上 下
313 / 402
魔王復活編

348.何か巨大な魔力が

しおりを挟む
「おそらくムダイさんがノムル様と同行していると気付き、ノムル様と縁を結ぼうと考えたんでしょうね。勝手な想像ですけど、他にも登録しようと狙っていた者がいたはずですよ」

 どうやらあの混乱の中でも、抜け目の無い者たちがいたようだ。

「これって喜んで良いの? 怒るところ?」

 頭を抱え込んだムダイを見て、マグレーンは苦笑をこぼす。会話の聞こえなかったナルツたちは、不思議そうに首を傾げていた。
 そんな何でもない時間の中、項垂れていたムダイの身体が、何かに反応するようにぴたりと止まる。目を鋭く細めると空中を睨み、椅子に立てかけてあった剣を左手に掴んで、開いていた窓から飛び出した。
 笑みを消して周囲の気配を探り始めたナルツたちも、すぐにその理由に気付く。
 何か巨大な魔力が、近付いてきていた。

「フレック、ララクール。ローズを頼む」
「おう」
「任せてください」

 ナルツとマグレーンも、それぞれに剣と杖を持って窓から飛び出す。無作法だろうと、入り口まで回っている時間が惜しい。
 得体の知れぬ恐怖は、すぐそこまで迫っているのだから。
 二人はムダイの後を追いかけ、町の中心部から出る。その間にも、感じる恐怖は近付いてくる。

 町に駐在していた騎士たちや冒険者たちも、気付いて動き出した。
 ある者はナルツたちと同様に接近してくる何かへと駆け、残りの者は町を守るために行動を開始した。
 町の外れにある少し開けた空き地で、赤い髪がなびいている。ナルツとマグレーンも彼の隣に立ち、東の空を見上げた。

「マグレーン、僕の後方に町を守る障壁を」
「了解」

 ムダイの言葉に頷いたマグレーンの顔は、青い。
 あえて後方に、という指示を出したということは、向かってくる何かの威力をムダイが潰し、残りの余波を障壁で受け止めるという二段階を経なければ、町に被害が及ぶということだ。
 いったい何が起こるのか? ムダイの無事を祈りながら、マグレーンたちは町の防衛に尽力する。

「わー」

 心配そうに覗き込むマーちゃんに安心させるように微笑みを向けると、マグレーンは地面に膝を突き、重ねた両手を大地に向ける。
 肩に乗っていたマーちゃんはぴょこんと飛び降り、マグレーンの手の甲に乗った。

「わー」

 振り返って声を掛ける小さなマンドラゴラの姿を見て、緊張に強張っていたマグレーンの体と心が、ふっと和らいだ。

「ありがとう。――精霊よ、我に力を貸し給う。人の町を守るための、壁を造りたまえ」

 なるべく大きな規模の障壁を造るため、精霊に意思を伝えるための呪言を唱えて魔法を発動させる。マグレーンの体から魔力が抜けると、帝都ネーデルを覆うように、ドーナッツ状の水の壁が顕現した。
 ムダイの立つ空き地を穴のように残して。

「え?」

 マグレーンはきょとんとして固まった。
 自分の仕出かしたことが理解できず、何度も瞬く。なんとか顔を上げた彼は周囲を見回し、その結果に度肝を抜かれた。

「ええーっ?!」

 思わず場違いな叫び声が口から飛び出してしまう。
 帝都ネーデルを覆うほどの障壁など、マグレーンの魔力だけで造れるはずがないのだ。帝都に住む魔法使いが総力を挙げて、それでようやく造り出せるかどうかという規模の障壁を、マグレーンはたった一人で造り上げてしまったのだった。

「う、嘘だろう?」
「わー!」

 困惑して呆然としているマグレーンに、マーちゃんは満足そうに声を上げる。異変を察知して合流した騎士や魔法使いたちも、マグレーンの偉業にただただあ然としていた。
 そんな出来事など気にすることもなく、騒動の元凶は刻一刻と近付いてくる。

「この禍々しい威圧感。待っているのが焦れったいですね」

 攻撃を受ける前から巨大な力に当てられたムダイは、赤い戦闘狂へと変貌を遂げていた。舌で唇を湿らせ、目を爛々と輝かせている。

「イっちゃった?」
「イったみたいだ」

 マグレーンの引き気味な声にナルツが返すと、二人は揃って溜め息と共に肩を落とした。
 戦闘モードに入ったムダイの危険さも異常さも、彼らは身を持って知っていた。

「騎士ナルツ、状況を説明してくれ」

 駆けつけた騎士や冒険者達が、ナルツに説明を求める。
 魔法使いたちはマグレーンが作り出した障壁を補助するために、魔力を放出しながら、視線と耳をナルツに傾けた。

「私にもわかりません。何か、巨大な魔力の塊が近付いているとしか。とりあえずムダイさんが先陣を切りますので、私たちは後方支援を」

 冒険者たちは期待を込めてムダイへ熱い視線を向けたが、騎士たちは納得しない。顔をしかめて眉を吊り上げた。

「冒険者に帝都を任せると言うのか? 皇太子殿下の気に入りだと聞くが、ずいぶんと腑抜けだな。騎士としての誇りはないのか?」

 ナルツに対して軽蔑の眼差しを投げつける騎士さえいた。しかし、

「これが最善策です。帝都を危機に晒す誇りなど、私には不要です」

 ナルツは冷静に返す。
 騎士達の顔が朱に染まり口が開いたが、彼らの声を聞くことなくナルツは剣を抜き構える。

「来ましたよ?」

 はっと、騎士達も怒りを消して空を見上げた。
 東の空から落ちてくる魔力の塊が、小さな点として目視で捉えられるまでになっていた。すぐに大きくなったそれは、形こそよく分からなが、草色に見えた。
 驚愕し恐慌状態に陥る人々の中、ナルツとマグレーンの顔は、情けなく崩壊していた。マグレーンに至っては、ローブが肩からずり落ちている。

「う、嘘だよね?」
「そうだといいんだけど、たぶん想像通りだと思うよ?」

 呆れ返ったマグレーンの願望を、ナルツは力なく否定した。

「わー?」
「わー……」

 マグレーンを見上げて小根を傾げるマーちゃんと、東の空を見つめて呆れ交じりの声を発するスターベル。
 マンドラゴラにとっても、彼の行動は理解を超えていたようだ。

「さすがです。最っ高ですっ!!」

 ただ一人だけテンションが上がりまくって興奮しているのは、言うまでもなく、赤い戦闘狂ムダイだった。びりびりと痺れるような威圧感に、ムダイは高笑いを響かせる。

「ノムルさんから会いにきてくれるとは、感無量です」

 まるで愛しい恋人との再会を喜ぶかのように、歓喜に声を震わせた。しかしその相手が恋人などではないことは、彼の行動を見れば一目瞭然だろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。