19 / 21
二章
九、作戦開始
しおりを挟む
飛雄馬が部隊行動のシミュレーション訓練とフサリアの走行試験、射撃試験を終えて間もなく、モンスターの群れが動き出した。
無秩序に集まっていた車両の群れが少しずつ組織的に行動するようになって、最終的に町へ向かいながらきれいな三列縦隊を組んだ。
三列縦隊の周囲には偵察型装甲車や偵察車両を配して上空では無人機が警戒し、町に向かい始めてからは街道へ迂回することもシーダーの新拠点に向かおうとすることもなくなった。
新たに五両が合流して四三両になったモンスターの群れはまっすぐに町へ向かっていて、パレードを行う大規模な傭兵団と同じくらい堂々とした様子だった。
「壮観っすね」
迎え撃つために出撃したフサリアの運転席で、飛雄馬はヘッドマウントディスプレイに表示したモンスターの群れの映像に感心した。
すでに電子戦と無人機による妨害が始まっていたが、一見しただけではモンスターの群れにほとんど影響を与えていないように見えた。
でも、見えないところで大きな影響を与えていて、データリンクと航法支援を妨害された車両の間隔は密に、動きは慎重になっていたし、無人機も群れから離れたところでの活動が不活発になっていた。
電子戦が優勢なことを受けてサイバー攻撃も行われているため、戦闘が始まればさらに影響が目に見えるようになるはずで、飛雄馬は車両隊の三倍以上という数の差ほど不利な状況とは考えていなかった。逆にこれからこのモンスターの群れを打ち破って大活躍する様子を思い浮かべて胸を高鳴らせてさえいた。
「……油断は禁物っす」
飛雄馬は自分の役割を思い出して、一度モンスターの群れの映像から視線を外して前方の地面や障害物を警戒した。そして、進路の安全を確認してから、モンスターの群れの映像を視線操作で拡大して二両の戦車を表示させた。
ホバー型戦車は三列縦隊の左列先頭を、多脚型戦車は右列先頭を砂塵を巻き上げながら進んでいる。
この飛雄馬が担当する二両の戦車は、それぞれフサリアにはない特徴的な性能を持っていた。
最初に戦うことになりそうなホバー型戦車は機動性の高さが特徴で、被弾経始を重視した幅広で大型の車体の前方にある砲塔に一二〇ミリクラスの戦車砲を一門、車体後部に空気取り込み用のファン四基と高速走行用のジェットエンジン二基を備えていた。
障害物になる岩石が多い荒野でその機動性を存分に発揮することは難しいはずだったが、機動性の高さはまさに陸上戦闘機で、速度の遅い対戦車ミサイルや対戦車ロケット弾では命中できないと判断されていた。
また、多脚型戦車は対戦車壕などの障害物を容易に乗り越え、かつ、それらの障害物を塹壕や防御壁のように活用できる走破性や車高変更性能の高さが特徴で、車体中央寄りの砲塔に一二〇ミリクラスの戦車砲を一門装備していた。
フサリアには不可能な大きな仰角を取ることができ、限定的ながら有力な間接射撃能力もあるため、町にとっては自走多連装ロケットに次いで危険なモンスターだった。
(足が遅いからホバー型戦車を撃破してからでも取り逃がしはしないと思うけど、側面を射撃したくてもあの脚が厄介っす)
多脚型戦車の脚は四対八本あって、すべて車体の両側面から直角に突き出すように付いているだけでなく、すねに相当する部分に大型の防盾を装備していた。車高を下げると砲塔も隠せるほどの大きさなため、側面の防御はフサリアの側面より堅いと判断されていた。
その二両の様子を飛雄馬は詳しく確認したが、走っている様子を見ている限り、見て分かるような異常は特になかった。
(良かった。簡単に撃破できたら面白くないっす)
飛雄馬は本格的な戦闘が始まる前に電子戦やサイバー攻撃で二両が弱体化していないかと心配していたが、今のところ大丈夫な様子だった。
安心した飛雄馬は二両の戦車の映像を視線操作で消して、前方の地面と障害物の警戒に意識を戻した。二両が無事なのにフサリアだけ爆発物や落とし穴で損傷させるわけにはいかなかったし、防衛隊の予測どおりならモンスターの群れの動きにそろそろ変化があるはずだった。
