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第一章

第十五話 破壊の衝動と愉悦

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 私は意識を集中させて純粋な破壊のイメージを鮮明に浮かび上がらせる。

 周囲の空気が重くなり、冷たい風が凄まじい勢いで吹き荒れる中、眼前には巨大なシャドウファングが迫り来る。その姿は黒紫に染まり、まるで地獄からもたらされた使者のようだった。

 それを前にして、私の心は何かの熱に衝き動かされ、これから起こることの期待と喜びに満ち溢れていた。口元から思わず笑みがこぼれそうになるほどに。

 そして、私はヴィルに向かって告げた。

「ヴィル、後ろに下がって!」

「おうっ! 任せた!」

 ヴィルが私の後方へと駆け込んだタイミングで、心の中のスイッチが入る。漲る破壊の衝動が一気に解き放たれ、それに伴って場裏が激しく鳴動し始める。周囲の空間が歪み、重圧が一層増していく。そして、目を見開き全身に力を漲らせた瞬間、イメージしたスキルが一斉に発動した。

 無数の場裏が高速かつ不規則な動きでシャドウファングを取り囲んでいく。そして、その内の一つが急に体積を拡大させたかと思うとシャドウファングの巨体すべてを包み込み、すぐさま爆発的な風が唸りを上げた。場裏の中で凝縮された砂塵が渦巻き、シャドウファングは強力な力で拘束されていく。

「もう身動きできまい。お前はこれで終わりだっ!!」

 叫びを放ったその瞬間、私は破壊の権化と化した自分を認識していた。

 嵐の中心でシャドウファングは咆哮しながら激しくもがくが、暴れ狂う風の鎖はさらに強まり、その動きを完全に封じ込める。轟音が大地を震わせ、烈風が吹き荒れる中、全ての音が混じり合い、耳をつんざくような音が響き渡る。

 同時に、地面が激震して無数の亀裂が走り、その裂け目から次々と無数の棘状の槍が突き出て、シャドウファングの四肢を串刺しにしていく。地面を貫く音はズシズシと重低音を立てて響き渡り、周囲の大気までもを震わせる。その激しい衝撃と音が、破壊の全貌をさらに際立たせる。

 上空では、場裏が赤熱化しながら巨大な火球となり、燃え盛る炎がシャドウファングの頭上に降り掛かったかと思うと一気に炸裂した。激しく降りかかる炎は、シャドウファングを包み込み、猛り狂う灼熱の炎がその巨体を焼き尽くす。連続の炸裂音が轟き、赤く染まる炎がその熱量の高さを示し、爆熱の火炎が渦巻く。

 シャドウファングの巨体は瞬時にして炎に焼かれ、崩れ落ちていった。その情景はまさに地獄の業火そのもの。けれど、その熱気は、獣を包み込むように展開した場裏白の空気断層で遮断されて、私には何も伝わってこない。

 すべてが同時進行で発動するその光景は圧巻だった。轟音と烈風が交錯し、シャドウファングは逃げる間もなく破壊の嵐に呑み込まれ、滅びへと消えていった。

「ふぅーっ……」

 私はその光景を前に立ち尽くし、何事もなかったかのように静かに息を整えていた。周囲には焼け焦げた大地の痕跡が広がっているだけだ。

 心の中では、湧き上がってくる黒い破壊の衝動とその力の行使がもたらす結果に、愉悦すら感じていた。いけないことだと分かっていても、魔獣の焦げる匂いと共に、得も言われぬ満足感に身を委ねることがとても心地よかった。



 その優しく囁きかける声が頭に響いた瞬間、私の中で荒々しく渦巻いていた闇がかき消されるように去った。私は、そこで自分が黒鶴がもたらす狂気の衝動に、片足を突っ込みかけていたことを自覚する。いくら茉凜に守られていても、こればかりは避けられない。自分の中の制御不能な怪物がいかに恐ろしいものであるかを思い知る瞬間だ。

 私は茉凜の声に応えて穏やかさを取り戻し、ただ破壊の余韻の中に佇んでいた。

 その時、ヴィルが静かな足取りで近づいてきた。彼は私の姿を見つめつつ、周囲の荒れ果てた景色を一瞥した。私の注意は目の前の破壊に全てを奪われていたから、彼が他のダイアーウルフを迅速に片付けた様子は見えていなかった。

