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一章

六、裏切り

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 エルダーの差し入れがある地下施設の奥の部屋からは明かりが漏れて車両の動作音や複数人によるかけ声が聞こえ、活気づいている。

 広大な部屋には外から持ち込まれたいくつもの照明が浮かんで周囲を屋外のように明るく照らし、その下で臨時パーティーのメンバーがエルダーの差し入れを回収するためにせわしなく動き回っていた。

 強欲ネットが襲撃してくる前に少しでも多く回収しなければならない。

 装軌式の戦車回収車でやってきた商会「整備工場」のメンバーは五名全員で戦車が自走して町まで行けるように整備を行い、ほかの商会のメンバーも二両の大型トラックについているクレーンや持ち込んだ小型のフォークリフトを使って高価で希少な物資から積み込んでいる。

 飛雄馬も師匠とエルダーの差し入れである大型トラックの整備を終え、エルダーの差し入れを積み込むためにリーダーや先生と打ち合わせをしていた。

「大型トラックに問題はないよ。付属のクレーンも問題なし。重たい物を積み込んでも大丈夫だと思うけど、予定どおりにした方が安全かな」
「了解した。では予定どおり、かさばる物を中心に、俺と先生がクレーンの範囲内まで運搬、師匠がクレーンの操作、飛雄馬がトラックへの積み込みでいこう。
 意見や質問はあるか?」
「ないっす」
「リーダー、私はあちらの方を担当するのでリーダーはそちらの方をお願いします」
「了解だ。
 物資の取り扱い等については物資を見れば表示されるはずだが、分からないことがあれば回収作業全体を管理しているばあやに聞いてほしい」

 リーダーの言葉で打ち合わせを締めくくり、飛雄馬たちは作業に取りかかったが、突然、不快で耳障りな警報音が鳴り響いて照明が点滅し始めた。

「敵襲! 強力な通信妨害のため町や外にいる警戒班との通信が途絶。周波数変換パターンが把握されている可能性が大。全員物理的攻撃に備えよ!」

 臨時パーティーの通信管制を行っているお嬢の警告が全員の共通通訳機から聞こえて、一瞬動きの止まっていた全員が弾かれたように動き始める。

 部屋の扉の前で警戒していた傭兵たちは自分たちの装甲車に飛び乗って出入り口へ向かい、商会のメンバーたちも一旦作業を中断して安全な場所に避難する。
 飛雄馬たちシーダーも、リーダーが装甲服を取りにシーダーが保有する大型トラックへ向かって駆け出し、飛雄馬と先生も先生が任されている装甲車へ急いだ。飛雄馬は先生に出入り口近くまで運んでもらい、後退してきたヘルキャットに乗り込んで戦うか、小型のドローンを使って戦う先生の支援をすることになっていた。

 間髪を入れずに出入り口の方から反響して歪んだ爆発音が複数聞こえる。
 秘密にされている通信波の周波数変換パターンが把握されているということは裏切りを含めた相当な計画性を感じさせたが、爆発音がさらに続いて誰も口にすることはなかった。エルダーの差し入れが置かれている部屋は移動に車両が必要なほど出入り口から距離があるため爆風などは感じなくても、実際に襲撃されているという事実が臨時パーティーの全員を緊張させた。

「師匠、先に行ってるっす」
「すぐにリーダーと追加の弾薬を持ってくから待ってて」

 飛雄馬は装甲車に乗り込みながら共通通訳機を使って師匠に呼びかけ、師匠もリーダーが先に乗り込んでいる大型トラックに駆け寄りながら答える。

 そんな飛雄馬たち臨時パーティーのメンバーにさらにお嬢の報告が届く。

「迫撃砲と対戦車ミサイルによる激しい攻撃を受けたため警戒班は予定どおり地下施設通路奥まで後退して反撃中。大口径機関砲搭載型装輪装甲車大破、ヘルキャット中破、担当とジュラ商会の商会員一名は通信型装輪装甲車と共に行方不明。敵は火力が極めて充実していて百名程度いる模様。
 なお、臨時パーティーのリーダーである担当が行方不明になったため整備工場の親方が臨時パーティーのリーダーを引き継ぎます」

 警戒班のほぼ全滅、臨時パーティーのリーダーの早すぎる行方不明というあまりの内容に室内が一瞬静まりかえった。また、それを可能にした強欲ネットへの不安がわき起こる。

 臨時パーティーの四倍以上もいるのは襲撃にしては多すぎではないか。

 本当に誰かが裏切って手引きしているのではないか。

 部屋にいるメンバーたちの心に絶望が生まれかけたとき、整備工場の商会長である「親方」が共通通訳機を使って全員に聞こえるように叫んだ。

「了解した! 俺が臨時パーティーのリーダーを引き継ぐ! 最初っから大変な被害を受けてしまったが、通路に引き込んで戦えば敵の数は関係ない! 全員で絶対に生きて帰るぞ! 気合い入れろ!」

