62 / 115
第2章
第57話 ただいま
しおりを挟む
基本的に、教会の者同士で怪我をするような争いは禁止されている。そのため、こういう場合はゲームなどで勝敗を決めることとなっている。
それは、今の聖女が決めたルール。
アンナがマリアに耳打ちを行う。
「エリーナさん、勝負は鬼戦争です。場所についてはここの広場限定ですよ」
「鬼戦争?」
鬼戦争とは平民の子供の遊びであり、貴族のお嬢様にはあまり知られていない。
「どちらかのチームで鬼か人間かを決めます。そして鬼になったチームは人間に触れるだけで行動不能にすることが出来ます。制限時間内に鬼が人間全員に触れることが出来れば鬼チームの勝ちで、ひとりでも生き残れば人間チームの勝ちです」
「なるほど、シンプルですわね。制限時間はどれくらいですの?」
アンナは再び、マリアに耳打ちする。
「30分でどうです? 因みに、魔法の使用は禁止ですよ」
貴族チームからブーイングが起こる。
魔法なしとなれば、体力が有り余る平民チームに有利だからだ。
「怖気付きましたか? 逃げて貰っても、こちらとしては一向に構いませんよぉ」
「いいですわ。その挑発、乗って差し上げますわ」
不満の声が上がるが、エリーナの一括により静かになる。
「それで、どうやってどちらが鬼か決めますの?」
アンナは再びマリアの耳元に――。
「もうアンナさんが直接言えばよろしくないですか?」
エリーナの言葉に、アンナは肩を竦める。
「エリーナさんは分かってないなぁ、もうちょっと空気を読もうよ。まぁいいや、とりあえずふたりでじゃんけんでもしてよ。それで勝った方が好きに決めるってのでどう?」
「少し癪に障りましたが……いいですわ、マリアさん。じゃんけんしますわよ」
ふたりは素直にじゃんけんを行う。
「私の勝ちですわね」
エリーナは何でもないような顔を意識的に作っているが、内心では飛び跳ねる勢いで喜んでいる。
「どっちにする?」
アンナの問いかけに、エリーナは鼻で笑う。
「そんなの決まっていますわ。私たちが逃げる? そんなのありえませんわ」
「つまり?」
「私たちが、鬼ですわ」
エリーナは、マリアたちに指を突き付ける。
貴族チームは平民チームより人数が多いため、数の調整をしてもらう。
広場の周りに街の人達が集まっており、シスターたちの闘いを観戦する気でいる。
チームで別れ、数分の作戦タイム。
「ふふふ、ようやく私の見せ場ですねぇ」
マリアは意気込みを見せた。
「あぁ、正直マリアには何の期待もしていないから大丈夫だよ」
アンナの言葉に、マリアはずっこけそうになる。
「だってマリア、魔法を使わなかったら、ここで一番の最弱じゃん」
「アンナ、それは昔の私です。少し前の私は、自分の貧弱さに呆れ、鍛え直しました」
「つまり?」
「期待してくれていいですよぉ」
マリアは親指を自分に向けて、ドヤ顔を決めた。
ゲーム開始。
試合が始まってすぐにマリアはエリーナから狙い撃ちにされ、あっさりと退場。マリアは肩を落とし、場外まで歩いていく姿はあまりにも惨めだ。
マリアの寂しげな背中を見ても、アンナとしては特に驚きはない。彼女の根拠のない自信はよくあること。
アンナの目の前に、エリーナと数人のお嬢様が立ちふさがる。
「卑怯だとは思わないでくださいませ。魔法を使えないという縛りの中では、貴方は少しだけ脅威ですので」
「別に構わないよ。だって、魔法が使えないエリーナさんは大して脅威じゃないから」
「行ってくれますわねぇ」
エリーナのこめかみが激しく動く。
「みなさん、行きますわよ!」
一斉に動くが、華麗に交わされる。
「ごめんね、これでも武術の家の生まれだから。ただの魔法使いに、肉体勝負では負けらんないんだよね」
「流石ですわね、先程の口ばかりの人間とは大違いですわ!」
