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魔王復活編

350.その言葉を拾った魔王様は

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 しかしその言葉を拾った魔王様は、一気に怒気を燃え上がらせる。

「倒す? ユキノちゃんを倒すって言ったのか? 俺の可愛いユキノちゃんを?!」
「ちょっと待ってください。落ち着いてくださいって! 倒せないって言ったでしょ? 雪乃ちゃんに危害を加えるなんて、無理ですよ」

 慌ててムダイは訂正した。
 あんな無害で小さな少女に攻撃を仕掛ける趣味など、ムダイには無い。彼は強い者との戦いには喜びを見い出すが、自分よりも弱いと思った相手には、まったく食指が動かないのだ。
 ムダイ以外の人間が挑むとしても、良心のある者なら攻撃はできないだろう。
 そしてもしも小さな子供でも容赦なく攻撃できる人間が彼女に挑んだとしたなら、背後に控える大魔王様に返り討ちにされることは必至だ。

「これ、無理ゲー過ぎない?」

 ぽつりと、ムダイは呟いた。ぎろりと、ノムルが殺気と共に睨みつける。
 命の危機を感じたムダイは、とりあえず目の前の課題に向き合うことにした。

「これを読めばいいんですよね?」
「そうだ。さっさと読め」

 こほりと咳を一つしたムダイは、カードの文面を読み上げる。

「『おめでとうございます。薬草をコンプリートしました。進化が可能です。魔王になる 根を張る』です。雪乃ちゃんはどちらか一方を選択しなければならなかったはずです」

 是か非かを問うカードであれば、非と答えれば回避できる。しかし回避できないカードもあることを、ムダイは知っている。
 このカードのように、選択肢が複数定められている場合だ。

 ノムルがムダイの前に一人で現れたことを考慮すれば、雪乃はどちらかを選んだか、もしくは強制的にどちらかが発動されたのだろうと、ムダイは思い至った。
 それを証明するように、親ばか魔法使いの顔は、怒りと戸惑い、哀しみと絶望がない交ぜになったように歪んだ。

「ちなみに雪乃ちゃんは、どちらを選択したんですか?」

 戸惑いながらも聞いてみる。
 どちらの選択も、進んで選びたい内容ではない。

「たぶん、『根を張る』だ」

 力の無い声が、ノムルの口からこぼれ落ちた。
 しばし無言になったムダイは、虚ろな目で遠くを見る。ノムルの魔力の影響で荒れていた空は、すっかり青空が広がっていた。

「まさか、木になっちゃったわけじゃないですよね? それなら魔王のほうが良いでしょうに。本当に不思議な子ですね」

 意識を引き戻すと、呆れと感心と困惑の混じった感想を述べた。
 ノムルは沈黙している。じっとカードを見つめ続けていた。

「どうすれば、いい?」

 掠れた声が絞り出される。

「どうすれば、ユキノちゃんは樹人に戻る? 一緒に旅したり、話したりできる?」

 顔を上げたノムルは、ムダイにすがりついた。
 肩を揺さぶられ、がくんがくんとシェイクされる脳ミソで、ムダイは考える。しかしそんなことを聞かれても、分かるはずもない。
 けれど同郷であり、共に旅をした雪乃を放っておく気にもなれない。

「今までに降ってきたカードに、これに似たメッセージが書かれていたことはありますか?」

 何かヒントは無いかと、ムダイは問うてみた。

「『魔王』の文字は何度か見た。『根を張る』は初めてだ」
「何度も……」

 ずいぶんと熱心な誘いを受けていたようだと、ムダイは雪乃に同情を示す。それから思考を回らせた。

「たぶん、重要なのは魔王のほうでしょうね。誰かが魔王になれば、雪乃ちゃんは解放されるんじゃないですか?」

 半分は思いつきだった。
 けれどノムルは光明が差したとばかりに、見開いた目をムダイに向けた。

「どうすれば魔王になれる?」
「ええ? ノムルさんは、すでに魔王でしょう?」
「ふざけてないで教えろ!」

 首をつかまれ振り回されたムダイは、意識が飛びそうだ。というより、声が出せない。ノムルの手を叩いて、何とか放させた。
 涙目になって咳き込みながら、ムダイは答えを探す。早く答えなければ、再び攻撃されかねない。

「とりあえず、カードが手元にあるのなら、そのカードを持って宣言してみたらどうですか? それか、天に向かって叫んでみるか」

 苦肉の策で出た冗談のつもりだった。それなのに、

「わかった」
「へ?」

 ノムルはカードを天に向かって突き上げると、大声で宣言した。

「俺が魔王になってやる。だから、ユキノちゃんを返せえええーっ!」
「ええーっ?!」

 ノムルが叫んだ途端、空に分厚い雲が広がり、辺りは黒い霧に包まれる。

「嘘だろう?」

 少しして霧が晴れたとき、そこにノムルの姿はなかった。
 その数日後、魔王の復活という情報が、世界を震撼させたのだった。




  ◇◆◇




 月の満ちた夜、樹人の王となった大樹には、たくさんのつぼみが膨らんでは花開く。色取り取りの淡い光を帯びた花々からは、光の玉が浮かび上がり、樹人の王の周りを飛び交った。この世界の者たちが精霊と呼ぶ存在たちである。
 精霊たちは一際大きく、人が隠れそうなほどの白いつぼみの周りに集まった。

「るー」
「るー」
「るー」

 歌うように澄んだ声が、精霊たちから紡がれる。その歌声に誘われるように、白い花びらが開いていく。
 開いた花の中には、幼さの残る少女が眠っていた。背中には二対四枚の、淡く光る透明な羽がある。
 少女は目をこすりながら起き上がる。
 周囲を見回し、それから自分の体を見た。白く滑らかな透き通るような肌。首筋から胸へと流れる常磐緑の髪は、絹糸のように細く滑らかだ。
 しばらくじいっと見つめていた少女の眉間に、皺が寄る。

「よく眠りました。しかし、どういう状況なのでしょう? 何故に裸? というより、人間に戻っていませんか? 元の世界に戻ってしまったのでしょうか?」

 顔を上げた少女は、きょろきょろと辺りを見回した。

「誰もいませんね。いえしかし、森の中では隠れて見られているかもしれません。くっ、なんという羞恥プレイ」

 少女は目に付いた白く大きな花びらを、ぷちりと摘んだ。手拭いよりも少し大きい花びらを、わずかに膨らみ始めた小さな胸に巻き、もう一枚を今度は巻きスカートのように腰に巻いて雄しべで留めた。

「ミニスカ過ぎます。破廉恥な」

 むうっと顔をしかめながら、とりあえずどこかに身を隠さなければと、もぞもぞ動きだした。そして気付く。
 花びらの隙間から見下ろした地面は、遥か遠くにあった。落下すれば、ただでは済まないだろう。柔らかな肌が傷付くどころか、骨折は免れない高さだ。命の危険も充分にある。
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