 ドラム缶の上下のふちに多数の長い触手が生えているような外見の親方はいつの間にか戦車回収車の上によじ登っていて、叫びながら自分の胴と戦車回収車の天板を何度も叩いた。その姿は大太鼓による力強く勇気をかきたてる演奏のようでもあって、叫んだ内容と共に裏切りの可能性と警戒班のほぼ全滅という被害を聞かされて折れかけていたメンバーの心を一時的にでも立て直した。

「シーダーと傭兵は予定どおり通路で迎撃、俺たち整備工場は戦車を戦えるように整備、ほかの商会は必要な弾薬を通路まで運搬だ! すでに積んである物資はそのまま運んでバリケードにしろ! もったいないのは物資よりも俺たちの命だ! 戦いたい奴がいればシーダーと傭兵に指示をもらえ!」

 親方から次々に出される指示で動きの止まっていたメンバーたちが動き始める。やることがあればよけいなことを考えなくてすむ。飛雄馬たちも親方の指示に背中をけとばされたように通路へ急いだ。



 通路では地下施設に突入しようとする強欲ネットの阻止にかろうじて成功していた。

 一直線の長い通路の両側にそれぞれが陣取って、再度突入しようとする強欲ネットとそれを阻止しようとする傭兵が機関銃を撃ち合っている。通路のかなり手前側に強欲ネットの装甲車が壁に斜めに衝突して放棄されているところを見るとかなり危ないところだったようだ。

 傭兵たちは装輪装甲車一両を含めた四名が放棄された装甲車がぶつかっている壁とは反対の壁側にいて、ヘルキャットは放棄された装甲車の陰からいつでも飛び出して戦車砲を撃てるように待機していた。

 そんなヘルキャットをヘッドマウントディスプレイ越しに見た飛雄馬が驚く。

 中破と報告されるだけあって、ヘルキャットは一目で分かるくらい痛々しい姿をしている。車体側面中央の対戦車ミサイルが命中した部分は装甲シートがほとんど吹き飛び、迎撃用メーザーもすべて使用不能なほど破損していて、センサーマストも曲がって正常に機能しないなど、足まわりに大きな損傷がないのが奇跡だった。
 飛雄馬が遠隔操作でヘルキャットのログをヘッドマウントディスプレイに表示させると、ヘルキャットは五発の対戦車ミサイルに狙われて一発回避し、一発迎撃して一発が至近弾、二発が車体側面中央と車体前方の上面に命中して、装甲シートを上限まで取り付けていなかったら車体側面中央を貫通されて大破していたことが分かった。

 ヘルキャットのさらに詳しい情報を手に入れようと遠隔操作を続ける飛雄馬を乗せたまま、先生は任されている装甲車をヘルキャットのさらに手前で敵からは見えない場所に止めて、傭兵たちの代表に共通通訳機を使って最新の状況を確認する。

「敵の装備は分かりますか?」
「今は機関銃ばかり撃ってくるな。たまに射程が足らないロケット弾を撃ってくるが、練度が足りてなくて我慢できないのだろう。自動小銃を撃ってくる奴までいたな」
「対戦車ミサイルは?」
「もう撃ち尽くしたのか、温存しているのか、撃ってこないな」
「装甲車を突撃させてくるでしょうか?」
「一度撃退したし、こっちにヘルキャットがいる限りしてこないだろう。生き残ってくれて助かった」
「小型の自爆ドローンとドローンを持ってきましたが、攻撃できそうですか?」
「無理だな。通路は幅も高さもそれなりにあるが、ドローンを気付かれずに飛ばせるほどは広くない。音で気付かれて機関銃と自動小銃で弾幕を張られれば通路を突破できないだろう。まあ、敵が通路を突撃してきて頭上に集中できなくなったら上から攻撃するのはありだろうが」
「ありがとうございます」
「こっちこそ応援に来てくれてありがとうよ。
 それと、おたくらのヘルキャットには助かった。ヘルキャットが敵の対戦車ミサイルの大半を引き受けてくれたから、うちが警戒に出してた装甲車は大破しても修理不能なスクラップにはならなくてすんだ。
 あと、応急処置キットがあまっていたら分けてくれないか? 使い切っちまって心許ないんだ」
「応急処置キットの提供は構いませんが、後送させましょうか?」
「ありがとう。でも、後送は不要だ」

 傭兵たちの代表はこれくらいかすり傷だといった口調で断言した。装甲車に乗ってではなく、機関銃を撃つ仲間のすぐ近くで直接観測しながら答えているようで、ヘルキャットの情報を確認し終えた飛雄馬が車外の映像をヘッドマウントディスプレイに表示させると、断言に合わせて傭兵たちの一人が片腕を振っているのが見えた。

 先生が傭兵たちの代表との会話を終えて飛雄馬に指示する。

「飛雄馬さん、リーダーも到着したようですから、多めに積んでいる応急処置キットをリーダーに渡して傭兵たちに持っていってもらってください。
 そして、師匠と一緒に追加の弾薬を下ろしたらそのまま師匠と部屋に戻ってください」
「何でですか、オレも戦うっす」
「申しわけないですが、ヘルキャットが無人運転で対応できていて、ドローンも使えないならここに飛雄馬さんの出番はありません。ドローンをあらかじめ待機させておいて使うなら私一人で十分対応できます。
 ですから、飛雄馬さんには師匠と部屋に戻ってもらって、電子戦の担当に戻る師匠に代わって弾薬の運搬をお願いします」
「反対っす。先生とリーダー、傭兵たち六人だけで戦って持ちこたえるなんて無理っす。オレは装甲車の運転くらいしかできないけど交替要員がいた方が絶対に良いっす」
「気持ちはありがたいが、飛雄馬には戦車に乗ってもらう必要がある」
「リーダーまでオレに戻れって言うんすか!」

 飛雄馬はリーダーの声がした方向に向き直った。会話に加わってきたリーダーは先生が任されている装甲車の後部にあるハッチから顔をのぞかせていたが、完全武装の一つとして身に着けているヘッドマウントディスプレイを兼ねたバイザーのために表情がまったく見えなかった。

 傭兵たちのために応急処置キットをリーダーに渡すことまでは拒否しなかったものの、飛雄馬は二人の指示に納得できなかった。

「予定どおり籠城するんじゃないっすか?」
「状況が変わった。籠城は無理になった」
「飛雄馬さん、担当が裏切ったようです。今は親方が引っ張ってくれているので大丈夫ですが、今の状態が続けばその効果も消えて、商会のメンバーを中心に次に裏切るのは誰かと疑心暗鬼になる者が増えます。そうなれば通路を守れていても臨時パーティーは内側から崩壊します」
「担当が裏切ったってどういうことっすか?」
「確実な証拠はないけど、担当が通信妨害をしている可能性が高いってことだね。臨時パーティーが使っている周波数変換パターンを正確に妨害するなんてパターンを共有していない限り無理だけど、担当は都合よく乗っていた通信型装輪装甲車ごと行方不明な上に、強欲ネットに多額の借金があるみたいなんだよ。
 担当なら臨時パーティーの代表としてワタシたちに気付かれないで外部と通信できたし、もしかしたら臨時パーティーを組むことが決まったころから情報を漏らしていたのかもしれない。そうでもなければ百名程度で奇襲する準備なんてできないからね」

 受け取った応急処置キットを持って傭兵たちのところへ向かったリーダーの返答を先生と新たに会話に加わった師匠が補足する。

 三人から言われるまで、飛雄馬は襲撃に対応することで頭が一杯になっていたから、裏切りについてほとんど意識していなかったし、その裏切り者が担当であるとは夢にも思ってなかった。

「今思うと、飛雄馬に話をしにきたのも、飛雄馬が戦車を買うお金ほしさに裏切ったことにするためのアリバイ工作なんじゃないかな。この世界に来てまだ半年の飛雄馬ならどんな人物なのか知らない人の方が多いし、担当が裏切りの罪をかぶせるのにちょうど良いと考えたんだと思うよ」
「……それってオレたちを口封じするってことっすか?」
「多分ね。敵の数も装備もそのためだと思う」

 師匠の説明に飛雄馬は絶句した。裏切りが発生して籠城ができなくなったのに部屋に戻れと言われたことだけでも理解が大変なのに、裏切った担当に濡れ衣を着せられて命まで狙われていたにいたっては理解が追いつかなかった。

 応急処置キットを傭兵たちに届けたリーダーが戻ってきたのを見て、飛雄馬はリーダーに質問をぶつけた。

「リーダーたちは担当の裏切りを知ってたんすか?」
「知らなかった。金遣いの荒い人物として注意はしていたが、ジュラ商会が臨時パーティーのリーダーに指名したこともあって実際に裏切るとは思ってなかった」
「ジュラ商会ごと裏切ってる可能性は?」
「それはない。ジュラ商会は町周辺の土地に根ざした商会だ。町も深く関わっている臨時パーティーを裏切ったら商会がなくなる」
「じゃあ、リーダーたちもこんな状況になるとは思ってなかったんすね?」

