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第2章

第50話 侵入

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 マリアたちがロザリア家に侵入する少前の記憶であり、エリーナたちの記録。
 
 


 ***




 エリーナの父親、ルーカスがいる場所は――前大領主の屋敷の中と推測している。そして、昔のままなら、必ず謁見の間に鍵を締め、ひとりで引きこもっているはずだ。だって、彼は誰も信用しないから。

 前大領主の娘、アローラ。その彼女から、エリーナは謁見の間へ通ずる隠し通路の場所を聞いている。だから今は、地下にあるその通路を渡り、自分の父親の元へ向かっていた。

 メンバーは、
 
 エリーナ、
 イレーネ、
 クラーラ、
 トーレス、
 ロラン、
 ドラコ、
 ドギー、

 となっている。

 全員で7名。

 エリーナは、日常と同じシスター服に、ツインドリルの髪型。
 
 クラーラは、いつもの白いローブ服に、愛する人が好きなおさげ姿。左右に分けて、2本に束ねている。
 
 イレーネは、普段とは違う白いワンピース姿。その服は魔法糸で編まれており、魔法耐性にすぐれている。太ももにはダガーを隠し持っている。
 髪型も普段と違う。後ろに束ねず、下ろしたままになっている。

 

 ――今回の作戦は、トーレスの魔法がひとつの要となっている。彼の魔法はドアに自分の魔力を流すことにより、自分が生成した異空間と扉を繋ぐことができる。つまり、何処にいても出入りが自由となる。
 
 エリーナとしては、そんな魔法は聞いたことがない。しかし、実際に経験している以上、疑う要素はない。

 今回、謁見の間の扉と異空間を繋ぐことが最低条件だ。

 エリーナとしては、イレーネとクラーラがいる以上、無理をするつもりはない。それは、トーレスたちも同じ考えだ。
 しかし、今回は殆どの兵士が出兵している。そのチャンスを逃したくはない。

 それにしても、街の雰囲気は少しおかしい。ほとんどの人間は家に閉じこもっており、誰もがルーカスの名前を聞いただけで恐れおののく。

 城門を守る兵士すら、人形のように生気を感じない。

 みんな生きているのに、どこか死人の気配がする街。

 そのため、中々情報が入らなかった。情報屋から今回の出兵の情報が聞けたのは大きかった。

 

 エリーナが、自分の父親と最後に会ったのは7年前。そのときから、彼は神経質な異常者だった。
 
 もっと昔、彼女がまだ、ほんの子どもの頃はまだ、少しはましな人間だったように思う。――そう、信じたいだけなのかもしれないが。

 トーレスの話を信じるならば、ルーカスは既に人間ではない。心臓にコアが刺さっており、それを壊さない限りは不死身の存在。
 
 トーレスたちの心臓に刺さっているのは不完全だが、ルーカスに刺さっているのは完全体。ルーカスのために、トーレスたちは実験台として利用された。
 
 完全体のコアは人の死体から魔力を吸い出すことができる。彼は生贄を求め続け、アルデンヌ家はその贄となる。

 しかし、エリーナとしては、父親がそんな大それたことをしでかす器とは思えない。それは、彼が謀反をおこしたときにも感じたこと。

 本来の彼は、臆病で弱い人間だからだ。
 

 
 謁見の間に通じる、隠し扉の前。

 エリーナはポケットから、ペンダントを取り出す。昔、姉のように慕っていた――アローラから手渡された、ロザリア家の秘宝。

「準備は、いいかしら?」

 そう言って、エリーナは全員の顔を確認する。

 みんな、緊張した面持ちだ。

 エリーナはマリアのことを思い浮かべ、つい笑ってしまう。
 彼女がいたらきっと、緊張感のないことをいうのだろう。だけど、彼女自身は大真面目だったりするからたちが悪い。

