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一章

四、ガレージ

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 複数の天井クレーンが設置された背の高いガレージにはパーティーが保有する四両の車両が止められている。ヘルキャットを除く三両の車両は整備ずみの状態で、大型トラックを前、装甲車二両を後ろにしてきれいに並び、ヘルキャットは二階にある倉庫のための積み下ろしスペースを挟んだ整備エリアで自走式の足場に寄り添われている。

 飛雄馬が以前働いていた自動車整備工場とは規模も設備も違っていたが、出入り口のシャッターがすべて巻き上げられていても感じるオイルやゴム、金属のにおいなど共通するところもあって、飛雄馬はガレージを訪れるたびに懐かしさにも似た感情に襲われた。

 この世界に連れてこられるきっかけになった死亡の原因も以前の生活のことも断片的にしか思い出せないが、以前の職場の仲間や家族は元気にしているだろうかと思い、以前の生活では考えもしなかった戦車を買うかどうかで悩んでいる今の自分に彼や彼女らとの断絶のようなものを感じた。

 ガレージを見下ろしたまま無意識のうちに立ち止まっていた飛雄馬はすぐに頭を軽く振って気持ちを切り替える。

 担当の話を聞くという約束が入ってしまったものの、今日も仕事は少なくない。飛雄馬はヘルキャットに装甲シートを上限まで取り付けたことがなかったから、バランスとサスペンションの確認と調整まで確実にやるならかなり時間がかかるはずだった。

 作業手順を考えながら飛雄馬がガレージの内側を囲むように設置されたスロープを降りていくと、師匠がヘルキャットの運転席のハッチから出ようとしているのが見えた。

「師匠、おはようございます」
「おはよー、飛雄馬。少しは眠れた?」
「あんまりっす」
「そっか。良さそうな戦車が見付かったらすぐに教えるから事故には気を付けてね」

 師匠は共通通訳機を通して返事をしながらハッチから出てくる。

 手と足を交互に使って出てくる様子は巣穴から出てくる小動物のようなかわいらしさがあって和んだが、飛雄馬が口にすれば師匠が怒ることは目に見えているので黙っている。

 飛雄馬は自走式の足場に移動した師匠から自分の足下に視線を移して再びスロープを降りながら言葉を続けた。

「それと、このあとジュラ商会の担当がオレに話をしに来るみたいっす」
「なんで?」
「分かんないっす」
「時間はかかりそう?」
「簡単に聞かせてもらうだけのつもりっす」
「それなら影響は特にないかな。
 場所はここで良いの?」
「大丈夫っす」

 共通通訳機から聞こえる師匠の質問に飛雄馬は言い切った。いくら拒否は気が引ける相手だとしても考えなければならないことをさらに持ち込んでくるような迷惑な相手を歓迎したくはなかった。

 飛雄馬は頭に浮かんだ表情がまだ分からない担当の姿を追い払ったが、スロープを下まで降りて止めてある大型トラックの前を通り、ヘルキャットのところへ向かおうとしたところで拠点の敷地に入ってくる担当の乗ったワゴン車に気付いた。

 担当もすでに積み降ろしスペースで立ち止まった飛雄馬に気付いている様子で、飛雄馬が反応するより先に共通通訳機越しに話し始めた。

「飛雄馬さん、おはようございます」
「おはようございます。ずいぶん早かったすね」
「お仕事がお忙しくなる前にお伝えしたいと思いまして」

 ガレージのすぐ近くに止めたワゴン車から降りてきた担当は飛雄馬がそっけなくしていても気にしてない様子で飛雄馬の前まで歩いてくる。

 そのためらいのない歩き方は四本ある足の動かし方だけを見れば地球の馬のようにも見えたが、触手に似ている足の太さは前と後ろで変わらないし、はっきりした関節も見当たらない。

 飛雄馬は小さくため息を吐くと、視点の高さを合わせるためにその場に座り込んで担当を迎えた。

「今日はお忙しいところ貴重なお時間を割いてくださいましてありがとうございます」
「申しわけないっすけど、これから装甲シートが届くんでここで話を聞くっす」
「分かりました。
 では早速ですが、飛雄馬さんが戦車のご購入でお悩みとうかがいましたので、資金の融資先と新しい職場をご紹介できればと思いまして」
「え?」

 共通通訳機からの担当の言葉に飛雄馬は思わず言葉をもらした。一瞬冗談か通訳の間違いかと思ったものの、目の前の担当は飛雄馬が落ち着くのを待っているかのように何も言わない。戦車や装甲車のように損傷することが当たり前で担保にならないものに対して金を貸すところがあるなんて聞いたことがなかった。

