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二章

三、誘い

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 新拠点での仕事を終えて町に戻った飛雄馬は、共通時間で約一日休んだあと、ミカと師匠に誘われて三人で町の酒場に来ていた。

 親しい仲間との気楽な飲み会ということで、飛雄馬は「戦車大好き」と日本語で印刷したTシャツにハーフパンツとスニーカー、日除けに大きめで薄地のシャツと麦わら帽子というくだけた服装だった。
 三人の先頭で酒場の接客を担当するAIに人数と種族を伝え、席を用意してもらっているミカもホルターネックのシンプルなワンピース、師匠は服を着る文化がない種族なので姿はいつもと変わらなかったが、乗っているパーソナルモビリティに取り付ける日除けをビーチパラソルのような日傘にしていた。

 AIとのやりとりをミカに任せ、少し離れた場所で出てくる客の邪魔にならないようにしながら雑談をしていた飛雄馬と師匠は、振り返ったミカに共通通訳機を使って声をかけられた。

「席の用意にはもう少し時間がかかるって。先に注文する?」
「ワタシは席に着いたらすぐに食べたいから注文する」
「飛雄馬は?」
「オレも注文するっす」
「分かった。注文はそれぞれ自分でやってもらっていい? 分け合いたいメニューがあったらその都度聞いてもらうってことで」
「良いんじゃない」
「賛成っす」

 飛雄馬も師匠もミカの提案に賛成して、それぞれAIに注文した。AIは共通通訳機を使って相手にだけ聞こえるように話すためミカと師匠が何を注文したかは分からなかったが、飛雄馬はいつも頼んでいるビールと鳥の唐揚げと枝豆を頼んだ。

 注文を終えた三人が雑談していると席が用意できたらしく、AIが飛雄馬たち全員に話しかけた。

「お待たせいたしました。お席にご案内いたします。拡張現実でもご案内しておりますので、当店のアプリをご利用のお客様はご活用ください。
 また、当店のアプリからご注文いただくこともできますのでご活用ください」

 飛雄馬がかけているヘッドマウントディスプレイを兼ねたサングラスにアプリの起動を促すメッセージが表示されて、音声操作でアプリを起動すると、目の前に案内の矢印が現れた。

 ミカはアプリを使っていないようだったが、師匠は使っている様子で、飛雄馬たちはAIやアプリの案内で席のある広間に向かった。

 シーダーのガレージと同じくらいの広さがありそうな広間には三十台くらいの丸テーブルとそれより少ない数の鉢植えの観葉植物が並んでいて、様々な種族の客で大半のテーブルが埋まっていた。

 広間に入った飛雄馬のサングラスに広間の中央近くにある丸テーブルを示す矢印が映る。

「あのテーブルっすね」
「良い場所じゃない」
「料理はすぐにできるっていうから早く行こう」
「急がなくても料理は逃げないっす」

 すでに早歩きになっているミカをたしなめながら、飛雄馬は二人に続いて示された丸テーブルに向かい、一足先に到着した師匠がポータブルモビリティからイスに移るのを見守った。

 師匠のイスは座面がテーブルよりも高い寝イスのような形をしていて、師匠が同じくらいの高さがあるパーソナルモビリティから十本ある手足を器用に使って移る様子は、安全だと分かっていてもつい心配してしまうかわいらしさがあった。

「飛雄馬も早く座って。配膳ロボットがもう来てるよ」
「分かったっす」

 師匠が無事にイスに座ったことを見届けた飛雄馬は、ミカに促されてミカが座っているものと同じ形のスツールに腰を下ろした。ほかのテーブルの客たちも様々な形や大きさのイスに座っていて、一瞬だけ、この酒場では何種類のイスを使っているのか気になった。