エリーナはわざわざ声を張り上げると、ちらりと視線を移動させる。
マリアの悔しさそうな顔を見て、エリーナの心が軽くなる。
「相変わらず、エリーナさんはマリアが好きだねぇ」
エリーナは、むっとした。
「それは、貴方もそうですわよね?」
素直に認められ、アンナは驚く。
その隙を狙って、エリーナは再びアンナに突進する。簡単に避けられ、地団駄を踏む。
「今までなら、顔を赤くして怒っていたのに。私の隙を狙うためとはいえ、ちょっと驚いたよ」
「本当、ちょこまかと動きますわね」
「確かに私はマリアのことが好きだけどさぁ――エリーナさんとは毛色が違うだよねぇ」
「何が違うと言うんですの?」
エリーナは眉を吊り上げる。
「それはね、私がマリアを思う気持ちは深い友情だけど、エリーナさんがマリアに向ける感情は――情欲的な愛だよ」
その言葉で、エリーナの頭は沸騰する。
それを見て、アンナは笑うと彼女に背を向けて走り出す。
「皆さん、作戦変更ですわ! まずは全員でアンナさんを捕らえますわよ!」
リーダーの掛け声で全員がアンナへと向かう。目的は全員の捕縛ではなく、ひとりの人間を捕らえることへと切り替えた。
そして彼女の作戦は見事に成功し、アンナを引っ捕らえることができた。エリーナは勝利の拳を振り上げようとしたまさにその時、試合の終わるホイッスルが鳴った。
平民チームは10人のうち、たったの3人しか捕まっていない。そのため、マリア達は勝利の声を上げ喜んだ。
貴族チームは白い目でエリーナを眺めた。お付きのふたりは主人の前に立ち、他のお嬢様へ睨みをきかせた。
エリーナは歯ぎしりし、全ての怒りは何故かマリアへと向かうこととなる。
ゲームに負けたものは、勝利者に頭を下げ謝罪するのが決まりである。
マリアは今回、全く関係ないし、それどころか勝利に何の貢献もしていない。
それでも、彼女らの謝罪を聞き、勝利の余韻に浸ることとなる。
マリアはいつものように自分の部屋に戻ると、色んな人間が押しかけ、騒音となる。エリーナに五月蝿いと怒鳴られるのも、もはや恒例行事だ。
皆で晩御飯を食べ、皆でお風呂に浸かった。
まだ一ヶ月も経っていないのに、懐かしさが込み上げる。
お風呂から上がっても、マリアの部屋に数人が入浸り、賑やかな笑い声で満たされる。
マリアは時計を確認する。もう、いい時間だ。膝がそわそわと揺れだした。
「そう言えばまだ、聖女様に会ってないんだもんね」
アンナはマリアの顔を覗き込むと、少しだけいたずらっぽく笑った。
「それがどうかしましたか?」
「本当は、早く会いたいんでしょ」
マリアは口をもごもごとさせる。
皆、今日はもうマリアに会うのもこれで最後。そう思うと、名残り推しそうに、代わりばんこにマリアへ抱きついた。だって――暫くまた、会えなくなるのだから。
「でもまぁ、後一ヶ月伸びたって、マリアは気にしないんだろうけどさー」
アンナは拗ねたように呟くと、マリアは苦笑する。
「そんなことないですよ。一ヶ月が思いのほか長いってことは今、実感していますから」
そう言って、恥ずかしげに笑うマリアを見ると、少しだけムラっとした人物がちらほらと。誰一人、その気はないはずだが。
マリアは聖女の部屋の扉を叩く。
「入っていいわよ」
いつもの声と、いつもと同じ言葉。
扉を開く。部屋の真ん中にあるソファへ座り、足を組んで煙草を吸っている。
「帰ってたのね。よく来てくれたわ」
本当、いつも通りだ。
肩下まで伸びたウェーブ状の茶髪も、深いスリットが入ったシスター服も、いつもと変わらない。
「マリア、お帰り」
そう言って、聖女は向かいにあるソファーを指さす。
分からない。何故かは分からないが、涙腺が緩みかける。
マリアは唾を飲み込むと、一呼吸置いた。
「――ただいま、セラ様」
少し――そう、ほんの少しだけ、視界が歪んで見えた。
