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第2章

第35話 命のパン

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 しばらく馬車が走った後、マリアは寝転がった体を起こした。
 
「エリーナさん、目的地はどれぐらいで着くんです?」
「ひとまず目指すのはアカシアと呼ばれる村ですわ。大体8時過ぎには着くかと思いますけれど」
「どんな村なんです?」
「特筆すべきところは特にないですわ。ただ、ロザリア家が管理する村の1つですから、何かしらの情報が得られればよいのですが」
「情報収集ですね、分かりました。頑張りますよぉ」
「ほどほどで構いませんわ。変に目を点けられても困りますしね」
「では、ほどほどに頑張ります」
「そうですわね、どうか、ほどほどにお願いいたしますわ」

 要するに目立たないようにということだろうとマリアは考えた。それなら、エリーナのその派手な赤い服はあまりよろしくないのではと思ったが、黙っておくことにした。
 

 何故かエリーナはマリアの方をじっと眺めている。

「さっきから気になっていましたけれど、なぜメイド服のままなんですの?」
「変ですかねぇ」

 マリアがフリル付きのスカートをつまみ、少しだけひらひらとさせた。

「マリアさん、はしたないですわよ」

 エリーナは顔を真っ赤にさせる。
 
 マリアはソフィーに睨まれ、すぐにスカートから手を離した。

「単純に着替えどきを逃しただけですよ。一応、シスター服は持ってきてます。私の中で一番魔力耐性が高い防具みたいなものですので」

 座席に乗せた手提げ鞄へマリアは視線を向ける。

「そ、それならいいですわ。その服は少々、目に毒ですので」

 フリルたっぷり目のメイド服は少しだけスカートの丈は短いが、そこまでいかがわしくはないだろうと、マリアは思った。

「そう言えば、エリーナさんが帰郷したって話、聞いたことないですね」

 厄介払いされた――そんなエリーナの言葉を思い出し、口にするべきが悩みつつも、マリアは言葉にした。
 
「そうですわね、ロザリアの地に戻るのは12歳のころ以来ですわ」
「7年ぶりの里帰りって奴ですね。家族にはそのことを知らせているんですか?」
「まさか、知りませんわよ。手紙のやり取りすらしたことありませんもの。仕送りだって貰ったことありませんわ」
「え? それじゃあ、この馬車のお金とかってどうしてるんです?」
 
 聖女候補生だと、他のシスターよりお給金は多く貰っている。とはいえ、この馬車を借りるには中々に手痛い出費ではないのかと、マリアは思った。
 馬車に乗ってすぐ、クラーラとマリアはお金を出そうとしたのに彼女は断っている。そのため、てっきり実家からお金が出ていると考えていたのだが。
 エリーナは案の定、苦い顔をする。
 
「普段、外に出ることもありませんから、お金の使い道がありませんの。蓄えはかなりありますから、気にしなくても大丈夫ですわ」

 これ以上、しつこく言っても怒らせるだけだと思ったため、マリアは口を閉じた。

「ロザリア小国の内情は、セルフィとマリベルに話は聞いておりますが、あまり良い話は聞きませんわね。あの二人は、私の手前、言葉を濁す時もありますし、正直、私の認識よりも悪い状況の可能性はありますわ」

 セルフィとマリベルは、エリーナの御付きの二人組。彼女たちはロザリア小国の出身の貴族だが、エリーナのロザリア家に仕えているわけではない。エリーナ自身に惚れ込んで、彼女自身に忠誠を誓っている。そのため今回の帰国も、彼女たちとしてはエリーナに付き従うつもりだったが、主人から待機を命じられ、涙で頬を濡らすこととなった。

 
 クラーラは握った拳を膝の上に置き、震わせている。
 
「怖いんですの?」
「怖いよ。すごく怖い。だって、私が何かに立ち向かうとき、いつもイレーネさんが傍にいてくれたんだから。だから、一人で立ち向かう怖さを、私は今まで忘れてた」
「確かに今、イレーネはおりませんけれど、一人じゃありませんわよ」
「そうだよね、ごめん。ただ、私はいつも助けられてきたんだって、分かってたつもりだったけど、何も分かってなかった。だから、今度は私がイレーネさんを助けたい。もしもイレーネさんが困っているなら、私は彼女の支えになりたい」
「気負いすぎたってうまくいきませんわよ」
「分かってはいる、つもりなんだけどね」

