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真相編

420.その世界をさ迷っているときに

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 雪乃は思わず同情する。
 ゲームの存在を知らない人が、突然ゲームの中に突っ込まれたのだ。『無題』はリアルさが売りでNPCには人工知能を搭載していたと聞いたが、それでも行動に制限がある。
 そしてプレイヤーたちはログインしたりログアウトしたりして、世界から消えたり現れたりする。
 樹人の王の戸惑いは大きかったことだろう。

「その世界をさ迷っているときに、君を見つけた」

 一度は鹿に食べられても、諦めることなく再び種に宿って発芽し、成長していく樹人の苗。何度「人間になるか?」と聞かれても断り、樹人であることを望み、その生を楽しんでいた。

「この樹人の苗なら、僕の運命を、あの世界の運命を変えられるんじゃないかと思った。だから――」

 樹人の王は雪乃を連れ帰ることにした。
 世界は違っても樹人の子供だ。魂さえ連れ帰れば何とかなるだろうと、時空を超えた魂を自分の体に押し込める。
 無茶をしたために異世界につながる道は壊れ、樹人の王の力は弱まり意識が朦朧とする時間が多くなってしまう。
 だが雪乃の魂が樹人の王の体にすんなりと定着したので、後は任せてのんびり休みながら、手に入れたマンドラゴラの体に宿って自由気ままに過ごすことにしたという。

「なんという無茶苦茶な」

 雪乃は両手で顔を覆ってふるふると震える。
 ちなみに見つける植物は薬草でなくても良いそうで、過去には花を集めた樹人の王や、毒草を集めた樹人の王もいたという。雪乃が薬草を集めることになったのは、雪乃自身が薬草への興味が強かったかららしい。
 突拍子もない話である。だがしかし、相手がマンドラゴラの正体だと思えば、納得できた。
 気合を入れ直して、雪乃は再びマンドラゴラ少年と向き合う。

「ではなぜ、私は魔王になるように何度も誘われていたのでしょう?」

 ここまでの説明を聞く限り、雪乃が魔王になる必要性も、理由もない。雪乃の抱いた疑問を、マンドラゴラ少年はすっぱりと答えた。

「僕があの世界に入ったとき、精霊が人間の魂を僕たちの世界に連れて行くところを見たんだ。その時に『勇者になりますか? 異世界に行きますか?』って問いかけて、許可を得て連れていったから、僕もその真似をしてみたんだ」

 雪乃はぽかーんと口を開け、それはそれは情けない顔をして、マンドラゴラ少年を焦点の合わない視界に映す。
 思考回路がショートしたのか、何を言われたのかさえ理解できない。

「そうしたら雪乃の反応が面白かったから、僕の世界に連れて行くことに成功してからも、何度もカードを送っちゃったんだよね」

 てへと頭を掻きながら笑うマンドラゴラ少年こと樹人の王は、紛れもなくマンドラゴラの思考である。

「つまり、私は魔王になる必要は、まったくなかったのですね?」

 なんとか思考回路を修復した雪乃は、確かめるように問うた。

「うん」

 あっさりと首肯されてしまった。
 今までの苦労はなんだったのかと、雪乃は小一時間ほど膝を抱えて愚痴りたい気分だ。

「で、では、魔王の遺跡での事件はなんだったのですか?」

 魔王の遺跡を訪れた雪乃は、意識を奪われさらわれた。気付いた時には悪意の海に浮かび、魔王となることを求められたのだ。

「あれは僕も予想外だった」
「へ?」

 雪乃の口からは、思わず情けない声が漏れてしまう。

「あの時は焦ったね。急いで抜け出して、外にいたマンドラゴラの体に入って獣人の皇子に助けを求める羽目になったよ」

 けらけらと能天気に笑う樹人の王に、雪乃は頭痛を覚えてこめかみを抑える。
 笑い事ではない。結果として無事に救出されたが、危険だったことに変わりはないのだ。
 雪乃の呆れた視線にようやく気付いたのか、樹人の王は気まずそうに笑いを収めた。

「蟻人と出会ったころから、悪意が雪乃を狙っていた気配には気付いてた。だから先代にマンドラゴラをつけて見張らせてたんだけど、先代に絆されたみたいで音信不通になっちゃって」

 マンドラゴラ少年は物憂げに伏目がちになる。

「このままじゃ雪乃を犠牲にしてしまうと気づいて、君から離れたんだ。君だけに執着し始めたあの人間を少しずつ君から遠ざけ、獣人の皇子に見張らせようとした。結局、暴走してしまったけど」

 痛みを耐えるように苦笑するマンドラゴラ少年を、雪乃は二つの瞳にまじまじと映す。マンドラゴラらしくない表情だ。

「結局? その言い方ですと、まるで――」

 まるで、そうなると知っていたようだと言おうとして、雪乃は言葉にできなかった。樹人の王は自分が辿る運命を見、その後の未来をも見たと言っていた。
 ごくりと息を飲み、雪乃は乾いた咽から言葉を押し出す。

「ノムルさんは、本来の未来でも暴走したのですね?」

 こくりと、樹人の王は頷いた。

「あのドインという人間が命を落とした直後だった。大陸の半分近くが吹き飛び、生き残った者たちもひどい有様だった。魔力のほとんどを失っても、あの人間の暴走は止まらなかった。目に付くもの全てを破壊していった」
「お、おおう」

 雪乃の口からおっさんのような声が漏れる。実際にやりかねないから怖い。

「わずかに残っていた精霊たちは、二つに割れた。一方はあの人間と共に、人間を滅ぼそうとする者たち。もう一方は、あの人間を止めようと、一人の獣人に賭けることにした。大陸に出てきていた獣人の皇子に力の全てを与え、あの人間を討伐させた。そうして精霊たちは力を失い、次の樹人の王が生まれるまで生き延びることができず滅びた」

 雪乃は黙りこくる。色々と許容量を超えていた。
 魔王だの勇者だの言いながらも呑気に旅をしていた雪乃だったが、本当に世界を救うための旅をしていたのだと知り、怖気が走った。
 しかも本来ならば世界を滅ぼしかけたというか、ほとんど滅ぼしてしまった男と彼を討伐する男、二人と仲良く旅をしていたのだ。

「なんというカオス」

 頭痛を覚えた雪乃の顔もまた、崩壊していた。

「君が僕の代わりとなったことで運命は変わっていったけれど、あのままだと君がドインに置き換わって、同じ未来を歩むことになる。だから獣人の皇子に任せようとしたんだけど、マンドラゴラの体ではまともに説明できないし、あの人間の考えや行動は、僕には理解も予測もできなくて大変だったよ」

 と、樹人の王はどこか遠くを眺め始めた。
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