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第二章 回想編

第三十話 真凜と鳴海沢のデート

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 その後、私は真凜に問い詰めた。彼女が一体どういうつもりで鳴海沢との勝負を提案したのか、確かめたかった。心の中でぐるぐると疑念が渦巻き、どうしても釈然としないままでいた。

 彼女は優しく微笑みながら「大丈夫だよ」と答えた。その笑顔は、いつもの穏やかさで動揺も感じさせず、逆に私の不安を煽った。鳴海沢が私たちの関係に楔を打ち、揺さぶろうとしているのは明白だと感じていたからだ。

「本当に大丈夫なのか? あいつが何を企んでいるかわかるだろうに」と、私は疑念を隠さずに尋ねた。

 真凜は「そうじゃないと思うけどな」と静かに答えた。その根拠が彼女自身にもはっきりしていないようで、私の苛立ちは募るばかりだった。

「具体的にどうするつもりだ。勝てる見込みはあるのか?」

 私の心からの疑問が言葉になった。彼女がその問いにどう答えるのか、どうしても知りたかった。それがわからなければ、私は彼女の提案を受け入れることに納得はできなかった。

 すると、彼女は腕を組んで、自信満々な顔で言った。

「ふふん、こう見えても、わたしはがさつさには自信があるんだよ。今までバイクトライアルなんてマイナーなスポーツに夢中で、恋愛なんてぜんぜん縁がなかったしね。それに、どうしたら男の子に受けるのかっていう方法の真逆を試してみれば、たぶん呆れて興味を失うんじゃないかなって思ってるの」

 その言葉に私は驚いた。恋愛に縁がないと聞いて、正直に言うと少し驚かされた。彼女は私から見ると、非常に魅力的な人物で、その姿はまるでファッションモデルのようだった。スラリとした体型と堂々とした姿勢、そして何より、その笑顔はとても可愛らしくて魅力的だった。そんな彼女が恋愛に縁がなかったとは、私には信じられないことだった。

 彼女の魅力に気づかない男の子たちが一体何を考えているのか、私は理解に苦しんでいた。真凜の存在は、誰もが振り返るようなもので、彼女の一つ一つの振る舞いには自然と目を奪われるものなのに。

 私は彼女の自信に対する不安が残る中で、その挑戦の理由が気になって訊ねた。

「だが、どうして鳴海沢と対決なんてしようと思った? あいつはお前を殺そうとした相手なんだぞ?」
 
 真凜は微笑みながら答えた。

「うん、そうだね……。でも、だからこそ、彼のような人には一度きちんと向き合ってみたかったんだ。わたしにはわからないことが、いろいろとあるから」

 その言葉の意味が鳴海沢に対する興味なのか、それとも深淵の血族が持っている闇の部分なのか、私にはわからなかった。真凜の言葉には深い意図が込められているようで、単なる対抗心ではないことは確かだったが、その真意を見極めることは私には難しかった。

 それにしても、そんな彼女が鳴海沢のような手練れにどう振る舞うのかとても不安で、私はデートの監視を決意した。真凜がその場でどのように立ち回るのかを見守りたいと思う一方で、彼女の安全が何よりも大事だと感じていた。

 「もちろん、襲撃の可能性も考慮しなければならない」と私は決意し、天のサポートチームにも協力を依頼した。彼らには、デート中の状況を逐一チェックし、万が一の事態に備えて迅速に対応できるように準備を整えてもらった。

      ◇         ◇

 当日、私はできる限り目立たないようにしながらも、真凜と鳴海沢のデートの場所を探るために周囲を徘徊し、細心の注意を払って彼らの動きを見守った。天のサポートチームからは、常に情報が送られてくるので、その進行状況を確認しながら、必要があれば即座にアクションを起こせるように準備していた。

 真凜が鳴海沢と対峙するその瞬間が来るまで、私はその展開に対する不安を抱えながらも、彼女の決意と勇気を信じていた。

 駅前の待ち合わせ場所で、鳴海沢が姿を見せていた。ひと目見てトップアイドルクラスな容姿は、誰もが注目する存在感を放っていた。

 しかし、待ち合わせの時間を過ぎても、真凜の姿は見えなかった。時計の針が一時間近く進んでも彼女は現れず、待つ間にじわじわと腹立たしさが込み上げてきた。遅れるならせめて連絡を入れるのが常識ではないだろうか、と内心で苛立ちを募らせていた。

 昼過ぎ、ようやく真凜が現れると、その遅刻ぶりに驚きを隠せなかった。彼女はどこかのんびりとした様子で、まるで遅刻することなど気にしていないかのようだった。

 鳴海沢は彼女をイタリアンレストランに案内しようとしたが、真凜はその提案をあっさりと拒否し、向かいのうなぎ料理屋に彼を引っ張っていった。店内に潜入していたメンバーから送られてきた隠し映像で、真凜が特上のうな重を二つも注文しているのを見て、私は驚きと呆れで言葉を失った。

 うな重が運ばれてくると、真凜は鳴海沢の存在を無視して、まるで他の世界にいるかのように夢中で食べ始めた。その食べ方が汚くないのが唯一の救いだったものの、私はただただ呆然と、その光景を見つめるしかなかった。
 
 鳴海沢は、そんな彼女の様子を満面の笑みで見守っていた。彼の顔には、真凜に対する興味と好奇心がはっきりと浮かんでいた。

 食事を終えた真凜は、鳴海沢に連れられて映画館に向かった。潜入していたメンバーからの情報によれば、映画の最中に真凜は大口を開けてぐっすりと眠っていたという。その報告を聞いたとき、私は思わず頭を抱えてしまった。

