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魔王復活編

348.何か巨大な魔力が

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「おそらくムダイさんがノムル様と同行していると気付き、ノムル様と縁を結ぼうと考えたんでしょうね。勝手な想像ですけど、他にも登録しようと狙っていた者がいたはずですよ」

 どうやらあの混乱の中でも、抜け目の無い者たちがいたようだ。

「これって喜んで良いの? 怒るところ?」

 頭を抱え込んだムダイを見て、マグレーンは苦笑をこぼす。会話の聞こえなかったナルツたちは、不思議そうに首を傾げていた。
 そんな何でもない時間の中、項垂れていたムダイの身体が、何かに反応するようにぴたりと止まる。目を鋭く細めると空中を睨み、椅子に立てかけてあった剣を左手に掴んで、開いていた窓から飛び出した。
 笑みを消して周囲の気配を探り始めたナルツたちも、すぐにその理由に気付く。
 何か巨大な魔力が、近付いてきていた。

「フレック、ララクール。ローズを頼む」
「おう」
「任せてください」

 ナルツとマグレーンも、それぞれに剣と杖を持って窓から飛び出す。無作法だろうと、入り口まで回っている時間が惜しい。
 得体の知れぬ恐怖は、すぐそこまで迫っているのだから。
 二人はムダイの後を追いかけ、町の中心部から出る。その間にも、感じる恐怖は近付いてくる。

 町に駐在していた騎士たちや冒険者たちも、気付いて動き出した。
 ある者はナルツたちと同様に接近してくる何かへと駆け、残りの者は町を守るために行動を開始した。
 町の外れにある少し開けた空き地で、赤い髪がなびいている。ナルツとマグレーンも彼の隣に立ち、東の空を見上げた。

「マグレーン、僕の後方に町を守る障壁を」
「了解」

 ムダイの言葉に頷いたマグレーンの顔は、青い。
 あえて後方に、という指示を出したということは、向かってくる何かの威力をムダイが潰し、残りの余波を障壁で受け止めるという二段階を経なければ、町に被害が及ぶということだ。
 いったい何が起こるのか? ムダイの無事を祈りながら、マグレーンたちは町の防衛に尽力する。

「わー」

 心配そうに覗き込むマーちゃんに安心させるように微笑みを向けると、マグレーンは地面に膝を突き、重ねた両手を大地に向ける。
 肩に乗っていたマーちゃんはぴょこんと飛び降り、マグレーンの手の甲に乗った。

「わー」

 振り返って声を掛ける小さなマンドラゴラの姿を見て、緊張に強張っていたマグレーンの体と心が、ふっと和らいだ。

「ありがとう。――精霊よ、我に力を貸し給う。人の町を守るための、壁を造りたまえ」

 なるべく大きな規模の障壁を造るため、精霊に意思を伝えるための呪言を唱えて魔法を発動させる。マグレーンの体から魔力が抜けると、帝都ネーデルを覆うように、ドーナッツ状の水の壁が顕現した。
 ムダイの立つ空き地を穴のように残して。

「え?」

 マグレーンはきょとんとして固まった。
 自分の仕出かしたことが理解できず、何度も瞬く。なんとか顔を上げた彼は周囲を見回し、その結果に度肝を抜かれた。

「ええーっ?!」

 思わず場違いな叫び声が口から飛び出してしまう。
 帝都ネーデルを覆うほどの障壁など、マグレーンの魔力だけで造れるはずがないのだ。帝都に住む魔法使いが総力を挙げて、それでようやく造り出せるかどうかという規模の障壁を、マグレーンはたった一人で造り上げてしまったのだった。

「う、嘘だろう?」
「わー!」

 困惑して呆然としているマグレーンに、マーちゃんは満足そうに声を上げる。異変を察知して合流した騎士や魔法使いたちも、マグレーンの偉業にただただあ然としていた。
 そんな出来事など気にすることもなく、騒動の元凶は刻一刻と近付いてくる。

「この禍々しい威圧感。待っているのが焦れったいですね」

 攻撃を受ける前から巨大な力に当てられたムダイは、赤い戦闘狂へと変貌を遂げていた。舌で唇を湿らせ、目を爛々と輝かせている。

「イっちゃった?」
「イったみたいだ」

 マグレーンの引き気味な声にナルツが返すと、二人は揃って溜め息と共に肩を落とした。
 戦闘モードに入ったムダイの危険さも異常さも、彼らは身を持って知っていた。

「騎士ナルツ、状況を説明してくれ」

 駆けつけた騎士や冒険者達が、ナルツに説明を求める。
 魔法使いたちはマグレーンが作り出した障壁を補助するために、魔力を放出しながら、視線と耳をナルツに傾けた。

「私にもわかりません。何か、巨大な魔力の塊が近付いているとしか。とりあえずムダイさんが先陣を切りますので、私たちは後方支援を」

 冒険者たちは期待を込めてムダイへ熱い視線を向けたが、騎士たちは納得しない。顔をしかめて眉を吊り上げた。

「冒険者に帝都を任せると言うのか? 皇太子殿下の気に入りだと聞くが、ずいぶんと腑抜けだな。騎士としての誇りはないのか?」

 ナルツに対して軽蔑の眼差しを投げつける騎士さえいた。しかし、

「これが最善策です。帝都を危機に晒す誇りなど、私には不要です」

 ナルツは冷静に返す。
 騎士達の顔が朱に染まり口が開いたが、彼らの声を聞くことなくナルツは剣を抜き構える。

「来ましたよ?」

 はっと、騎士達も怒りを消して空を見上げた。
 東の空から落ちてくる魔力の塊が、小さな点として目視で捉えられるまでになっていた。すぐに大きくなったそれは、形こそよく分からなが、草色に見えた。
 驚愕し恐慌状態に陥る人々の中、ナルツとマグレーンの顔は、情けなく崩壊していた。マグレーンに至っては、ローブが肩からずり落ちている。

「う、嘘だよね?」
「そうだといいんだけど、たぶん想像通りだと思うよ?」

 呆れ返ったマグレーンの願望を、ナルツは力なく否定した。

「わー?」
「わー……」

 マグレーンを見上げて小根を傾げるマーちゃんと、東の空を見つめて呆れ交じりの声を発するスターベル。
 マンドラゴラにとっても、彼の行動は理解を超えていたようだ。

「さすがです。最っ高ですっ!!」

 ただ一人だけテンションが上がりまくって興奮しているのは、言うまでもなく、赤い戦闘狂ムダイだった。びりびりと痺れるような威圧感に、ムダイは高笑いを響かせる。

「ノムルさんから会いにきてくれるとは、感無量です」

 まるで愛しい恋人との再会を喜ぶかのように、歓喜に声を震わせた。しかしその相手が恋人などではないことは、彼の行動を見れば一目瞭然だろう。
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