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第55話 不穏な空気

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山道の森に囲まれた道を、長蛇の列で行軍をしていたある日。

プオーンプオーン!

ベルトリウスさんと談笑しながら歩いていた時だった。

馬や馬車、足音それだけの中に角笛が響いた。


「どうした」

「な、なんでしょう」

「分からない・・・奇襲かもしれない。ノエル君領域の準備を頼む」

「分かりました」

突然のことだがベルトリウスさんは冷静に対処し僕に指示をだすと自分もまたグリモワールを開く。

ヒュンヒュンヒュン

最初は何の音か分からなかった。だが、肩に受けた痛みで音の正体がすぐに分かった。

「ぐあっ!」

痛みで地面に倒れた。


矢での奇襲を受けたようだ。右肩に刺さる1本の矢が僕の理性を失わせる。

「うわーーーー!?痛い!痛い!」

息が苦しい、上手く呼吸ができない。痛い、誰か助けて・・・

いつかは負傷するという覚悟はあったが、そんな物はこの痛みで一瞬で砕けおちていた。


「だ、だれか、たすけて・・・痛いーーーー、うわーーーーーし、しぬ」


肩からドクドクあふれ出ていく血を見ると、更にパニックになる。

周りではもっと騒がしい様子だが、そんな状況も僕の耳や目には入ってこなかった。

「い、いたい・・・だ、誰か・・・」

思いっきり刺さった矢を抜ければいいが、少しでも矢に触れると痛みが痛烈に走る。

「はっはっはっ・・・・ヒューーー、く、くるしい」

助けてアルスさん・・・

僕はこの時本当に死んでしまうものだと思い、アルスさんの顔が思い浮かんでいたのだが・・・

それは激痛の元に雲散した。

「えいっ、これぐらいでビービー煩いわね!」

「いたーーー、やめて、は血、血が・・・」

アンリさんが思いっきり刺さった矢を抜いた。そこから血が噴き出すさまは気が遠くなる。

「ほら!ヒールよ!死ぬわよ、あんたも私も!」

「痛い!うわーーーー血が・・・」

パシン

肩とは別に頬にも痛みを感じ、僕はぐいっと顔掴まれ横を向かされる。

「ちゃんとみなさい!」

この人は何を言っているんだと、僕にそんな余裕はないんだ、誰か助けて!そう声を張り上げたかった。肩の痛みもいまだに激痛がはしっている。

それでも無理矢理向かされた顔は、他にも倒れている人や戦っている人がかすれるぼやけた視界に飛び込んできた。

そしてベルトリウスさんらしき人も同じように矢が刺さり倒れている。

「みたわね!なら回復!」

そんな・・・痛い・・・こんな状況で詠唱なんて出来るわけない・・・

「ほら、あんたのグリモワール!」

矢が刺さったと同時にグリモワールを落としていたようだ。それを僕に無理矢理持たすように押し付けてくるがぐいぐいと肩に当たっている。

「いたい!!!やめて!!」

「急いで!」

こんな状況で詠唱なんて無理だって!

僕の頭は痛みと無理を強いるアンリさんの要求に逃避しようとしていた。


痛みと混乱でアンリさんが何かまだ言っているが何も聞こえない。もう、僕の耳は何も捉えようとしなかった時


カチャリ


僕の胸元で音がなる。確かにその音だけが聞こえ僕の体全身に響いた。

それは首から下げる貝殻と水晶がぶつかった音。


・・・こんな時でも助けてくれるんだな。

彼と離れ強くなると誓ったあの時の気持ちが蘇ってくる。

痛みはある、ものすごく痛い。でもパニックは収まった。

アンリさんが罵倒する声も、兵士達が戦っている音、痛みで僕のようにもがき苦しむ声、鮮明に聞こえ始め頭が働き出していた。

押し付けられたグリモワールを、力が入らない右手でかろうじて持つ。

そんな騒がしい中、横たわったまま静かに目をつぶり詠唱を始める。

読めるからと奢らず、みなと同じように覚えて置いた事が実を結ぶ。

微かに握ったグリモワールが勝手にめくられていくのが分かる。

「癒しの光」

左手を右肩に浮かせるようにあてがうと、徐々に痛みはひいていく。

完治とはまではいかず違和感は残るが、十分な回復量だ。

すっと目を開くと、さきほどまでぼやけた視界も今はちゃんと見えていた。

「やっと!ほら!おきなさい!」

目を開くと僕を覗き込むアンリさんが現れた。そして上体を起こされる。

今度ははっきりと周りを見渡す、奇襲を受けて倒れている者が僕以外にも沢山いた。

だが今はもう矢が飛んできている気配はなく、戦闘は終わっていたようだ。

こんなことが、王国軍を奇襲してくるやつもいるのか・・・。

大勢の行軍という物は自分の気を大きくしていた。それが周りが森に囲まれている視界の悪い立地だったとしてもだ。

魔物が飛び込んでくる事なら頻繁にあったが、こんな人による奇襲は初めてのことだった。

「ぼーっとしない!私もここ怪我したの!」

「あっはい・・・これが怪我ですか?」

周りの状況を理解しようとあたりを見渡している時だ。

アンリさんのふくらはぎには矢がかすったような擦り傷のような物が。

「そうよ、これ治してほしくてあんたを起こしたんだから!早く!」

「・・・えっと死にはしないので後から回復しますね」

「ふざけないで!私は死ぬのよこの傷で!」

「なにを大袈裟な・・・」

「あんたも肩に矢が刺さっただけで死ぬ死ぬいってたじゃない」

「それは・・・」

いやあの時は本当に死ぬと思っていたのだから・・・

それは置いといてこんなやりとりしている間も惜しい。

「誰か、矢を抜いてください!回復していきます!」

重傷者とか色々あるかもしれないが、今は周りにいる人だけでも助けなければ。

僕はそう声を掛けるとすぐにグリモワールを開き、詠唱を始める。

無傷なリーディアの人が魔道兵から矢を抜いていくため、僕は癒しの光を順に唱えて行った。



僕は近くいた20人を回復し終えたが、この奇襲はこの長蛇の列のいたるところで行われており僕だけでは足りていない。

普通の包帯を巻いたりの簡易な治療を施したりで終わる様子はある意味これが正常な治療なのだ。

元から大所帯というわけではない第四王子の軍1000人。それが戦を続け傭兵や街などで補充しても兵は減る一方だった。

それに今回の奇襲でも死者を30人、負傷者が70と大きな損失を出していたのだ。

僕らが狙われなかったが、先頭では魔導士による奇襲も行われ大きな被害が出ていた。

「今回はやばいんじゃないのか」
「あぁ、異教徒の方が数は多い。負け戦かもな」
「次、大きな戦があったら半数は死ぬかもな・・・」

兵士達が愚痴を漏らす声を聞くと不安になる。兵士達から愚痴を小耳に挟むのもいつものことだ、僕だって兵士の時にはそういっていたのだから。

だが、いつもとは違う。そんな空気を皆が感じ始めている。

リコリアから出て2週間。補給も出来ず、食料も減りつつある中で士気も下がっていっていた時の奇襲された出来事だった。
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