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第二章 回想編
第三十七話 期末試験という名の残酷な現実
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穏やかな日常が戻り、私たちはいつものように屋敷で過ごしていた。七月が近づき、夏の陽射しがリビングの窓から柔らかく差し込んでいた。
あの事件以来、私たちの距離は少し縮まったように感じていた。茉凜に対する気持ちも、以前ほどぎこちなくはない。彼女の存在が少しずつ、私にとって自然なものになってきていた。
私は窓際に腰掛け、本を静かに開いた。山奥の小さな家で育った私にとって、ネットもなければ、テレビも衛星放送だけ。だから、読書が唯一の娯楽だった。その癖は今も変わらず、こうして夏の柔らかな光に包まれてページをめくると、懐かしい安心感が広がる。
その横で、茉凜はソファにだらしなく寝転び、スマホを手にして何かを調べていた。彼女の笑い声や小さな声が、時折静かな部屋に響き、楽しそうに何かに夢中になっているのが伝わってくる。
「ここ、どうかな? 行ってみたいと思わない?」
彼女は興奮した様子で、スマホを私に見せてきた。私は本から目を離し、適当に相槌を打つ。
「ああ、いいかもな」
正直に言うと、どこに行くかとか、何をするかはあまり興味はなかった。ただ、茉凜がこうして楽しそうに話してくる姿を見るたびに、私は心の中で穏やかな笑みを浮かべていた。それが私にとって、何よりの喜びだったのだ。
そんな何気ない、しかし心温まる光景が、私たちの日常だった。穏やかな午後の空気と、茉凜の陽気な声が、私の生活に柔らかいぬくもりを与えてくれていた。
それにしても、彼女は一体何をそんなに浮かれているのだろう。確かに夏休みが近いし、いろいろと行動プランを考えるのもわかる。だが、その前にある現実的な問題を彼女はまるで忘れているかのようだ。
「おい、茉凜。お前は一体何をはしゃいでいるんだ?」
私の問いに、茉凜はスマホから顔を上げて、目をぱちくりと瞬かせた。彼女の顔には無邪気な輝きが宿り、まるで子供が宝物を見つけたかのような表情を浮かべていた。
「そんなの決まってるじゃない。もうすぐ夏休みだよ? どこで遊ぼうかとか、どんな場所に行こうか考えるだけで、ワクワクして仕方ないの! それに、実家にも帰って、久しぶりに両親の顔も見たいしね」
その言葉には、純粋な喜びが溢れていた。しかし、私はその能天気な言葉に、驚愕するしかなかった。どうしてそんなに無邪気に夏休みのことだけ考えられるのか?目の前に迫る現実をまるで意識していない。
彼女の楽しげな様子は、私にはまるで終末を目前に控えた人々が「ええじゃないか、ええじゃないか」と陽気に騒ぐ祭りのように見えた。その無邪気な歓喜が、現実の厳しさと無関係なことに私は途方に暮れる。何か深刻な問題が起こっているのに、それを全く意に介さない様子に、少し嫉妬すら覚えるほどだった。
仕方なく、私は冷酷王子としての威厳を取り戻すことにした。まぁ、ほんの少しの悪戯心があったことは認める。
「お前はあまりにも欲望に忠実すぎる。すぐ間近に未曾有の危機が迫っているというのに、それに気づいていないようだ」
彼女はきょとんとした顔で、「危機って?なに?」と、心底不思議そうに問い返してきた。それに私は、頭を抱えるしかなかった。この現実の厳しさを知らない彼女に、どうしても言わなければならない。冷徹な決意を込め、厳しい口調で告げた。
「テストだ、期末試験だ。そんなこともわからないのか?」
茉凜は一瞬凍りついたように固まり、次の瞬間、目を大きく見開いた。その表情はまるで地面が突然崩れ落ちたかのように驚愕に満ちていた。世界が終わると言っても、ここまでの反応を見せるだろうかと思うほどの、天変地異でも降りかかったような顔だった。