タケルからの通話がつながって、ヘッドホンからタケルの声が聞こえた。
「A2にA1から通達。GMが前後に分かれ始めた。前がG1、後ろがG2だ。MRによる攻撃を受ける可能性があるため対空戦闘に備えよ」
「A2了解。対空戦闘に備える」
飛雄馬は多目的ディスプレイに表示されているボタンを叩いて、車両防護システムを始めとする各システムが正常に機能していることと車体や砲塔上面のハッチがすべて閉鎖されていることを確認する。
車両隊の先頭として前方の地面や障害物の警戒があるため上空の警戒は行わなかったが、いつ戦闘が始まってもおかしくないと気持ちを引き締めた。
飛雄馬が前方の警戒をしているうちに車両隊とモンスターの群れの間の距離が近付き、車両隊はモンスターの群れの多連装ロケットの射程内に入った。
まだモンスターの群れが巻き上げる砂塵は見えなくても、後方の集団であるG2はすでに停止して自走多連装ロケット三両が射撃体勢に入っていることを無人機からの映像で確認できた。
(いよいよっす)
これから何十発ものロケット弾の砲撃にさらされると思うと、フサリアの装甲に守られている自分が一番安全と理解していても身震いした。
対戦車用の弾頭なら、車両隊の上空で複数の子弾を放出して子弾ごとに狙ってくるはずで、迎撃用メーザーや無人機による迎撃をすり抜けてくる可能性は十分にあった。
飛雄馬は気持ちを落ち着けるために水を一口飲んで、タケルからの指示を聞き取りやすいように車内に流しているゲームの戦闘曲の音量を下げた。
金平糖も数粒かじっていると、タケルから通話で新たな指示が届いた。
「A2にA1から通達。変針準備。合図に合わせて進路三二、速度六四に変更せよ。左斜行隊形で交戦する」
「A2了解。合図に合わせて進路三二、速度六四に変更する」
「G1はMRの砲撃で我々が混乱しているところをTHがいる左翼から一気に片翼包囲してくると思われる。我々はそれに対抗して左斜行隊形を取り、増速しつつG1の左翼側面へ機動する。
THが突進してくる可能性があるため、A2はTHの動きを警戒しつつ、突進してきたときは指示を待たずにこれを優先して撃破せよ」
「A2了解。THの動きを警戒しつつ、突進してきたときは指示を待たずに撃破する」
飛雄馬は復唱して、指示の内容を頭に刻み込んだ。
モンスターの前方集団が自走多連装ロケットの砲撃と共にホバー型戦車のいる左翼から片翼包囲してくるから、車両隊は合図に合わせてその左翼に向かって変針し、左斜行隊形を取って対抗する。最終的な目標は前方集団の左翼側面だが、ホバー型戦車が突進してきたときは、フサリアは指示を待たないでこれを撃破する。
変針の具体的な数値と自走多連装ロケットの砲撃以外は事前に受けた説明と同じで、シミュレーション訓練の内容と変わらなかったし、最高速度で走りながらの砲撃も偵察車両のモンスターを撃破したときに経験ずみだった。
つまり、今までどおりのことをするだけで良いのだと自分に言い聞かせて、飛雄馬は前方に意識を集中してハンドルを握り直した。
車両隊とモンスターの前方集団の間の距離がさらに近付いて、モンスターの群れが巻き上げる砂塵が見え始めた。
「A1にA2から報告。正面遠方にG1のものと思われる砂塵を視認した」
「A1了解。引き続き合図を待て」
「A2了解」
飛雄馬は正面をにらみつけながら応答した。
起伏や砂塵の影響でまだモンスターの姿を確認できなかったが、できるようになったときにはもう双方の対戦車ミサイルの射程に入っているはずだった。
砂塵の奥で何本もの噴煙が空に向かって伸び始めた。
「来た!」
飛雄馬が多連装ロケットの噴煙を視認するのとヘッドホンから合図の警告音を聞くのはほぼ同時だった。
すぐにハンドルを回し、アクセルを踏み込んで指示どおりに変針する。
「A1にA2から報告。MRのものと思われる噴煙を多数視認した」
「A1了解。
