上 下
358 / 402
魔王復活編

393.必ず取り戻してみせます

しおりを挟む
「ノムルのことを頼む」

 彼もまた、ノムルを想う人の一人なのだ。
 雪乃はさわりと葉を揺らす。

「はい。必ず取り戻してみせます」

 顔を上げたドインはどこか気恥ずかしそうながら、眩しそうに雪乃を見ていた。

「樹人や魔物のことは、冒険者ギルドも全力で協力する。時間は掛かるかもしれないが、待っていてくれ」
「はい。よろしくお願いします」

 今度は雪乃が頭を下げた。
 その後、雪乃は人払いされた体育館よりも広い部屋で、マンドラゴラたちの幻覚が使えることを確認してから、ナルツの邸に戻った。

 そして現在、雪乃はダルクからじとりと睨まれていた。
 雪乃が悪いわけではないのだ。ただローズマリナのデザイナー魂に、火が着いてしまったのだ。

「こっちの方がいいかしら? 白は清楚に見えるけれど、精霊王ならやっぱりアースカラーで。でも緑だと単調になりやすいわね」

 精霊王としてお披露目される際に身につける服について相談に乗ってもらい、マンドラゴラたちによって人型を見せたところ、次々と衣装が縫いあがっていった。それはもう、恐ろしいまでのスピードで仕立てられていく。

「ええっと、ローズマリナさん。お気持ちは嬉しいのですが、マンドラゴラの幻覚であって、本当に着るわけではないので」

 デザインだけ用意してもらえればよいのであって、仕立てる必要はないのだと言おうとしたのだが、

「大丈夫よ、ユキノちゃん。精霊王に戻った時に着てちょうだい。それにインスピレーションが止まらないの!」

 おーほほほほっと、彼女らしくない高笑いまで始めてしまい、雪乃はちょっぴり引き気味だ。思い返してみれば、初対面の時も彼女はデザイナー魂に火が着いて、ちょっと変わった人になっていた。
 断ることはできそうにないと、雪乃は流れに身を任せることにする。
 そうして出来上がったのは、淡い紅藤色の透けるように薄い生地を重ねて作った、花のようなドレスだった。一見すると無駄な飾りのないシンプルなデザインに見えるが、近付けば手の込んだ繊細なドレスだと分かる。

 緑あふれる森の中で精霊たちに囲まれて踊っていそうな、まさに精霊の女王にふさわしい幻想的な仕上がりだ。夜会で着るような正式なドレスは作れないと言っていたローズマリナだが、謙遜だったのだと雪乃は思わずにはいられない。
 あまりおしゃれに興味のない雪乃も、本能をくすぐられるように魅入り、自分自身で着てみたいとさえ思う。

「さすがは母上です」

 ダルクも褒めているが、ドレスのセンスが分かっているのか、単にローズマリナを褒めているのかは不明である。

「後は刺繍を施して完成ね。明日の朝までには作っておくから」

 やりきったローズマリナは爽やかな笑顔を浮かべるが、雪乃はぽかんとして彼女を見つめる。

「え? これで完成では?」

 ドレスとローズマリナを交互に見比べて、幹を傾げた。

「ここからが私の腕の見せ所よ。楽しみにしていてね」

 ふふっと楽しそうなローズマリナだが、すでにもう十着近いドレスを縫い上げている。そして目の前のドレスは、充分素敵なのである。雪乃にはこれ以上、手を加える必要はないように思えた。
 しかし芸術家というのは、高みを目指すものである。

「ご、ご無理はしないでください」
「ありがとう」

 心配しながらも、雪乃はお任せすることにした。
 それから数日の間、特にお呼び出しもなくローズマリナたちと過ごしていた雪乃だったが、とうとうその日が来た。 



 体育館どころかコンサートホールほどはある広い部屋には、大きな円卓が置かれていた。ぐるりと囲む椅子に要人達が座り、その後ろには彼らの側近が座り、更に護衛が控える。
 何とも重々しい空間に、雪乃はつないでいたカイの手に縋るように身を寄せた。
 カイは優しく雪乃の小枝を撫でると、円卓から離れて並べられた席に進む。今日はさすがに雪乃を膝の上に座らせることは控え、隣の椅子に座っている。

 雪乃とカイの他に、ムダイ、ナルツ、マグレーンが並ぶ。魔王討伐の選定メンバーたちだ。聖剣に選ばれた勇者はナルツという事になり、聖剣は現在、彼の手元にある。
 紹介があるまでは正体を隠しておいたほうが良いということで、雪乃は白いローブを身にまとっていた。
 光沢のある艶やかな生地で仕立てられたローブには、銀糸を用いて、植物や精霊をモチーフにした刺繍が施されている。もちろん、ローズマリナの作だ。

「事前にご連絡したとおり、聖剣によって勇者が選ばれました」

 正面に座るルモン大帝国皇帝の背後に控える渦巻き髭が、会談の趣旨を説明する。
 要人たちの注目は、ムダイからマグレーンやナルツ、カイへと移り、最後に雪乃へと向かった。その目には、場違いな子供に対する疑問や憤りが見える。

「子供が混じっているようですが?」

 太っちょの王族らしき男が、嘲るように鼻で笑った。彼に追従するように、そこここで嘲笑が浮かぶ。
 身を竦める雪乃の小枝を、カイはそっと握って励ます。

「精鋭が足りないようですので、我が国からも騎士をお貸しいたしましょうか?」

 黒いちょび髭にオールバックの男が、髭を指で摘まみながら皇帝に口を添える。

「ほう? そこにいるやつらより上のやつが、あんたの国にいるってのか? そりゃあ驚きだ」

 腕を組んでくつくつと笑うのは、ドインだ。太っちょと黒ちょび髭が睨み付けるが、まったく意に介さない。

「たかが兵士上がりが。なぜこの場に同席している? 立場をわきまえよ」
「そもそもラジン国は貴殿の故国であろう? それにノムル・クラウの管理はどうした?」

 雪乃に向けられていた剣呑とした感情が、ドインへと移っていった。上手く釣れたとばかりに、ドインの口角がにやりと笑みを浮かべる。

「ご静粛に。まずは彼らの紹介からさせていただきます」

 皇帝の後ろに控える渦巻き髭の声で会場は静まり、再び注目が雪乃たちに向かう。視線を受けて、雪乃たちは立ち上がった。

「まずは聖剣に選ばれし勇者であるナルツ・バーグル」
「はっ」

 名前を呼ばれたナルツは返事をして立ち上がると、大きく一歩前に出る。きりりとした表情に隙はないが、緊張しているようで身体が強張っている。腰から鞘ごと聖剣を抜き、正面に掲げて要人たちに見せた後、左手で柄を持って鞘から抜いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。