「ああっ! それ、忘れてた!」
その反応に私は呆れ果てた。「ああ、やっぱり」と心の中で舌を打ちながら、冷静を装って言葉を続けた。
「お前の成績はぎりぎりなんじゃなかったか? いいのか、それで? 赤点取ったらどうなるかわかっているよな?」
「あ、あ……」
「うちの学園は遅れた生徒を見捨てるようなことはしない。つまり、補習で夏休みが丸々吹き飛ぶ、という意味だがな」
茉凜の顔はみるみる青ざめ、頬は真っ白になっていった。目はまるで嵐の海に放り出された小舟のように、必死に定まる場所を探して揺れ動いていた。それを見て、私は堪えきれずに吹き出しそうになった。彼女のリアクションがあまりにもコミカルで、まるで舞台で見ているコメディのワンシーンのように見えてきたからだ。
「そ、そんな……本気で言ってるの? 夏休みが突然全部消えるなんて、まるで波乱万丈の大スペクタクル映画みたいじゃない? ありえないよ!」
その問いに、私は「なんてアホの子」と内心苦笑しながら、最近観たアニメに出てきた秘密結社の謎めいた司令官のように肘をつき、真剣そのものの表情で静かに頷いた。
「残念だが、波乱万丈でもスペクタクルでもない。これが現実という名の厳しくも容赦ない試練だ。そこからは決して逃れられない……」
茉凜はしばらく口をパクパクさせ、言葉を失っていた。その瞳にはまるで人生の終焉を迎えたかのような深い恐怖が宿り、表情は絶望の暗雲に覆われた空のようだった。
「でも、補習なんて、そんなの耐えられるわけないよ! どうしよう……」
「だろうな」と私は冷静に答えた。
「夢に描いた理想の夏休みを楽しむためには、この試練を乗り越えなければならないということだ。理解できたか?」
私の冷徹な言葉を受けて、茉凜はしばらく考え込んでから、意を決したように顔を上げた。そして、心からの決意を込めた表情で「う、うん……」と小さく返事をする。
「“うん”じゃない。“サー・イエス・サー!”と言え!」
私は冗談めかして厳かに命じた。
驚いた茉凜は大きく目を見開いて私をじっと見つめたが、その驚きは次第に真剣なものへと変わり、背筋を伸ばして凛とした態度を取った。
「サ、サー・イエス・サー!」と言いながら、彼女は敬礼まで真似してみせる。だが、その様子はどうしても滑稽で、私は耐えきれずに笑いを漏らしそうになった。
茉凜の返事に、私も思わず笑みがこぼれてしまった。彼女の真剣な顔と、このやりとりのギャップに、ふざけすぎた自分を少し反省しつつも、心の中では温かな笑いが広がっていた。
「よろしい。では、補習に縛られない自由な夏休みを目指して、今からしっかり試験勉強だ。いいな?」
茉凜は少しふくれっ面をしながらも、気合いを入れ直すように頷いた。その姿は、まるで戦場へ向かう勇士のように決意に満ちていた。
「サー・イエス・サー! これより全力で勉強します!」
その返事に満足しつつ、私は軽く肩をすくめた。彼女の未来を思い描きながら、少し楽しげな気持ちが胸に湧いてくる。
「その意気だ、茉凜。お前ならきっと乗り越えられるさ。なあに、この俺がみっちり教え込んでやる。みっちり、な。ふっふっふっ……」
つい調子に乗って、鬼教官のように厳しい態度を取るも、内心では彼女を支えることができることに嬉しさを感じていた。
茉凜は新たな決意を胸に、机に向かって勉強を始めた。その姿は、まるで苦境に立ち向かう兵士のようで、私にも彼女を全力で応援する責任感が芽生え始めた。
だが、その勉強の日々は予想以上に厳しく、苦闘の連続だった。
◇ ◇
真凜にはいくつかの欠点があるとすれば、それは主に勉強に対する集中力の欠如といったところだろう。彼女の集中力は、まるで風船のように簡単に飛んでいってしまう。そして、その欠点は、彼女の晴れやかな性格の一部なのかもしれない。そんな無邪気で危機感ゼロな態度に、私はつい苦笑してしまうしかない。
しかし、それはさておき、現実に向き合わなければならない。