これよりG1に対して迫撃砲の砲撃、GM全体にサイバー攻撃で送り込んだコンピューターウイルスの一斉感染による撹乱(かくらん)を行う。GMで異常な行動が見られたとしても、A2はTHへの警戒を優先せよ」
「A2了解。THへの警戒を優先する」
飛雄馬が復唱を終えたときにはロケット弾が車両隊の上空に到達していて、携帯対空ミサイルによる迎撃が始まった。
車両隊から細い噴煙が何本も勢いよく伸びていき、上空でいくつもの爆発を起こす。直撃したのか、一際大きな爆発が起こることもあった。
無人機がロケット弾の発射から追跡しているため、携帯対空ミサイルはすべて最適の瞬間に発射されていたが、ロケット弾に比べて圧倒的に少なかった。
大半のロケット弾は携帯対空ミサイルの迎撃を突破して子弾を放出し、子弾はパラシュートで急減速しながら車両隊を狙う。
続いて迎撃用メーザーと無人機による迎撃が始まった。
共同交戦システムによって適切に配分された目標に向かって射撃、攻撃が行われ、携帯対空ミサイルのときよりも低空で何倍も多くの爆発が起こる。
電子戦などによる妨害と変針でロケット弾の着弾地点の分布の中心を大きくそらし、直撃や進路をふさぐものだけに迎撃を集中しても、子弾の数は多かった。
迎撃を突破した子弾が車両に命中し始め、フサリアの砲塔正面にも二発命中して装甲シートを数枚ずつ吹き飛ばした。
フサリアの運転席にも衝撃が伝わって飛雄馬は反射的に身をすくめたが、ヘッドマウントディスプレイに自動で表示された被害状況図を視線操作ですぐに消して、少しずつ姿が見えてきたモンスターの前方集団に意識を集中した。
すでに包囲のために動き始めているはずのホバー型戦車がまだ見えない。
無人機からの情報を音声操作でヘッドマウントディスプレイに表示して確認すると、ホバー型戦車は単独で車両隊の前方を迂回して無防備な右翼側面に出るつもりらしかった。
数両の集団で進路をふさがれて十字砲火を浴びせられるよりは良かったものの、迂回されると車両隊からの対戦車ミサイルが命中しない。迫撃砲だともっと難しかったし、無人機も数機で同時に攻撃しないとすべて迎撃されてしまうだろう。
(オレが行くしかないっす)
飛雄馬はホバー型戦車を阻止できるのは自分だけだと判断して、タケルに通話をつないだ。
「A1にA2から報告。これよりTHを撃破するため突進する。援護を求む」
「A1了解。無人機で援護する」
タケルの応答を聞いた飛雄馬は、アクセルを目一杯踏み込んでフサリアを最高速度まで加速させた。
すぐに体を座席に強く押し付けられ、サスペンションでも吸収しきれない履帯からの振動で体を揺さぶられる。
フサリアが車両隊を引き離して突進する中、飛雄馬は無人機からの情報を基にホバー型戦車を最速で迎撃するための経路をフサリアの戦闘支援システムに作らせた。
(思っていたより早く追いつけそうっす)
飛雄馬は作らせた経路を素早く確認して、まだ見えないホバー型戦車のいる方向をにらんだ。
事前の説明どおり、ホバー型戦車は障害物を避ける際に横滑りしやすいために最高速度を出せていない。その上、援護してくれる無人機たちの一部が迎撃用メーザーの射程外で地雷になる進路妨害を始めたことで、より速度を出しにくくなっていた。
追いつかれるホバー型戦車はどこかで反転して向かってくるはずだったが、飛雄馬はいつ反転してくるかの判断に迷った。
追いつかれる前か、追いつかれた直後か、追いつかれてフサリアが初弾を発砲したあとか。
(一番ありそうなのは追いつかれて発砲される直前だけど、裏をかかれそうで怖いっす)
この世界のAIは駆け引きができるほど高度な判断能力を持っていなくても、不利な状況下で意表を突くくらいの能力はあったから、思い込んでいると対応が間に合わなくなる可能性があった。
飛雄馬は無人機からの情報で事前に気付けることを信じて、そろそろ見えてくるはずのホバー型戦車がいる方向を改めてにらんだ。
