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魔王復活編

405.でも悪いのは

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「いいざまね。でも悪いのはあなた。ノムル様から寵愛を受けていながら、他の男にまで手を伸ばすのですもの」
「そんな……。私はそんなつもりは……」

 否定しようとしたが、声は小さくくぐもっていく。
 雪乃は共に行動している男たちに対して、恋愛感情など持ってはいない。それは男たちもだろう。
 ノムルは雪乃を『娘として』愛していたし、ナルツにはローズマリナがいる。ムダイとは親しいが、彼は同郷の誼とノムルに近付くために利用されているような状況だ。マグレーンは年上の友人といったところか。
 まったくもって色恋とは結びつかない。

 けれども、ただ異性と話しただけで恋愛感情があると疑われ噂が流されることもあると、雪乃は知っていた。
 年が一番近いカイとは兄妹のような仲であるが、普段のスキンシップだけを見れば誤解される可能性は充分にあるだろう。
 樹人だから色恋沙汰とは無縁であると、周囲の目に無頓着となっていたことは否定できない。だから、はっきりと言い返すことができなかった。

「見目のいい男ばかりを集めて侍らかせて、さぞ楽しかったでしょうね? でももう、それもお終い。あなたに弄ばれて傷付いたノムル様の心の痛みを、万分の一でも味わうといいわ!」
「私は、そんなつもりは……」

 否定しようと声を上げた雪乃だが、言葉は途切れた。ヴィヴィの後ろから現れた男たちに、視線を奪われる。
 四人の男たちは椅子に座ったヴィヴィを取り囲むように立ち、雪乃に冷たい眼差しを向けた。

「カイさん? ムダイさん? ナルツさん? マグレーンさん?」

 よろよろと後退る雪乃を見ても、彼らが雪乃を心配する様子はなかった。視線は雪乃からヴィヴィへと向けられ、甘く蕩けるように和らぐ。ヴィヴィもまた、満足そうに口角を上げて笑みを深めた。
 だが雪乃は違和感に気付く。
 確かに雪乃に向けられた視線は冷たく、ヴィヴィに向けられる視線は熱く優しかった。しかしそれはわずかな時間だった。一人の男を除き、今はそれぞれ異なる表情となっている。

 カイは鼻の上に皺を寄せて、不快そうにヴィヴィを見下ろしていた。ナルツは戸惑っているようで、何度も首を捻っている。マグレーンに至っては何かに怯えるように目がきょどきょどと泳ぎ、親指の爪を噛み始めた。
 たった一人、ムダイだけが極上の笑みを浮かべて、ヴィヴィの耳元で何か囁きかけていた。ノムル一筋だったはずのヴィヴィが、頬を紅潮させて恥ずかしがる。
 魅了の魔法でも使ったのかと思っていた雪乃だが、何かが変である。

 戸惑う雪乃の視界の中で、一人の男が動き始めた。ヴィヴィから雪乃へと顔を動かしたカイが、じいーっと雪乃を見つめている。少しして、雪乃へと近付いてきた。

「カイ? どうしたの?」

 気付いたヴィヴィが訝しげに声をかけると、カイの足は少し止まったが、すぐに動き出して雪乃の前に立った。至近距離からじいっと見下ろしてくる。

「カイ、その女は私を騙して傷付けたの」

 怯えたように震える声がヴィヴィの口から出ると、一瞬だけカイの眉間に皺が寄った。後方の男たちからも、雪乃に対して怒気を含んだ鋭い眼差しが向けられる。特にムダイからは、射殺さんばかりの殺気が放たれていた。
 何も言わずにじっと雪乃を見ていたカイの手が上がり、雪乃の樹上に向かって下りてくる。

「カイさん」

 雪乃は泣きそうな気持ちでカイの名を呼び、視界を閉じた。
 ぽふんっとカイの大きく温かな手が、雪乃の頭の上に乗った。ぽんぽんっと優しく叩かれ、わさわさと撫でられる。
 雪乃もヴィヴィも男たちも、何が始まったのかと理解が追いつかない。その間にカイは雪乃を抱き上げ、撫で回していた。
 
「うむ。やはりこっちの方がしっくりくる。撫で心地がいいな」

 葉っぱに覆われた樹人の頭や固い枝は、あまり撫で心地が良いとは言えないはずなのだが、カイには調度良いらしい。
 雪乃は脱力した。
 カイの中での自分はどういった位置づけなのか、今更ながらにはっきりと理解した気がして、なんだか複雑な気持ちになる。

「カイさんも変人でした……」

 雪乃の毬藻のような顔から、白くて丸いものが抜け出しかけた。
 あっけに取られているヴィヴィと男たちだったが、なんとかヴィヴィは正気を取り戻すと、

「ちょっと、カイ! どういうつもり? その女は私の敵なのよ? あなたは私のことが好きなのでしょう?」

 と、金切り声を上げた。
 ヴィヴィへと体の向きを変えたカイは、不愉快そうに眉を寄せる。

「確かに、お前は好感を持てる。だがお前の髪はあまり撫でたいとは思えない。それに服や髪から変なにおいがして、あまり近くにいたくない」

 好感を持っているとは思えない言い草である。

「何を言っているの? 私の髪は毎日ケアをしてつやつやじゃない。服も髪も香り付き石鹸を使っているから、良い匂いでしょう?」

 ヴィヴィがカイたちに掛けていた魔法は、術者に陶酔し絶対視する魅了の魔法である。掛けられた相手は術者を何よりも好ましいと思い、逆らうことなどできない。
 それなのにカイはヴィヴィが敵視する雪乃を抱き上げ、更にはヴィヴィを貶める言葉を口にした。
 魔法が破られたというのならばまだしも、魅了の魔法は確かに効いている。
 怒りよりも混乱が、ヴィヴィの胸中に焦りをもたらす。

「人間にとっては良い香りなのかもしれないが、獣人の俺には気持ち悪いほど甘ったるく、頭痛がする不快なにおいだ」

 嗅覚が優れた狼獣人にとっては衣類や髪に付着している微量の香料も、濃縮した香料に鼻をつっこんでいるように感じるのだろう。本当に嫌そうな顔をしている。
 がく然として、ヴィヴィは言葉を継げなくなった。

「カイ君! ヴィヴィちゃんにそんな言い方するなんて失礼だろう? 例えどんなに臭くても、言葉にしないのが男のマナーだ」

 庇っているつもりなのだろうが、ぐさりとヴィヴィに更なる追撃をするムダイに、ヴィヴィのHPは削られていく。

「敵味方に別れるのなら、俺もあっちに行っていいかな?」
「ナルツ?!」

 呆けて顔が崩れていたヴィヴィが、驚きで復活した。

「ヴィヴィさんのことは好ましく思うけど、たぶん、あの子のほうが正しいと思うから」

 人の内面を見極める目を持つナルツには、ヴィヴィよりも雪乃のほうが好ましく映っているようだ。ナルツはヴィヴィへの愛情よりも己の目を信じた。
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