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真相編
427.ツクヨ国に行けば
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聞き終えたムダイは、右手で顔を隠し俯いている。その表情は苦悶やら戸惑いやら、呆れやら、色々ある中に、ほんの少しの希望があった。
「もっと早く言ってほしかったです。ついでにそこで目にした文字を何か憶えていませんか?」
「あんまり気にしてなかったからな」
「なるべく思い出して書き出してください。地名が混じっていることもありますので」
「分かった」
こうして雪乃探索に必要な情報が出てくる。
「いいか?」
会話が一段落したところで、おもむろにカイが声を上げた。ムダイが促がすと、カイはためらいがちに口を開く。
「今の話だと、ツクヨ国に行けば雪乃のいる世界に行けるということか?」
「「「あ。」」」
盲点を突かれて、全員が間抜けな声を上げた。だがすぐにノムルから苦しげな声が返ってくる。
「残念だが、あれは一時的なものだ。魔力の多い人間でも三日が限度、普通の人間なら一日であの世行きだ」
希望を見つけて明るくなっていた顔が、沈んでいく。
「それでも俺は一度しか行けないから、力が尽きるまでに見つけられなければ連れてくることはできない。アイツのいる世界に行けるのなら、先に誰か行って印を付けてきてくれ」
ダルクの言葉を聞き、鏡の泉を利用する方向で話を進める。
「聖剣の魔力を使ったら?」
「そうですね、それならユキノちゃんを見つけて、場所を特定するくらいはできるかもしれません」
とフランソワとナルツが話しているが、ムダイは渋い顔だ。
「さすがに数日じゃ難しいと思う。そもそもあの世界は魔法が使えないし、この世界より法律が細かい。こちらの常識で動けば、騎士団や自警団みたいなところに拘束される危険がある。そうなれば人探しどころじゃないよ?」
「行く人間の選別と、事前の準備も必要ということか」
「ああ」
ムダイとカイの会話を、ナルツも真剣な顔で耳を傾ける。
正体を隠して大陸に潜入していたカイや、時に身分を偽り潜入操作を行うこともあったナルツは、その大変さを身を持って知っている。
「もし行くとしたら」
「俺は行くぞ!」
仮定の話を始めたところで、ノムルが声を上げた。
人族の表情が暗くなり、下を向く。床に頭を引っ張られているようだ。
この世界においてもトラブルメーカーであり、動く災厄の名を冠されたノムル・クラウである。誰がどう考えても、無謀だ。
「その世界を知るムダイ様にお願いするということで、よろしいのではないかしら?」
フランソワの決定に、否を唱えるものはいない。案内人としても、情報を得るためにも、ムダイは必須だ。
「俺は行くぞ」
再びノムルの声がマンドラゴラを介して響いたが、聞かなかったことにして続ける。
「ノムルさんの話だと、元の世界に戻った雪乃ちゃんは、こっちのことを憶えていなかったんですよね? それだと僕も記憶を失う可能性があるんじゃないかな?」
顎に指を添えて思案していたムダイの疑問を受け、皆の眉間に皺が寄る。
「カイくんの嗅覚は頼りたいところだけど、そもそも体が違うから匂いは分からないよね。それにあの世界に獣人はいないから、気付かれたら身動き取れなくなるよ? 正直なところ、拘束されて酷い目にあうかもしれない」
膝の上でカイは悔しそうに拳を握りしめた。
「となると、魔力の残量を測れる俺か、捜査に慣れてそうなナルツのどちらか」
「俺も行くぞ!」
マグレーンの言葉に被せるように割り込んできた声に、全員の思考が途切れる。
「気持ちは分かりますけど、無理ですから。聖剣に蓄えられている魔力に限度があることを考えれば、なるべく少人数で行って、一日でも滞在日数を増やすべきです」
「頭数がいれば、分担して探せるだろ?」
ムダイの意見に対するノムルの反論は正しかったかもしれない。この世界ならば。
だがあの世界ではそうではないと、ムダイは知っている。
「残念ですけど、今回の件に関してはノムルさんは足手まといです。少しでも雪乃ちゃんを連れ戻せる確率を上げたければ、我慢してください」
