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魔王復活編

358.間違いなくマンドラゴラが

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「カイさん、凄いです」

 素直に賞賛の声を向けた雪乃だが、カイは複雑そうな表情だ。喜びはなく、戸惑いの色に染まっている。

「まぐれという訳ではなかったようだな。間違いなくマンドラゴラが原因だとは思うが」
「わー」

 見つめられたマンドラゴラは、赤くなって根を捩る。その仕草がわざとらしいと感じるのは、カイの心がすさんでしまっているからだろうか。

 翌朝、目覚めた雪乃たちは勇者の聖剣を目指して移動を始めた。
 昨日の二の舞にならないよう、ぴー助には低めに飛んでもらう。これならば人間に見つかってもすぐに声を掛けるなり、下りて説明するなりできる。
 飛ばずに歩かせようかとも考えたのだが、ぴー助が嫌がった。そしてそれ以上に、

「落ちるかと思いました」

 上下運動が激しすぎた。
 一歩踏み出すたびに、軽い雪乃は一メートル以上も跳ね上がった。カイがキャッチしてくれなければ、落ちていただろう。

 水墨画に描かれるような木々の生えない細く高い岩山に、腕に覚えのある者たちが列をなして登っている。
 山肌に沿って螺旋状に道もあるようだが、その幅は広くても五十センチに満たない狭さで、場所によってはロープが張られただけの岩壁を進まなければならない。
 それだけでも高難易度の登山となっているが、山から下る者たちもいるため、すれ違う時は命懸けだ。
 早々にリタイアして下山している者もいる。
 彼らの恨めしそうな視線を浴びながら、雪乃たちはぴー助に乗ったまま、悠々と頂上に下り立った。

 吹きさらしの岩に、一本の剣が突き立っている。雨よけの囲いさえないにも関わらず、剣には錆も汚れも見当たらなかった。

「毎日誰かが磨いているのでしょうか?」

 雪乃はふむうっと真剣に悩む。

「感想はそこなんだ。確かに気になるけど」

 千年も経てば大抵の物は劣化してぼろぼろになる。それが新品同然の姿に保たれているなど、地球ではありえない現象であろう。
 聖剣の前には、ずらりと登頂成功者たちが並んでいた。雪乃たちもその列に加わる。
 ちらちらと向けられる視線は、ムダイを見ているようだ。
 最強とも呼ばれるSランク冒険者、竜殺しのムダイ。彼が勇者候補であったことを知らないこの世界の人間から見ても、勇者の座に近い人物の一人と目されていても不思議ではない。

 ムダイのついでのようにカイと雪乃を見る者もいたが、彼らから向けられる感情は、ムダイに対してとは大きく異なる。
 特に雪乃は一メートルにも満たない小さな子供だ。なぜ竜殺しがこんな子供を連れてきたのかと、疑問に感じるのは仕方あるまい。

 列の先頭からは、力を込める唸り声や気合声、奇声が聞こえてくる。それから落胆の溜め息や怒声や絶叫が続いた。
 大きな声だが山彦は真似をする気はないようだ。周囲の山よりあまりに高い山のため、返してくれる山もなく、そのままどこか遠くまで旅立っていく。
 もしかすると遠くに暮らす一般の方々が、ここしばらく奇妙な声が届き気味悪がっているしかもしれないと、順番を待ちながら雪乃は呑気に考えていた。

 ようやく雪乃たちに順番が回ってきた。
 すでに挑戦を終えている者も、竜殺しの姿を見止めて勇者誕生に立ち会おうと、下山せずに残っている。
 山頂にいる者たちの視線が集まる中、ムダイは聖剣の前に進むよう、雪乃を促す。雪乃はじとりとムダイを睨んだ。

「この状況で私に行けと仰るのですか? 御無体な。まずは皆さんの期待の星である、ムダイさんが引っこ抜いてください」

 ムダイが雪乃に先を譲ろうとしたことで、咎めるような視線が発生している。自ら嫌われに行くほど、雪乃は豪胆でも変わり者でもない。

「えー? もし抜けたらどうするのさ?」

 ムダイは不満そうに眉間にしわを刻む。

「その時はムダイさんが勇者になれば良いではないですか。ノムルさんと戦い放題ですよ?」
「後半は魅力的だけどね」

 戦闘狂は思わず本音をこぼす。
 聖剣を前に話し込むムダイと雪乃に、周囲は苛立ち始めた。

「ほら、皆さんが待っているのですから、早くしてください」

 雪乃はムダイを両枝で押して、聖剣の前に立たせる。
 まだ納得していないようだが、ムダイは仕方なくといった様子で聖剣に手を掛けた。すると、聖剣が淡く輝きだす。

「おおーっ!」

 山頂に歓声が響いた。しかし剣は地面に突き刺さったままだ。

「ムダイさん、ちゃんとしっかり抜いてください」

 雪乃の叱責が飛ぶ。
 勇者を押し付けたい気持ちもあるが、わざと抜かないでいることのほうに、雪乃は怒っていた。意外と真面目な雪乃である。

「ちゃんと引っ張ったって」
「もっとしっかり踏ん張ってください!」

 びしりと人差し小枝を突きつける雪乃に、周囲の挑戦者たちも強く頷く。
 孤立無援となったムダイは、渋々剣の柄にもう一度手を掛けると、淡く輝きだした聖剣を両手で引っ張る。
 しかし聖剣が抜けることはなかった。

「ムダイさん?」

 じとりと、雪乃は疑いの目を向ける。

「本気で引っ張ってるって。むしろなんで抜けないの? どういう仕組み?」

 首を捻ったムダイは、もう一度引っ張り始める。赤い勇者の唯一赤くない肌が、朱に染まっていく。その内に、

「くくく。これだけ引っ張っても抜けないとは、舐められたものですね」

 ギラギラと目を輝かせ、唇をちろりと舐める戦闘狂が現れた。

「本気だったようだな」
「疑ってしまいました。後で謝らなければ」

 カイと雪乃は虚ろな視界で目の前の暴挙を眺める。
 引っこ抜くどころか、地面がえぐれてひびが入っていく。人々は逃げ惑うが、落ちれば終わりの高山だ。逃げ場など無い。
 それでも聖剣は地面に刺さり続ける。

「あれ、どうやったら戻せるのでしょうか?」
「さあな」

 大魔王様は雪乃の呪文で封じることができたが、戦闘狂を押さえ込んだ経験は、雪乃とカイにはない。
 自分の迂闊な行為に、深く反省した雪乃だった。

「がうう?」

 困り果てている雪乃を見ていたぴー助が、ムダイに近付いていく。

「駄目です、ぴー助! 危険です!」

 雪乃は慌てて制止した。いくら成獣となったぴー助でも、竜種を一人で倒すムダイに敵うとは思えない。
 そう思って止めようとしたのだが、

「がうううーっ!」

 ぴー助はムダイにつっ込み、蹴り飛ばした。
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