 ヴィルの表情は一瞬凍りついたかのような静けさを保ち、口元を強く引き結んでいた。きっと、目の前の壮絶な光景に呆然としているのだろう。

「お前……一体何をしたんだ?」

 そう思うのは当然かもしれない。私は冷静に努めようとした。内心の狂気を静めるため、深呼吸をしながら、彼に向き直った。

「これが私の魔術よ」

「これがか!? 信じられん……。いったいどうやったらこんな事ができるんだ?」

 私は力に溺れて、やりすぎてしまったのかもしれない。ヴィルの目には明らかな驚愕と困惑が入り混じっていた。表情からは私の力の異常さに対する怖れが感じられて、胸が痛んだ。

「こんなのって、まるで化け物みたいでしょ?」

 私は肩を軽くすくめ、自嘲気味に冷ややかな笑みを浮かべた。けれどヴィルはそれを否定するように言った。

「いや、そうは思わん。これは大したものだ。誇っていい」

「え……」

 私は、まさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなかった。

「お前が黒髪グロンダイルとあだ名される理由がよくわかった。噂通りの実力と言わざるをえない」

 そう言うと、ヴィルは申し訳無さそうな顔をした。

「この前は、お前を軽んじるような事を言ってすまなかった。見た目だけで判断を下すなど、俺はとんだ愚か者だ。ここに謝罪する」

 そう言って彼は丁寧に頭を下げた。

 突然の、それもあまりに予想外な行動に、私はあわてふためいてしまった。経験豊富で実力も確かなヴィルにそんな風に言われるとは思わなかった。私はしどろもどろになりながら、その場をなんとか取り繕おうとした。

「ちょ、ちょっと、ヴィル? そういうのはやめて。私だってあなたが何者かわからなくて、すごく疑っていたし……。だから、おあいこということでいいでしょう?」

 そう言うと、ヴィルは頭を上げた。

 見つめる彼の目はとても真剣で、私は何を言われるかととても緊張した。けれど、彼はすぐに無精髭を触りながら笑顔になった。

「うーん。そうか? じゃあそういうことにしておこうか!」

 その明るい笑みに私はほっとした。

「しかしまあ、俺の知っている魔術とは比べ物にならないな。無詠唱と無遅延の魔術だという事はわかっていたが、これはそんなものじゃない」

 ヴィルは首を振りながらも、目の前の光景に感嘆の表情を隠せずにいた。

「あなたの眼でもわからなかった?」

「ああ、俺は後ろに回り込んだ魔獣の相手をしている最中で、そっちは満足に見ていなかったんだ。何やら凄い音と風が吹いて、複数の魔術が発生したようには感じたが、この有り様はもしかして……」

 そう言いながら、ヴィルはシャドウファングが存在していただろう場所を見やった。

「ええ、複数属性の魔術を、同時並行で行使したの……」

「なんだって? お前は複数属性持ちだったのか? それも同時にだと?」

「そうよ……。それも四大元素すべてのね……」

 私は冷静さを保ちながらも、内心の苦悩と自嘲じみた感情を滲ませていた。ヴィルの驚愕した表情が私に対する感情をさらに明確に浮かび上がらせる中、この強すぎる力の恐ろしさを改めて感じざるを得ない。

「おいおい、そんなの聞いたこともないぞ。普通の魔術師なら一つがやっと、二つで天才と言われるくらいなんだ。どこまでお前は突き抜けているんだ?」

 ヴィルの驚きの声にも、私の心境はとても複雑だった。

「そんなにいいものじゃないわ。負担も大きいし。それにこれを使えるようになったのは、父さまが亡くなった時だったから……」

 その言葉を口にすると、胸の奥がズキッと痛んだ。私は無意識に拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込むのを感じた。

「もっと早くこの力に目覚めていれば、父さまは死なずに済んだのに……」

 声が震えて目に涙が浮かびそうになるのを必死に堪えながら、私はヴィルを見上げた。彼の表情には深い悲しみが見て取れた。彼もまた、私の痛みを理解しようとしているのだと感じた。

 ヴィルは私に近づき、優しく大きなその手を私の肩に置いた。その温もりが私の心を少しだけ和らげてくれた。

「そうか……。辛かったろう」

 彼は私を責めることも詮索するようなこともしなかった。

「どうしてお前がこんな力を持っているのか、俺にはわからん。だが、これもまたあいつが残してくれた、お前に繋がれたものの一つなんだと俺は考える。後はそれをどう使っていくかが大事だ。力を持つ者には、それに伴う責任がある」

 彼の言葉に、私は少しだけ頷いた。再び深呼吸をして、心を落ち着けるよう努めた。

 私にとって、この力はあまりにも大きい。分不相応な力は身を滅ぼすともいう。生きるために、大切なものを守るために、この力を正しく使わねばならない。

「ありがとう、ヴィル……。私、この力を持つことの意味を忘れないようにする」

 その瞬間、ヴィルの手が肩から離れ、彼は静かに頷いた。
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