無秩序に集まっていた車両の群れが少しずつ組織的に行動するようになって、最終的に町へ向かいながらきれいな三列縦隊を組んだ。
三列縦隊の周囲には偵察型装甲車や偵察車両を配して上空では無人機が警戒し、町に向かい始めてからは街道へ迂回することもシーダーの新拠点に向かおうとすることもなくなった。
新たに五両が合流して四三両になったモンスターの群れはまっすぐに町へ向かっていて、パレードを行う大規模な傭兵団と同じくらい堂々とした様子だった。
「壮観っすね」
迎え撃つために出撃したフサリアの運転席で、飛雄馬はヘッドマウントディスプレイに表示したモンスターの群れの映像に感心した。
すでに電子戦と無人機による妨害が始まっていたが、一見しただけではモンスターの群れにほとんど影響を与えていないように見えた。
でも、見えないところで大きな影響を与えていて、データリンクと航法支援を妨害された車両の間隔は密に、動きは慎重になっていたし、無人機も群れから離れたところでの活動が不活発になっていた。
電子戦が優勢なことを受けてサイバー攻撃も行われているため、戦闘が始まればさらに影響が目に見えるようになるはずで、飛雄馬は車両隊の三倍以上という数の差ほど不利な状況とは考えていなかった。逆にこれからこのモンスターの群れを打ち破って大活躍する様子を思い浮かべて胸を高鳴らせてさえいた。
「……油断は禁物っす」
飛雄馬は自分の役割を思い出して、一度モンスターの群れの映像から視線を外して前方の地面や障害物を警戒した。そして、進路の安全を確認してから、モンスターの群れの映像を視線操作で拡大して二両の戦車を表示させた。
ホバー型戦車は三列縦隊の左列先頭を、多脚型戦車は右列先頭を砂塵を巻き上げながら進んでいる。
この飛雄馬が担当する二両の戦車は、それぞれフサリアにはない特徴的な性能を持っていた。
最初に戦うことになりそうなホバー型戦車は機動性の高さが特徴で、被弾経始を重視した幅広で大型の車体の前方にある砲塔に一二〇ミリクラスの戦車砲を一門、車体後部に空気取り込み用のファン四基と高速走行用のジェットエンジン二基を備えていた。
障害物になる岩石が多い荒野でその機動性を存分に発揮することは難しいはずだったが、機動性の高さはまさに陸上戦闘機で、速度の遅い対戦車ミサイルや対戦車ロケット弾では命中できないと判断されていた。
また、多脚型戦車は対戦車壕などの障害物を容易に乗り越え、かつ、それらの障害物を塹壕や防御壁のように活用できる走破性や車高変更性能の高さが特徴で、車体中央寄りの砲塔に一二〇ミリクラスの戦車砲を一門装備していた。
フサリアには不可能な大きな仰角を取ることができ、限定的ながら有力な間接射撃能力もあるため、町にとっては自走多連装ロケットに次いで危険なモンスターだった。
(足が遅いからホバー型戦車を撃破してからでも取り逃がしはしないと思うけど、側面を射撃したくてもあの脚が厄介っす)
多脚型戦車の脚は四対八本あって、すべて車体の両側面から直角に突き出すように付いているだけでなく、すねに相当する部分に大型の防盾を装備していた。車高を下げると砲塔も隠せるほどの大きさなため、側面の防御はフサリアの側面より堅いと判断されていた。
その二両の様子を飛雄馬は詳しく確認したが、走っている様子を見ている限り、見て分かるような異常は特になかった。
(良かった。簡単に撃破できたら面白くないっす)
飛雄馬は本格的な戦闘が始まる前に電子戦やサイバー攻撃で二両が弱体化していないかと心配していたが、今のところ大丈夫な様子だった。
安心した飛雄馬は二両の戦車の映像を視線操作で消して、前方の地面と障害物の警戒に意識を戻した。二両が無事なのにフサリアだけ爆発物や落とし穴で損傷させるわけにはいかなかったし、防衛隊の予測どおりならモンスターの群れの動きにそろそろ変化があるはずだった。
タケルからの通話がつながって、ヘッドホンからタケルの声が聞こえた。
「A2にA1から通達。GMが前後に分かれ始めた。前がG1、後ろがG2だ。MRによる攻撃を受ける可能性があるため対空戦闘に備えよ」
「A2了解。対空戦闘に備える」
飛雄馬は多目的ディスプレイに表示されているボタンを叩いて、車両防護システムを始めとする各システムが正常に機能していることと車体や砲塔上面のハッチがすべて閉鎖されていることを確認する。
車両隊の先頭として前方の地面や障害物の警戒があるため上空の警戒は行わなかったが、いつ戦闘が始まってもおかしくないと気持ちを引き締めた。
飛雄馬が前方の警戒をしているうちに車両隊とモンスターの群れの間の距離が近付き、車両隊はモンスターの群れの多連装ロケットの射程内に入った。
まだモンスターの群れが巻き上げる砂塵は見えなくても、後方の集団であるG2はすでに停止して自走多連装ロケット三両が射撃体勢に入っていることを無人機からの映像で確認できた。
(いよいよっす)
これから何十発ものロケット弾の砲撃にさらされると思うと、フサリアの装甲に守られている自分が一番安全と理解していても身震いした。
対戦車用の弾頭なら、車両隊の上空で複数の子弾を放出して子弾ごとに狙ってくるはずで、迎撃用メーザーや無人機による迎撃をすり抜けてくる可能性は十分にあった。
飛雄馬は気持ちを落ち着けるために水を一口飲んで、タケルからの指示を聞き取りやすいように車内に流しているゲームの戦闘曲の音量を下げた。
金平糖も数粒かじっていると、タケルから通話で新たな指示が届いた。
「A2にA1から通達。変針準備。合図に合わせて進路三二、速度六四に変更せよ。左斜行隊形で交戦する」
「A2了解。合図に合わせて進路三二、速度六四に変更する」
「G1はMRの砲撃で我々が混乱しているところをTHがいる左翼から一気に片翼包囲してくると思われる。我々はそれに対抗して左斜行隊形を取り、増速しつつG1の左翼側面へ機動する。
THが突進してくる可能性があるため、A2はTHの動きを警戒しつつ、突進してきたときは指示を待たずにこれを優先して撃破せよ」
「A2了解。THの動きを警戒しつつ、突進してきたときは指示を待たずに撃破する」
飛雄馬は復唱して、指示の内容を頭に刻み込んだ。
モンスターの前方集団が自走多連装ロケットの砲撃と共にホバー型戦車のいる左翼から片翼包囲してくるから、車両隊は合図に合わせてその左翼に向かって変針し、左斜行隊形を取って対抗する。最終的な目標は前方集団の左翼側面だが、ホバー型戦車が突進してきたときは、フサリアは指示を待たないでこれを撃破する。
変針の具体的な数値と自走多連装ロケットの砲撃以外は事前に受けた説明と同じで、シミュレーション訓練の内容と変わらなかったし、最高速度で走りながらの砲撃も偵察車両のモンスターを撃破したときに経験ずみだった。
つまり、今までどおりのことをするだけで良いのだと自分に言い聞かせて、飛雄馬は前方に意識を集中してハンドルを握り直した。
車両隊とモンスターの前方集団の間の距離がさらに近付いて、モンスターの群れが巻き上げる砂塵が見え始めた。
「A1にA2から報告。正面遠方にG1のものと思われる砂塵を視認した」
「A1了解。引き続き合図を待て」
「A2了解」
飛雄馬は正面をにらみつけながら応答した。
起伏や砂塵の影響でまだモンスターの姿を確認できなかったが、できるようになったときにはもう双方の対戦車ミサイルの射程に入っているはずだった。
砂塵の奥で何本もの噴煙が空に向かって伸び始めた。
「来た!」
飛雄馬が多連装ロケットの噴煙を視認するのとヘッドホンから合図の警告音を聞くのはほぼ同時だった。
すぐにハンドルを回し、アクセルを踏み込んで指示どおりに変針する。
「A1にA2から報告。MRのものと思われる噴煙を多数視認した」
「A1了解。
これよりG1に対して迫撃砲の砲撃、GM全体にサイバー攻撃で送り込んだコンピューターウイルスの一斉感染による撹乱(かくらん)を行う。GMで異常な行動が見られたとしても、A2はTHへの警戒を優先せよ」
「A2了解。THへの警戒を優先する」
