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「お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
葬儀場の係員の人が、受付に立つ私達にお茶を配ってくれた。
「せっかくだから、いただこう」
受付の責任者の男性がそう言ってくれ、私達はほっとひと息ついた。さっき簡単に自己紹介してもらったが、この地区の区長さんともう一人は自治会の会計をしている人らしい。
「そろそろ弔問客も終わりかな」
人の途絶えた受付から、式場の方を見て先程の男性が言った。
「そのようですね」
「お嬢さん、有美さんの娘さんだったね」
区長さんが、私にそう聞いてきた。
「はい、そうです」
正確には、有美さんと私に血の繋がりはない。
有美さんは亡くなった近藤 宰さんの娘だが、私の父、柳瀬 隆夫と有美さんが十六年前に再婚したことで、父の連れ子だった私は彼女の義理の娘になった。
親族と言っても、亡くなった人と会ったのは、一年に一回か二回だった。高校生までは毎年年末年始には顔を出していたけど、大学入学と同時に家を出て一人暮らしを始めてからは疎遠になり、他の親戚の人とも殆ど面識がない。
親族席に座っているのも気まずいので、ちょうど人手が足りなかった受付の手伝いをしていた。
最近は香典辞退が多く、弔問客は記帳するだけなので、それほど手間はかからないらしい。粗供養も人手が足りなければ式場の人が手渡してくれるので、楽になったそうだ。
「下の娘さんは高校生みたいだけど、お嬢さんはいくつかな」
いきなり年齢を聞かれ、えっという顔をすると、会計係の人がすかさず「区長、それってセクハラですよ」と、口を挟んだ。
「そうなのか。近頃なんでもかんでも、何とかハラとかで、迂闊に何も言えないなぁ」
「そうですね。セクハラやモラハラ、パワハラ、マタハラ、カスハラと、あれこれ考えると難しいですね」
「どこかにお勤めされているのか? これも何とかハラかな」
次の質問を投げかけられ、「確か、公認会計士だって、有美さん言ってませんでした?」と、またもや会計係の人がフォローに入る。
「へえ、それって何か資格がいるやつだろ? ほら、医者とか弁護士みたいに」
「ええ。一応、国家資格です」
「難しいらしいね。頭がいいんだ」
「いえ、それほどでも…私はまだまだ見習いですから」
「またまた謙遜して、でもそんな仕事だから、チャラチャラしていなんだな。妹さんはほら、今どきのジェイケーって感じだものな」
喪服を着ているせいもあるけど、私はおしゃれ染めもしていない黒髪を肩より少し長めに切りそろえ、パーマも掛けていない。乱視のため掛けているハーフフレームの眼鏡も、軽さ優先のシンプルなフレームだから、地味だと思われても仕方がない。
一方、妹の穂香は、髪ほ天パでフワフワしていて、色も元々薄くて、チェックのプリーツスカートと薄いグレーのジャケットの制服が垢抜けて見える。
「彼氏とかいるのか?」
「区長、だから…」
区長の質問攻撃に、困っているとちょうど、受付のカウンターの下に置いてあった携帯が震えた。
発信元は、私が勤める会計事務所の先輩、森本尚弥だった。
「あ、すみません。仕事場から電話がかかってきたみたいで」
「ああいいよ。こっちは慣れたものだから、適当にやっておく」
他の人たちに断ってから外に出た。
「もしもし」
「明日は出勤出来るか?」
外にいるのか、賑やかな声が聞こえてくる。挨拶もなしのいきなりの発言だ。
「今どこにいるの?」
「何処でもいいだろ。それよりどうなんだ」
相変わらずこちらの質問は無視して、自分の用件を優先してくる。葬儀のために、私は忌引で休んでいる。
「どうせ義理の関係なんだから、葬式まで付き合う必要はないだろ。それより時坂が熱を出してこっちは大変なんだ」
「え、時坂さんが!」
時坂さんは、事務所の一番の古株。
私は公認会計士として東京にある、公認会計士の法人に勤めている。
約十人の会計士が所属していて、普段はチームで仕事をしている。チームの構成は、案件によって変わるが、基本私は時坂さんをリーダーに、今電話をかけている森本の三人で動いている。
そして一番下っ端のスタッフ私は、雑務を引き受けながら、複数の会社の監査に関わっている。恋人の尚弥は入社六年目のシニアスタッフ。
それぞれの会社が決算を迎える四月から五月頃が繁忙期だが、今は十月だからそれほど忙しくはない。
有美さん、私、そして父と有美さんの娘で異母妹で高校生の四人で、千葉の有美さんの実家に父の車で来ていた。
「お父さんたちは明日の告別式までいるだろうし、一緒の車で来ているから、難しいかも」
「電車でもバスでもタクシーでもあるだろ。同じ関東なんだから何とかして帰って来られるだろ」
そこで迎えに行く、とは言ってくれないんだな。
喉まで出かけた言葉を、私は呑み込んだ。
尚弥とは付き合って二年になるが、最初の頃は優しかった彼も、最近は高圧的な言動が目立ち、逆らうと不機嫌になって、仕事にも影響するようになってきた。
「チッ」
舌打ちが携帯から聞こえてきた。
「森本さぁん、何しているんですかぁ」
間延びした声が聞こえてきて、「とにかく帰ってこいよ」と言い放って、電話が切られた。
「だれ?」
聞いたことがある声だった。事務の小林綺羅に似ている。
電話を切ってすぐに「明日必ず出勤」と業務命令のようなメールが届いた。
「事務所の飲み会?」
そう思って、気にしないことにして中へ戻ろうとした時、入口の影で人が立っていることに気がついた。