 飛雄馬はいらだちを抑えきれない口調でリーダーを問いただした。理解できていないのは自分だけで、自分だけ蚊帳の外に置かれていたとは思いたくなかった。

 機関銃の射撃音が一時的に激しくなる中、装甲車のハッチから再び顔をのぞかせたリーダーが飛雄馬を見詰め返す。

「担当が裏切って敵がこれだけの戦力で攻めてくるということについてはそのとおりだ。ただ、何らかの理由で籠城ができない場合のことは考えていた」
「事前に教えてもらえなかった理由はなんすか?」
「可能性が低かったこともあるが、一番はむやみに話して相互不信を招いたり意欲を下げたくなかったからだ。飛雄馬だってほかのメンバーから裏切りを警戒されていると知りながらの仕事や警戒しながらの仕事では意欲も上がらないだろう」
「知っていたのは責任者だけっすか?」
「そうだ。俺と担当、親方、傭兵たちの代表の四人だけだ。先生と師匠が補ってくれたのはそれぞれの経験からほぼ同じ答えにたどり着いたためで、俺から知らされていたわけではない」
「……了解っす。オレの経験が短いことはオレも否定できないっす。オレだけ理解できていないのはオレの経験が短いからで、オレだけ知らされてないからじゃないって納得したっす」

 飛雄馬はリーダーをしばらくにらみつけてから、それ以上質問をぶつけるのを止めた。リーダーは襲撃を受けている最中であっても飛雄馬の質問に一つ一つごまかすことなく答えてくれた。おかげで飛雄馬だけ蚊帳の外に置かれていたわけではないと分かったし、話しているうちにいくらか冷静になって今はこんなことをしている場合ではないことを思い出した。

「それで、オレはどうすれば良いんすか? リーダーは戦車に乗れと言って、先生は師匠の代わりに弾薬を運べと言ってたっすけど」
「戦車に乗ってほしい。ただ、もう整備はもうすぐ終了するそうだから、部屋に戻るのはなしだ。戦車がここに来るまではヘルキャットの装甲シートをできる範囲で張り直して待っていてくれ。
 戦車が来たら飛雄馬に合わせた最終調整をして、終わりしだいヘルキャットや傭兵たちの装甲車と共に出撃してもらう」
「強行突破っすか?」
「そうだ。戦車を先頭にヘルキャットや傭兵たちの装甲車が通路を強行突破すれば、出入り口を包囲している強欲ネットを混乱させて撤退させることができるだろう」
「対戦車ミサイルとかをむちゃくちゃ撃たれるっすよ? 迎撃用メーザーだけじゃ足りないと思うっすけど」
「この通路なら対抗策はある」
「戦車が出てきたら?」
「その心配はない。強欲ネットが戦車を持っていたら、こちらの戦車を無傷で手に入れるためにもとっくに同じことをしているはずだ」
「了解っす。強行突破したあとどうすれば良いかは誰と相談すれば良いっすか?」
「それは戦車が来てから参加する全員で話そう。強行突破の支援やその後のここの守備など、関係するメンバーは少なくないからな。
 それまではヘルキャットの応急修理を頼む」
「了解っす」

 飛雄馬はハッチから顔を引っ込めるリーダーを見送って、先生が任されている装甲車にあらかじめ積み込んであった荷物を広げて降りる支度を始めた。リーダーの装甲服ほどの防御力はなくても、銃弾の破片などから身を守れるくらいの防御力がないと降りるのは危険だった。飛雄馬はつなぎの作業服の下に装甲シートを薄くしたような素材で作られたプロテクターを身に着け、ヘルメットとイヤーマフ、ヘッドマウントディスプレイを兼ねたゴーグル、簡単なガスマスクにもなる面当ても着けてから、開けっ放しにしていたハッチを降りる。

「先生、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「飛雄馬、先にトラックに寄って運んできた装甲シートを持っていってくれる?」
「了解っす」

 話しかけてきた師匠にもいつもと同じ口調で答える。

 リーダーから与えられた新たな役割は思っていた以上に大役で、飛雄馬は不機嫌が消えてしまった。

(アクション映画の主人公になった気分っす)

 地下施設の出入り口から飛び出していく戦車が目に浮かんで、飛雄馬は口角を上げた。

 飛雄馬はもう不満を感じていなかったし、力強い足取りで師匠が待つ大型トラックへ向かった。
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