真凜は、毎朝早くから、そして夕食後も、私の指導で机に向かっていた。だが、彼女の集中力は、予想通りすぐに途切れてしまう。最初はペンを持つ手が止まり、次第に目がうつろに。そして、最後にはいつものように、机に顔を伏せてうとうとし始めるのだ。
「真凜、寝るな!」
私は思わず声を荒げた。
「ちょっとだけ……もう少しだけ……」
彼女は目を半開きにし、眠気に抗おうとするが、その抵抗もいつも束の間。私は大きくため息をつきながら、次にどうしたら彼女を起こせるか考えた。
試した手段は数知れず。小刻みな休憩を挟んで、リフレッシュさせようとしたり、課題が終わるたびに「冷たい飲み物が待ってるぞ」と甘い誘惑をちらつかせたり。とにかく、真凜が飽きないように、できる限りの工夫を凝らしていたのだが、どうやら私の思いやりが伝わる前に、眠気が先に勝ってしまうらしい。
「ああ、これが現実、これが運命か……」と私は、思わず自分に問いかけるように独り言をつぶやいた。気がつけば、勉強の進まない茉凜を見守る私は、もはや観客のような気分でいた。彼女の頑張りがどこか遠い星の出来事のように感じられるほど、状況は深刻になっていた。
それでも、茉凜の集中力のなさには驚かされるばかり。私の忍耐も限界に達し、いらいらとした感情が心の中で沸騰していった。けれども、彼女の頭を引っぱたくのは忍びない。どうにかして集中させたかったが、手段を選ばざるを得なかった。
そこで、私は「氷嚢作戦」を決行することに決めた。これは、居眠りしかけたら氷を入れた氷嚢を額に当てるという、どこか古風でシンプルな作戦だ。
最初のうちは、茉凜も何とか持ち直していたが、次第にその作戦の効果も薄れてきた。私の中で、まるで悪党の実験室の中で計画を練っているような気分が芽生え始めた。これがどこまでエスカレートするか、私自身も興味津々だった。
そして、私は氷嚢から氷を取り出し、それを指で掴んで茉凜の首筋に「ぴとっと」這わせてみた……。
「びゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
茉凜は、まるで見知らぬ宇宙人に突然遭遇したかのような絶叫を上げて、椅子から飛び上がった。私はその反応に思わず笑いがこみ上げてきて、体が震えるほど笑ってしまった。彼女の驚きのあまりの真っ赤な顔と、予想以上の効果に、心の中での満足感がじわじわと広がっていくのを感じた。
「どうした? 驚いたか?」
「も、もう、なんてことするのよ! びっくりするじゃない!」
茉凜は顔を真っ赤にして私に不満の目を向けたが、その表情の可愛らしさには、さらに笑いをこらえきれなかった。まるでコメディ映画の一場面のようで、私の心はすっかり楽しげな気分になっていた。彼女のそんな反応を見ているだけで、私の中のイタズラ心はさらに燃え上がるばかりだったのだ。
しかし、その効果もすぐに薄れてきた。どうしたものかと考えた末、机の上に剣山を置くことに決めた。
過激すぎるかもしれないと思ったが、これまでの事例から彼女には正体不明の本能的な危機回避能力があることがわかっていた。つまり、どんなに眠くても、彼女の脳内にある危機管理システムが自然と働くというわけだ。もちろん、ぎりぎりのところで止めるつもりだったが、これもまた一つの挑戦というわけだ。
案の定、真凜がうとうとしているとき、彼女の頭が机にぶつかりそうになると、彼女は本能的な危機感から目をぱちっと開けた。その瞬間、剣山が視界に入った彼女は、大きな声を上げて驚いた。
「な、なによっ、これっ!?」
真凜の声が部屋中に響き渡った。彼女の驚きと怒りが入り混じった声は、まるで雷鳴のように力強かった。その時、彼女の目はまるで大きな瞳の中に怒りの火花を散らすかのように、まぶたを大きく開けていた。