「急に笑ってどうしたの?」

 クラーラが不思議そうに首を傾げ、エリーナを見る。

「何だ、緊張で気でも触れたか?」

 ロランは小馬鹿にしたように笑う。

「気にしないで大丈夫ですわ。少し、馬鹿な人のことを思い出しただけですから」
「馬鹿なやつ? 誰のことだよ」
「ロランのことじゃない?」

 ドギーはロランの顔を見て、そんなことを言った。

「何だとドギー、俺に喧嘩を売ってんのか? そういうことなんだな」

 ロランはドギーに詰め寄るため、トーレスに諌められる。

「トーレス、少し、余裕ないんじゃない? いつもならさ、今のじゃれ付き程度でそんな反応したことないでしょ」

 ドラコも声を出して、ドギーに賛同する。ドラコは昔から障害により、声を言葉に変換することができない。

「今のはどう見たって、緊張感を和らげるためのもんだろうが」

 そう言って、ロランはトーレスの肩を叩く。

「緊張することはいいが、緊張しすぎるのは良くないって、これ、お前がいつも言ってることだぞ?」

 トーレスは苦笑する。

「確かにその通りだ。すまん」

 ロランたちは、気にすんなよって顔をする。

「俺が悪かった。だから、そのうざい顔は止めてくれ」

 トーレスがそう言うと、ロランたちは笑い出す。

 和やかな空気が流れ出した。

「良いチームですわね」
「当然だぜ。苦楽を共にしてきたからな」

 エリーナの言葉に、ロランは嬉しそうに言う。

 まだひとりだけ、暗い顔をした人間がいる。

「イレーネ、肩の力を抜け」

 トーレスはイレーネの傍に寄る。

「は? あんたに言われたくないんだけど」

 強がるが、イレーネの手は震えている。

「手が――震えている」
「いや、これ、武者震いだから」

 マリアが言いそうなことを口走った自分に気付く。まったく、ため息を吐きたい気分だ。

 トーレスは一言もなく、震えるイレーネの手を握る。

「俺達がお前を守るって、昔、言っただろ」

 クラーラがものすごい顔でトーレスを顔見する。

「いくらあんたが私より背が高くなろうが、私にとっては変わらず昔のチビのままなのよ。だから、本当は私がもっとしっかりしないといけないのに、なんの役にも立てる気がしない。エリーナ様には悪いけど、ルーカスさえ殺せば、あんた達が元に戻れるというのなら、私は――」
「刺し違えてでもって言ったら、俺達、切れるからな」

 ロランはふたりの会話に割り込む。彼の言葉に、イレーネは唇を噛んだ。

 トーレス達の目的は、ルーカスを殺すこと。彼を殺すことにより、彼らは今の体から開放されると言った。トーレスたちが人間に戻れるのなら、自分の生命など差し出してもいいと、イレーネは考えていた。
 
 だけど、それを彼らは望んでいない。それが――辛い。

「たとえ、俺達全員が殺されようと、イレーネには生き残ることだけを考えていて欲しい。それが、俺達全員の望んでいることだからだ」

 トーレスは同じ目線で語った。
 昔、自分がそうされたように。
 
「なんでそこまで――私はあんた達のためになんにもできなかったのに」
「それは、お前が俺達を救ってくれたからだよ」
「いつの話よ」
「ほんの子供のころからの話だよ」
「私はあんた達の代わりに痛みを負う覚悟もなかった、駄目なお姉ちゃんだった」
「そんなこと、どうでもいい。お前がいたから、俺達はまだここにいれるんだ。お前がいたから、俺達はまだ人のままなんだよ」

 イレーネは何も言えない。
 でも、ほんの少し手の震えが治まった。
 トーレスは彼女の手を握り続ける。

「いい加減にしろー!」

 クラーラの堪忍の尾が切れる。彼女は2人の間に割って入ると、お互いの体を必死に外側へと引き離そうとした。しかし、非力な彼女ではびくとも動かない。

 トーレスはため息を吐くと、イレーネの手を離し後ろに下がった。急な行動だったため、クラーラはバランスを崩し倒れそうになる。イレーネは慌てて彼女を抱き止めた。クラーラは愛する人の感触を味わい、恍惚とした表情になる。

「こいつ、何とかならないのか?」

 トーレスはクラーラを指差す。

「私じゃ、もう無理よ」

 そう言って、イレーネは笑う。いつの間にか、手の震えが止まっていた。
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