飛雄馬が復唱を終えたときにはロケット弾が車両隊の上空に到達していて、携帯対空ミサイルによる迎撃が始まった。
車両隊から細い噴煙が何本も勢いよく伸びていき、上空でいくつもの爆発を起こす。直撃したのか、一際大きな爆発が起こることもあった。
無人機がロケット弾の発射から追跡しているため、携帯対空ミサイルはすべて最適の瞬間に発射されていたが、ロケット弾に比べて圧倒的に少なかった。
大半のロケット弾は携帯対空ミサイルの迎撃を突破して子弾を放出し、子弾はパラシュートで急減速しながら車両隊を狙う。
続いて迎撃用メーザーと無人機による迎撃が始まった。
共同交戦システムによって適切に配分された目標に向かって射撃、攻撃が行われ、携帯対空ミサイルのときよりも低空で何倍も多くの爆発が起こる。
電子戦などによる妨害と変針でロケット弾の着弾地点の分布の中心を大きくそらし、直撃や進路をふさぐものだけに迎撃を集中しても、子弾の数は多かった。
迎撃を突破した子弾が車両に命中し始め、フサリアの砲塔正面にも二発命中して装甲シートを数枚ずつ吹き飛ばした。
フサリアの運転席にも衝撃が伝わって飛雄馬は反射的に身をすくめたが、ヘッドマウントディスプレイに自動で表示された被害状況図を視線操作ですぐに消して、少しずつ姿が見えてきたモンスターの前方集団に意識を集中した。
すでに包囲のために動き始めているはずのホバー型戦車がまだ見えない。
無人機からの情報を音声操作でヘッドマウントディスプレイに表示して確認すると、ホバー型戦車は単独で車両隊の前方を迂回して無防備な右翼側面に出るつもりらしかった。
数両の集団で進路をふさがれて十字砲火を浴びせられるよりは良かったものの、迂回されると車両隊からの対戦車ミサイルが命中しない。迫撃砲だともっと難しかったし、無人機も数機で同時に攻撃しないとすべて迎撃されてしまうだろう。
(オレが行くしかないっす)
飛雄馬はホバー型戦車を阻止できるのは自分だけだと判断して、タケルに通話をつないだ。
「A1にA2から報告。これよりTHを撃破するため突進する。援護を求む」
「A1了解。無人機で援護する」
タケルの応答を聞いた飛雄馬は、アクセルを目一杯踏み込んでフサリアを最高速度まで加速させた。
すぐに体を座席に強く押し付けられ、サスペンションでも吸収しきれない履帯からの振動で体を揺さぶられる。
フサリアが車両隊を引き離して突進する中、飛雄馬は無人機からの情報を基にホバー型戦車を最速で迎撃するための経路をフサリアの戦闘支援システムに作らせた。
(思っていたより早く追いつけそうっす)
飛雄馬は作らせた経路を素早く確認して、まだ見えないホバー型戦車のいる方向をにらんだ。
事前の説明どおり、ホバー型戦車は障害物を避ける際に横滑りしやすいために最高速度を出せていない。その上、援護してくれる無人機たちの一部が迎撃用メーザーの射程外で地雷になる進路妨害を始めたことで、より速度を出しにくくなっていた。
追いつかれるホバー型戦車はどこかで反転して向かってくるはずだったが、飛雄馬はいつ反転してくるかの判断に迷った。
追いつかれる前か、追いつかれた直後か、追いつかれてフサリアが初弾を発砲したあとか。
(一番ありそうなのは追いつかれて発砲される直前だけど、裏をかかれそうで怖いっす)
この世界のAIは駆け引きができるほど高度な判断能力を持っていなくても、不利な状況下で意表を突くくらいの能力はあったから、思い込んでいると対応が間に合わなくなる可能性があった。
飛雄馬は無人機からの情報で事前に気付けることを信じて、そろそろ見えてくるはずのホバー型戦車がいる方向を改めてにらんだ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
「メジャー・インフラトン」序章1/ 7(太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!)
