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真相編

415.やはり兄妹なのかも

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 雪乃はフレックを見つめる。手足を失ってもひょうひょうとして周囲に気を使わせないようにしていたあの優しく強い男にも、こんな時期があったのだと雪乃は驚く。
 だがそんな思考とは関係なく、雪乃の口は勝手に言葉を紡いでいた。

「でもローズマリナさんは公爵家も国も捨てて、平民だったナルツさんへの想いを貫いていました」
「ローズマリナ? そんな名前の令嬢は公爵家にはいない」
「他国の貴族ですよ。優しくて、温かくて、お裁縫もお料理も上手で、とっても素敵な方です」

 雪乃は自分のこと以上に、自慢げにローズマリナのことを話す。彼女を慕うダルクと雪乃は、やはり兄妹なのかもしれない。
 言い返そうと口を開いたフレックだったが、言葉が見つからずに歯がゆそうに顔を逸らした。
 そのタイミングで教師が入ってきて、生徒たちは静まり返る。雪乃は早く席に着かねばと周囲を見回すが、なんだか睨まれてしまって隣に座らせてくれそうにない。
 困っている雪乃の耳に、ぽつりと声が届く。

「座ったらどうですか?」

 頬杖の姿勢に戻っていたマグレーンだった。

「ありがとうございます」

 雪乃はお礼を言って、マグレーンの言葉に甘えさせてもらった。

 教師の話は学園でのルールや授業の選択に関するものがほとんどで、事前に配布されていた冊子に書かれていたことの復習のようなものだった。
 その後は何の授業を受けるか紙に書いて提出するように言われ、同時に質問タイムへと移る。

 入学前に家族と話して選択する科目を決めている生徒が大半だが、授業の内容や特色などを確認して、最終決定を行わせるようだ。
 とは言っても、一年生に選択できる科目は少ない。魔法、剣術、政治、マナーから一つ選択できる。選ばなくても必修科目に含まれているものもあるのだが、より専門的に学ぶことができるそうだ。
 雪乃は迷わず魔法を選ぶ。

「魔法が使えるのですか? 属性は?」
「光属性です」

 答えた雪乃だが、ふと気付く。今の雪乃は樹人ではない。光魔法が使えるのだろうか?
 ふむうっと考え込む雪乃を見るマグレーンの目が、気の毒そうなものに変わった。

「それは運が悪かったですね」
「どういうことでしょう?」

 思わぬ返しに、雪乃は首を傾げてしまう。
 傷付いた相手を癒す魔法を使えることに、雪乃は喜び感謝したことはあっても、不遇と感じたことはなかった。ノムルのスパルタ教室は、泣きそうになったが。
 ちょっぴり意識を羽ばたかせそうになった雪乃を、マグレーンが引き戻す。

「だって光属性って、治癒魔法でしょう? 人に与えるばかりで自分のためには使えない。身につけるのも、他の属性に比べて学ぶことが多すぎて、初歩の魔法さえ習得できない者も多い。中級以上になれば、魔力適性はあってもほとんどの者が諦めてしまう」
「そうなのですか?」

 雪乃は驚いて問い返してしまう。

「傷付いている人の傷を癒せるなんて、幸せではないですか。私は苦しんでいる人は見たくありません。みんなが幸せな世界が良いです。それと、人体や怪我に関する知識を学ぶのは楽しいですよ。知れば知るほど、いざというときに役に立てますから。もちろん使う必要がある事態など、ないほうがいいに決まっていますけれど」

 記入した用紙を提出するために席を立った雪乃の後ろ姿を、マグレーンはじっと見つめていた。



「いつになったらダルクさんは迎えにきてくださるのでしょう?」

 雪乃はお弁当を食べながらぼやいた。

「知るわけないだろう。というか、俺に話しかけるな」
「いいじゃないですか。木登りしているってことは、お暇なんでしょう? あ、靴に付いた土を落とさないでくださいね」

 裏庭にあるカンミの幹に背中を預けながら、雪乃は野菜巻きコンメを頬張る。持ってきたコンメは七つだが、雪乃の胃に収まるのは二つだけだ。五つは木の上に寝転がったままのノムルが食べていた。

「そもそも、ノムルさんが悪いんですよ? 勝手に魔王になったりするから」
「誰が魔王だ? いい加減にしろよ?」

 入学式以降、雪乃は昼休みになると、こうして黒服ノムルを見つけて一緒にご飯を食べていた。始めは拒否したり、時として脅そうとしたノムルだが、柳に風とかわされたり逆に叱られたりして、諦めてしまった。

「しかしなんで見つかるんだ? 気配は完全に絶っているはずなのに」

 首を捻っているようだが、雪乃の知ったことではない。なんとなくあの辺にいそうだなと思って声を掛ければ、そこにノムルがいるのだから。

「それにしても学校まで付いてくるなんて。ノムルさんの親ばかっぷりはやっぱり変ですよ」
「お前が付きまとっているんだろうが?」
「ノムルさんが学校にまで来るからでしょう? 放っておいたら何をするか分かりませんから、私は仕方なしです」

 文句を言いながら、雪乃は持ってきたコンメを食べ終えると上を見る。雪乃の知っているノムルより少し若いが、ノムルである。
 タバンの港で始めて会ったノムルは、全てを諦めているようだった。そしてこの黒服ノムルは、全てを捨ててしまったように見える。

「そういえば、ドインさんはお元気なんですか?」

 ざわりと、ノムルの周囲に漂っていた空気が揺れ、剃刀のように鋭くなった。うかつに動けば切り刻まれそうだ。
 とはいえ雪乃は、ノムルの殺気には慣れている。わずかに身を強張らせただけで、すぐに平常運転に戻った。

「まさか、すでに融筋病に?」
「なんのことだ?」

 低く感情を消し去った声が問う。

「私が未来のノムルさんとお会いした時、ドインさんは融筋病に侵されていたんですよ。だからもう発病してしまったのかな? って思って。あ、病気は治りましたから、安心してください」
「はっ」

 あざ笑うような短い声が降ってきた。
 雪乃は何か気に触るようなことを言ったかと、首を傾げる。だが続けて降ってきた言葉は、驚愕の真実だった。

「やっぱり適当に喋っていたのか。あの人はもういない。死んじまったよ」
「まさか? なぜですか?」

 驚いて雪乃は木の上を振り仰いだ。
 手足の自由を失ってもノムルと喧嘩ができる、あのドインである。まだ融筋病が彼の命を奪うには早すぎると考えると、理由が分からない。

「アラージはルモンに比べれば極小とはいえ、国土は広く、内乱が多い。兵士なんて使い捨てだ」
「そんな……」

 雪乃はがく然とした。
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