私は彼女のその姿を見て、心の中でこっそりと笑みを浮かべていた。彼女がこんなにも可愛らしい反応をするなんて、予想以上だったからだ。彼女の驚きと困惑が一体となった表情は、まるで絵画の中のひとコマのようで、見ているだけで楽しくなってしまう。
「見てわからないか? 剣山だ」と、わざとらしくもったいぶった口調で答える私の声には、少しばかりサディスティックな楽しさがにじんでいた。
「わかってるわよ! なんでこんなものがここにあるの!? あなた、まさか……」と、真凜はさらに顔を真っ赤にして、目を大きく開けたまま怒りをぶつけてきた。その様子に、私は思わずにやりと笑ってしまった。彼女がこんなに困惑し、また驚き、そして少しの恥ずかしさを見せる姿は、私のいたずら心を大いに満たしてくれて、まるで自分が正真正銘の悪役になったかのような気分さえ味わえた。
「俺が置いたんだ。どうだ、目が覚めただろ?」と、少し嘲笑的に言ってみると、彼女の顔には困惑と怒りが入り混じっていた。
「ひ、ひどいっ! あなたって最低の冷酷どSだわ!」と、彼女は顔を真っ赤にして叫び、まるで火の玉が飛び出すような勢いで怒っていた。その叫び声を聞きながら、私は申し訳ないと思いつつも、心の中では楽しさと満足感が渦巻いていた。彼女の反応があまりにも魅力的で、私のいたずら心を大いに満たしてくれたからだ。
最終的には、真凜が渋々ながらも勉強に取り組み始めた。机に向かう彼女の姿には、少しばかり安心感を覚えつつも、心の中では彼女の成長を願う気持ちが溢れていた。勉強を続ける彼女を見ながら、ふと心に一つの考えが浮かんだ。
もし試験を無事にクリアしてくれたら、ご褒美に彼女の好きな美味しいものをたくさん食べさせてあげたいと思った。彼女は食べることが大好きで、その幸せそうな顔を見るのが私の楽しみでもあったからだ。そんな光景を想像しながら、心の中には温かい期待感が広がっていた。
「楽あれば苦あり。禍を転じて福と為す」といったところだろうか。心の中でそっと呟きながら、彼女が努力を実らせるように、支え続けようと決心した。
あの事件以来、私たちの距離は少し縮まったように感じていた。茉凜に対する気持ちも、以前ほどぎこちなくはない。彼女の存在が少しずつ、私にとって自然なものになってきていた。
私は窓際に腰掛け、本を静かに開いた。山奥の小さな家で育った私にとって、ネットもなければ、テレビも衛星放送だけ。だから、読書が唯一の娯楽だった。その癖は今も変わらず、こうして夏の柔らかな光に包まれてページをめくると、懐かしい安心感が広がる。
その横で、茉凜はソファにだらしなく寝転び、スマホを手にして何かを調べていた。彼女の笑い声や小さな声が、時折静かな部屋に響き、楽しそうに何かに夢中になっているのが伝わってくる。
「ここ、どうかな? 行ってみたいと思わない?」
彼女は興奮した様子で、スマホを私に見せてきた。私は本から目を離し、適当に相槌を打つ。
「ああ、いいかもな」
正直に言うと、どこに行くかとか、何をするかはあまり興味はなかった。ただ、茉凜がこうして楽しそうに話してくる姿を見るたびに、私は心の中で穏やかな笑みを浮かべていた。それが私にとって、何よりの喜びだったのだ。
そんな何気ない、しかし心温まる光景が、私たちの日常だった。穏やかな午後の空気と、茉凜の陽気な声が、私の生活に柔らかいぬくもりを与えてくれていた。
それにしても、彼女は一体何をそんなに浮かれているのだろう。確かに夏休みが近いし、いろいろと行動プランを考えるのもわかる。だが、その前にある現実的な問題を彼女はまるで忘れているかのようだ。
「おい、茉凜。お前は一体何をはしゃいでいるんだ?」
私の問いに、茉凜はスマホから顔を上げて、目をぱちくりと瞬かせた。彼女の顔には無邪気な輝きが宿り、まるで子供が宝物を見つけたかのような表情を浮かべていた。
「そんなの決まってるじゃない。もうすぐ夏休みだよ? どこで遊ぼうかとか、どんな場所に行こうか考えるだけで、ワクワクして仕方ないの! それに、実家にも帰って、久しぶりに両親の顔も見たいしね」
