上 下
68 / 115
第3章

第62話 謝罪

しおりを挟む
 マリアは頭を抱え、ベンチに座っている。
 彼女は落ち込んでいた。先程までの自分の不様な姿を想像し、立ち直れそうにない。
 元凶である本人は特に気にした風もなく、マリアの方を眺めている。

「ソフィー様、私に何か言うことありますよね?」
「そうですね。マリアのメス顔は――凄くそそられました。だから、気にしなくても大丈夫ですよ」
「気になりますから! それ、全然大丈夫じゃないですからね!」
「気になるのなら、先程の女、殺しときますか?」
「殺さなくていいですから! 本当、マジで止めてくださいよ?」
 
 マリアは盛大なため息を吐く。
 ヴィオラには申し訳ないことをしたと、マリアは反省する。自分がどんな顔をしていたか――想像もしたくない。そんな顔、見ていて気持ちの良いものではなかっただろう。だから、会ったら謝罪しよう――切実に、そう思った。

「……でも本当、何がしたかったんです?」
「これも全て、マリアのためです」
「どういうことです?」
「あの女はマリアを狙っていました。ですので、マリアは誰のものかを、はっきりとさせただけです」
「何故それが私のためになるんです? っていうか、私は別にソフィー様のものじゃないって、これ、前にも言いましたよね?」
「マリアはヘタレです。迫られても拒否できませんから」
「……そんなこと、ないと思いますけど。っていうか後半の私の叫び、無視されてます?」

 姫様から怪しんだ目を向けられる。

「ソフィー様は勘違いしています。私は何事も、嫌なことは嫌とはっきり言える女ですから。鉄の心を持っており、別名は鉄の女です。巷ではそう呼ばれている――かもしれません」
「マリアは押しに弱いですから。相手から強く求められたなら、貴方は自分を犠牲にする」
「なんですかぁその聖人君子はぁ。私ほど我儘な人間はいませんけどぉ」
「だから私は、貴方の首に鎖をし、私の部屋から出したくはありません」
「いやそれ、本当に怖いですから。本当に止めてくださいよ?」
「だから、全ては貴方のためです」

 マリアは一瞬、思考が停止した。

「……えっと、つまり、そのような未来にならないため、ソフィー様はあのような行為をおこなった――と言うことなんですね」
「ええ、その通りです。全ては、マリアのためです」

 ――確かに、そのような未来を回避できるのなら、ありがたい話ではある。

「でもそれって、全てソフィー様の中だけで完結した話ですよね? ソフィー様が我慢すればいいだけでは?」

 そもそも、我慢と呼べるほどのものでもない。

 ソフィーは不機嫌そうな顔をマリアに向ける。

「つまり私はまた、貴方が誰のものなのか、はっきりとさせねばならないのですね」

 マリアは全力で距離を取る。

「結構です。私はこう見えて、仕事で忙しいんで。なので、これで失礼しますから。ちなみに、昼はいつもより2時間遅れますので。だから、大人しく待っていてくださいよ!」

 そう言って、マリアはそそくさと、その場を後にした。



 お城のロビーに入ると、真ん中の通路を挟むように大勢の人間が並び、頭を下げている。マリアの存在に気づくと、顔は上げないまま白い目を向けられた。
 
 階段から第一王子アレンとお付きの人が下りてくる。
 金色の刺繍が入った白いジャケットと白いズボン。金髪碧眼の美男子だが、相変わらず無表情で、目つきが悪く、愛想がない。
 人に緊張感を与えるが、王族らしいオーラを纏い、人を引き付ける何かは備わっている。
 
 マリアは慌てて人垣の中に潜り込み、周りと同じように頭を下げた。

 アレンはマリアの前で立ち止まり、彼女を睨みつける――と周りが思い込んでいるだけで、彼としてはきつい眼差しを向けているつもりはない。ただ普通に眺めているだけであり、周囲の人間が勝手に勘違いしているだけだ。マリアは無意識に目つきが悪いだけだと理解しているため、アレンに対して恐怖心は抱かない。
 
