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第1章

第26話 灰

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 マリアは大きな穴から覗く空を眺める。下では禍々しいオーラに満たされているのに、相変わらず空は綺麗なままだ。

「ソフィー様、空から魔法を落とすので、少し離れてください」

 ソフィーはマリアの隣に降りる。

「何をする気ですか?」
「ダメもとで、一応私の最大の魔法をぶちまけます。少し時間がかかりますが」

 マリアは信心用具を両手で握り、目を閉じる。

 詠唱。祈りの言葉。それは、この世を憂う言葉。

 目を開けると、金色の瞳が光り輝く。

 女王はマリアを見て、雄たけびを上げ、両腕を何度も地面に叩き付ける。何匹かのゴブリンが潰れ、地面が揺れる。
 バルカス達は体勢を整えるため、しゃがみ込み、ソフィーは体を浮かした。
 マリアの体は揺れるが、バランスは崩れない。

 女王は唸り声を上げ、起き上がろうとする。

「あいつ、起き上がれるのかよ!?」

 エディが叫ぶ。
 
 ソフィーは手に持っている剣を投合し、女王の障壁で爆散させる。女王は仰向けに倒れ、膨らんだお腹から再びゴブリンが産声を上げ、この世に顔を出す。

 マリアは上を見上げ、両手を空に向かって伸ばした。

 空から陽の光が降り注ぎ、薄暗かった場所が光に満たされる。
 女王も、ゴブリンも空を見上げる。

 目が開けられないほど光が強まって行く。
 マリアが、女王を見た。

「世の痛みを知れ」

 言霊を吐く。
 
 空からの光が束となり、ゴブリン達に向かって落ちる。
 中からの衝撃で結界が割れたため、マリアはすぐに何重もの結界を張り直す。
 ゴブリンは消し炭となり、女王の障壁は溶け、大量のマナが溢れる。ソフィーはその力を集約し、再び剣を形にした。

 マリアの目から光が消えた瞬間、呼吸が苦しくなり、膝をついた。胸を押さえ、大量の汗が落ち、地面を濡らす。
 暫く、魔法は使えそうにない。
 
 クラーラは直ぐに駆けつけ、マリアの背中をさすった。

「クラーラ、呼吸困難なときは背中を叩いたほうがいいわよ」

 イレーネの言葉に、クラーラはマリアの背中を優しく叩いた。
 
 女王の股下からは大量の黒い液体が溢れており、お腹も、少しだけ萎んでいる。
 女王はうなり声を上げ、ふらつきながらも立ち上がる。

 ソフィーは剣を構える。

「マリア、暫く休んでて下さい」
 
 ソフィーは10m以上の高さにある女王の頭まで飛ぶと、肩の上に乗り、首を切断した。その瞬間、女王の両手が動き、ソフィーを叩き潰そうとするが、蝶のように飛び、躱す。
 両手を、両腕を、神速で切り落とした。

 地面に転がった女王の頭、口元を開け、黒い光が集約する。

 マリアはソフィーの名前を叫ぼうとするが、声が出ない。

 女王の口から高濃度に膨れ上がったマナの力がソフィーに向かって放たれる。

 ソフィーは左手を開き、突き出した。黒い光が彼女の手に吸収される。

 女王の目が見開き、咆哮を上げる。お腹から数百もの手が飛び出し、黒い血が飛び散る。

 ソフィーは高く飛び、結界の外に出た。女王に向かって剣を向けると、彼女の前に青い炎が迸る。クラーラの炎より大きさは小さいが、出力は遥か上。しかも空中に浮遊する数は百以上。

「灰になりなさい」

 炎が高速で、女王に向かって放たれる。
 土煙が起き、風圧で結界が揺れる。
 結界は三重にも重ねられているが、仮に破壊されても、今のマリアではまだ結界を張りなおすことができない。

「自信がなくなるよ、これは」

 クラーラの独り言に、マリアはまだ言葉すら返せない。

 攻撃が止み、徐々に煙が消えて行く。
 
 女王の体は砂のように崩れ、黒い霧が空へ立ち昇って行く。

「終わった、のかしらね」

 イレーネの言葉にエディは足元に力が抜け、尻もちをついた。そんな彼の肩を、バルカスは軽く叩いた。

「マリアちゃん、大丈夫?」

 マリアの呼吸は、少しだけ落ち着いてきた。

「クラーラさん、ありがとうございます。だいぶ楽になりました」
「ああ、ごめんね。無理して返事しなくても大丈夫だよ」
「いえ、もう大丈夫ですから」

 とはいえ、しばらくは起き上がれそうにない。

 ソフィーはマリアの隣に降りてくると、クラーラの方を不機嫌そうに睨みつけた。怯えた彼女はいそいそとマリアから離れ、イレーネの後ろに隠れた。

 一番後ろで待機していたオーランドは手を叩き、みんなを称えながらマリアの近くまで寄ってくる。

「オーランドさん、ソフィー様のマナを吸収する力があるなら、私が出張る必要もなかったんじゃないんですか?」
「そうですね」

 簡単に頷かれ、マリアは出鼻がくじかれる。

「嘘、吐いたんですか?」
「そんな言い方は嫌ですねー、ただ僕は、マリアさんの力が見たかっただけなんです。だから、仕方ないですよね」

 オーランドは左目でウインクをした。

「喧嘩売ってるんですねー、買いますよ?」
「そんな訳ないじゃないですか、マリアさんは相変わらず御冗談がお好きだ」
「本当、何しに来たんですか。邪魔しかしてなくないです?」
「マリアさん、何を言っているんですか。僕は美形担当ですよ」

 マリアは首を傾げる。

「僕の美形によるスマイルで、みんなのやる気をUPさせるのが仕事です。ほら、こんなの、僕にしかできないでしょ?」
「それ、マジで言ってます?」
「冗談ですよ、冗談。それでは、マリアさんが落ち着いたら、すぐにここから出ましょう。女王を倒したところで、他のゴブリンが消えるわけではないし、進行を止めるはずもないでしょうから」

 マリアはふらつきながらも立ち上がる。そんな話を聞いて、休んでるわけにもいかない。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」

 マリアの目が金色に光る。

 みんなが洞窟を出ていこうとした時、オーランドは振り返り、最後に女王の遺体があった場所を眺める。そこに、黒く歪んだ小さな玉が転がっている。

「メア」

 オーランドは誰にも聞こえないよう、小さく呟く。
 
 メアは小さな玉を拾うと、再び地面の中に消えた。
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