その言葉には、純粋な喜びが溢れていた。しかし、私はその能天気な言葉に、驚愕するしかなかった。どうしてそんなに無邪気に夏休みのことだけ考えられるのか?目の前に迫る現実をまるで意識していない。
彼女の楽しげな様子は、私にはまるで終末を目前に控えた人々が「ええじゃないか、ええじゃないか」と陽気に騒ぐ祭りのように見えた。その無邪気な歓喜が、現実の厳しさと無関係なことに私は途方に暮れる。何か深刻な問題が起こっているのに、それを全く意に介さない様子に、少し嫉妬すら覚えるほどだった。
仕方なく、私は冷酷王子としての威厳を取り戻すことにした。まぁ、ほんの少しの悪戯心があったことは認める。
「お前はあまりにも欲望に忠実すぎる。すぐ間近に未曾有の危機が迫っているというのに、それに気づいていないようだ」
彼女はきょとんとした顔で、「危機って?なに?」と、心底不思議そうに問い返してきた。それに私は、頭を抱えるしかなかった。この現実の厳しさを知らない彼女に、どうしても言わなければならない。冷徹な決意を込め、厳しい口調で告げた。
「テストだ、期末試験だ。そんなこともわからないのか?」
茉凜は一瞬凍りついたように固まり、次の瞬間、目を大きく見開いた。その表情はまるで地面が突然崩れ落ちたかのように驚愕に満ちていた。世界が終わると言っても、ここまでの反応を見せるだろうかと思うほどの、天変地異でも降りかかったような顔だった。
「ああっ! それ、忘れてた!」
その反応に私は呆れ果てた。「ああ、やっぱり」と心の中で舌を打ちながら、冷静を装って言葉を続けた。
「お前の成績はぎりぎりなんじゃなかったか? いいのか、それで? 赤点取ったらどうなるかわかっているよな?」
「あ、あ……」
「うちの学園は遅れた生徒を見捨てるようなことはしない。つまり、補習で夏休みが丸々吹き飛ぶ、という意味だがな」
茉凜の顔はみるみる青ざめ、頬は真っ白になっていった。目はまるで嵐の海に放り出された小舟のように、必死に定まる場所を探して揺れ動いていた。それを見て、私は堪えきれずに吹き出しそうになった。彼女のリアクションがあまりにもコミカルで、まるで舞台で見ているコメディのワンシーンのように見えてきたからだ。
「そ、そんな……本気で言ってるの? 夏休みが突然全部消えるなんて、まるで波乱万丈の大スペクタクル映画みたいじゃない? ありえないよ!」
その問いに、私は「なんてアホの子」と内心苦笑しながら、最近観たアニメに出てきた秘密結社の謎めいた司令官のように肘をつき、真剣そのものの表情で静かに頷いた。
「残念だが、波乱万丈でもスペクタクルでもない。これが現実という名の厳しくも容赦ない試練だ。そこからは決して逃れられない……」
茉凜はしばらく口をパクパクさせ、言葉を失っていた。その瞳にはまるで人生の終焉を迎えたかのような深い恐怖が宿り、表情は絶望の暗雲に覆われた空のようだった。
「でも、補習なんて、そんなの耐えられるわけないよ! どうしよう……」
「だろうな」と私は冷静に答えた。
「夢に描いた理想の夏休みを楽しむためには、この試練を乗り越えなければならないということだ。理解できたか?」
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「“うん”じゃない。“サー・イエス・サー!”と言え!」
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驚いた茉凜は大きく目を見開いて私をじっと見つめたが、その驚きは次第に真剣なものへと変わり、背筋を伸ばして凛とした態度を取った。
「サ、サー・イエス・サー!」と言いながら、彼女は敬礼まで真似してみせる。だが、その様子はどうしても滑稽で、私は耐えきれずに笑いを漏らしそうになった。
