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一章

一、地下施設

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 航空機の格納庫としか思えないくらい巨大な両引き式の扉の前で、先生と師匠が扉を開け閉めするためのものと思われる制御装置を調査している。
 制御装置は使う人の体格をまったく考えていないのか扉の高さの四分の一ほどのところにはめ込まれていて、先生は前足に相当する足を踏み台に乗せて感覚器が集中した頭や首に相当する足を高く伸ばし、師匠は自分の背丈の倍以上の高さがある自走式の足場に乗っていた。

 そして、その二人を守るために飛雄馬とリーダーとお嬢が周囲の警戒を行い、ばあやが二人の調査の様子をドローンなどを使って記録していたが、ここに来るまでに何度か戦ったモンスターの気配はしばらく前からなくなっていたため、飛雄馬の緊張は途切れがちだった。

 飛雄馬はヘッドマウントディスプレイに映る車外の映像から目をそらさないように気を付けながら同じように退屈していそうなお嬢に話しかけた。

「この部屋には何かあると良いっすね」
「あったとしてもたいして持ち帰られる訳じゃないし、モンスターさえいなければどっちでもいいよ」
「扉越しに調べた範囲ではいなかったんすよね?」
「そうね。聴音と漏出ガスで調べた範囲ではね」

 答えるお嬢は共通通訳機越しに鼻で笑うような声を出して飛雄馬を困惑させた。前の部屋ではそんなことを言われなかったし、飛雄馬も手伝った二人の調査がいい加減なものだったとは思えない。

「……見付けられないモンスターがいることもあるってことっすか?」
「そうよ。こういう人工的なところだと自律兵器のモンスターも珍しくないし、そういう奴だと部屋の中に入って初めて起動したりするから、結局は入ってみないと分かんないのよ」
「そんなの完全に罠じゃないっすか! 罠があるかもしれないなら前の部屋のときに教えてもらいたかったっす!」

 飛雄馬たちがここに来る前に別の部屋を調査したとき、飛雄馬の乗るヘルキャットが一番防御力が高いということで一番最初に部屋に入ったことを思い出して叫んだ。あのときは何もなかったが、罠だった可能性もあると知って全身から冷や汗が吹き出す。同時に、初めての部屋の調査で緊張しすぎて罠がある可能性をまったく思い付かなかったことを反省した。

「ちょっと落ち着きなさい。だからプロに頼むんでしょ。ウチはちょっと専門から外れるけど、あなただって大丈夫だったじゃない。
 それより、調査が終わったみたいよ」

 お嬢が飛雄馬のヘッドマウントディスプレイに制御装置の前にいる先生と師匠の拡大映像を割り込ませる。露骨な話そらしだったがお嬢にこれ以上抗議しても意味がないことは分かっていたから、飛雄馬も仕方なく二人の映像に意識を移した。
 二人はいつもと変わらない様子で調査に使っていた機器や踏み台、足場を片付けていて、部屋に罠があるかもしれないことを特に意識も警戒もしていないように見えた。

 片付けを終えた師匠は機器と踏み台を足場に積み込むとそのまま足場を運転してトラックへ向かい、残った先生がリーダーに調査結果の報告を始めた。

「リーダー、扉の鍵を解除しました。扉には特に罠は仕掛けられてないようです」
「ありがとう。扉は自動で開けられそうか?」
「いいえ、あの制御装置ではそこまでの操作はできないようです」
「了解した。
 では、先生が運転する装甲車に牽引してもらって扉を片側だけ開けて、俺が最初に入ろう。師匠たち、トラック、先生、最後に飛雄馬と続いてくれ。扉は装甲車が一台入れるくらい開けてくれれば良い」
「リーダー、部屋の中の初期調査にドローンを三機使いたいと思いますがよろしいですか?」
「よろしく頼む。
 ほかに意見はあるか?」
「リーダー、オレが先頭じゃなくて良いんすか?」
「今回はしんがりを頼む。前回は最初から装甲車が楽に入れるくらい扉が開いていたし、扉の前で時間をかけたくなかったからな。今回は先生がワイヤーロープを片付けなければならないし、最後は一人で対処してもらうことになるがよろしく頼む」
「了解っす」
「ほかに意見がなければ全員作業に取りかかってくれ」