そんなマリアを見て、聖女は何も言わない。ただ可笑しそうに、口元を緩めた。
それは、今の聖女が決めたルール。
アンナがマリアに耳打ちを行う。
「エリーナさん、勝負は鬼戦争です。場所についてはここの広場限定ですよ」
「鬼戦争?」
鬼戦争とは平民の子供の遊びであり、貴族のお嬢様にはあまり知られていない。
「どちらかのチームで鬼か人間かを決めます。そして鬼になったチームは人間に触れるだけで行動不能にすることが出来ます。制限時間内に鬼が人間全員に触れることが出来れば鬼チームの勝ちで、ひとりでも生き残れば人間チームの勝ちです」
「なるほど、シンプルですわね。制限時間はどれくらいですの?」
アンナは再び、マリアに耳打ちする。
「30分でどうです? 因みに、魔法の使用は禁止ですよ」
貴族チームからブーイングが起こる。
魔法なしとなれば、体力が有り余る平民チームに有利だからだ。
「怖気付きましたか? 逃げて貰っても、こちらとしては一向に構いませんよぉ」
「いいですわ。その挑発、乗って差し上げますわ」
不満の声が上がるが、エリーナの一括により静かになる。
「それで、どうやってどちらが鬼か決めますの?」
アンナは再びマリアの耳元に――。
「もうアンナさんが直接言えばよろしくないですか?」
エリーナの言葉に、アンナは肩を竦める。
「エリーナさんは分かってないなぁ、もうちょっと空気を読もうよ。まぁいいや、とりあえずふたりでじゃんけんでもしてよ。それで勝った方が好きに決めるってのでどう?」
「少し癪に障りましたが……いいですわ、マリアさん。じゃんけんしますわよ」
ふたりは素直にじゃんけんを行う。
「私の勝ちですわね」
エリーナは何でもないような顔を意識的に作っているが、内心では飛び跳ねる勢いで喜んでいる。
「どっちにする?」
アンナの問いかけに、エリーナは鼻で笑う。
「そんなの決まっていますわ。私たちが逃げる? そんなのありえませんわ」
「つまり?」
「私たちが、鬼ですわ」
エリーナは、マリアたちに指を突き付ける。
貴族チームは平民チームより人数が多いため、数の調整をしてもらう。
広場の周りに街の人達が集まっており、シスターたちの闘いを観戦する気でいる。
チームで別れ、数分の作戦タイム。
「ふふふ、ようやく私の見せ場ですねぇ」
マリアは意気込みを見せた。
「あぁ、正直マリアには何の期待もしていないから大丈夫だよ」
アンナの言葉に、マリアはずっこけそうになる。
「だってマリア、魔法を使わなかったら、ここで一番の最弱じゃん」
「アンナ、それは昔の私です。少し前の私は、自分の貧弱さに呆れ、鍛え直しました」
「つまり?」
「期待してくれていいですよぉ」
マリアは親指を自分に向けて、ドヤ顔を決めた。
ゲーム開始。
試合が始まってすぐにマリアはエリーナから狙い撃ちにされ、あっさりと退場。マリアは肩を落とし、場外まで歩いていく姿はあまりにも惨めだ。
マリアの寂しげな背中を見ても、アンナとしては特に驚きはない。彼女の根拠のない自信はよくあること。
アンナの目の前に、エリーナと数人のお嬢様が立ちふさがる。
「卑怯だとは思わないでくださいませ。魔法を使えないという縛りの中では、貴方は少しだけ脅威ですので」
「別に構わないよ。だって、魔法が使えないエリーナさんは大して脅威じゃないから」
「行ってくれますわねぇ」
エリーナのこめかみが激しく動く。
「みなさん、行きますわよ!」
一斉に動くが、華麗に交わされる。
「ごめんね、これでも武術の家の生まれだから。ただの魔法使いに、肉体勝負では負けらんないんだよね」
「流石ですわね、先程の口ばかりの人間とは大違いですわ!」
エリーナはわざわざ声を張り上げると、ちらりと視線を移動させる。
マリアの悔しさそうな顔を見て、エリーナの心が軽くなる。
「相変わらず、エリーナさんはマリアが好きだねぇ」
エリーナは、むっとした。
「それは、貴方もそうですわよね?」
素直に認められ、アンナは驚く。
その隙を狙って、エリーナは再びアンナに突進する。簡単に避けられ、地団駄を踏む。
「今までなら、顔を赤くして怒っていたのに。私の隙を狙うためとはいえ、ちょっと驚いたよ」
「本当、ちょこまかと動きますわね」
「確かに私はマリアのことが好きだけどさぁ――エリーナさんとは毛色が違うだよねぇ」
「何が違うと言うんですの?」
エリーナは眉を吊り上げる。
「それはね、私がマリアを思う気持ちは深い友情だけど、エリーナさんがマリアに向ける感情は――情欲的な愛だよ」
その言葉で、エリーナの頭は沸騰する。
それを見て、アンナは笑うと彼女に背を向けて走り出す。
「皆さん、作戦変更ですわ! まずは全員でアンナさんを捕らえますわよ!」
リーダーの掛け声で全員がアンナへと向かう。目的は全員の捕縛ではなく、ひとりの人間を捕らえることへと切り替えた。
そして彼女の作戦は見事に成功し、アンナを引っ捕らえることができた。エリーナは勝利の拳を振り上げようとしたまさにその時、試合の終わるホイッスルが鳴った。
平民チームは10人のうち、たったの3人しか捕まっていない。そのため、マリア達は勝利の声を上げ喜んだ。
貴族チームは白い目でエリーナを眺めた。お付きのふたりは主人の前に立ち、他のお嬢様へ睨みをきかせた。
エリーナは歯ぎしりし、全ての怒りは何故かマリアへと向かうこととなる。
ゲームに負けたものは、勝利者に頭を下げ謝罪するのが決まりである。
マリアは今回、全く関係ないし、それどころか勝利に何の貢献もしていない。
それでも、彼女らの謝罪を聞き、勝利の余韻に浸ることとなる。
マリアはいつものように自分の部屋に戻ると、色んな人間が押しかけ、騒音となる。エリーナに五月蝿いと怒鳴られるのも、もはや恒例行事だ。
皆で晩御飯を食べ、皆でお風呂に浸かった。
まだ一ヶ月も経っていないのに、懐かしさが込み上げる。
お風呂から上がっても、マリアの部屋に数人が入浸り、賑やかな笑い声で満たされる。
マリアは時計を確認する。もう、いい時間だ。膝がそわそわと揺れだした。
「そう言えばまだ、聖女様に会ってないんだもんね」
アンナはマリアの顔を覗き込むと、少しだけいたずらっぽく笑った。
「それがどうかしましたか?」
「本当は、早く会いたいんでしょ」
マリアは口をもごもごとさせる。
皆、今日はもうマリアに会うのもこれで最後。そう思うと、名残り推しそうに、代わりばんこにマリアへ抱きついた。だって――暫くまた、会えなくなるのだから。
「でもまぁ、後一ヶ月伸びたって、マリアは気にしないんだろうけどさー」
アンナは拗ねたように呟くと、マリアは苦笑する。
「そんなことないですよ。一ヶ月が思いのほか長いってことは今、実感していますから」
そう言って、恥ずかしげに笑うマリアを見ると、少しだけムラっとした人物がちらほらと。誰一人、その気はないはずだが。
マリアは聖女の部屋の扉を叩く。
「入っていいわよ」
いつもの声と、いつもと同じ言葉。
扉を開く。部屋の真ん中にあるソファへ座り、足を組んで煙草を吸っている。
「帰ってたのね。よく来てくれたわ」
本当、いつも通りだ。
肩下まで伸びたウェーブ状の茶髪も、深いスリットが入ったシスター服も、いつもと変わらない。
「マリア、お帰り」
そう言って、聖女は向かいにあるソファーを指さす。
分からない。何故かは分からないが、涙腺が緩みかける。
マリアは唾を飲み込むと、一呼吸置いた。
「――ただいま、セラ様」
少し――そう、ほんの少しだけ、視界が歪んで見えた。
そんなマリアを見て、聖女は何も言わない。ただ可笑しそうに、口元を緩めた。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる