなった?」

 けれど、女性を無視して、国見さんが私になおも話しかける。

「いえ…別に…誰も亡くなっては…」

 どちらかと言えば、死んだのは私自身かも。

「唯斗、そんな子放っておいて…」
「ごめん、悪い。今日はもう帰って」
「え!」

 自分の腕に絡まる女性の腕を解くと、彼はそう言った。

 女性はぱっちりメイクの目を大きく見開き、ポカンと口を開けている。

「唯斗、どういうこと…」
「ちょっとこの子に用があったのを思い出した」

 彼は私を見る。

「え、私は…」

 彼に用はない。そう言おうとしたが、女性が先に叫んだ。

「なんなの、どういうことよ。誰よこの子」

 女性は当然怒って食い下がる。

「そういうことだから、気に入らないなら、別にそれでいいよ。君とはここでサヨナラ。連絡先も消しておくから」

 バチンと、女性の手が彼の頬を打った。

 店にいた客が全員こちらを向く。

「最低!」

「別にいいよ。そっちが付き合えって言うから付き合っただけだから」

 叩かれた頬を押さえ、彼は凍りつくような声音で言い放った。
 私は二人の会話に入るべきだろうか。

「……なによ!!!! ちょっとばかり顔がいいからって、ばかにして」
「その顔がいいって、見た目で選んだのはそっちだ」

 ワナワナと女性は唇を震わせ、図星らしく何も言い返せないようだ。

「こんな冴えない子、すぐに飽きるわ! あっちもつまらなさそう」
 
「それは関係ない」

 「あっち」とは、恐らくセックスのことだとわかる。
 こんな昼間からそんなことを言われ、真っ赤になった。

「彼女はオレの親戚だ。それ以上侮辱するなら本気で怒るぞ」

 更に声が低くなる。彼のことを知らない私でも、彼が相当怒りを我慢しているのがわかる。

「な、なによ! 本当に親戚か妖しいものだわ。この前も栞と食事に行ったの知っているんだから」
「あれもあっちがどうしてもって言うからだ。いちいち君の了解を得る必要があるのか。君とオレはそんな関係じゃないはずだ」

 腕を組んで深いため息を洩らす。

「あの…国見さん」
「君は黙っていてくれ」

 ようやく話しかけたが、あっさり跳ね返された。それでも私に向けた彼の表情には、笑顔が浮かんでいた。さっきまでの表情と落差があり過ぎる。
 まだ二回しか会っていないのに、どうしてこの人は私を構おうとするのだろう。

 アイドルオタクではないけど、イケメンの顔の良さは目の保養になるし、ドキリとする。

 でも、再び女性の方を向いた彼の表情は、こちらが凍りつくような絶対零度ばりのものだった。
 
 まるで昔テレビで見た京劇のように、一瞬で顔つきが変わることに驚く。

「初めに言った筈だ。何回か付き合ってセックスしたからと言って、君だけが特別じゃない。オレの態度が気に入らないなら、無理に付き合わなくていい。オレと付き合いたい女性は他にもいる。君が抜けるなら、他の女性が繰り上がるだけだ」

 どれだけモテるのこの人。言っていることは無茶苦茶だし、はっきり言って、クズだ。有美さんが、彼の女性問題について話していたけど、それよりもっと酷い。あんまりな言われように、女性に同情してしまう。
 
 でも、今彼はモデル並みの彼女ではなく、私といることを優先させようとしている。

 そのことに何となく優越感を覚えるのは、尚弥に一方的な別れを告げられ、おかしくなっていたからかも知れない。
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