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26.教養を示すように
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王子のいない席はどうしているのかと、アルテミスが耳だけ向けてみると、令嬢同士で話が弾んでいるようだった。
「ショペンの新曲はお聞きになって? 子猫の愛らしい姿が伝わってくるようでしたわ」
「まあ、ローツアルト様の作品も素敵よ。優しくて柔らかで」
「我が家はモペラ座を支援していますの。次の舞台は悲恋の物語を予定していますのよ」
華やかな会話と言えば言えなくもないが、自分たちの教養を示すように、音楽や絵画などの芸術、歴史や宗教に関する話題が繰り広げられていた。
どうやら王子たちがいないからといって気を抜くことなく、アピールしているようだ。近くにいる王城の使用人たちが記憶して、後で王子たちに報告するのかもしれない。
何とかクピード王子との対談が終わると、今度は第一王子アモールがやってきた。
「メデューナ嬢とは以前にもお会いしたことがあるね? フルムーン侯爵令嬢とは初めてかな? 第一王子のアモールだ」
見た目だけでなく、声も艶めかしく色っぽい。
「ええ、アモール殿下。覚えて頂けていて嬉しゅうございます。本日はお招きいただきましてありがとうございます」
と、メデューナはつらつらと挨拶の言葉を述べる。続いてアルテミスも自己紹介と挨拶をした。
クピードの時と違い、会話の主導はメデューナが握った。アモールとアルテミスは彼女の話に頷き、耳を傾けている。けれど所々でアモールが舵を切り、流れを誘導していた。
主体性が無いのではなく、聞き上手なのだろう。
メデューナの話に初めは笑顔を浮かべていた彼女の付き添いが、扇を広げて口元を隠し、彼女の言葉をそれとなく窘め始めた。どうやら余計なことまで口に上らせてしまっているらしい。
気付いているだろうに、アモールは妖艶な笑みを浮かべて相槌を打ち続ける。尋問官になったら犯人の口を簡単に割ってしまうかもしれないと、アルテミスは上の空で考えていた。
アルテミスはアモールにはクピードのような嫌悪感を抱くことはなく、優しそうな人に見えた。それでも無理をしてまで仲良くなりたいとは思わない。
話し掛けられれば話すし、友人に選ばれれば光栄だとは思うが、それ以上はそこまでだ。下手に近付いて令嬢たちの妬みを買ったり、変な誤解を招く危険への警戒の方が強かった。
アモールが席を立ち王子たちから解放されたアルテミスは疲れを覚えて、甘い物に逃げることにした。新たに注がれたお茶を飲み、ケーキを一つ取ってもらう。
真っ白な生クリームが口の中でとろりと溶けて、濃厚で柔らかなミルクの味を広げていく。スポンジは子羊の毛よりもふわふわで、舌で押すだけで崩れた。
小麦と卵の甘味と香りが、先に口内に広がっていた生クリームと混じり、卵とミルクのハーモニーを奏でる。
「んー」
思わず声を上げてしまったアルテミスは、慌てて口元を手で隠すと周囲を見回した。近くにいた使用人には見られてしまったようで、軽く目礼されてしまったので、目礼を返す。
だが幸いにも本日招かれた貴族たちには気づかれなかったようだと、ほっと胸を撫で下ろした。実際には、耳に入っても無視されているだけなのだが、彼女が気付くことはない。
小さなケーキを一口ずつゆっくりと味わって、紅茶を飲む。香り豊かな琥珀色の液体が、ケーキの後味を巻き込んで柔らかく変貌し、舌の上を撫でながら咽へと落ちていった。
突然のお茶会に王子との対談と、緊張続きの初登城だったが、美味しいケーキを食べられたことでもやもやも吹き飛んだ気がする。
「ショペンの新曲はお聞きになって? 子猫の愛らしい姿が伝わってくるようでしたわ」
「まあ、ローツアルト様の作品も素敵よ。優しくて柔らかで」
「我が家はモペラ座を支援していますの。次の舞台は悲恋の物語を予定していますのよ」
華やかな会話と言えば言えなくもないが、自分たちの教養を示すように、音楽や絵画などの芸術、歴史や宗教に関する話題が繰り広げられていた。
どうやら王子たちがいないからといって気を抜くことなく、アピールしているようだ。近くにいる王城の使用人たちが記憶して、後で王子たちに報告するのかもしれない。
何とかクピード王子との対談が終わると、今度は第一王子アモールがやってきた。
「メデューナ嬢とは以前にもお会いしたことがあるね? フルムーン侯爵令嬢とは初めてかな? 第一王子のアモールだ」
見た目だけでなく、声も艶めかしく色っぽい。
「ええ、アモール殿下。覚えて頂けていて嬉しゅうございます。本日はお招きいただきましてありがとうございます」
と、メデューナはつらつらと挨拶の言葉を述べる。続いてアルテミスも自己紹介と挨拶をした。
クピードの時と違い、会話の主導はメデューナが握った。アモールとアルテミスは彼女の話に頷き、耳を傾けている。けれど所々でアモールが舵を切り、流れを誘導していた。
主体性が無いのではなく、聞き上手なのだろう。
メデューナの話に初めは笑顔を浮かべていた彼女の付き添いが、扇を広げて口元を隠し、彼女の言葉をそれとなく窘め始めた。どうやら余計なことまで口に上らせてしまっているらしい。
気付いているだろうに、アモールは妖艶な笑みを浮かべて相槌を打ち続ける。尋問官になったら犯人の口を簡単に割ってしまうかもしれないと、アルテミスは上の空で考えていた。
アルテミスはアモールにはクピードのような嫌悪感を抱くことはなく、優しそうな人に見えた。それでも無理をしてまで仲良くなりたいとは思わない。
話し掛けられれば話すし、友人に選ばれれば光栄だとは思うが、それ以上はそこまでだ。下手に近付いて令嬢たちの妬みを買ったり、変な誤解を招く危険への警戒の方が強かった。
アモールが席を立ち王子たちから解放されたアルテミスは疲れを覚えて、甘い物に逃げることにした。新たに注がれたお茶を飲み、ケーキを一つ取ってもらう。
真っ白な生クリームが口の中でとろりと溶けて、濃厚で柔らかなミルクの味を広げていく。スポンジは子羊の毛よりもふわふわで、舌で押すだけで崩れた。
小麦と卵の甘味と香りが、先に口内に広がっていた生クリームと混じり、卵とミルクのハーモニーを奏でる。
「んー」
思わず声を上げてしまったアルテミスは、慌てて口元を手で隠すと周囲を見回した。近くにいた使用人には見られてしまったようで、軽く目礼されてしまったので、目礼を返す。
だが幸いにも本日招かれた貴族たちには気づかれなかったようだと、ほっと胸を撫で下ろした。実際には、耳に入っても無視されているだけなのだが、彼女が気付くことはない。
小さなケーキを一口ずつゆっくりと味わって、紅茶を飲む。香り豊かな琥珀色の液体が、ケーキの後味を巻き込んで柔らかく変貌し、舌の上を撫でながら咽へと落ちていった。
突然のお茶会に王子との対談と、緊張続きの初登城だったが、美味しいケーキを食べられたことでもやもやも吹き飛んだ気がする。
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