 映画館から出ると、真凜は鳴海沢をわがまま放題に引っ張り回し、頻繁にスマホをチェックしながら彼の話をスルーする様子が見えた。

 その振る舞いに、私は怒りと失望が交錯するのを感じた。私がこれまで知っていた彼女とは完全に違う人物に見えたからだ。しかし、しばらくしてから、ようやくその背後にある意図に気づいた。

 真凜が鳴海沢に対して敢えて無礼に振る舞っているのは、彼の自尊心を逆撫でし、彼の興味を削ぐための計算された行動であることに気づいた。彼女の行動には明らかに策略が込められていたのだ。真凜は、鳴海沢のような手練れの相手に対して、彼の注意を引きながらも、自分自身を守るためにこの方法を選んだのだろう。

 彼女の意図を知ることで、私は少しだけ安心したが、それでもまだ心の奥底には不安が残っていた。真凜がどれだけ計算高く振る舞っても、鳴海沢の反応次第では思いもよらぬ展開になる可能性もあるからだ。しかし、彼女が自分なりの方法で戦おうとする勇気には、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

      ◇        ◇

 日が傾き、公園のベンチに座りながら、私は二人の姿を遠くから見守っていた。周囲の静寂が、彼らの会話をより一層際立たせているようだった。天のメンバーによる超指向性の高感度マイクを通じて、わずかにその会話の内容が聞き取れた。

「どうして、君はわざわざこんなことをしたんだい?」

 鳴海沢の声が、いくらかの困惑と共に響いてきた。

 真凜の答えは、どこか冷ややかでありながらも、確固たる意志を感じさせるものがあった。

「あなたがやっていることは、ただの遊びだって思うんだ。わたしは遊びに付き合う気はないから。これは勝負なんだし、真剣に物事を考えているからこそ、こんなふうに振る舞ったんだよ」

 鳴海沢の声には、一瞬の沈黙があった。それから、少し冷ややかなトーンで答えた。

「これはしてやられたな。君はとても面白い人だ。そんな風に考えているとは思わなかった」

 真凜は、その言葉に対して微笑むかのように、軽く肩をすくめた。

「これが私なりのやり方だから。言っとくけど、わたしって恋愛とか縁がないし、考えてもいないからね」

 その言葉の中には、彼女の意志の強さと、戦略が見事に機能していることが、私には分かり始めた。

 だが、鳴海沢の次の問い掛けが、私の心を大きく揺さぶった。

「それじゃ、君は弓鶴くんのことが好きじゃないの?」

 その瞬間、私の心臓が跳ね上がり、息が止まりそうになった。しかし、すぐに気を取り直し、冷静を装った。私たちの関係は、ただの運命共同体以上のものではないはずだった。

 真凜の返事がどうであれ、その問いかけは私にとって衝撃的だった。彼女がどのように応じるのか、それを知りたい気持ちと、同時にそれに対する恐れが交錯していた。彼女が私たちの関係に対してどう感じているのか、その答えが私の心の奥深くに影響を及ぼすことは間違いなかった。

 真凜は、どこか意味ありげに笑いながら、軽く肩をすくめた。

そして、「それは……」と、言葉を濁した。その目には、私が見たことのない深い感情が映っているように見えた。

「そんなの、あなたには関係ないでしょ。知らないよ……」

 茉凜の声には、明らかに戸惑いが含まれていた。その声が私の心を揺さぶり、胸の奥ではなんとも言えないもやもやが広がっていった。

「じゃあ、どうして君は彼と一緒にいるんだい? 黒鶴の安全装置としての君という理由以外にさ」

 鳴海沢の問いかけに対して、茉凜の目は冷静さを欠いていた。その瞳には、言葉では表現しきれない感情が映っているように見えた。

 そして、彼女の返答が私の胸を締め付けるように響いた。

「……そんなのわたしにもわからないよ。ただ……どうしても放っておけないの。彼はいつも一人で寂しそうで、なんでもかんでも一人で抱え込もうとしてて、ほんとうは辛いはずなのに、何も言ってくれない。それを見ていたら、わたしまで辛くなっちゃうんだ……。だから、少しでも気持ちが楽になれるようにしてあげたいって思う。辛いことも悲しいことも、半分こにできたらいいのになって……」

 茉凜の言葉が私の心を深くえぐった。彼女が弓鶴に対して抱く感情は、ただの同情や責任感を超えていることがはっきりと伝わってきた。その深い感情に対して、私は申し訳なさと共に、胸が締め付けられるような気持ちになった。

 そして、鳴海沢はさらに茉凜を問い詰め、私にとって衝撃的な一言を口にした。

「それって、つまり好きってことじゃないのかな?」

 その瞬間、茉凜はまるで深い湖の底から浮かび上がるように顔を上げ、私の心臓は激しく鼓動を打った。彼女の顔には、これまで見たことのない複雑な表情が浮かんでいた。そこには混乱、葛藤、そしてほんの少しの真実が混じっているように見えた。

 恐怖と動揺が波のように押し寄せ、私は耐えられなくなった。イヤホンを投げ捨て、音が遠くに消えていくのを感じた。胸の中のもやもやが、まるで嵐のように広がり、私の心を圧し潰していた。

 その後も会話は続いていたようだが、私は聞き続ける勇気がなくなっていた。自分の感情がどこに向かっているのかもわからず、ただただ苦しみが増していくのを感じるばかりだった。茉凜の言葉と、その真実に触れることが私の心にどれほどの影響を与えるかを、まだ理解しきれていなかった。
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