 リーダーの指示でパーティー全員が動き始めた。

 でも、偶然とは思えないリーダーの指示に飛雄馬は動揺していた。リーダーがお嬢との会話を聞いていて飛雄馬を先頭から外したのではないかと疑ったが、リーダーに明快に言い切られてしまってそれ以上質問できなかった。
 代わりにお嬢にリーダーが聞いていたのか確かめたくても、お嬢はドローンによる調査を行うばあやを手伝っているはずで邪魔はできない。飛雄馬はどちらにしろ任されたことをしっかりやるしかないと自分に言い聞かせるしかなかった。

 飛雄馬が動揺している間も作業は進み、先生が任されている装甲車を遠隔操作で扉の前に呼び寄せて、後ろ向きに停車させた。その装甲車からリーダーが牽引用のワイヤーロープを外して扉と装甲車の間に広げ、師匠がトラックから持ち出した特殊な接着剤を使って扉に固定した金具にワイヤーロープを装着する。

 そして、リーダーが装甲車の後部にある牽引用の金具にもワイヤーロープを装着して完全に装着できていることを確認すると、作業していた全員が安全な場所に移動してから、先生が装甲車をゆっくり前進させてワイヤーロープを張り詰めさせ、リーダーが改めてワイヤーロープと金具に異常がないことを確認した。

(基本は大事っす)

 現実逃避していると自分でも思いながら飛雄馬は作業を見守る。牽引するときはワイヤーロープに大きな力が急にかかると切れて大事故になることがあったから、リーダーたちが行っている作業は地味で時間がかかっても大切な作業だった。

 すべての確認が終わって無事に扉の牽引が始まり、最初に部屋に入るリーダーが装甲服を取りにトラックへ向かった。

 飛雄馬も完全武装のリーダーが戻ってくるのを見届けてから周囲の警戒に意識を戻した。もちろん、今までもまったく警戒していなかった訳ではないが、モンスターの気配は相変わらずなかったし、ずっと警戒しているだけだとまた後悔してしまいそうだった。



 扉は引っかかることも、錆びついたような大きな騒音を立てることもなくなめらかに動いて、ぴったり閉じていた左右の扉の間が少しずつ開いていく。部屋の中にも最低限の照明があるようで特に暗いとは感じないが、かなり広いらしく中に何があるかはまだよく分からない。

 また、扉が開いたことで何かが動き始めた気配もなかった。

「二機は左右の壁に沿って、一機は直進するルートで進入させます」
「了解。入れるようになりしだい俺も続く。
 私は扉の正面少し入ったところで待機するから、師匠たちとトラックは扉の左側、先生は扉の右側、飛雄馬は扉の正面で待機してほしい。全員が部屋に入ってからのことはドローンの報告を見てから決める」
「了解」

 ばあやが管制する三機のドローンが部屋に入り、少ししてリーダーが油断せず身構えながら続く。

 ドローンやリーダーが部屋に入っても何かが動き始めた気配はない。

 さらに装甲車が通れるくらい扉が開いて、師匠が運転し、お嬢とばあやが同乗する装甲車が部屋に入った。

 装甲車が部屋に入っても何かが動き始めた気配はなく、無人運転のトラックが続いた。トラックは今ばあやが管制しているはずだった。

(罠はなかったっすか?)

