40 / 63
39.オライオンは辺境の地へ
しおりを挟む
苦しみながらも、騎士となり王族となる彼女を護るのだと、不死鳥のように立ち上がった彼を見て、一層の協力をしてやろうと心に決めた。
けれど、そんなポセイダーとオライオンの気持ちを踏みにじるように、騎士となったオライオンは辺境の地へ配属されてしまったのだ。
まともな騎士が送られる場所ではない。二度と戻ってこられないとまで言われる、騎士の処刑場。そんな場所に、真面目な甥が送られる理由など、一つしか思い浮かばなかった。
それでも彼は憤るポセイダーに、彼女を護ってほしいとそう言い残して、辺境の地へと旅立った。
その後、ポセイダーは王城で、幾度もアルテミスを目にした。常に微笑み、王族となるべく階段を着々と上っていく少女。
さすがは王族に嫁ぐ令嬢だと感心する一方で、オライオンの人生を狂わせておきながら平然と王族に収まろうとする女に、嫌悪感を抱くようになっていた。
しかしポセイダーはここにきて、ようやく己の誤りに気付く。彼女もまたオライオンを想い、彼のために行動していたのだ。
彼女を疑ってしまったこと、そしてオライオンの願いを無碍にしてしまったこと。罪の意識に胸が焼けるように熱くうねる。
けれど、と、ポセイダーは苦痛に耐えるように、まぶたを落とす。
彼女が本当に冤罪だとしても証拠は出揃っていて、覆す証拠を彼女は持っていない。
本来ならば冤罪を信じた家族が、捕えられた本人に代わって動くところだが、アルテミスの両親は保身に走るばかりで、娘の無実を証明しようとの動きは取っていなかった。
このままではアルテミスは刑を逃れることはできないだろう。そして王家に仕えるポセイダーは、動くことができない。
どうしたものかと苦悶するポセイダーの耳に、アルテミスの声が届く。
「どうかお願いがあります」
告げられた願いにポセイダーは驚愕したが、彼女の無実を晴らすよりは容易であり、何より二人へのせめてもの贖罪になるならばと、頷いて石段を下りていった。
かたかたと、馬車が揺れる。
座席もない荷馬車の床に直接腰を下ろしているアルテミスの手首には、両手を繋ぐ枷が付いている。
身に付けているのは、動きやすそうな簡素な麻のドレス。騎士ポセイダーが贈ってくれたものだ。
本来ならば囚人が使う身の回りの品は家族が用意するものだが、侯爵夫妻は何も手筈しなかった。見かねたポセイダーが、最低限の身の回り品と食事を、こっそり差し入れてくれた。
処刑は免れたアルテミスだが、この国で最も恐ろしいと言われる場所への流刑が決まる。処刑よりも重い罰をと、進言した騎士がいたとか。
女性に適用されたことのないその処罰に、一部で批判が上がった。
しかしその騒動さえ、それ程に重い罪を犯したのだと知らしめると共に、聖女に危害を加える愚かさを周知することに一役買う結果となった。
アルテミスが塔に閉じ込められている間、父と母は訪ていない。一度だけ、兄が訪れた。
「残念だよ、アルテミス。君がそんな醜い女だったなんて」
結局、アポロンの目には、アルテミスは映っていなかったのだろう。彼の可愛い妹など、存在しなかったのだ。
かたかたと、馬車は揺れる。
フルムーン侯爵領から王都へ向かう馬車も揺れたが、それ以上に揺れが酷く、アルテミスは体中が痛くなっていた。
馬車の違いもあるだろうが、道も悪かった。西の辺境に向かう馬車など、滅多にいない。食料や武器、もしくは騎士や傭兵、罪人を運ぶ荷馬車だけだ。
魔獣の多いクレータには、人は住めない。辺境部隊が暮らす城から次の町までは、馬を駆っても数日は掛かる。
逃げ出しても魔獣に食い殺される運命しかないクレータは、流刑の地としても使われていた。騎士も傭兵も罪人も、死にたくなければ魔獣と戦うしかない。
「オライオン、どうか無事でいて」
揺れる馬車の中で、アルテミスは祈った。