 クラーラは困ったように笑う。

「では、食べますか?」

 マリアは袋を広げ、今朝買ってきたパンを皆に見せた。

「色々買ってきましたから、好きなのを選んでください。お腹が減っては何とやら、ですからねぇ」

 エリーナは苦笑した後、袋から紙に包まれたパンを適当に選んだ。

「クラーラさん、悩んでたって仕方ありませんわ。マリアさんの能天気な所、たまには見習ったほうがいいですわよ?」

 エリーナの言葉にマリアは顔を顰めた。
 
「そうだね」

 クラーラはパンを手に取ると、豪快に齧り付き、頬が緩む。

「凄く美味しいよ、マリアちゃん。ありがとう。お腹減ってたんだって、今更気づいたよ」
「それなら、良かったです。私のおすすめのパン屋さんですからねぇ。全てが終わったら、イレーネさんと3人で行きましょう。色んな種類があって悩むのがあのお店の醍醐味ですから」
「うん、絶対、3人で一緒に行こうね」

 エリーナは二人を微笑ましく見守った後、パンを口にする。

「確かに、美味しいですわね」
「何か、エリーナさんに言われると自信がつきますねぇ。自分の味覚に」

 マリアはクレープの件で無くしかけていた自信を、再び取り戻した。
 
「マリアさんの食に対する努力だけは認めていますわよ。聖女を目指す上では全く、無駄な行為、だとは思いますけれど」
「それ、褒めていませんよね?」
「分かっていただけました?」
「さっきから喧嘩を売ってますねぇ、買いますよ、こらぁー」

 小さい手で必死に拳を作り、大げさに振り回すマリアの姿を見ても、エリーナにはなんの脅威も感じない。

「本当に、マリアさんは単純ですわね」

 マリアの手が誰かを傷つけたところなんて見たことがない。いつだって、その手は誰かを救ってきた。昔の自分だって、そうなのだから。
 昔を思い出し、エリーナは笑ってしまう。
 

 ――その瞬間、マリアの頭に衝撃が走り、身悶える。
 

 誰からの攻撃かは直ぐに理解する。

「……ソフィー様、私は辱められていただけなんですけどぉ」
「そんなの関係ありません。私が腹を立てたか、そうでないか、ただそれだけです」

 理不尽な言葉に、マリアは一瞬、言葉を失う。

「これ以上、私が馬鹿になったらどうするんですかぁ」
「大丈夫です。人として、それ以下はありえませんから」

 辛辣な言葉に、マリアは頬を膨らます。
 
 
 エリーナとクラーラはドン引きしたまま、ソフィーを眺め、彼女と目線が合うと、二人共、明後日の方に顔を向けた。

「そ、そう言えばマリアちゃん、オーガ退治の時、遠くにいる状態で聖女様に連絡していたよね。あれって、イレーネさんにはできないのかな」
「念話のことですか?」
「えっと、多分、それだと思う」
「あれは、今のところ聖女様としかできませんね。条件は光属性同士であることと、お互いの魔力の流れを理解していないと駄目ですから」
「じゃあ、エリーナさんとはできるようになるの?」
「そうですねぇ、ある程度、時間をいただければできるようになるかと思います」

 その言葉を聞き、エリーナは興味を持つ。

「それって、どんな魔法なんですの?」
「そうですねぇ、離れていても頭の中で会話ができるようになる魔法です。距離に関しては、相手の魔力量によって決まってきます」
「どうしたら、できるようになるんですの?」
「聖女様の時は、額を合わして20分ぐらいお互いの魔力を流し合っていたら、できるようになりました」

 エリーナは顔を赤くする。

「やります?」

 マリアがその言葉を吐いた瞬間、再び頭に衝撃が降りかかった。
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