茉凜の返事に、私も思わず笑みがこぼれてしまった。彼女の真剣な顔と、このやりとりのギャップに、ふざけすぎた自分を少し反省しつつも、心の中では温かな笑いが広がっていた。
「よろしい。では、補習に縛られない自由な夏休みを目指して、今からしっかり試験勉強だ。いいな?」
茉凜は少しふくれっ面をしながらも、気合いを入れ直すように頷いた。その姿は、まるで戦場へ向かう勇士のように決意に満ちていた。
「サー・イエス・サー! これより全力で勉強します!」
その返事に満足しつつ、私は軽く肩をすくめた。彼女の未来を思い描きながら、少し楽しげな気持ちが胸に湧いてくる。
「その意気だ、茉凜。お前ならきっと乗り越えられるさ。なあに、この俺がみっちり教え込んでやる。みっちり、な。ふっふっふっ……」
つい調子に乗って、鬼教官のように厳しい態度を取るも、内心では彼女を支えることができることに嬉しさを感じていた。
茉凜は新たな決意を胸に、机に向かって勉強を始めた。その姿は、まるで苦境に立ち向かう兵士のようで、私にも彼女を全力で応援する責任感が芽生え始めた。
だが、その勉強の日々は予想以上に厳しく、苦闘の連続だった。
◇ ◇
真凜にはいくつかの欠点があるとすれば、それは主に勉強に対する集中力の欠如といったところだろう。彼女の集中力は、まるで風船のように簡単に飛んでいってしまう。そして、その欠点は、彼女の晴れやかな性格の一部なのかもしれない。そんな無邪気で危機感ゼロな態度に、私はつい苦笑してしまうしかない。
しかし、それはさておき、現実に向き合わなければならない。
真凜は、毎朝早くから、そして夕食後も、私の指導で机に向かっていた。だが、彼女の集中力は、予想通りすぐに途切れてしまう。最初はペンを持つ手が止まり、次第に目がうつろに。そして、最後にはいつものように、机に顔を伏せてうとうとし始めるのだ。
「真凜、寝るな!」
私は思わず声を荒げた。
「ちょっとだけ……もう少しだけ……」
彼女は目を半開きにし、眠気に抗おうとするが、その抵抗もいつも束の間。私は大きくため息をつきながら、次にどうしたら彼女を起こせるか考えた。
試した手段は数知れず。小刻みな休憩を挟んで、リフレッシュさせようとしたり、課題が終わるたびに「冷たい飲み物が待ってるぞ」と甘い誘惑をちらつかせたり。とにかく、真凜が飽きないように、できる限りの工夫を凝らしていたのだが、どうやら私の思いやりが伝わる前に、眠気が先に勝ってしまうらしい。
「ああ、これが現実、これが運命か……」と私は、思わず自分に問いかけるように独り言をつぶやいた。気がつけば、勉強の進まない茉凜を見守る私は、もはや観客のような気分でいた。彼女の頑張りがどこか遠い星の出来事のように感じられるほど、状況は深刻になっていた。
それでも、茉凜の集中力のなさには驚かされるばかり。私の忍耐も限界に達し、いらいらとした感情が心の中で沸騰していった。けれども、彼女の頭を引っぱたくのは忍びない。どうにかして集中させたかったが、手段を選ばざるを得なかった。
そこで、私は「氷嚢作戦」を決行することに決めた。これは、居眠りしかけたら氷を入れた氷嚢を額に当てるという、どこか古風でシンプルな作戦だ。
最初のうちは、茉凜も何とか持ち直していたが、次第にその作戦の効果も薄れてきた。私の中で、まるで悪党の実験室の中で計画を練っているような気分が芽生え始めた。これがどこまでエスカレートするか、私自身も興味津々だった。
そして、私は氷嚢から氷を取り出し、それを指で掴んで茉凜の首筋に「ぴとっと」這わせてみた……。
「びゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
茉凜は、まるで見知らぬ宇宙人に突然遭遇したかのような絶叫を上げて、椅子から飛び上がった。私はその反応に思わず笑いがこみ上げてきて、体が震えるほど笑ってしまった。彼女の驚きのあまりの真っ赤な顔と、予想以上の効果に、心の中での満足感がじわじわと広がっていくのを感じた。