ぐっと、息を飲む声がマーちゃんを通して聞こえた。そこまで伝えなくても良いのにと思うが、マーちゃんは真面目だった。
「ムダイ様の意見に関しては、私は口出しできるような知識がありませんから何も言えません。ですがノムル・クラウ。あなたは現在、世界を恐怖に陥れた戦犯なのですよ? ラジン国であなたの下に付いた魔法使いたちが、次々と裁判に掛けられています。それは理解していて?」
「くっ」
フランソワの述べるノムル・クラウが置かれた状況に、ノムルは苦しげに呻いた。
本来ならば真っ先に裁かれ、処刑されてもおかしくない立場なのだ。しかし魔王は勇者が討伐したとしたい上層部の思惑や、民衆たちの不安を取り除くために、すでに亡き者として公表されている。
生きていると知られれば、魔力のほとんどを失ったノムルは確実に命を奪われる。今回の魔王騒動だけでなく、それ以前から彼を亡き者にしたがっていた者は大勢いたのだから。
そしてルモン大帝国の皇族やナルツたち勇者として討伐に赴いた者たちも、世界を欺いたのだ。ただでは済まないだろう。
ちなみに魔王として世界に発表しはしたものの、実際に行ったことは魔法ギルドに登録されている魔法使いたちの招集と樹人の誘拐だけなので、魔法ギルドの者たちに関しては、処刑やそれに順ずるような重罰は出ないだろうというのがアルフレッドの見解だった。
押し黙ったノムルを置いて、話は進んで行く。
結論として、ムダイとナルツが聖剣を持ってツクヨ国に向かい、雪乃の世界へと先行することになった。
「――というわけだ」
「なるほど」
カイの話を聞き終わった雪乃は、今聞いた内容を整理するため、しばらく無言となった。雪乃が落ち着くまで、全員静かに待つ。
さわりと風が吹きぬけ、森の木々を揺らした。
「つまり、この樹生を終えたら、私は再びあの世界に戻るのですか?」
最初に雪乃から出てきた問いは、それだった。しかし樹人の王は首を横に振る。
「もう戻れないよ。雪乃の魂は、完全にこの世界に連れてきた」
「ではあの世界の私は、どうなったのでしょう?」
未練は無いと言えば嘘になるが、戻りたいとも思わなかった。それでも気にはなった。
「もっと早く言ってほしかったです。ついでにそこで目にした文字を何か憶えていませんか?」
「あんまり気にしてなかったからな」
「なるべく思い出して書き出してください。地名が混じっていることもありますので」
「分かった」
こうして雪乃探索に必要な情報が出てくる。
「いいか?」
会話が一段落したところで、おもむろにカイが声を上げた。ムダイが促がすと、カイはためらいがちに口を開く。
「今の話だと、ツクヨ国に行けば雪乃のいる世界に行けるということか?」
「「「あ。」」」
盲点を突かれて、全員が間抜けな声を上げた。だがすぐにノムルから苦しげな声が返ってくる。
「残念だが、あれは一時的なものだ。魔力の多い人間でも三日が限度、普通の人間なら一日であの世行きだ」
希望を見つけて明るくなっていた顔が、沈んでいく。
「それでも俺は一度しか行けないから、力が尽きるまでに見つけられなければ連れてくることはできない。アイツのいる世界に行けるのなら、先に誰か行って印を付けてきてくれ」
ダルクの言葉を聞き、鏡の泉を利用する方向で話を進める。
「聖剣の魔力を使ったら?」
「そうですね、それならユキノちゃんを見つけて、場所を特定するくらいはできるかもしれません」
とフランソワとナルツが話しているが、ムダイは渋い顔だ。
「さすがに数日じゃ難しいと思う。そもそもあの世界は魔法が使えないし、この世界より法律が細かい。こちらの常識で動けば、騎士団や自警団みたいなところに拘束される危険がある。そうなれば人探しどころじゃないよ?」
「行く人間の選別と、事前の準備も必要ということか」
「ああ」
ムダイとカイの会話を、ナルツも真剣な顔で耳を傾ける。
正体を隠して大陸に潜入していたカイや、時に身分を偽り潜入操作を行うこともあったナルツは、その大変さを身を持って知っている。
「もし行くとしたら」
「俺は行くぞ!」