 ゴブリン女王の討伐以来、アレンはマリアを見かけると話しかけてくるようになった。そのため、何回か話したことがあり、意外と打ち解けている。

「マリア、久々だな。オーランドから話は聞いている。お前のおかげで、ロザリアの土地は我々王国のものとなったと」

 その言い方は、マリアとしてはあまり面白くない。ここにエリーナがいなくて、本当に良かった。

「私は特に何もしていないですよぉ。活躍したのはソフィー様や他の人たちですから」
「ソフィーの手綱を握れるだけでも、大したものだよ」
「そんなことないですよ。実際、手綱を握られているのはこっちの方なんですからぁ」

 たまったもんじゃない――といった口ぶりで、マリアは言葉を吐く。

 その言い方に、周りはひやっとしたものを感じたが、アレンは笑い出す。

「そうか、それは傑作だな。お前という犬がいる限り、あいつは大人しくなるやもしらん」
「ちょ、流石に犬は失礼じゃないですかぁ?」

 マリアとアレンの間に従者が急に割り込んできた。
 金髪碧眼で美しい女騎士。綺麗な髪は腰近くまで伸びている。年齢は20、身長は170cm。名前はオリヴィア。
 
「失礼なのはお前の方だろう! この方を誰と心得ている!」

 いきなり怒鳴られ、マリアは固まる。

「構わん」

 アレンは従者を手で制す。

「し、しかし――」
「こいつは、ソフィーのお気に入りだぞ。下手したら、お前の首が飛ぶかもな」

 そう言って、アレンは笑う。オリヴィアの顔はすぐに青くなった。

「あのー、そんなことは絶対にありえないので、大丈夫ですよぉ」

 マリアは主人の名誉のためにしっかりと明言しておく。

 従者の顔は引き攣ったまま、何度か頷いた。

「アレン様、失礼なことを言いました。どうかご無礼をお許しください」

 マリアは背筋を正し、頭を下げて謝罪した。
 正直な話、何が失礼にあたったかは理解していない。それでも、主人への無礼に対して、従者が怒る気持ちは良く分かる。マリアとて、誰かがソフィーに対して失礼な態度を取れば、やっぱり許せないものだから。

「別に構わん」
「従者が主人への無礼に対して怒ることは当然です。だから、謝罪させてください」

 マリアは頭を下げたまま、アレンにそう言った。

 アレンはふむ、といった感じで、軽く頷いた。

「分かった。マリア、俺への無礼に対して、俺は許そう。だから、顔を上げろ」
「アレン様、御心遣い感謝致します」

 そう言って、マリアは顔を上げる。

 アレンは鼻で笑ったあと、顔を青くさせた従者に声をかける。

「オリヴィア、お前の心遣いには感謝する。どうやら俺は、いい部下を持ったようだ」

 アレンのその言葉に、オリヴィアは顔をほころばせる。

「それではもう行くぞ」

 その言葉を最後に、アレンはロビーから出ていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。 一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか? おすすめシチュエーション ・後輩に振り回される先輩 ・先輩が大好きな後輩 続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。 だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。 読んでやってくれると幸いです。 「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195 ※タイトル画像はAI生成です

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

さくらと遥香

youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。 さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。 ◆あらすじ さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。 さくらは"さくちゃん"、 遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。 同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。 ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。 同期、仲間、戦友、コンビ。 2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。 そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。 イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。 配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。 さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。 2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。 遥香の力になりたいさくらは、 「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」 と申し出る。 そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて… ◆章構成と主な展開 ・46時間TV編[完結] (初キス、告白、両想い) ・付き合い始めた2人編[完結] (交際スタート、グループ内での距離感の変化) ・かっきー1st写真集編[完結] (少し大人なキス、肌と肌の触れ合い) ・お泊まり温泉旅行編[完結] (お風呂、もう少し大人な関係へ) ・かっきー2回目のセンター編[完結] (かっきーの誕生日お祝い) ・飛鳥さん卒コン編[完結] (大好きな先輩に2人の関係を伝える) ・さくら1st写真集編[完結] (お風呂で♡♡) ・Wセンター編[不定期更新中] ※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。

処理中です...