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第1章
第29話 弔い
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夢うつつな状態で、マリアはソフィーの宿営場から出て来る。
月が綺麗だなぁと思いながら、道を歩いていく。
マリアは考える。もっと触れたいと思ってしまう自分はおかしいのだろうかと。
ソフィーの少し濡れた唇――それを思い出すと、マリアの顔が熱くなってくる。思考から中々消えないため、マリアは我慢できずに、呻き声を上げた。傍から見ればヤバい人間にしか見えない。
食器を戻し、自分の宿営場前まで戻ると、イレーネが一人、月を見ながら煙草を吸っていた。
「イレーネさんが煙草を吸っているの、初めて見ました」
イレーネは煙草の煙を空に向かって吐いた後、マリアを見る。
「辞めたつもりだったんだけどね。知り合った兵士から貰ってきたわ」
「何で辞めたんですか?」
「さぁ、何でだったかしらね」
イレーネは再び、煙草をくわえる。彼女が向ける方角は村の方。
「お酒があればよかったんだけど」
独り言のように、イレーネはつぶやく。
「何でお酒何て飲みたいのか、私にはさっぱり分かりませんね」
「それはまだ、マリアがお子ちゃまだからよ」
マリアは、ほんの少しだけムッとした。
「昨日のイレーネさんとクラーラさんに比べたら、そりゃー私は子供ですよぉーだ」
「あー、それは……」
イレーネはこめかみを押さえる。
「本当にゴメン。悪いけど、それはさっさと忘れて」
ここからでは、イレーネの顔が見えないが、照れているのだろうかとマリアは思った。
イレーネは煙を口内で嚙み締めた後、煙草を地面に捨て、足で火を消した。
「煙草、捨てたままは駄目ですよ」
「後でちゃんと捨てるわよ」
いや、絶対に捨てないなぁと、マリアは思った。
「大人なら、ちゃんとしてくださいよぉ」
「何を言っているのよ、大人だから、ちゃんとしないのよ」
「何ですかそれ?」
「大人って、大変ってことよ」
イレーネは再び煙草に火をつけた。
揺れて、空に帰る煙が、村を弔っているように見えた。
「イレーネさんは、ノーススリーブに来たことあったんですか?」
「仕事でね、ほんの数回よ。でも、本当にいい村だった」
「……そうですか」
「本当にいい村だったのよ。関わったのはほんの数人だったけど、それが私にとっての、この村のすべてだから」
吐く煙が月に向かって揺れる。
「王都や街の中で暮らしていると分からないけれど、最近の魔物の大量発生と関連してか、作物の採れる量が明らかに減っているのよ。その皺寄せは何処に行くと思う? 全部、村に住む人達よ。自分のことだけで精一杯のはずなのに、私達の心配をするぐらい、あの人達は、とんだお人好しだった」
イレーネの煙草が揺れる。
「いつだって、私が見る死はいい人ばかり。死んで欲しい人間は、のうのうとこの世に生き続けてるってのに」
熱くなる自分に気付き、イレーネは鼻で笑う。
「だからマリア、あんたも気をつけなさい」
「それは、イレーネさんもですよ」
「私は大丈夫よ、だって、いい人じゃないからね」
そう言って、イレーネは笑った。
***
宿営場に入ると、クラーラとアンナが楽しそうに話しており、エリーナさんとお付きの2人は少し離れた場所で固まっている。
クラーラとアンナは笑顔で出迎えてくれたが、エリーナはこちらに視線を一度向けただけで、すぐに背を向けた。
「クラーラさんから、イレーネさんの勇姿をずっと聞いていたんですけど、やっぱり凄い人だったんですね!」
クラーラは何故か、アンナの後ろであたふたとしている。
「クラーラ?」
イレーネは笑顔でクラーラを見る。黒いオーラを発しながら。
「わ、私は悪くないよ。魅力的すぎるイレーネさんが悪いんだから!」
イレーネは一度、軽く頷き、クラーラの後ろに回る。
クラーラはガタガタと体を震わした。
「あんたの中にいる私はもう別の誰かなんだから、あんたのふざけた妄想を知り合ったばかりの人間に垂れ流すのは止めなさいって、これ何度目?」
イレーネは拳を作り、クラーラの頭をぐりぐりと攻撃する。
クラーラは悲鳴を上げながらも、イレーネさんへの愛は不滅なり! と訳の分からない言葉を口走っている。
アンナは口元を押さえ、イレーネとクラーラの顔を交互に見、困惑していた。
クラーラと初めにあった時、こんなことあったなぁーと、マリアは思い出す。
決していい思い出ではないが。
アンナはマリアのほうにこっそりと非難してくる。
「やっぱり、マリアのお友達のことだけはあるね」
「それ、どーいう意味ですかねぇ?」
アンナは肩を竦め、ニヒルな笑みを向けて来る。イラっとしたため、マリアは彼女の額にチョップをかました。
額を押さえ、わざとらしく痛がった後、マリアを眺める。
「でもさー、本当に良かったよね。とんでもない化け物を倒したんだし、これでしばらくは平和になるよ」
アンナは嬉しそうに笑う。
「そうですね、きっと」
マリアはアンナの言葉に頷いた。それでも、自分でも理由の分からない一抹の不安に襲われる。それはただの気のせいだと、マリアは深く考えるのを止めた。
月が綺麗だなぁと思いながら、道を歩いていく。
マリアは考える。もっと触れたいと思ってしまう自分はおかしいのだろうかと。
ソフィーの少し濡れた唇――それを思い出すと、マリアの顔が熱くなってくる。思考から中々消えないため、マリアは我慢できずに、呻き声を上げた。傍から見ればヤバい人間にしか見えない。
食器を戻し、自分の宿営場前まで戻ると、イレーネが一人、月を見ながら煙草を吸っていた。
「イレーネさんが煙草を吸っているの、初めて見ました」
イレーネは煙草の煙を空に向かって吐いた後、マリアを見る。
「辞めたつもりだったんだけどね。知り合った兵士から貰ってきたわ」
「何で辞めたんですか?」
「さぁ、何でだったかしらね」
イレーネは再び、煙草をくわえる。彼女が向ける方角は村の方。
「お酒があればよかったんだけど」
独り言のように、イレーネはつぶやく。
「何でお酒何て飲みたいのか、私にはさっぱり分かりませんね」
「それはまだ、マリアがお子ちゃまだからよ」
マリアは、ほんの少しだけムッとした。
「昨日のイレーネさんとクラーラさんに比べたら、そりゃー私は子供ですよぉーだ」
「あー、それは……」
イレーネはこめかみを押さえる。
「本当にゴメン。悪いけど、それはさっさと忘れて」
ここからでは、イレーネの顔が見えないが、照れているのだろうかとマリアは思った。
イレーネは煙を口内で嚙み締めた後、煙草を地面に捨て、足で火を消した。
「煙草、捨てたままは駄目ですよ」
「後でちゃんと捨てるわよ」
いや、絶対に捨てないなぁと、マリアは思った。
「大人なら、ちゃんとしてくださいよぉ」
「何を言っているのよ、大人だから、ちゃんとしないのよ」
「何ですかそれ?」
「大人って、大変ってことよ」
イレーネは再び煙草に火をつけた。
揺れて、空に帰る煙が、村を弔っているように見えた。
「イレーネさんは、ノーススリーブに来たことあったんですか?」
「仕事でね、ほんの数回よ。でも、本当にいい村だった」
「……そうですか」
「本当にいい村だったのよ。関わったのはほんの数人だったけど、それが私にとっての、この村のすべてだから」
吐く煙が月に向かって揺れる。
「王都や街の中で暮らしていると分からないけれど、最近の魔物の大量発生と関連してか、作物の採れる量が明らかに減っているのよ。その皺寄せは何処に行くと思う? 全部、村に住む人達よ。自分のことだけで精一杯のはずなのに、私達の心配をするぐらい、あの人達は、とんだお人好しだった」
イレーネの煙草が揺れる。
「いつだって、私が見る死はいい人ばかり。死んで欲しい人間は、のうのうとこの世に生き続けてるってのに」
熱くなる自分に気付き、イレーネは鼻で笑う。
「だからマリア、あんたも気をつけなさい」
「それは、イレーネさんもですよ」
「私は大丈夫よ、だって、いい人じゃないからね」
そう言って、イレーネは笑った。
***
宿営場に入ると、クラーラとアンナが楽しそうに話しており、エリーナさんとお付きの2人は少し離れた場所で固まっている。
クラーラとアンナは笑顔で出迎えてくれたが、エリーナはこちらに視線を一度向けただけで、すぐに背を向けた。
「クラーラさんから、イレーネさんの勇姿をずっと聞いていたんですけど、やっぱり凄い人だったんですね!」
クラーラは何故か、アンナの後ろであたふたとしている。
「クラーラ?」
イレーネは笑顔でクラーラを見る。黒いオーラを発しながら。
「わ、私は悪くないよ。魅力的すぎるイレーネさんが悪いんだから!」
イレーネは一度、軽く頷き、クラーラの後ろに回る。
クラーラはガタガタと体を震わした。
「あんたの中にいる私はもう別の誰かなんだから、あんたのふざけた妄想を知り合ったばかりの人間に垂れ流すのは止めなさいって、これ何度目?」
イレーネは拳を作り、クラーラの頭をぐりぐりと攻撃する。
クラーラは悲鳴を上げながらも、イレーネさんへの愛は不滅なり! と訳の分からない言葉を口走っている。
アンナは口元を押さえ、イレーネとクラーラの顔を交互に見、困惑していた。
クラーラと初めにあった時、こんなことあったなぁーと、マリアは思い出す。
決していい思い出ではないが。
アンナはマリアのほうにこっそりと非難してくる。
「やっぱり、マリアのお友達のことだけはあるね」
「それ、どーいう意味ですかねぇ?」
アンナは肩を竦め、ニヒルな笑みを向けて来る。イラっとしたため、マリアは彼女の額にチョップをかました。
額を押さえ、わざとらしく痛がった後、マリアを眺める。
「でもさー、本当に良かったよね。とんでもない化け物を倒したんだし、これでしばらくは平和になるよ」
アンナは嬉しそうに笑う。
「そうですね、きっと」
マリアはアンナの言葉に頷いた。それでも、自分でも理由の分からない一抹の不安に襲われる。それはただの気のせいだと、マリアは深く考えるのを止めた。
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