あおっち
SF
脈々と続く宇宙の無数の文明。その中でより高度に発展した高高度文明があった。その文明の流通、移動を支え光速を超えて遥か彼方の銀河や銀河内を瞬時に移動できるジャンプ技術。それを可能にしたジャンプ血清。
その血清は生体(人間)へのダメージをコントロールする血清、ワクチンなのだ。そのジャンプ血清をめぐり遥か大昔、大銀河戦争が起こり多くの高高度文明が滅びた。
その生き残りの文明が新たに見つけた地、ネイジェア星域。私達、天の川銀河の反対の宙域だった。そこで再び高高度文明が栄えたが、再びジャンプ血清供給に陰りが。天の川銀河レベルで再び紛争が勃発しかけていた。
そして紛争の火種は地球へ。
その地球では強大な軍事組織、中華帝国連邦、通称「AXIS」とそれに対抗する為、日本を中心とした加盟国軍組織「シーラス」が対峙していたのだ。
近未来の地球と太古から続くネイジェア星域皇国との交流、天然ジャンプ血清保持者の椎葉清らが居る日本と、高高度文明異星人(シーラス皇国)の末裔、マズル家のポーランド家族を描いたSF大河小説「メジャー・インフラトン」の前章譚、7部作。
第1部「太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!」。
ジャンプ血清は保持者の傷ついた体を異例のスピードで回復させた。また血清のオリジナル保持者(ゼロ・スターター)は、独自の能力を飛躍的に引き上げる事が出来たのだ。
第2次大戦時、無敵兵士と言われた舩坂弘氏をモデルに御舩大(ミフネヒロシ)の無敵ふりと、近代世界のジャンプ血清保持者、椎葉きよし(通称:お子ちゃまきよし)の現在と過去。
ジャンプ血清の力、そして人類の未来をかけた壮大な戦いが、いま、始まる――。
彼らに関連する人々の生き様を、笑いと涙で送る物語。疲れたあなたに贈る微妙なSF物語です。
本格的な戦闘シーンもあり、面白い場面も増えます。
是非、ご覧あれ。
※加筆や修正が予告なしにあります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~
ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。
対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。
これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。
防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。
損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。
派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。
其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。
海上自衛隊版、出しました
→https://ncode.syosetu.com/n3744fn/
※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。
「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。
→https://ncode.syosetu.com/n3570fj/
「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。
→https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
「メジャー・インフラトン」序章2/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節FIRE!FIRE!FIRE! No1. )
あおっち
SF
敵の帝国、AXISがいよいよ日本へ攻めて来たのだ。その島嶼攻撃、すなわち敵の第1次目標は対馬だった。
この序章2/7は主人公、椎葉きよしの少年時代の物語です。女子高校の修学旅行中にAXIS兵士に襲われる女子高生達。かろうじて逃げ出した少女が1人。そこで出会った少年、椎葉きよしと布村愛子、そして少女達との出会い。
パンダ隊長と少女達に名付けられたきよしの活躍はいかに!少女達の運命は!
ジャンプ血清保持者(ゼロ・スターター)椎葉きよしを助ける人々。そして、初めての恋人ジェシカ。札幌、定山渓温泉に集まった対馬島嶼防衛戦で関係を持った家族との絆のストーリー。
彼らに関連する人々の生き様を、笑いと涙で送る物語。疲れたあなたに贈る微妙なSF物語です。是非、ご覧あれ。
※加筆や修正が予告なしにあります。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。
鉄錆の女王機兵
荻原数馬
SF
戦車と一体化した四肢無き女王と、荒野に生きる鉄騎士の物語。
荒廃した世界。
暴走したDNA、ミュータントの跳梁跋扈する荒野。
恐るべき異形の化け物の前に、命は無残に散る。
ミュータントに攫われた少女は
闇の中で、赤く光る無数の目に囲まれ
絶望の中で食われ死ぬ定めにあった。
奇跡か、あるいはさらなる絶望の罠か。
死に場所を求めた男によって助け出されたが
美しき四肢は無残に食いちぎられた後である。
慈悲無き世界で二人に迫る、甘美なる死の誘惑。
その先に求めた生、災厄の箱に残ったものは
戦車と一体化し、戦い続ける宿命。
愛だけが、か細い未来を照らし出す。

シーフードミックス
黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。
以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。
ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。
内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる