上 下
291 / 402
ヒイヅル編

326以前はもう少し

しおりを挟む
 ノムルも合流すると、再び雪乃の乗った輿を担いで、狼獣人たちは北上していく。
 山の中に伸びる街道沿いに、狼獣人たちは疾走を続けた。
 街道はどんどん細くなり、途中には崖や沢もある。街道の脇にあるのではなく、街道の中にある。狼獣人たちは崖を駆け上り、沢から顔を出している岩の上を、難なく渡っていった。
 さすがに輿のままでは揺れるということで、カイが雪乃を抱っこして運ぶ。

「きいっ! ユキノちゃんを抱っこするのは、俺の役目なのにっ!」

 おどろおどろしい八つ首の暗黒龍が管を巻いているが、カイも慣れたもので平然としている。他の狼獣人たちの耳や尻尾の毛は、逆立っていたが。

「雪乃、旅の間、本当に大丈夫だったのか?」

 崖を駆け上りながら、カイが問うてきた。

「以前はもう少し、まともだったのです。日を追うごとに悪化していると言いましょうか」
「そうか。想像できないが、まともな時もあったのだな」
「ええ、まあ……」

 二人は揃って肩を落とす。
 そんな騒動を含めながら、空が赤く色付く前には、狼獣人たちの里に着いた。走っていた獣人たちは、足を緩めて歩きだす。
 街道の両端には、青々とした田んぼが広がっていた。平坦な道では、雪乃は輿の中だ。

 里に入る前に物見が閉じられたため、雪乃は網代の隙間から、微かに見える里の様子を窺った。
 土壁に板の屋根で作られた、長屋が並んでいる。
 遠足で行った歴史資料館で見た、室町時代の街並みに似ているなと雪乃は思いつつ、見物を続ける。

 だが不思議なことに、人の姿はまったく見えなかった。
 よくよく観察してみれば、民家の開いた戸の隙間から、じいっと覗いている目が幾つか見つけられた。
 外に出ないように命じられているのか、雪乃たちを警戒しているのかは分からないが、歓迎されていないように感じた雪乃はしょんぼり萎れる。

 雪乃を乗せた輿は、常磐緑の鳥居を潜り、山を登っていく。大きな神社を思わせる場所に辿り着くと、ようやく輿は地面に降ろされた。
 戸が開き外へ出れば、白木作りの立派な社があった。あらゆるところに彫刻が施され、大樹とその枝葉が描かれている。

「おおー」

 感嘆の声を上げる雪乃に応じるように、拝殿の戸が開いた。
 跪いた姿勢の、白の小袖に若竹色の袴を履いた神職が現れ、深々と頭を垂れる。その後方には緋袴を履いた巫女たちが、やはり深く頭を垂れて控えていた。
 彼らを率いるのは、純白の小袖と袴をまとった、銀色の耳と長い髪を持つ三十代ほどの女性だった。静かに立っていた彼女も、雪乃を見るなりその場に座り込み深く頭を垂れた。
 いずれも狼獣人である。

「お待ちしておりました、御子様。当地をお預かりしております、ヒミコと申します。ご無事のお付き、お喜び申します」

 顔を上げた銀色の獣人ヒミコは、恭しく口上を述べる。力強い金色の瞳は、雪乃をひたと捉えていた。
 思わず一歩後退った雪乃がきょろきょろと辺りを見回すと、後方ではカイを始めとして狼獣人たちが跪いている。
 雪乃も慌てて根を折り、正座の姿勢を取って深々と頭を下げた。その様子に、狼獣人たちはぎょっと目を見開き、慌てて雪乃に声を掛ける。

「どうかお立ちください、御子様」

 とは言われても、大人達が揃って跪いている中で、最も年若い雪乃が立ったままというのは気が引ける。
 雪乃は縋るような目をカイに向けた。

「大丈夫だよ、ユキノちゃん」

 カイが救いの手を伸べる前に、ノムルに抱き上げられた。

「ふぬぬぬぬぬー。何ですか? いきなり。空気を読んでください。ふんにゅうーっ!」

 枝を突っ張り、無精ひげと戦う。
 獣人たちは突然の闖入者に、あ然とした表情を浮かべていたが、すぐに怒りの感情を滲ませていった。

「お付きの方はどうぞこちらへ」

 後ろに控えていた若竹色の袴を付けた神職の一人が、ノムルを案内しようと前に出る。

「却下。ユキノちゃんとおとーさんを引き離すなんて、駄目に決まってるだろ? お前らが敵か味方かも分からないのに」

 オブラードに包むこともなく、ずけずけと言い放つおっさん魔法使い。

「雪乃の安全は俺が保証する。言うとおりに」
「断る!」

 カイが間に入ろうとしたが、にべもなく即答されてしまった。
 神職たちは憤りを高めていくが、猫獣人の里でノムルの魔法を見てしまったビゼンたちは、嫌悪感を抱きながらも強く出ることができない。
 波立つ場にあって、ヒミコは静かにノムルを見極めようとしていた。

「拝殿までならば良かろう。御子様をこのような場にお待たせしたままのほうが失礼というもの」

 ヒミコの言葉に、獣人たちは一様に頭を下げる。しかし、 

「獣人ならば構いませんでしょうが、その者は人間です。ヒミコ様のご指示とあれど、社に入れる訳には参りませぬ」

 と、神官の一人が苦言を呈した。

「なんでだよ?」

 雪乃を抱きしめたまま、ノムルは不満に満ちた声を出す。

「ノムル殿」

 カイが慌ててノムルを止めるが、獣人たちの怒りはどんどん膨らんでいく。
 面を伏せたままなので目にすることはないが、鼻の付け根から額にかけて皺を寄せ、憤怒を顕わにしていた。

「無礼だぞ! 人間は我等獣人の誇りを傷付け、仲間たちを虐げている。我が君の御前を許しただけでも、破格の待遇。身を弁えよ」

 今にも噛み付きそうなほどの怒気をこめて、神職の獣人たちが鋭い声で咎めた。

「そんなの俺、関係ないじゃん? そもそも俺だって、ガキの頃は奴隷だったんだもの。獣人も人間も変わらないだろう?」

 獣人たちの怒りが少しばかり引き、代わりに驚愕に染まる目を向けてきた。

「ノムル殿が、奴隷? 隷属できるのか?」

 なんだか違う意味で驚いているのはカイだ。驚愕と猜疑を含んだ眼差しで、ノムルを上から下まで観察する。

「俺だって生まれたときからこんな規格外じゃないからな?」

 不機嫌そうにノムルは眉をひそめた。
 その様子を、銀色の獣人はじいっと観察するように見つめている。

「では拝殿には入れず、脇から奥へ案内せよ。御子様の御姿が見えておれば問題はあるまい?」

 神職たちは眉をひそめているが、そこが落としどころだろうと理解したのか、渋々承知した。
 ノムルも不満そうだが、空が赤く染まり始めたことを考慮すると、そろそろ雪乃を寝床に就かせるべきだと理解したのだろう。嫌々といった様子をありありと面に出して、了承した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。