 飛雄馬が席に着くとすぐに配膳ロボットが到着した。

 ミカが配膳ロボットから三人分の飲み物と料理を手早く取りだしてテーブルに置き、飛雄馬と師匠がそれぞれの前に並べた。

「二人も唐揚げを頼んだんだね」
「そうっすね。何の唐揚げかは三人とも違うみたいっすけど」
「唐揚げはおいしいからね。熱いうちに食べよ。
 飛雄馬、『乾杯』の音頭をとってくれる?」
「何で誘われたオレがするんすか」
「いいじゃない。飛雄馬たちの種族の習慣でもあるんでしょ」
「分かったっす。
 じゃあ、シーダーの新拠点の建設の進展と救助隊の無事な任務完了を祝って、乾杯!」
「乾杯!」

 三人全員が飲み物の器を片手で掲げて、師匠とミカはストローを使い、飛雄馬は直接口を付けて飲み物を飲んだ。久しぶりのビールがのどを流れていく感覚は心地良く、気が付いたときにはグラスの半分近くまで飲んでしまっていた。

 乾杯のあとは自然と料理に手が伸びて、飛雄馬は唐揚げと枝豆、そして、ビールを交互に楽しんだ。この世界では元の世界の食材は高級品だったが、変わらない味を楽しめるのはありがたかった。

 三人とも飲み物と料理をひととおり楽しんだところで会話が始まった。

「飛雄馬はデイノニクスの群れと追いかけっこをしてたんだっけ?」
「そうっすよ。十日間で四回も追い払ったっす」
「ワナで捕まえて肉屋に売っても元が取れそうな回数だよね」
「全部同じ群れっすから無理っすよ。最終的には来なくなったけどしつこかったっす」
「デイノニクスってそんなにしつこいんだ」
「あれは例外だよ。一回は戻ってきたとしても、普通はあんなに戻ってこない」
「そうなんですね。
 師匠は十日間ずっと作業用ロボットやドローンの点検や整備してたんですか?」

 ミカと飛雄馬のやりとりに共通通訳機を使って割って入った師匠にミカが向き直った。ミカも師匠によるデイノニクスの生態解説が始まる気配を感じたのか、師匠が言葉を続ける前に素早く話題を変えた。

 出鼻をくじかれた師匠は食べかけていた唐揚げを完全に食べ終えてからミカに片手を向けてテーブルに置いた。相手に向き直ることができないときに師匠の種族が行う相手を見ているという合図だった。

 師匠もミカが話題を変えた理由に気付いているようだったが、そのことを口にすることはなかった。

「そのほかの建設機械の点検をすることもあったけど、大体そんな感じかな。数が多いから大変」
「屋外で建設作業を行う作業用ロボットだと関節部の磨耗が激しい感じですか?」
「そうだね。荒野の砂塵が入り込んで研磨材みたいに削っちゃうし、加重が制限ギリギリになっちゃうことも結構あるし。
 あと、ラジエーターやコンプレッサー用のフィルターの整備も砂塵のせいで大変だね」
「フィルターの整備は大変ですよね。エルダーの差し入れのフィルターは数が少ないし、再生品や工房製は品質がピンキリだから気軽に交換することはできないですし。
 だからといって、フィルターの掃除すらサボってオーバーヒートさせる人がいるのは信じられませんけど」
「たまにそんな救援要請もあったっすね」
「そういう救援要請のときはどうするの?」
「同じ規格のフィルターがあれば交換することもありますけど、掃除だけして町にまっすぐ帰るように言うことが多いですね」
「支払いでごねられたこともあったっす」
「戦車もいる相手にごねるなんてすごいね」
「すごいというより何も考えてなかったみたいです。この世界に来て間もなかったのかもしれません」

 ミカが一旦言葉を切って、飲み物を一口飲んだ。口の端にくわえたストローを通ってグラスの中の飲み物が一口分消える。

 飛雄馬もその間に枝豆をいくつか口に入れた。少しきつめの塩加減が汗をかいた体にちょうど良かった。

「そういえば、ミカが参加した救助隊が探してた遭難者もこの世界にきたばかりだったんすよね?」
「来たばかりというか、私たちと同じくらいだったみたい。貯めたお金で買った二輪車で世界一周の冒険をしてたらしいよ」
「二輪車って、一人でってことっすか?」
「同行できる相手がいるときは同行させてもらってたみたいだけど、隣町からこの町までは同行できる相手がいなくて一人だったみたい」
「それでも二輪車で一人っていうのはすごいっすね」
「どうだろう? それで遭難しちゃった訳だし」
「でも、その人は助かったんでしょ? 冒険は続けてるの?」