 部屋に入っていくトラックの後ろ姿を見送って、飛雄馬は半信半疑で周囲を警戒した。罠がないのはうれしいが、自分だけ大騒ぎしていたことが余計に恥ずかしい。

 飛雄馬が恥ずかしさをごまかすようにまだ扉の手前にいる先生に意識を向けると、先生は任されている装甲車を遠隔操作で止めて扉の牽引を終了していた。そして、扉はなめらかに動いていた分すぐには止まらなかったらしくて扉と装甲車をつないでいたワイヤーロープが大きくたるんで地面についていた。

 先生がいつもよりは素早い動きでワイヤーロープに近付いて、扉側の金具からワイヤーロープを外した。

「手伝いますか?」
「ありがとう。でも、気持ちだけいただきます。何かあったら困るので装甲車に乗っていてください」

 頭や首に相当する足でワイヤーロープの先端を持ち上げながら先生が飛雄馬の申し出を断った。
 飛雄馬やリーダー、お嬢、ばあやたちほど素早く動けず、前足に相当する足も器用ではないので、ワイヤーロープをまとめて装甲車の車体に固定するのは大変だろうと思っていたら、先生はワイヤーロープを車体後部の金具からは外さないまま、装甲車の後部にあるハッチを開けて乗り込むとそのまま引き込んでしまった。

「きちんと収納するのはあとで時間があるときに行います。今は部屋に入ることを優先しましょう」
「了解っす」

 確かに、中に引き込んで固定だけしてしまえばワイヤーロープを引きずることもタイヤに巻き込んでしまうことも心配しなくて良い。自動車整備士になるために学び始めたころから整理整頓をたたき込まれてきた飛雄馬としては素直にうなづけなくても、先生が一人で行える方法としては一番早くて確実と思えることも確かだった。

 乗り込んだ先生はすぐに装甲車を発車、旋回させて部屋に入った。その運転は流れるように無駄がなく、一度も減速することも切り返すこともなかった。

(驚かされてばっかりっす)

 思わず食い入るように見てしまったことを止めて飛雄馬は座席に座り直す。不器用だと思っていた先生の運転は装甲車の運転を始めて半年程度の飛雄馬とは比べものにならないくらいうまかった。

 そして、最後になった飛雄馬もヘルキャットを発車させた。どれだけできるようになれば一人前になれるか分からなくなりそうだったが、パーティーで不当に評価されないことは確信できた。飛雄馬は一瞬だけ迷ってから、周囲を警戒しながら後進で部屋に入るという器用なことはあきらめ、砲塔だけ後ろに向けて前方を意識しながら前進で部屋に入った。



 部屋の中は扉を囲んで守るように簡単な陣地になっていた。正面は完全武装のリーダーが警戒して左右には装甲車が一両ずつ並び、装甲のないトラックは左側の扉の際に止められている。

 飛雄馬は正面にいるリーダーを避けるように右から回り込んでその前に出て、正面の壁になるようにヘルキャットを止めて砲塔を部屋の奥に向けた。

 そして、運転に集中するために聞かないようにしていた仲間たちの声を聞けるように共通通訳機の設定を元に戻すと、ドローンが何かを見付けたところのようで、珍しくばあやが動揺した様子で報告していた。

「リーダー、これは何でしょうか? 補給物資のように見えますが、この地下施設が使われているという情報も痕跡もなかったと思うのですが」
「確かにそういう情報や痕跡はなかったな。ただ、これがここに実際にある以上ここが何者かの秘密の補給拠点であると思って行動した方が無難だろう。ほかにも入り口やルートがあるのかもしれないし、痕跡も消されているのかもしれない。情報や痕跡がないといっても本気で隠されたら見破るのは困難だからな」
「そうでした。お騒がせして申しわけありません。ドローンには引き続き部屋の調査を行わせます」
「よろしく頼む。ここの扉以外に扉や出入りできそうなところがないか見落とさないように調べてくれ」
「物資の方は私がローバーを使って調べましょう」
「ありがたい。所有者や管理者が分かる手がかりがないか調べてくれ。
 師匠もドローンかローバーを出せるか?」
「難しいな。今のドローンからの情報も含めてこの地下施設と周辺の情報を洗い直してるから」
「分かった。よろしく頼む」

 リーダーが仲間たちに指示を出す声を聞きながら、飛雄馬は運転席の多目的ディスプレイにばあやが共有しているドローンの映像を表示させた。
 二、三階分くらいの高さから撮影されている映像には大小様々なコンテナを積み上げて大きな防水布をテントのようにかぶせた山と白くて不透明な樹脂で繭のように包まれた車両や大型機械らしい物体が映っている。どちらも埃まみれでも梱包が劣化して破損しているわけでもなく比較的最近運び込まれたように見えた。分量は映っている分だけで大型トレーラー三、四両分、金額にして一、二億クレジット分くらいはありそうだ。

