精霊の子と呼ばれ恐れられる姫様に、何故か私だけが溺愛されて困ってます!

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第2章

第51話 復讐

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 地下通路の終端は階段となっており、上った先は天井で塞がっている。その中心にくぼみがあり、エリーナはペンダントをはめ込んだ。青い光が走り、ロザリア家の紋章が浮かび上がる。何かが開く音がした。

 エリーナはもう一度、みんなの顔を見た後、静かに扉を上に開いた。少しだけ顔を出し上の様子を確認する。

 地下通路と謁見の間をつなぐ場所は、入口側の左端にあった。

 部屋の中は薄暗い。15m以上の高さがあるドーム状の建物。真ん中に赤いシートで道が出来ており、その道の間に太い柱が何本も立っている。

 予想通り、誰もいる気配がない。ここからでは何も見えないが、ルーカスは恐らく奥にある大領主の座る椅子の上にいるのだろう。たった一人で。昔、そうだった。戦が始まると彼は必ず、扉の鍵を閉め、ここで一人、閉じこもるのだ。

 ルーカスは魔力量が少ない。平民と比べても遜色がないレベルだ。特殊な石で彼の力が強くなったとしても、たかが知れていると、エリーナは考えている。

 まずはエリーナが静かに謁見の間に入った。気配遮断の魔法薬はすでに全員飲んでいるが、そんなものはただの気休め程度だ。

 トーレスは扉に自分の魔力を流しこみ、自分の空間とパスを繋げた。

 エリーナが柱の隙間から奥を確認する。椅子の上に父親が座っていた。

 地下から顔をのぞかせるトレースが頷くのを、エリーナは確認した。予定通り、エリーナはひとつしかない扉に結界を張った。他の人間の侵入を防ぐためだ。

 他のメンバーもエリーナの方に向かって走ってくる。

 エリーナは部屋の真ん中にあるカーペットの上に乗る。父親に向かって信心用具を向けた。

「久しぶりですわね、お父様。私が誰だか分かりますかしら」

 想像していた以上に、ルーカスの魔力は大したことがない。なんの脅威も感じない。むしろ、昔よりも弱く――。

 ――異常に気付く。魔力がない。全くないのだ。これだけ魔力探知に集中し、視界に捉えながら、まったく魔力を感じない。そんなこと、普通はあり得ない。

 他のメンバーがエリーナの後ろに集まる。

 ルーカスは椅子から立ち上がると、心底嬉しそうにエリーナの顔を見る。

「何を笑っているのかしら。気づけませんの? 私たちは貴方を殺しにきましたのよ、ルーカス」

 怯えると想像していた――そんな、彼の顔とはあまりに違う。

「気づけないのはお前の方だよ、エリーナ。私とお前の格の違いって奴をな。そして、いいことを教えてやろう。扉に結界を張ったようだが、心配しなくてもここには誰も入ってこないよ。入ったものは皆、ここで私に殺されることを知っているからな」

 エリーナは眉根を寄せる。

「何を馬鹿なことを言って――」

 ルーカスの体に黒い渦が巻き起こり、魔力の波が部屋全体に行き渡る。

 エリーナ達は、反射的に膝をつき、頭が垂れる。見えない力で、体全体が地面へと引っ張られる感覚。
 
 手が、膝が、震える。
 
 これは、ソフィーのときにも感じた、本能的な恐れだ。

「愉快だなぁ、エリーナ。お前が、そうやって跪く姿は実に滑稽で面白い」

 ルーカスは手を広げ、エリーナを見下ろす。

「お前が生まれたとき、皆が喜んでいたよ。魔力適性が高かったからな。流石はロザリアの血だと皆が騷いだ。私個人の血は関係がないみたいになぁ」
「貴方も、そのロザリア家の一員ですのに……」

 エリーナの呟きは、ルーカスには届かない。
 
 この地を離れながらも、エリーナはロザリア家の一員としてのプライドがある。長年受け継がれてきたこの血を、誇りとしている。しかし、彼にはそれがないのだ。そう、彼の頭の中には自分しかいない。

「お前はいつだって私を見下していたよな? 魔力が低い私を。我慢できなくて、殴り飛ばしたこともあった。それなのに、お前は笑っていたよな? 本当に、不愉快でしかたなかったよ」

