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魔王復活編
359.蹴られたムダイは
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「え?」
雪乃から間の抜けた声が飛び出す。視線は弧を描いて飛んでいく赤い戦闘狂を追い、
「えええーーっ?!」
驚愕に悲鳴の混じった絶叫が迸った。雪乃だけでなく、その場にいた人々の多くが叫んだ。叫ばなかった人は冷静だったわけではない。目を剥いて言葉を失っていただけだ。
蹴られたムダイは綺麗に放射線を描いて、山頂から落ちていく。
「ちょっ?! この高さは、いくらムダイさんでも天に召されてしまいます。ぴー助、助けてください!」
雪乃は困惑しながら騒ぐ。
「がうう?」
不満そうに眉間にしわを寄せながら、ぴー助は羽を動かして山から飛び降りた。
「どうして私の周りの子たちは、ムダイさんに冷たいのでしょう?」
今心配するところはそこではないはずのだが、色々と混乱していた雪乃は、ムダイを邪険にするマンドラゴラたちの姿を思い浮かべていた。
人々は山の端に駆けていき、ムダイの様子を見下ろしている。
「大丈夫みたいだ」
耳に馴染んだ声に、雪乃は顔を上げた。
「縄の付いたナイフを山肌に投げつけて、落下を防いだ。すでに登り始めている」
カイはムダイが落下すると同時に山の端まで行って、様子を見てきたようだ。
ほっとしてへたり込んだ雪乃の頭を、ぽんぽんと優しく叩いて労わる。そうして落ち着いたのも束の間、
「が、がううーっ?!」
今度はぴー助の戸惑いを含んだ悲鳴が聞こえてきた。続いて、
「ぴー助君、良い蹴りでした! さあ、僕と遊びましょう!」
戦闘狂の歓喜の声が、山肌を駆け上ってくる。
雪乃とカイは絶句した。心配したことを、後悔するほどに。
「あの人はいったい、何者なのでしょう?」
「さあな。ノムル殿の異常さに隠れていたが、ムダイ殿も」
それ以上の言葉を、カイは飲み込んだ。口にしてしまえば戻ってこないものもある。脱力していた雪乃とカイだが、無事だったのだから問題はないと考えを切り替える。
雪乃は周囲を見回す。
戦闘狂の奇行を初めて見た者たちは、未だ放心しているか、ムダイに視線が釘付けになって山の下を覗き込んでいる。
そう、予期せずして誰も勇者の聖剣に注目していないという状況が生まれていたのだ。この好奇を逃すわけにはいかない。
雪乃は音もなく、そろりそろりと聖剣に近付いた。そして、手を掛けて引っこ抜く。するりと、あっけなく抜けた。
それはもう、まったく力を入れることも、ふんにゅーっと気合を入れることもなく、豆腐から爪楊枝を抜くようにするっと抜けた。
雪乃は聖剣を見つめる。
カイも聖剣を見つめる。
雪乃は聖剣をポシェットにしまった。空間魔法のかかったポシェットは、難なく聖剣を吸い込む。
ゆっくりと注意深く周囲を見回してみるが、気付いている者はいない。
ひらひらと降ってきたカードを回収すると、雪乃は何事もなかったようにその場から離れた。
「ふうー。やり遂げました」
山頂の端まで来ると枝で額を拭い、緊張を解く。
無言で付いてきていたカイはいつものポーカーフェイスだったが、次第にふるふると震えだし、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
「雪乃、今のは何だ?」
現実に気付いてしまったようだ。
「しぃーっです」
雪乃は慌てて人差し小枝を口元付近に当てると、きょろきょろと辺りの様子を窺う。誰も気付いていないことを確認して、ほっと胸を撫で下ろした。
困惑しつつも雪乃の奇行を受け入れたカイは、ぽんぽんと雪乃の頭を叩くと、
「分かった。下山しよう」
と雪乃を抱き上げて、人々の視線が集まる方角とは逆から下山を開始した。
ムダイとぴー助が人々の視線を引き付けている間に、カイは岩肌の狭い突起から突起へと器用に飛び移り、時に手も使い、難なく山を下りていく。人間には半日がかりのロッククライミングも、狼獣人には一時間ほどの運動だったようだ。
「がううーっ!」
「はっはっはー! ぴー助君、もっと反撃しても大丈夫ですよー?」
「がううっ?!」
ムダイとぴー助は、未だに鬼ごっこ継続中である。空を飛んで逃げるぴー助を、地上を走るムダイが追い回している。
「あれはどうしましょう?」
雪乃やカイが、ムダイを止められるとは思えない。けれど放っておくわけにもいくまい。
「マンドラ」
「「「わああぁぁぁーっ!」」」
声を掛けようとすると、呼び終わる前に拒絶の声が響いた。無敵かと思われたマンドラゴラでも、あれは無理なようだ。
幻影を見せればマンドラゴラに向かってきかねない。戦闘力のない彼らには対処できないだろう。
ふむうっと、雪乃は考える。
「ぴー助! 私はここで待っていますから、気にせず全力で振り切ってください。一時間もすれば落ち着くでしょう」
「がううーっ!」
雪乃の声を受けたぴー助は、翼で風を切り一気に速度を上げると、あっと言う間に去っていった。
さすがのムダイも、本気になったぴー助の飛行速度には追いつけない。
「ぴー助君! 逃げるなんて卑怯ですよ? お兄さんともっと遊びましょう!」
赤い戦闘狂が叫んでいるが、あれを遊びと言い切れる彼はやはり何かが狂っていると、雪乃はぼんやり考えた。
ぴー助の姿が見えなくなってしばらくして、戦闘狂はムダイに戻った。
「いやあ、ちょっとむきになっちゃったみたいだね」
ちょっとどころではないと雪乃もカイも思うのだが、深くはつっこまない。とりあえず、山を壊されなくて良かったと、雪乃は内心でほっとしていた。
「ムダイさん、もう少し自重してください。大勢の人たちが巻き込まれかねなかったのですよ?」
山頂にいた者はもちろん、登山中や下山中の人たちが無事だったのは、奇跡に近いかもしれない。
ムダイは罰が悪そうに頬を掻く。
「そうは言っても無意識だからね。以前は父さん相手にしか出なかったし、他に迷惑を掛けることもなかったから、矯正する必要もなかったんだよね。ノムルさんと行動している時に頻繁に出ていたから、出やすくなったのかな?」
ノムルとムダイは混ぜるな危険だとは思っていた雪乃だったが、一度混ぜると中和は難しかったようだ。
しっかり二時間ほど経ってから、ぴー助がおそるおそる帰ってきた。
「が、がううー?」
警戒するように、上空を旋回している。
「ぴー助、もう大丈夫ですよ」
雪乃が声を掛けると、ようやく安心したように降りてきた。
「ごめんよ、ちょっと興奮しちゃって」
爽やかな笑顔で謝るムダイだが、ぴー助は身を竦ませて雪乃の後ろに隠れた。まったく隠れていないが。
雪乃から間の抜けた声が飛び出す。視線は弧を描いて飛んでいく赤い戦闘狂を追い、
「えええーーっ?!」
驚愕に悲鳴の混じった絶叫が迸った。雪乃だけでなく、その場にいた人々の多くが叫んだ。叫ばなかった人は冷静だったわけではない。目を剥いて言葉を失っていただけだ。
蹴られたムダイは綺麗に放射線を描いて、山頂から落ちていく。
「ちょっ?! この高さは、いくらムダイさんでも天に召されてしまいます。ぴー助、助けてください!」
雪乃は困惑しながら騒ぐ。
「がうう?」
不満そうに眉間にしわを寄せながら、ぴー助は羽を動かして山から飛び降りた。
「どうして私の周りの子たちは、ムダイさんに冷たいのでしょう?」
今心配するところはそこではないはずのだが、色々と混乱していた雪乃は、ムダイを邪険にするマンドラゴラたちの姿を思い浮かべていた。
人々は山の端に駆けていき、ムダイの様子を見下ろしている。
「大丈夫みたいだ」
耳に馴染んだ声に、雪乃は顔を上げた。
「縄の付いたナイフを山肌に投げつけて、落下を防いだ。すでに登り始めている」
カイはムダイが落下すると同時に山の端まで行って、様子を見てきたようだ。
ほっとしてへたり込んだ雪乃の頭を、ぽんぽんと優しく叩いて労わる。そうして落ち着いたのも束の間、
「が、がううーっ?!」
今度はぴー助の戸惑いを含んだ悲鳴が聞こえてきた。続いて、
「ぴー助君、良い蹴りでした! さあ、僕と遊びましょう!」
戦闘狂の歓喜の声が、山肌を駆け上ってくる。
雪乃とカイは絶句した。心配したことを、後悔するほどに。
「あの人はいったい、何者なのでしょう?」
「さあな。ノムル殿の異常さに隠れていたが、ムダイ殿も」
それ以上の言葉を、カイは飲み込んだ。口にしてしまえば戻ってこないものもある。脱力していた雪乃とカイだが、無事だったのだから問題はないと考えを切り替える。
雪乃は周囲を見回す。
戦闘狂の奇行を初めて見た者たちは、未だ放心しているか、ムダイに視線が釘付けになって山の下を覗き込んでいる。
そう、予期せずして誰も勇者の聖剣に注目していないという状況が生まれていたのだ。この好奇を逃すわけにはいかない。