 予想外のそっけない返事に言葉を続けられなかった飛雄馬に替わって師匠がミカに尋ねた。町の外に出たがっているのに、ミカは飛雄馬が思っていたほど遭難者に共感も同情もしていないようだ。

「病院に運ばれて蘇生したらしいですけど、二輪車が全損して続けられなくなったみたいです。大ワームの落とし穴に二輪車ごと落ちて二輪車のフレームが真ん中から折れてましたから」
「大ワームの落とし穴に落ちたのなら仕方ないっすね。救助してもらえただけでも運が良かったっす」
「同感だけど、その人は大ワームの落とし穴の場所を知らなかったの? 未発見のものもあるから絶対とは言えないけど、発見されたものは全部公開されてるし、冒険に出るなら必須の情報でしょ?」
「知っていたけど、モンスターに追われて確認する余裕がなかったらしいですよ。二輪車も本格的な冒険には向かない安価な物で、AIがブレーキをかけたときには間に合わなかったそうです」

 唐揚げにフォークを突き刺しながら答えるミカの突き放すような言葉を聞いて、飛雄馬と師匠はミカが遭難者に共感も同情もしていない理由に納得した。

 遭難者には悪いが、準備も経験も足りない無謀な冒険だったとしか言いようがなかった。安価な二輪車では路外での走行性能やAIによる支援が不十分だから、一人で街道を外れるような冒険には適さないし、モンスターを先に発見する方法や安全に街道に戻るためのルートの検討など、モンスターへの対策もなしに街道を外れたのは初心者でも叱責されて当然の失敗だった。

 二人はミカの機嫌をとるために話題を変えるべきだと視線だけで合意して、ミカに遭難者以外のことについて尋ねた。

「ところで、ミカは大ワームを見たんすか?」
「私は落とし穴に下りなかったけど、しばらく前からいなかったみたい。立ち去っただけなのか、死んで空っぽになっているのかは調べてみないと分からないって言ってたかな」
「そうなんだ。
 飛雄馬は大ワームを見たことある?」
「オレはまだないっす。荒野だけにすむ巨大な管状の動物で、土の中の有機物を食うだけじゃなくて、巨大な落とし穴を作ってデイノニクスくらいの中型の動物まで捕まえて食うんすよね」
「そうだね。地上に出てこないし、体表がそれほど硬くないからすんでいる穴に爆薬を入れて退治するんだけど、大きな個体になると残った部分で再生したりするから、完全に退治するのは難しいんだ」
「師匠、落とし穴の中で襲われている要救助者を助けるときは大ワームに銃撃で正しいですか?」
「正しいよ。ただ、大ワームは食べるために近付いて飲み込もうとしているだけで攻撃してる訳じゃないからね。反撃してくることもないし、動きも速くないから落ち着いて撃てばいい。傷付いた大ワームは横穴に引っ込んでしばらく出てこなくなるから安心して救助できるよ」
「ありがとうございます。
 やっぱり射撃の練習もしっかりやろう」

 新しい話題に参加したミカが独り言のように決意する。大ワームであっても話題を変えられたのは良かったが、飛雄馬はミカの決意の内容が気になった。

「ミカは救助も仕事にしたいんすか?」
「違うよ。ただ、できた方が良さそうだって思っただけ。町の外で仕事してるんだし、自分の身を守るためだってできた方が安心でしょ?」
「そうっすけど、今まで気にしてなかったっすよね」
「状況が少し変わっちゃってさ。この前親方に『独立しろ』って言われちゃったんだよね」
「自分で整備工場を始めろってことっすか?」
「違うよ。親方の整備工場が単独でフサリアを運用するのはほかの商会にとってやっぱり都合が良くないから、ほかの商会からの出資も受けて出張修理や車両回収の商会を立ち上げて、そっちに飛雄馬と一緒に移れって言われたの」
「オレ聞いてないっすけど!?」
「今初めて言ったからね。親方は飛雄馬には私から伝えろって」