(大変なことになったっす)

 まるで学校の図書室から借りた本に秘密の手紙が挟まっていたのを見付けてしまった感じだ。差出人がもう卒業して手紙のことを忘れているなら良いが、もしまだ学校にいて手紙を読まれたことを知っていたらどんなに恨まれるか分からない。

 罠の方が何倍も良かったと思いながら、飛雄馬は多目的ディスプレイに表示させた映像を消して周囲の警戒に意識を戻した。

 沈黙が重い。

 仲間たちも状況の深刻さが分かって口数が少ない。飛雄馬と一緒にリーダーから声をかけられなかったお嬢も地下施設の外や部屋の外に設置した通信中継機が異常を拾っていないか必死に調べているに違いなかった。

 飛雄馬は自分が仲間たちの緊張感にも影響されて呼吸が浅くなってきていることを感じた。

 もし、この物資が周辺で活動している盗賊団の物だとしたら、物資に指一本触れなかったとしても、秘密をあばいた、または、その可能性があるということで報復や口封じのために狙われ続けることは間違いない。
 また、今回の地質調査を依頼してきた商会が敵対する商会の秘密をあばいて攻撃材料にするつもりで依頼していたのだとしたら、町の政治的対立に巻き込まれてしまい、拠点を借りているだけで町の住民ではない飛雄馬たちパーティーは町から追い出されてしまうかもしれない。

 リーダーならそのどちらであっても切り抜けられるようにパーティーを導いてくれるという信頼感はあったが、だからといってこれらの危険を楽しめるほどの度胸はまだ飛雄馬にはなかった。装甲車に乗って戦うことには慣れてきていても、自分がスリラーやホラーの登場人物になることには拒否したいくらい抵抗があった。

(完全にエルダーのバカ野郎っす)

 薄暗い運転席で飛雄馬は誰にも聞いてもらえない気持ちを「エルダー」と呼ばれる超越的な異星人にぶつけた。

 エルダーはこの世界とこの世界があるダイソン球を造り、宇宙の各地から死亡したばかりの異星人の情報を始めとする様々な情報を集めてきて再現した。姿も人数も目的も意志の疎通が可能かも不明だが、この世界に連れてこられたどの異星人よりもはるかに進んだ種族であり、不死の精神生命体であると言われていた。
 また、集めてきた異星人たちを一つの世界に入れたのは、本来起こるはずがない出来事を娯楽の一つとして観察しているからだとも、振る舞いを観察して優秀な種族を選別するためだとも言われていた。

 このエルダーを受け入れてあがめる者、拒絶して元の世界への帰還を目指す者、どちらでもなくこの世界を新たな故郷とする者など、連れてこられた異星人たちの反応は様々だったが、飛雄馬たちの今の状況の大元を作った原因であることは確かだった。

 一度不満を言葉にすると堰を切ったように次々とエルダーへの文句が出てきた飛雄馬だったが、不意にある一つの可能性が思い浮かんだ。

(『エルダーの差し入れ』っていう可能性はないっすか?)

 その文字どおりにエルダーがこの世界に物資を差し入れることがあった。目的は色々言われているが正解は不明。差し入れの場所もほとんどの町にある地下施設の中か、この世界の各地にあるダンジョンとも呼ばれる施設の中。例外も少なくないが見付かりにくい場所であることが多いと言われていた。
 物資の内訳も限定された食料やエネルギー関連資材、共通通訳機などこの世界で生きていくために最低限必要な物資のこともあれば、モンスターや盗賊などと戦うための強力な武器などのこともあった。

 もし発見した物資がエルダーの差し入れであれば飛雄馬たちは盗賊団に命を狙われることも町の政治的対立に巻き込まれることもなくなる。飛雄馬はすぐにとりつかれたように可能性を考え始めた。
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