雪乃は音もなく、そろりそろりと聖剣に近付いた。そして、手を掛けて引っこ抜く。するりと、あっけなく抜けた。
それはもう、まったく力を入れることも、ふんにゅーっと気合を入れることもなく、豆腐から爪楊枝を抜くようにするっと抜けた。
雪乃は聖剣を見つめる。
カイも聖剣を見つめる。
雪乃は聖剣をポシェットにしまった。空間魔法のかかったポシェットは、難なく聖剣を吸い込む。
ゆっくりと注意深く周囲を見回してみるが、気付いている者はいない。
ひらひらと降ってきたカードを回収すると、雪乃は何事もなかったようにその場から離れた。
「ふうー。やり遂げました」
山頂の端まで来ると枝で額を拭い、緊張を解く。
無言で付いてきていたカイはいつものポーカーフェイスだったが、次第にふるふると震えだし、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
「雪乃、今のは何だ?」
現実に気付いてしまったようだ。
「しぃーっです」
雪乃は慌てて人差し小枝を口元付近に当てると、きょろきょろと辺りの様子を窺う。誰も気付いていないことを確認して、ほっと胸を撫で下ろした。
困惑しつつも雪乃の奇行を受け入れたカイは、ぽんぽんと雪乃の頭を叩くと、
「分かった。下山しよう」
と雪乃を抱き上げて、人々の視線が集まる方角とは逆から下山を開始した。
ムダイとぴー助が人々の視線を引き付けている間に、カイは岩肌の狭い突起から突起へと器用に飛び移り、時に手も使い、難なく山を下りていく。人間には半日がかりのロッククライミングも、狼獣人には一時間ほどの運動だったようだ。
「がううーっ!」
「はっはっはー! ぴー助君、もっと反撃しても大丈夫ですよー?」
「がううっ?!」
ムダイとぴー助は、未だに鬼ごっこ継続中である。空を飛んで逃げるぴー助を、地上を走るムダイが追い回している。
「あれはどうしましょう?」
雪乃やカイが、ムダイを止められるとは思えない。けれど放っておくわけにもいくまい。
「マンドラ」
「「「わああぁぁぁーっ!」」」
声を掛けようとすると、呼び終わる前に拒絶の声が響いた。無敵かと思われたマンドラゴラでも、あれは無理なようだ。
幻影を見せればマンドラゴラに向かってきかねない。戦闘力のない彼らには対処できないだろう。
ふむうっと、雪乃は考える。
「ぴー助! 私はここで待っていますから、気にせず全力で振り切ってください。一時間もすれば落ち着くでしょう」
「がううーっ!」
雪乃の声を受けたぴー助は、翼で風を切り一気に速度を上げると、あっと言う間に去っていった。
さすがのムダイも、本気になったぴー助の飛行速度には追いつけない。
「ぴー助君! 逃げるなんて卑怯ですよ? お兄さんともっと遊びましょう!」
赤い戦闘狂が叫んでいるが、あれを遊びと言い切れる彼はやはり何かが狂っていると、雪乃はぼんやり考えた。
ぴー助の姿が見えなくなってしばらくして、戦闘狂はムダイに戻った。
「いやあ、ちょっとむきになっちゃったみたいだね」
ちょっとどころではないと雪乃もカイも思うのだが、深くはつっこまない。とりあえず、山を壊されなくて良かったと、雪乃は内心でほっとしていた。
「ムダイさん、もう少し自重してください。大勢の人たちが巻き込まれかねなかったのですよ?」
山頂にいた者はもちろん、登山中や下山中の人たちが無事だったのは、奇跡に近いかもしれない。
ムダイは罰が悪そうに頬を掻く。
「そうは言っても無意識だからね。以前は父さん相手にしか出なかったし、他に迷惑を掛けることもなかったから、矯正する必要もなかったんだよね。ノムルさんと行動している時に頻繁に出ていたから、出やすくなったのかな?」
ノムルとムダイは混ぜるな危険だとは思っていた雪乃だったが、一度混ぜると中和は難しかったようだ。
しっかり二時間ほど経ってから、ぴー助がおそるおそる帰ってきた。
「が、がううー?」
警戒するように、上空を旋回している。
「ぴー助、もう大丈夫ですよ」
雪乃が声を掛けると、ようやく安心したように降りてきた。
「ごめんよ、ちょっと興奮しちゃって」
爽やかな笑顔で謝るムダイだが、ぴー助は身を竦ませて雪乃の後ろに隠れた。まったく隠れていないが。
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