「利息が年五割とかすごく高いんじゃないっすか?」
「とんでもない! そんなに高いならご紹介なんてしませんよ。事業用と同じ一五パーセントほどです。
 というのも、とある傭兵団が戦力の増強を考えていまして、飛雄馬さんのことをお話ししたら、戦車持ちの傭兵をよそから引き抜いたり、自分たちで戦車を買って乗員を養成したりするより安上がりだから、自分たちが借りる事業用資金の一部を回しても良いとおっしゃってるんです。
 要するに、飛雄馬さんがこの傭兵団に入団することを条件に戦車一式の購入資金を低利で融資するというお話なんですが、傭兵団といっても毎日のように戦っているわけではありませんし、戦車が実際に戦うのはさらに少ないですから、損傷や弾薬の消費が多くて費用がたくさんかかるとか、危険な仕事が多くて負傷やストレスがひどく増えるとかはありません。傭兵団だって費用や危険は少ない方が良いですからね。優秀な人材の確保や育成だって大変ですし。
 それに、すぐに傭兵団に入れということもなくて、リーダーさんたちがご自身の町を造るためにパーティーを解散なさって、飛雄馬さんがフリーになってからで良いそうです」
「……条件が良すぎじゃないっすか?」
「それだけ必要とされているということですよ。
 飛雄馬さんはエルダーの差し入れの戦車一式の優先購入権を持ってらっしゃいます。この一帯でほかに新品の戦車はありません。中古の戦車だと使ってみないと分からない故障や欠陥があることも珍しくないですから、品質保証された新品の戦車というのはそれだけで即戦力扱いになります。
 また、戦車は外見を似せているだけなので基本的にどの種族のものでも規格は共通で基本的な性能に大きな違いはありませんが、車内の容積、つまり、装備品の搭載量には大きな違いがあります。飛雄馬さんが優先購入権をお持ちの戦車は人間族の大型の戦車ですから、車体容積はかなり大きく、それだけ有力な戦車ということになります。おそらくこの一帯でも上位に入るでしょう。弊商会にも飛雄馬さんが購入なさらなかったら購入したいとの問い合わせが多数入っています。
 ですから、とある傭兵団はほかの傭兵団などとの競争になる前に飛雄馬さんごと戦車を手に入れたいと好条件を出しているわけです」

 津波のように止まらない担当の言葉に圧倒されて飛雄馬はほとんど口を挟めなかった。飛雄馬のように話し好きでなければ一言も挟めなかったかもしれなかった。

 また、担当の話はあまりにもできすぎていて簡単には信じられそうになかった。その傭兵団に入ったらいろいろな理由を付けて戦車を取り上げられてしまうのではないかと不安を感じた。

 聞いていてすぐに分かるような間違いや矛盾は見付けられなかったが、このままでは話を聞くだけのつもりが押し切られてしまいそうな危険を感じて、飛雄馬は担当の話を遮るつもりで質問をぶつけた。

「その『とある傭兵団』ってどこなんすか?」
「申しわけありません。このお話は仲介としてお金をいただいているので、直接交渉できないようにお答えできないんです。もちろん、前向きにご検討いただけるのであれば段階を踏んでお答えいたします。
 ですが、とある傭兵団が飛雄馬さんに戦車一式の購入資金を融資できるだけの資金力を持っていることは保証いたしますし、待遇や昇級の可能性といった面でも悪くないことを保証いたします。最初のうちは融資の返済や戦車の費用の支払いでやりくりが厳しいかもしれませんが、戦車に乗って活躍できるようになるころには十分楽になっているはずです。この世界に来て半年足らずで砲火力支援型装輪装甲車を乗りこなされた飛雄馬さんならすぐでしょう。
 もちろん、主義主張のためなら殺人や洗脳をためらわない過激集団でも、戦えるなら死んでもかまわないといった戦闘狂の集団でもないことも保証いたします。
 とある傭兵団についての詳しい情報をお話しできないことでご不安はあると思いますが、こんなに良い条件はほかにありません。はっきり言って、ほかからの申し出がそろうのを待って比較して決めるなんて時間の無駄です。そんなことに時間を使うくらいなら戦車を買ってからのことを考えた方が絶対に良いです。特に飛雄馬さんはパーティーが解散されてからのことも考えなければなりませんし、戦車一式を買えるだけでなく、次の職場やお住まいも得られるこのお話をぜひ前向きにご検討いただけないでしょうか?」

 いつの間にか距離を詰めてきた担当の五つの黒い目が飛雄馬を見詰める。

 担当の話を遮って距離を置くつもりがさらに追い詰められてしまった。ここまで勧められるとかえって不安になってさっさと断りたかったが、飛雄馬は一つだけ心に引っかかってできなかった。パーティーの今後のことだ。リーダーたちの町を造るという話に飛雄馬はそれほど魅力を感じていない以上、いつまでも一緒にはいられない。飛雄馬は後回しにして考えないようにしていたことを担当に改めて突きつけられてしまった。

 飛雄馬は担当に見詰められたまま考える。

 リーダーたちはパーティーを解散するとは言っていない。でも、決して解散しないとも言っていない。それは単に町を造り始めたとしてもどれだけの時間と費用がかかるかはっきり見通せないためにパーティーの今後も簡単には決められないからで、決して飛雄馬を除け者にしている訳でも、軽く考えている訳でもないことは分かっていた。また、もし解散することになったとしてもリーダーたちがこの世界に来てまだ半年の飛雄馬を放り出すようなことはありえないとも確信していた。

 だからこそ、飛雄馬は今後のことを考えるのを後回しにして戦車を買うかどうかで悩んでいられたのだが、担当の話を聞いて気持ちが揺らいだ。まだ半人前以下でこの世界のことを十分知らないとしても、子供ではないのだから、リーダーたちに甘えていないで情報収集くらいはしておいた方が良いのではないかと思った。

 でも、飛雄馬がその続きの言葉を口にすることはなかった。

 装甲シートを満載した大型トラックが拠点の敷地に入ってきて、師匠が飛雄馬を呼んだ。

「飛雄馬、装甲シートが届いたよ。受け取りはワタシがやっておくから、飛雄馬は荷下ろしをお願い」
「了解っす。
 すみません。装甲シートが届いたんで続きはまた今度お願いっす」
「こちらこそ貴重なお時間をありがとうございました。エルダーの差し入れの回収が終わって落ち着きましたらまたおうかがいいたします」

 担当は反射的に立ち上がった飛雄馬から離れると、高く掲げた両腕の先端にある手のひらに相当する部分を合掌するように合わせてその部分だけ飛雄馬に向けて軽く傾け、感謝と別れのあいさつをした。

 そのあとすぐに担当に背を向けて仕事に戻った飛雄馬は気付かなかったが、両腕を下ろした担当は一瞬だけ片腕で床を強く叩いて悔しがる仕草をしていた。
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