精霊の子と呼ばれ恐れられる姫様に、何故か私だけが溺愛されて困ってます!

tataku

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第3章

第60話 命令は一日一回までとさせていただきます

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 マリアは自分の部屋に戻る。仕事着に着替え、メイド長を探した。

 案の定、彼女もソフィーのことを知らなかった。恐れのためか、メイド長の顔が青くなる。

 自分の上司が体を震わせる姿を見て、マリアは思っていた以上に大事なのだと理解した。

 本来の時間より、2時間も過ぎている。

「今からでも朝食、持って行った方がいいですかね?」

 マリアの言葉に、メイド長は意識を取り戻す。

「すぐに準備させます」

 上司が慌てて食堂へ向かったため、マリアはすぐに後を追いかけた。



 朝食を持って、マリアは久々に長い螺旋階段を上っていく。

 部屋の扉を叩いた。

 返事がないのはいつものこと。それでももう一度だけ音を鳴らし、声をかけてからノブを回した。

 ベットの縁に座るソフィーは、白いネグリジェ姿。

「油断しました。マリアは昼まで来ないと思っていたのですが」

 マリアは机の上に、朝食を置いた。

「昨日の夕方から戻っていたこと、誰も知りませんでしたよ?」
「知らせる必要などありませんから」
「昨日から何も食べていませんよね? お腹、減っているんじゃないですか」

 やれやれと言った感じで、マリアは腰に手を置く

「そんなことはありませんが――いえ、そうですね、お腹が減りました。ですので、食べさせてください」
「一介のメイドが、一国の王女様にそんなことはできません。なので、ちゃんと椅子に座って、ちゃんとひとりで食べてください」

 そう言って、マリアは椅子を引くと、姫様を招く。

 その対応は、ソフィーとしてはあまり面白くない。

「お腹が減りすぎて、身動きが取れません。マリア、食べさせてください」
「たから、駄目ですってばぁ。私は心を入れ替えんたんですよぉ。これからはちゃんとメイドとして、姫様に仕えますので」
「マリアは私の命令に従うんじゃなかったのですか?」

 正直、それを言われるときつい。マリアは渋々と朝食を持ち、ソフィーの隣に座った。

 まずはサラダから食べさせる。

「ソフィー様、言っときますが、命令は一日一回までとします。なので、今日はこれで終わりですから」

 不愉快そうに眉をしかめる。

「意味が分かりません、馬鹿なんですか?」
「難しいことなんて何も言ってませんよぉーだ。言葉通りの意味なんでー。それが分からないと言うのなら、ソフィー様の方がお馬鹿ってことになっちゃいますけどぉ、それでいいんですかねぇ?」
「なんでしょうかそれは。貴方の生意気な口を私の唇で黙らせろと言うことですか。なるほど、かまいません」
「全然、違いますからぁ!」

 顔を近づけようとする姫様から、マリアは距離を離す。

「とにかく、命令は一日一回までとさせていただきますので」
「そんな話、聞いていませんが?」
「言わなかっただけです~」
「後出しは卑怯です。せめてこの食事だけはなしにしてください。それを認めるのなら、取り敢えずは妥協します」

 マリアは悩む。

「分かりました。でも、命令は常識の範囲内でお願いしますよ?」
「善処します」
「本当にわかってますぅ?」
「二度も同じことを言わせないでください、馬鹿なんですか?」

 マリアは息を吐くと、離れた距離を戻し、食事を再開させた。

 
 食事が終わり、部屋から出ていこうとした時、ソフィーが引き留める。

「どうかしたんです?」

 ソフィーの顔が近づいてきたため、マリアは距離を離す。

「何故、距離を取るのですか?」
「不穏な気配がしたからです。一応聞きますが、何をする気です?」
「何とは? キスに決まっているじゃないですか」
「キスをするなら、それ、命令になりますからね」

 ソフィーは心底、理解できないという顔をする。

 マリアとしては、そんなソフィーが理解できない。

「意味が分かりません。キスはマリアも喜んでくれています」
「そんなことないですけど!?」
「それを今、証明しましょうか? 喜んだなら、命令にはなりません」
「私の感情は関係ないので! とにかく、キスは命令に含まれるということでお願いします」

 みるみる内に、不機嫌な顔となる。

「それでは私と会い、私と別れるとき、マリアからキスをしてください」
「それ、一回ではないですよね?」
「命令としては一回です。ここでごねるようなら、今日一日私のベットで可愛がってあげますが、どうしますか?」

 そんなことを言われたら、マリアとしては引き下がるしかない。

「分かりました。ですが勘違いしないでくださいね。これは負けを認めたわけじゃないです。これは戦略的撤退ですから」
「そんな言い訳をいうマリアも、可愛いですね」

 ソフィーの言葉に、マリアの闘争心がなくなってしまう。

「それではマリア、貴方からのキス、私にください」

 マリアは躊躇する。

「怖いのですか?」

 その言葉で、マリアは再び小さな闘争心に火がついた。

「そんな訳ないじゃないですかぁ。キスのひとつやふたつ、今の私なら余裕ですから」
「そうですか。では、さっさとしてください」

 マリアは一歩、踏み出す。

 ソフィーはマリアから視線を逸らさず、じっと眺めて来る。

「いや、今からキスするんですけど?」
「そうですね、早くしてください」

 相変わらず、ソフィーから発せられる目の圧がすごい。マリアはつい、目を逸らしてしまう。

「いやだから、キスをするんで、目を閉じてくださいよぉ」
「目を閉じる意味が分かりません」
「分からなくていいんで、取り敢えず目を閉じてください」
「嫌です」

 その言葉に圧を感じたため、マリアは諦めた。

 ソフィーの方に顔を向けるが、目線がさ迷い、唇に目が行く。美しく、整った形。顔を近づけたとき、何故かヴィオラの顔が思い浮かぶ。笑顔ではなく、涙顔。何故か、後ろめたい気持ちに襲われた。

「マリア」

 名前を呼ばれ、意識が現実に戻る。

「今、誰のことを考えました?」

 ソフィーは睨む。マリアの心に現れた見知らぬ誰かを。

「いや、それは――」

 マリアはいつも以上に慌てふためく。

 そんな彼女を見て、ソフィーもいつも以上に不機嫌となる。

「もういいです」

 拗ねたのか、ソフィーはベットに寝転んだ。枕に顔を押し付ける。

「ソフィー様?」

 何度声をかけても、まったく反応しない。マリアは困ったように笑う。

「それでは私、そろそろ行きますね。お昼にはまた来ますから。朝、2時間遅れたので、昼もその分、遅らせますから」

 返事は返ってこない。

 これは謝るべきなのかと、マリアは考えたが、そうするべきではないと思った。
 
 あまりしつこく言葉をかけない方がいいと判断したため、最後にもう一声かけてから、部屋を後にした。
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