仮定の話を始めたところで、ノムルが声を上げた。
人族の表情が暗くなり、下を向く。床に頭を引っ張られているようだ。
この世界においてもトラブルメーカーであり、動く災厄の名を冠されたノムル・クラウである。誰がどう考えても、無謀だ。
「その世界を知るムダイ様にお願いするということで、よろしいのではないかしら?」
フランソワの決定に、否を唱えるものはいない。案内人としても、情報を得るためにも、ムダイは必須だ。
「俺は行くぞ」
再びノムルの声がマンドラゴラを介して響いたが、聞かなかったことにして続ける。
「ノムルさんの話だと、元の世界に戻った雪乃ちゃんは、こっちのことを憶えていなかったんですよね? それだと僕も記憶を失う可能性があるんじゃないかな?」
顎に指を添えて思案していたムダイの疑問を受け、皆の眉間に皺が寄る。
「カイくんの嗅覚は頼りたいところだけど、そもそも体が違うから匂いは分からないよね。それにあの世界に獣人はいないから、気付かれたら身動き取れなくなるよ? 正直なところ、拘束されて酷い目にあうかもしれない」
膝の上でカイは悔しそうに拳を握りしめた。
「となると、魔力の残量を測れる俺か、捜査に慣れてそうなナルツのどちらか」
「俺も行くぞ!」
マグレーンの言葉に被せるように割り込んできた声に、全員の思考が途切れる。
「気持ちは分かりますけど、無理ですから。聖剣に蓄えられている魔力に限度があることを考えれば、なるべく少人数で行って、一日でも滞在日数を増やすべきです」
「頭数がいれば、分担して探せるだろ?」
ムダイの意見に対するノムルの反論は正しかったかもしれない。この世界ならば。
だがあの世界ではそうではないと、ムダイは知っている。
「残念ですけど、今回の件に関してはノムルさんは足手まといです。少しでも雪乃ちゃんを連れ戻せる確率を上げたければ、我慢してください」
ぐっと、息を飲む声がマーちゃんを通して聞こえた。そこまで伝えなくても良いのにと思うが、マーちゃんは真面目だった。
「ムダイ様の意見に関しては、私は口出しできるような知識がありませんから何も言えません。ですがノムル・クラウ。あなたは現在、世界を恐怖に陥れた戦犯なのですよ? ラジン国であなたの下に付いた魔法使いたちが、次々と裁判に掛けられています。それは理解していて?」
「くっ」
フランソワの述べるノムル・クラウが置かれた状況に、ノムルは苦しげに呻いた。
本来ならば真っ先に裁かれ、処刑されてもおかしくない立場なのだ。しかし魔王は勇者が討伐したとしたい上層部の思惑や、民衆たちの不安を取り除くために、すでに亡き者として公表されている。
生きていると知られれば、魔力のほとんどを失ったノムルは確実に命を奪われる。今回の魔王騒動だけでなく、それ以前から彼を亡き者にしたがっていた者は大勢いたのだから。
そしてルモン大帝国の皇族やナルツたち勇者として討伐に赴いた者たちも、世界を欺いたのだ。ただでは済まないだろう。
ちなみに魔王として世界に発表しはしたものの、実際に行ったことは魔法ギルドに登録されている魔法使いたちの招集と樹人の誘拐だけなので、魔法ギルドの者たちに関しては、処刑やそれに順ずるような重罰は出ないだろうというのがアルフレッドの見解だった。
押し黙ったノムルを置いて、話は進んで行く。
結論として、ムダイとナルツが聖剣を持ってツクヨ国に向かい、雪乃の世界へと先行することになった。
「――というわけだ」
「なるほど」
カイの話を聞き終わった雪乃は、今聞いた内容を整理するため、しばらく無言となった。雪乃が落ち着くまで、全員静かに待つ。
さわりと風が吹きぬけ、森の木々を揺らした。
「つまり、この樹生を終えたら、私は再びあの世界に戻るのですか?」
最初に雪乃から出てきた問いは、それだった。しかし樹人の王は首を横に振る。
「もう戻れないよ。雪乃の魂は、完全にこの世界に連れてきた」
「ではあの世界の私は、どうなったのでしょう?」
未練は無いと言えば嘘になるが、戻りたいとも思わなかった。それでも気にはなった。
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