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第2章

第56話 帰る場所

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 馬車は1日以上の旅となった。

 日が沈む前に、王国に到着する。
 
 馬車はお城の前にある広場で止まった。

 マリアが馬車から降りた時には、他の三人はすでに外にいた。

 イレーネは伸びをしている。

 前のように髪は上で結び、白シャツと黒いズボンでラフな格好となっていた。

「その恰好を見ると、イレーネさんって感じですねぇ。でもやっぱり、ワンピースドレス姿の方がすごく似合ってましたよ」
「何それ、もしかして口説いてるわけ? でもまぁ、マリアならその誘いに乗ってあげてもいいけど」

 マリアはソフィーとクラーラからジト目を向けられる。

「冗談でも変なことは言わないでくださいよー」

 イレーネは笑う。

 でもどこかまだ、無理してそうな感じがする。

「あんな格好、もうする気はないけどね」
「何でです?」
「弱い頃の私を思い出すから。だから、あんな格好はもうしない」
「……それは、過去を捨てるということかしら?」
「違いますよ、エリーナ様。過去は受け入れます。でも弱い私のままでは、受け入れることが出来ませんから」
「――そう、強くなりましたのね、イレーネ」
「違いますよ、私は弱いから、だから、過去は捨てられない」
「辛い過去だとしてもですの?」
「辛かったことしかない過去何て、私にはありませんよ」
「そう――ですわね。確かに、その通りですわ」

 エリーナは苦笑した。

「安心して、イレーネさん。辛いときはいつだって私が逝かせてあげるから!」

 イレーネはクラーラのもちもちとしたほっぺたを思いっきり引っ張った。彼女は自分から卑猥な発言をすることは構わないが、相手から言われることにはあまり耐性がない。

「いたたたたた! もしかしてイレーネさん、怒ってる!?」

 クラーラとしては、いいことを言ったつもりだ。褒められることはあっても、怒られることなど考えられない。

「もしも、何故私が怒っているかわからないようなら、どうやら教育が必要なようね」
「……お願いします」

 クラーラは指をもじもじとさせながら、頬を赤色に染めた。

 イレーネは顔を引き攣らせると、指を離し、背を向けて歩き出す。

 クラーラは慌てて彼女の背中を追った。

「イレーネさん、また今度ですよぉ!」

 マリアはイレーネの背中に向かって、手を振った。

 イレーネは振り向き、軽く手をふったあと、クラーラと一緒に帰って行った。

「それでは、私も帰りますわ」
「直ぐに教会の方に戻るんですか?」
「ええ、何だかんだ、疲れましたので」
「それでは、私も一緒に帰りますね」

 エリーナは頭上に、はてなマークを浮かべる。

「今日は教会の方に帰る予定です。ソフィー様の許可は貰っていますから」

 エリーナはその言葉で頬が緩みそうになる。そのため、意識的に唇をきつく閉めた。

「そ、そう。私はどっちでも構いませんけれど」
「マリア、エリーナには気をつけてください。狙われていますよ」
「ソフィー様、それは一体どう言う意味でしょうか!?」
「マリアは私のものです。だから、色目を使わないでください」
「そんなつもり――ありませんわ」

 エリーナは口をもごもごとさせる。

 ソフィーとエリーナ。ローズウェストに滞在している間に、2人はだいぶ打ち解けたなぁーと、マリアは思う。
 
 エリーナの中に、ソフィーへの本能的な恐れはあるものの――もう、それだけではない。人は色んな感情を持つもの。例え負の感情を持とうとも、正の感情を持つこともある。後は、それがどちらかに傾くかどうかだけ。

「マリア、準備して待っていますので、楽しみにしていてください」
「健全であることを祈りますよ」

 マリアは切実にそう願う。

「っていうか、私は別にソフィー様のものじゃないですから」
「はい?」
 
 ソフィーは心底、理解できないと言う顔をした。

「つまり今、ここで証明しなければならないと言うことですか?」

 その言葉に、マリアは薄ら寒いものを感じた。

「それについて、否定はしないですが、肯定もしないです。……それで、文句あるかこらぁー」

 マリアは引き気味な自分に気付き、奮い立たせるためにも拳を作り、ソフィーに見せつける。その仕草に、エリーナは笑い出す。マリアとしては何故笑いだしたのかが理解できない。
 

 エリーナの視界に、ソフィーの顔が映る。笑っていた。その笑みは微かなもので、きっと前の自分では気づかない――そんなささやかな変化。それに気づけたことが、少しだけ嬉しかった。

 
 
 ***
 
 

 教会へふたりで帰った。
 敷地前にある広場で、シスター達が集まって騒ぎになっている。
 
 平民チームと貴族チームの二手に別れ、いがみ合いになっていた。

「あ、マリアだ!」

 その声を合図に、皆が一斉にこちらへ振り向く。そして目を輝かせ、全力疾走でふたりのもとへ走ってくる。

 平民チームはマリアを中心に、貴族チームはエリーナを中心に集まった後、一触即発の雰囲気で睨み合う。

「一体、何があったんです?」

 マリアは自分の肩を後ろから掴む親友、アンナに問いかけた。

「あいつらは、やっちゃいけないことをやったの。流石の私達も、今回だけは堪忍の尾が切れたよ」

 アンナは静かな怒りを滲ませる。後ろから、アンナを支持する声が飛び交った。

「そのセリフ、毎回言ってますよね?」
「違うよマリア、今までのは違ったの。堪忍の尾が切れるとは、こういうことかと、私たちは身を持って知ったのよ」

 アンナはニヒルな笑みを浮かべた。
 
 正直、そのセリフも毎回のように聞いている。

「御託はいいんで、何があったのか、さっさと言ってください。こっちは疲れているんですから」

 アンナは、ふふふふと、静かに笑う。まるで悪役のようだ。

「あいつらはね、私たちが早朝から並んでようやく買えた、ラプンツェルの限定品のケーキを勝手に食べたのよ!」

 ラプンツェルとは有名な洋菓子店だ。人気があり、限定品と言えば買える可能性は限りなく低い。

 なるほど、とマリアは頷いた。

「それは確かに、万死に値しますねぇ」

 さすがマリア! と囃し立てられる。それで、少しだけいい気になった。

「これはどう考えても、君達が悪いと私は思いますねぇ。謝るなら今の内ですよぉ」

 貴族チーム代表のエリーナに対して、マリアは調子よく人差し指を突き付ける。

 エリーナはあきれた顔をしていたが、マリアの態度でスイッチが入った。

「お菓子ひとつでそこまで騒ぎ立てるあなた達が悪いのではなくて? 意地汚いあなた達こそ、罰を与えなければなりませんわねぇ。そんな心の汚れたあなた達に最後の警告をしましょう。今謝らなければ、地獄を見ますわよ」

 エリーナの言葉に、貴族チームの歓声が湧き上がる。

「やる気ですねぇ、エリーナさん。後悔しますよぉ」
「それはこっちのセリフですわよ、マリアさん。ハンデとして、勝負方法はあなた達に決めさせてあげますわ」
「余裕ですねぇ、エリーナさん。それを負けた時の言い訳にしないでくださいよぉ」

 マリアは悪役のように笑った。
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