けれど、そんなポセイダーとオライオンの気持ちを踏みにじるように、騎士となったオライオンは辺境の地へ配属されてしまったのだ。
まともな騎士が送られる場所ではない。二度と戻ってこられないとまで言われる、騎士の処刑場。そんな場所に、真面目な甥が送られる理由など、一つしか思い浮かばなかった。
それでも彼は憤るポセイダーに、彼女を護ってほしいとそう言い残して、辺境の地へと旅立った。
その後、ポセイダーは王城で、幾度もアルテミスを目にした。常に微笑み、王族となるべく階段を着々と上っていく少女。
さすがは王族に嫁ぐ令嬢だと感心する一方で、オライオンの人生を狂わせておきながら平然と王族に収まろうとする女に、嫌悪感を抱くようになっていた。
しかしポセイダーはここにきて、ようやく己の誤りに気付く。彼女もまたオライオンを想い、彼のために行動していたのだ。
彼女を疑ってしまったこと、そしてオライオンの願いを無碍にしてしまったこと。罪の意識に胸が焼けるように熱くうねる。
けれど、と、ポセイダーは苦痛に耐えるように、まぶたを落とす。
彼女が本当に冤罪だとしても証拠は出揃っていて、覆す証拠を彼女は持っていない。
本来ならば冤罪を信じた家族が、捕えられた本人に代わって動くところだが、アルテミスの両親は保身に走るばかりで、娘の無実を証明しようとの動きは取っていなかった。
このままではアルテミスは刑を逃れることはできないだろう。そして王家に仕えるポセイダーは、動くことができない。
どうしたものかと苦悶するポセイダーの耳に、アルテミスの声が届く。
「どうかお願いがあります」
告げられた願いにポセイダーは驚愕したが、彼女の無実を晴らすよりは容易であり、何より二人へのせめてもの贖罪になるならばと、頷いて石段を下りていった。
かたかたと、馬車が揺れる。
座席もない荷馬車の床に直接腰を下ろしているアルテミスの手首には、両手を繋ぐ枷が付いている。
身に付けているのは、動きやすそうな簡素な麻のドレス。騎士ポセイダーが贈ってくれたものだ。
本来ならば囚人が使う身の回りの品は家族が用意するものだが、侯爵夫妻は何も手筈しなかった。見かねたポセイダーが、最低限の身の回り品と食事を、こっそり差し入れてくれた。
処刑は免れたアルテミスだが、この国で最も恐ろしいと言われる場所への流刑が決まる。処刑よりも重い罰をと、進言した騎士がいたとか。
女性に適用されたことのないその処罰に、一部で批判が上がった。
しかしその騒動さえ、それ程に重い罪を犯したのだと知らしめると共に、聖女に危害を加える愚かさを周知することに一役買う結果となった。
アルテミスが塔に閉じ込められている間、父と母は訪ていない。一度だけ、兄が訪れた。
「残念だよ、アルテミス。君がそんな醜い女だったなんて」
結局、アポロンの目には、アルテミスは映っていなかったのだろう。彼の可愛い妹など、存在しなかったのだ。
かたかたと、馬車は揺れる。
フルムーン侯爵領から王都へ向かう馬車も揺れたが、それ以上に揺れが酷く、アルテミスは体中が痛くなっていた。
馬車の違いもあるだろうが、道も悪かった。西の辺境に向かう馬車など、滅多にいない。食料や武器、もしくは騎士や傭兵、罪人を運ぶ荷馬車だけだ。
魔獣の多いクレータには、人は住めない。辺境部隊が暮らす城から次の町までは、馬を駆っても数日は掛かる。
逃げ出しても魔獣に食い殺される運命しかないクレータは、流刑の地としても使われていた。騎士も傭兵も罪人も、死にたくなければ魔獣と戦うしかない。
「オライオン、どうか無事でいて」
揺れる馬車の中で、アルテミスは祈った。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
1,009
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる