上 下
293 / 402
ヒイヅル編

328.無欲の愛

しおりを挟む
 なんとか冷静さを取り戻して、ヒミコはきつとノムルを睨む。

「それはつまり、御子様を己のものとするということか? 欲のために利用すると言うか?」
「するもなにも、ユキノちゃんはおとーさんのなの。欲のために利用って何さ? おとーさんが娘を利用するはずないだろう? 娘に無欲の愛を注いで守るのが、おとーさんの役目なんだから」

 重ねてノムルははっきりと断言した。
 その答えに、雪乃とカイは思わずノムルを凝視する。ノムルの言葉に感動したわけではない。明らかに戸惑いが含まれていた。

「え? ノムルさん、本気で言っています?」

 無意識に、雪乃から言葉がこぼれ落ちた。

「当然でしょう? おとーさんはユキノちゃんが一番なんだよ?」

 ぱちくりと視界を開け閉めした雪乃は、ふむうっと、首を捻って考える。
 ノムルからの愛情は、しっかりと感じていた。それはもう、重たすぎて時々潰れかけるほどに。
 けれど、それが無欲の愛なのかと問われれば、否と答えたくなる。
 見返りを求めないと考えれば無欲なのかもしれないが、ノムルの言動を見ていると、欲の権化にしか見えない。
 求める対象が金や権力ではなく、雪乃本人であるだけだ。

「もしや私は、選択肢を間違えてしまったのでしょうか?」

 一番危険な人間と行動してしまっているのかもしれないと、雪乃はほんのり危機感を覚え、ふるふると震えた。
 だが現実逃避をしていては、話が進まない。雪乃は飛んでいく意識の紐を手繰り寄せて、現実に戻ってくる。

「えっと、確かに私にとって人間は、危険な相手だと思います。でもノムルさんは常識から大きく外れるどころか、違う次元を散歩している人なので、一般的な認識は当てはまらないと思うのです。問題となる点を具体的に教えていただけませんか?」

 フォローとは思えないフォローを入れながら雪乃が問えば、ヒミコは困ったように微かに眉根を寄せた。
 しばらく考え込むように視線を下げていたヒミコは、顔を上げると雪乃を見る。

「御子様は、ご自身がどのような存在であるか、ご存知でしょうか?」

 問うてきたヒミコから、雪乃はそうっと視線を逸らす。
 ヒミコがどこまで知っているのかは知らないが、魔王候補であるとは言いたくない。
 雪乃の様子を見ていたヒミコは、視線をノムルへと向ける。

「ユキノちゃんは樹人のお姫様だ。女王様になるために、俺と旅してるんだ」

 売られた喧嘩を買うように、ノムルは胸を張って言い切った。
 魔王候補とは言われなかったが、似たり寄ったりな恥ずかしさに、雪乃は紅葉していく。

「くっ。どうして私はこのような恥辱を受けねばならないのでしょう? 私はただの樹人として、のんびりスローライフを送れればよいのに」

 すでに無謀だと思われる願いだが、雪乃は悔しげに葉噛みしながら呻いた。
 獣人たちは呆気に取られたように雪乃を見つめていたが、こほんっと小さく咳払いをして表情を改める。

「然様、御子様は千年に一度お生まれになる、樹人の王となるべき大切な御方なのです」
「それでどうして人間が近付いちゃ駄目なのさ? なんで樹人の王を獣人が守るの? 樹人と獣人にどういう繋がりがあるわけ?」

 ヒミコの言葉に対して、ノムルが矢継ぎ早に疑問を投げかける。
 額に青筋を浮かべたヒミコだが、一呼吸で平静を取り戻した。

「樹人がどのような存在か、存じておるか?」

 再びヒミコはノムルに問う。

「魔物、と位置づけられているな。けどユキノちゃんは可愛いしお利巧だし、他の魔物とはまったくの別物だ。俺の可愛い娘だ」

 なぜか自慢げにドヤ顔をするノムル。
 ヒミコは目を鋭く細めた後、ついと雪乃に視線を戻した。

「樹人はこの世界に誕生した、最初の知識あるものと伝えられております。樹人からエルフが生まれ、獣を進化させて『人』を創りだしたと」

 地球とはまったく異なる進化論に、雪乃は瞬く。魔法のある世界だから、進化論が当てはまらない可能性は理解できる。しかし、

「ちょっと待て。樹人が最初の『人』だって言うのか? しかも今いる『人』は樹人が生み出したって?」

 ノムルが食いついたように、出発点が樹人というのは、いささか疑問に思えた。
 もしも樹人が最初の人だというなら、この世界の『人』は、植物が進化した姿の者が中心のはずである。だが実際には人間や獣人など、動物から進化した『人』ばかりで、植物性の種族はいない。
 魔植物やマンドラゴラがいるが、彼らはまた別だろう。

「然様。樹人の王は、最も信を置いた種族に祝福を分け与える。それにより獣たちは高い知能を持ち、二本の足で歩くようになり、王の子であるエルフに似た姿へと進化していったのだ」

 雪乃はここに来る途中で見た、獣人たちの姿を思い浮かべる。
 カイたち狼獣人たちは、耳と尻尾さえ隠してしまえば人間と見分けが付かない。しかし他の獣人たちは、フードを被ったとしても、顔や手で獣人と気付かれてしまうであろう姿をしていた。

「つまり狼獣人さんは、樹人の王から多くの祝福を頂いたのですね?」

 雪乃が答えると、ヒミコと御子たちは、誇らしげに笑みを浮かべる。

「その通りでございます、御子様。我等狼獣人は、数度の祝福をお授けいただいたのです」

 何度の祝福でどれほどの進化を遂げるのか分からないが、他の種族よりも回数が多いことが、狼獣人の誇りなのかもしれない。

「だからカイさんは、犬獣人と間違われて怒ったのでしょうか?」

 ふと口を突いて出てきた言葉に、ヒミコたちの表情が凍りついた。口元には笑みを作っているのに、目がまったく笑っていない。口にしたのがユキノでなければ、目を吊り上がらせて殺気を放ってきそうだ。

「御子様、そのような理由で差別するほど、我等の懐は狭くありませぬ。犬獣人どもは人間に尾を振り、他の獣人たちを売ったのです。まあ今では人間にも見捨てられておりますが」

 どうやら進化レベルで劣る種族を差別していたわけではないと知り、雪乃はほっと安堵した。

「そんな話、聞いたことないけど? 仮に本当だとすると、エルフに一番近い姿の人間が、一番祝福されたんじゃないの? なんで人間を嫌うのさ? 嫉妬?」

 耳や背丈が違うだけの、最もエルフに似た姿を持つ人間である。
 雪乃も疑問に感じた部分ではあったが、一言多い。とはいえ、巫女達に睨まれたからといって気にするノムルではないが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

断罪されているのは私の妻なんですが?

すずまる
恋愛
 仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。 「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」  ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?  そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯? *-=-*-=-*-=-*-=-* 本編は1話完結です‪(꒪ㅂ꒪)‬ …が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

異世界隠密冒険記

リュース
ファンタジー
ごく普通の人間だと自認している高校生の少年、御影黒斗。 人と違うところといえばほんの少し影が薄いことと、頭の回転が少し速いことくらい。 ある日、唐突に真っ白な空間に飛ばされる。そこにいた老人の管理者が言うには、この空間は世界の狭間であり、元の世界に戻るための路は、すでに閉じているとのこと。 黒斗は老人から色々説明を受けた後、現在開いている路から続いている世界へ旅立つことを決める。 その世界はステータスというものが存在しており、黒斗は自らのステータスを確認するのだが、そこには、とんでもない隠密系の才能が表示されており・・・。 冷静沈着で中性的な容姿を持つ主人公の、バトルあり、恋愛ありの、気ままな異世界隠密生活が、今、始まる。 現在、1日に2回は投稿します。それ以外の投稿は適当に。 改稿を始めました。 以前より読みやすくなっているはずです。 第一部完結しました。第二部完結しました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。