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魔王復活編

363.身分を持ち出せというのなら

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「それは獣人を始めとする人間以外の人族たちの人権を認め、理由無き不遇を禁ずる、と受け止めて良いか? また、最古の種族への対応を改め、彼らを尊重し、暴挙を禁ずると誓ってもらえるだろうか?」

 アルフレッドの言葉を更に具体的にしていくカイに、ナルツとマグレーンが瞠目する。わずかに咎めるような色が見えるが、カイは気にしない。
 カイの視線を受けているアルフレッドも、嫌悪感を浮かべてまぶたに少し皺を寄せたが、それ以上の感情を表には出さなかった。

「すぐに実行することは難しい。今は魔王の件もあるし、私はまだ帝位を持たぬ。例え皇帝だとて、自分一人の意見で国を動かすことはできぬ」

 短い逡巡の後、そう答えた。

「それでは答えになっていない」

 即座にカイに切り捨てたられたが。
 沈黙がぱたぱたと飛んでいく。アルフレッドの笑顔が引きつり、額に薄っすらと青筋が浮かぶ。

「無礼が過ぎないか? 先程も言ったが、私はこの国の皇太子なのだが?」
「知っている。だが身分を持ち出せというのなら、俺も一応、皇子だ」
「はっ?」

 男達から一斉に、素っ頓狂な声が漏れた。
 アルフレッドの後方に控えていたナルツは、慌てて口を押さえる。皇太子の会話を許可なく邪魔するなど、騎士としてあるまじき失態だ。

 カイのことを知っていると思われていたナルツとムダイの反応に、アルフレッドは不機嫌に眉を寄せ掛けたが、なんとか抑えた。
 これまでの対応は、他国の王族への態度として問題がある。本人が名乗らなかったとはいえ、知らなかったでは済まされないだろう。

「え? カイ君って、皇子様だったの?」

 疑問を口に上げたのは、ムダイだった。自ら尋ねれば更に非礼を重ねることになるアルフレッドは好都合と、そのまま成り行きを伺う。

「ああ。とはいえ末の第六皇子だがな」

 第六だろうと末っ子だろうと、皇子は皇子だ。
 ムダイとナルツは、あ然としてカイを凝視する。以前会った時も今回も、皇族に対する礼儀を欠いていた。

「ええっと、知らぬこととはいえ、今までのご無礼をお許しください?」 

 慌ててムダイが胸に手をあてて頭を下げれば、ナルツとマグレーンも腰を折って謝罪の意を示した。

「別に構わない。気にしていない」

 さらりと流されてしまい、男たちは言葉を失っている。
 気さくな皇族も存在するが、平民同然に扱われても本心から平然としていられる者は稀だ。
 ムダイにいたっては、カイに御者をさせて自分は馬車でのんびりとくつろいだりと、対等とも言いがたい行動を取ってしまっている。

「雪乃ちゃん、知っていたの? なんで教えてくれなかったの? というか、ノムルさんなんて、カイ君に無礼どころじゃなかったんだけど?」

 こそりとムダイは雪乃に嘆き節を向けた。

「私もカイさんの故国に行くまで、知りませんでしたよ?」

 カイ皇子の膝の上で、雪乃は平然と答える。
 ついでとばかりにカイからは、

「ノムル殿は魔法ギルドの総帥、実質ラジン国の王だからな。とはいえ、彼には俺も敬意を示せなかったが」

 と、ノムルの立場まで明言されてしまったのだった。魔法ギルド総帥に喧嘩を売りまくっていた赤い戦闘狂は、頭を抱えて項垂れる。
 ムダイが無自覚とはいえ時間稼ぎをしていた間に、アルフレッドは考えをまとめていた。

「私を含め、我が国の者たちが失礼をした。先ほどの話に戻るが、国としての方針はすぐには出せないが、私個人としては実現に向けて励みたいと思う。これでは不足だろうか?」

 真摯な眼差しで、正面からカイを見る。

「それで充分だ。アルフレッド王太子殿下のご活躍を、心から期待する」
「ああ、ありがとう」

 アルフレッドには珍しく、安堵の笑みが自然とこぼれていた。だがすぐに引き締めると、話を進めていく。

「それで、魔王の話――いや、ユキノ嬢の話に戻るのだが」

 視線は再び雪乃に向かう。
 だが雪乃の説明に入る前に、カイがフードを取った。黒い狼の耳が、顕わになる。
 アルフレッドとマグレーンの目が丸くなったが、ナルツだけはカイが皇子だと名乗った先ほどと違い反応が無い。
 ちらりとアルフレッドはナルツを睨む。

「知っていたのか?」
「はい。ですが尋ねられませんでしたから、報告いたしませんでした」

 前回ルモンにやってきたとき、雪乃とムダイはアルフレッドと対面したが、その間カイはノムルを見張っていたため、アルフレッドが彼と顔を合わせるのは今日が初めてだ。
 だがナルツはプライベートでカイと会い、互いに自己紹介を済ませている。
 しれっと答えたナルツに、アルフレッドは苦虫を噛み潰したようにしかめそうになる顔を、必死に抑えた。

「つまり貴殿は獣人の――ヒイヅル帝国の皇子ということか」
「正確にはヒイヅル国の第六皇子だ。竜人の住むルグ国や人魚たちの縄張りであるシーマー国は、ヒイヅルから独立しているからな」

 内情はもう少し複雑なのだが、カイは不要な説明は省く。

「なるほど。してやられたな。非公式な口約束とはいえ、獣人の皇子の前で発言したのだ。本腰を入れて取り組む必要があるな」
「そう願う」

 疲労感をにじませ天井を仰ぐアルフレッドとは対照的に、にやりとカイの口角が上がった。
 カイもやはり国を背負う人物なのだと、雪乃とムダイは今まで知らなかった彼の一面を見た気がした。

「ではいい加減、彼女の素性を明かしてもらえるか? そろそろ色々と限界だ。先ほどの話と、どう関わるのだ?」

 こめかみを押さえて、初めのほうで出た問題に戻す。
 雪乃は緊張して姿勢を正した。雪乃を見ていたアルフレッドの顔が青ざめ、気だるげに重くなっていたまぶたを上げる。

「まさか、エルフが仕えているという、最古の人族ではあるまいな?」

 懐疑的でありながら、雪乃に向けられる視線には、戸惑いと期待が入り乱れていた。
 雪乃は振り返ってカイを見上げる。促すように頷かれて、雪乃はアルフレッドに向き直ると、おもむろにフードを外した。
 アルフレッドの目が、大きく広がっていく。

「えーっと、樹人の雪乃です」

 改めて、雪乃はぺこりと頭を下げて挨拶をした。
 驚愕していたアルフレッドの顔が、どんどん崩れていく。

「待て。今の流れで樹人だと? ……樹人? じゅ……」

 アルフレッドの脳天から、煙の幻影が立ち昇る。思考回路が許容量を超過してしまったようだ。
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