 ルーカスは壇上の階段を、ゆっくりと下りていく。
 
「……それは、いつの話をしておりますの?」
「さあ、いつの話だったか。お前が物心つくころにはもうそうだったんじゃないのか?」

 ルーカスの言葉に、エリーナは呆然とする。

 エリーナはいつも親の顔色を伺い、親の機嫌を損なわないようにしていた。笑って欲しかった。喜んで欲しかった。殴られたって、泣かないよう必死に笑って、それで――ただ、愛して欲しかっただけだ。

 ――自分が生まれた時点で、既に結果は決まっていた。馬鹿らしくて、エリーナは笑ってしまう。

 ルーカスの顔から笑みが消えた。

 5m以上の距離を一瞬で詰めると、ルーカスはエリーナを見下ろす。

「何を笑っている?」

 エリーナは顔を上げ、ルーカスではなく、天井を眺めた。
 
「自分の馬鹿さ加減に呆れて、ただ笑ってしまっただけですわ」

 ルーカスはエリーナの言葉を聞くと、再び笑い出す。

「そうか、それは最高だなぁ、エリーナ」
「……貴方は、何を求めていますの?」
「復讐だよ」
「復讐?」
「そう、復讐だよ。今まで私を見下した連中全てにな」

 エリーナは、ルーカスに視線を向ける。

「私がこの力を得て初めて行ったことは、私を不愉快にした連中を殺すことだった。命乞いをしても、私は許さない。痛めつけてやったよ、何度も。でも残念ながら、人は凄く脆い。すぐに動かなくなって、私の養分になって消えるだけ。だからいかに壊さず、人を痛めつけられるか、私は日々研究している」

 彼は自分に酔ったまま、話し続ける。

「脆弱な人間を殺すことに飽きた私は、強い人間を求めた。強い人間と戦い、強い人間が私に恐怖する姿ほど、私を刺激するものはないよ。なあ、エリーナ、お前はどれだけ私の心を満たしてくれる? だけど安心しろ、お前は一番最後だ」

 エリーナは信心用具を握りしめる。少しはこの空気にも慣れてきた。体は動かせるが、攻撃を仕掛けるタイミングを見極められない。

「このロザリア小国一の戦士も、魔法使いも、私の足元にも及ばなかった。今ではもう、精霊の子すら私には敵わないだろう。アルデンヌ家を私の養分にした後は、王国に攻め入るというのもいいかもしれないなぁ」

 ルーカスは狂ったように笑う。そして、エリーナの後ろに控える人間を眺め回した。

「これは驚いた。私のための実験動物ではないか。ここにまだ残っていたとはな。全員処分したと考えていたんだがね。まあいい、後で私の養分になることを許そう」

 ルーカスはトーレスたちの方に向かって歩き出す。

 トーレスたちはルーカスと同じ原理で動いている。そのため、エリーナよりも体を動かすための負荷は少ない。しかし彼らも、動くタイミングを上手く掴めない。
 
 それと引き換え、クラーラとイレーネはまだ、体が殆ど動かせていない。

「そして何より、珍しい人間がいるなあ」

 ルーカスはイレーネの前に立つ。

「お前のこと、覚えているぞ。雰囲気はかなり変わったが、分かるぞ平民。汚らわしき血を流しながらも、私が目をかけ、1日ぐらい相手をしてやろうとしたのに、拒否しやがったからなあ!」

 ルーカスは笑顔から急に激昂し、手を振り上げた。

 まず、ロランが動いた。剣をルーカスに突き刺す。しかし、触れた刃が溶ける。ドギーもすぐに黒いナイフを錬成し、ルーカスに投げつけるが届く前に蒸発した。

「ドラコ、イレーネを連れて逃げろ!」

 トーレスはそう叫ぶと、槍を生成し、ルーカスに立ち向かう。彼へ届く前に、黒い渦がルーカスの周りに蠢き、トーレスとロラン、ドギーの体を壁に叩き付ける。

 ドラコはイレーネを抱え込み、走り出す。

「私より、クラーラを!」
「それでいいんだよ、イレーネさん」

 クラーラは震える足で立ち上がる。彼女はトーレス達に伝えてある。イレーネが何と言おうと、彼女の安全を優先して欲しいと。

「愛の力、舐めんなよー!」

 クラーラは杖をルーカスに向ける。先端に炎が巻き起こるが、放たれる前に黒い渦が彼女に向かう。それが触れる前に、エリーナの光の盾が展開されるが、破壊されクラーラは柱に体が叩きつけられ意識を失った。
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