「どうした? 驚いたか?」
「も、もう、なんてことするのよ! びっくりするじゃない!」
茉凜は顔を真っ赤にして私に不満の目を向けたが、その表情の可愛らしさには、さらに笑いをこらえきれなかった。まるでコメディ映画の一場面のようで、私の心はすっかり楽しげな気分になっていた。彼女のそんな反応を見ているだけで、私の中のイタズラ心はさらに燃え上がるばかりだったのだ。
しかし、その効果もすぐに薄れてきた。どうしたものかと考えた末、机の上に剣山を置くことに決めた。
過激すぎるかもしれないと思ったが、これまでの事例から彼女には正体不明の本能的な危機回避能力があることがわかっていた。つまり、どんなに眠くても、彼女の脳内にある危機管理システムが自然と働くというわけだ。もちろん、ぎりぎりのところで止めるつもりだったが、これもまた一つの挑戦というわけだ。
案の定、真凜がうとうとしているとき、彼女の頭が机にぶつかりそうになると、彼女は本能的な危機感から目をぱちっと開けた。その瞬間、剣山が視界に入った彼女は、大きな声を上げて驚いた。
「な、なによっ、これっ!?」
真凜の声が部屋中に響き渡った。彼女の驚きと怒りが入り混じった声は、まるで雷鳴のように力強かった。その時、彼女の目はまるで大きな瞳の中に怒りの火花を散らすかのように、まぶたを大きく開けていた。
私は彼女のその姿を見て、心の中でこっそりと笑みを浮かべていた。彼女がこんなにも可愛らしい反応をするなんて、予想以上だったからだ。彼女の驚きと困惑が一体となった表情は、まるで絵画の中のひとコマのようで、見ているだけで楽しくなってしまう。
「見てわからないか? 剣山だ」と、わざとらしくもったいぶった口調で答える私の声には、少しばかりサディスティックな楽しさがにじんでいた。
「わかってるわよ! なんでこんなものがここにあるの!? あなた、まさか……」と、真凜はさらに顔を真っ赤にして、目を大きく開けたまま怒りをぶつけてきた。その様子に、私は思わずにやりと笑ってしまった。彼女がこんなに困惑し、また驚き、そして少しの恥ずかしさを見せる姿は、私のいたずら心を大いに満たしてくれて、まるで自分が正真正銘の悪役になったかのような気分さえ味わえた。
「俺が置いたんだ。どうだ、目が覚めただろ?」と、少し嘲笑的に言ってみると、彼女の顔には困惑と怒りが入り混じっていた。
「ひ、ひどいっ! あなたって最低の冷酷どSだわ!」と、彼女は顔を真っ赤にして叫び、まるで火の玉が飛び出すような勢いで怒っていた。その叫び声を聞きながら、私は申し訳ないと思いつつも、心の中では楽しさと満足感が渦巻いていた。彼女の反応があまりにも魅力的で、私のいたずら心を大いに満たしてくれたからだ。
最終的には、真凜が渋々ながらも勉強に取り組み始めた。机に向かう彼女の姿には、少しばかり安心感を覚えつつも、心の中では彼女の成長を願う気持ちが溢れていた。勉強を続ける彼女を見ながら、ふと心に一つの考えが浮かんだ。
もし試験を無事にクリアしてくれたら、ご褒美に彼女の好きな美味しいものをたくさん食べさせてあげたいと思った。彼女は食べることが大好きで、その幸せそうな顔を見るのが私の楽しみでもあったからだ。そんな光景を想像しながら、心の中には温かい期待感が広がっていた。
「楽あれば苦あり。禍を転じて福と為す」といったところだろうか。心の中でそっと呟きながら、彼女が努力を実らせるように、支え続けようと決心した。
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キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
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