 思わず大きな声を上げてしまった飛雄馬をよそに、ミカは落ち着いた様子で周囲のテーブルから向けられる抗議の視線に謝っていた。独立だなんて重大な話なのに、ミカはもう受け入れてしまっているように見えた。

 でも、飛雄馬は受け入れられなくてミカに問いただした。

「独立だなんてミカは平気なんすか?」
「ほかの商会と話はついていてほとんど決まっているみたいだし、無駄に抵抗するより前向きに考えた方が建設的でしょ?」
「それはそうかもしれないっすけど……」
「それで、飛雄馬にお願いなんだけど、立ち上げる商会には出向じゃなくて、商会員として最初から参加してほしいんだ」
「どういうことっすか?」
「フサリアを持ってる飛雄馬が出向で参加するのと商会員として最初から参加するのでは、立ち上げる商会の信用が全然違うの」
「ほとんど決まっているようなことなら、信用は関係ないんじゃないっすか?」
「商会の立ち上げには関係なくても、立ち上げたあとの経営に関係あるんだってば。信用が低かったら求人も大変になるし、人が足らなくて経営が厳しければ、その分出資するほかの商会の影響が強くなって今までどおりに仕事ができなくなっちゃう。
 飛雄馬にももっと協力するようにフサリアの費用の負担や保証で圧力がかかるかもしれないよ?」

 向き直ったミカに身を乗り出して言われて、飛雄馬は反論が出てこなかった。いくらこの世界についてまだ知らないことの方が多いといっても、出向と商会員では責任と権利がまったく違うことやミカの話がウソや誇張でないことはよく分かっていた。

「……急に言われても困るっす」
「もちろん、返事は今すぐじゃなくて良いから。ただ、飛雄馬にも前向きに考えてほしくって」

 テーブルの上に視線をそらせた飛雄馬にミカがイスに座り直して声をかけると、二人の様子を見ていた師匠が共通通訳機を使って口を挟んだ。

「良いんじゃない。商会員になった方が自由を確保できるんでしょ」
「オレはシーダーを辞めたくないっす!」
「それはよく知ってるよ。
 だけど、それは自由を失ってまで大切にすることなのかな?
 そんな顔しなくて大丈夫。シーダーを辞めたって私たちとのつながりが切れたり、会えなくなったりする訳じゃないって。何度も言ってるし、飛雄馬も聞いてるでしょ?」
「でも……」
「ミカが返事は今すぐじゃなくて良いって言ってくれてるんだし、良い機会だから、自分がどう生きたいのかじっくり考えなよ。大好きな戦車を手に入れただけで良かったの?」

 師匠は自分をにらむように見詰める飛雄馬の言葉を遮り、片手を上下に動かして飛雄馬に落ち着くように合図した。

 ミカにも見られていることに気付いて、飛雄馬は黙って師匠から視線をはずす。師匠の言うとおり、自立を促されるときにシーダーの仲間たちから何度も同じことを聞かされていた。飛雄馬もそのことを信じていない訳ではなかったが、それでも離れてしまうことに不安があった。

 飛雄馬を見詰めていた師匠が片手をミカに向けた。

「ミカも重要な話を聞かせてくれてありがとう。お礼に好きなものを一品頼んで良いよ」
「ありがとうございます。せっかくだから師匠も一緒に食べませんか?」
「良いね。食べられないものを伝えるから頼んでおいて」
「分かりました」
「飛雄馬もミカに言うべきことがあるでしょ?」
「……教えてくれてありがとうっす。よく考えてみるっす」
「どういたしまして。
 飛雄馬も一緒に食べない?」
「良いんすか?」
「構わないよ。なんたってワタシは飛雄馬の師匠だからね」

 片手で自分を示して、師匠はうれしそうに体表の模様を変化させた。
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