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第1章

第17話 噂話

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 3階から2階に降りる階段は扉の先にあり分かりづらかったが、1階の階段は割と簡単に見つかった。
 階段を降りる前でカーチスにはお礼を言い、手を振って解散した。
 孤児院にいる弟達と同じ感覚になりつつある。彼が自分と同じ年齢だとは微塵も考えず、年下だと認識している。

 一階は先程より騒がしくなっており、人混みも増えている。
 食堂の方も慌ただしくなっており、悪いと思いつつもメイド長を見つけ状況の説明を行った。
 今日の朝来たばかりで、今日の夜にはここから出ていくことをマリアは申し訳なく思っていたが、彼女は特に気にした風もなく「頑張ってください」とだけ言った。
 
「分かりました、頑張ります」

 マリアは敬礼のポーズを行う。
 
「気を付けてください。無事帰ってくるのを待っていますので」

 メイド長はそう言って、ほほ笑んだ。


 
 ***
 


 休憩室には誰も居なかった。
 遅くなった昼食を食べながら、美味しさに再び感動する。
 部屋の扉が開き、一番年の近い先輩メイドのナナが入って来て、マリアの前で止まった。

「聞いたよ、マリアちゃん」

 どうやら興奮しているようだ。

「何をですか?」
「さっき、カーチス様とマリアちゃんが階段の踊り場で手を振って別れた所を」

 今の話の中に興奮する要素が見つからず、マリアは首を傾げる。

「それがどうしたんですか?」
「ってことは、本当の話なんだね」
「そうですねぇ」

 ナナは目をキラキラと輝かせている。

 良くわからないが、尊敬の念を抱かれている気がして、悪い気はしない。
 
「2人が別れる時には手を重ね、長いこと見つめ合い、涙を溢れさせるその姿はあまりにも美しく、それはまるで逢瀬を重ねた2人の――」
「ああ、それは嘘ですねぇ」

 ややこしいことになりそうなため、話を遮った。

「嘘なの?」
「まったくの嘘ですねぇ。驚きました」
「何処までが?」
「手を振って別れただけですよぉ」
「つまり、その前はやはり、逢瀬を重ねた2人は――」
「迷子になっていた所をカーチス様に助けて貰っただけですから」
「でも普通、王家の方と手を振って別れることに私は浪漫を感じてしまうの。だって我々はそう言う話に飢えていますから!」

 確かに、手を振るのは失礼だったかとマリアは反省した。孤児院の弟達と別れる時にしていることと全く同じだ。

「私は平民出身で、作法とかに詳しくないんですが、王族の方に手を振って別れるのは不味いですかね?」
「普通はあり得ないよ。アレン様だったら、腰の剣を引き抜き、斬りかかる所だったよ?」
「マジですか」

 マリアは身震いした。

「それは、私の完全なイメージで語っているから、真実とは限らないけども」
「じゃあ、きっと大丈夫ですね」
「だけど、カーチス様だったから良かったのかもしれないから、今後は気を付けたほうがいいよ? 冗談じゃなくて、王族や貴族の方に手を振る自分を想像するだけで身震いが止まらないもの」
「確かにそうですね、ご忠告ありがとうございます」

 マリアは頭を下げた。

「全然いいよ、大丈夫だから」

 ナナは笑って言った。

「因みに、カーチス様って人気あるんですか?」
「そうだね、人気あると思うよ? 少しおどおどとした感じがとんでもなく美少女だから、男性職員達に新たな性癖を植え付けていると、私は睨んでいるわ」
「メイドさん達の中でもですか?」
「私達の中でも人気があるけど、やっぱりアレン様の方が人気あるかも」
「そうなんですか?」
「やっぱり、アレン様はいかにも王子様って感じで格好良いじゃない? 憧れている子はやっぱり多いよ」
「ナナさんもですか?」
「私もやっぱり格好良いなぁーって思うけど、怖いって感じの方が強いかな。私はどちらかと言えばカーチス様派だから」

 ナナさんは少し照れくさそうに言った。
 
「マリアさんは?」
「私ですか? 私はソフィー様派ですね」
 
 少し驚いた顔で、サムズアップするマリアの顔を見る。

「つまり、推しの生活をお世話をしているってこと? ありね、それ。私はマリアさん✕ソフィー様を推すわ」
「ソフィー様派はいないんですか?」

 ナナは少し困った顔をする。

「聞いたことはないかな。やっぱり」
「何でですかね?」

 マリアはソフィーのファンが身近にいないことを心底理解出来なかった。

「だって、やっぱり怖いじゃない?」
「そんなことありませんよ。優しくて可愛らしい方ですから」

 マリアは拳を作り、力説した。
 ナナは苦笑いする。

「これはお年寄りの人から聞いた話だけど、最近魔物の発生が異常で結構お城の方でもバタバタしてるじゃない? 昔はこんなことなかったって。これはソフィー様が生まれてからおかしくなったって言うの――」

 ナナは少し言いづらそうにしながらも、口にした。

「精霊の子が生まれたことにより、魔物が増えたって思っている人はやっぱり多いから」

 マリアは珍しく腹を立てた。
 魔物が増えたから、精霊の子が生まれたのではないか? それは人のために、神が起こした奇跡だとマリアは考えている。それなのに、精霊の子が生まれたから、魔物が増えたと言うのはあまりに酷い話だとマリアは思った。

 精霊の子は魔物を討伐している。それは誰よりもだ。称賛されるべき話の筈なのに。

「ごめんね、なんか変な話をしちゃって」
「いえ、気にしないでください」

 場が変な空気となりかけたため、マリアは無理やり笑顔を作ったが、うまく笑えない。

 この話は、誰のせいでもないはずだから。
 マリアは自分に言い聞かした。
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