「ありがとうございます」
葬儀場の係員の人が、受付に立つ私達にお茶を配ってくれた。
「せっかくだから、いただこう」
受付の責任者の男性がそう言ってくれ、私達はほっとひと息ついた。さっき簡単に自己紹介してもらったが、この地区の区長さんともう一人は自治会の会計をしている人らしい。
「そろそろ弔問客も終わりかな」
人の途絶えた受付から、式場の方を見て先程の男性が言った。
「そのようですね」
「お嬢さん、有美さんの娘さんだったね」
区長さんが、私にそう聞いてきた。
「はい、そうです」
正確には、有美さんと私に血の繋がりはない。
有美さんは亡くなった近藤 宰さんの娘だが、私の父、柳瀬 隆夫と有美さんが十六年前に再婚したことで、父の連れ子だった私は彼女の義理の娘になった。
親族と言っても、亡くなった人と会ったのは、一年に一回か二回だった。高校生までは毎年年末年始には顔を出していたけど、大学入学と同時に家を出て一人暮らしを始めてからは疎遠になり、他の親戚の人とも殆ど面識がない。
親族席に座っているのも気まずいので、ちょうど人手が足りなかった受付の手伝いをしていた。
最近は香典辞退が多く、弔問客は記帳するだけなので、それほど手間はかからないらしい。粗供養も人手が足りなければ式場の人が手渡してくれるので、楽になったそうだ。
「下の娘さんは高校生みたいだけど、お嬢さんはいくつかな」
いきなり年齢を聞かれ、えっという顔をすると、会計係の人がすかさず「区長、それってセクハラですよ」と、口を挟んだ。
「そうなのか。近頃なんでもかんでも、何とかハラとかで、迂闊に何も言えないなぁ」
「そうですね。セクハラやモラハラ、パワハラ、マタハラ、カスハラと、あれこれ考えると難しいですね」
「どこかにお勤めされているのか? これも何とかハラかな」
次の質問を投げかけられ、「確か、公認会計士だって、有美さん言ってませんでした?」と、またもや会計係の人がフォローに入る。
「へえ、それって何か資格がいるやつだろ? ほら、医者とか弁護士みたいに」
「ええ。一応、国家資格です」
「難しいらしいね。頭がいいんだ」
「いえ、それほどでも…私はまだまだ見習いですから」
「またまた謙遜して、でもそんな仕事だから、チャラチャラしていなんだな。妹さんはほら、今どきのジェイケーって感じだものな」
喪服を着ているせいもあるけど、私はおしゃれ染めもしていない黒髪を肩より少し長めに切りそろえ、パーマも掛けていない。乱視のため掛けているハーフフレームの眼鏡も、軽さ優先のシンプルなフレームだから、地味だと思われても仕方がない。
一方、妹の穂香は、髪ほ天パでフワフワしていて、色も元々薄くて、チェックのプリーツスカートと薄いグレーのジャケットの制服が垢抜けて見える。
「彼氏とかいるのか?」
「区長、だから…」
区長の質問攻撃に、困っているとちょうど、受付のカウンターの下に置いてあった携帯が震えた。
発信元は、私が勤める会計事務所の先輩、森本尚弥だった。
「あ、すみません。仕事場から電話がかかってきたみたいで」
「ああいいよ。こっちは慣れたものだから、適当にやっておく」
他の人たちに断ってから外に出た。
「もしもし」
「明日は出勤出来るか?」
外にいるのか、賑やかな声が聞こえてくる。挨拶もなしのいきなりの発言だ。
「今どこにいるの?」
「何処でもいいだろ。それよりどうなんだ」
相変わらずこちらの質問は無視して、自分の用件を優先してくる。葬儀のために、私は忌引で休んでいる。
「どうせ義理の関係なんだから、葬式まで付き合う必要はないだろ。それより時坂が熱を出してこっちは大変なんだ」
「え、時坂さんが!」
時坂さんは、事務所の一番の古株。
私は公認会計士として東京にある、公認会計士の法人に勤めている。
約十人の会計士が所属していて、普段はチームで仕事をしている。チームの構成は、案件によって変わるが、基本私は時坂さんをリーダーに、今電話をかけている森本の三人で動いている。
そして一番下っ端のスタッフ私は、雑務を引き受けながら、複数の会社の監査に関わっている。恋人の尚弥は入社六年目のシニアスタッフ。
それぞれの会社が決算を迎える四月から五月頃が繁忙期だが、今は十月だからそれほど忙しくはない。
有美さん、私、そして父と有美さんの娘で異母妹で高校生の四人で、千葉の有美さんの実家に父の車で来ていた。
「お父さんたちは明日の告別式までいるだろうし、一緒の車で来ているから、難しいかも」
「電車でもバスでもタクシーでもあるだろ。同じ関東なんだから何とかして帰って来られるだろ」
そこで迎えに行く、とは言ってくれないんだな。
喉まで出かけた言葉を、私は呑み込んだ。
尚弥とは付き合って二年になるが、最初の頃は優しかった彼も、最近は高圧的な言動が目立ち、逆らうと不機嫌になって、仕事にも影響するようになってきた。
「チッ」
舌打ちが携帯から聞こえてきた。
「森本さぁん、何しているんですかぁ」
間延びした声が聞こえてきて、「とにかく帰ってこいよ」と言い放って、電話が切られた。
「だれ?」
聞いたことがある声だった。事務の小林綺羅に似ている。
電話を切ってすぐに「明日必ず出勤」と業務命令のようなメールが届いた。
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そう思って、気にしないことにして中へ戻ろうとした時、入口の影で人が立っていることに気がついた。
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