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ヒイヅル編

312.巨大チンアーゴ

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 いつまでも気にしていても仕方のない相手なので、雪乃とカイは、マンドラゴラのことは置いておく。
 気にしなくてはいけない相手は、マンドラゴラではないのだ。目の前にいる、

「大きくなりましたねー。いったい何百年生きれば、これほど大きくなるのでしょうか?」

 巨大チンアナゴであろう。
 海面から首を出した真っ白なチンアナゴは、二階建ての屋根を越える高さだ。滑らかな鱗のつるりとした肌は、日の光を受けて、てらてらと輝いている。
 その頭には、ぴー助が乗っていた。

「雪乃、あれはチンアーゴではないからな?」
「なんと!」

 先ほどの白いチンアナゴは、チンアーゴというらしい。
 雪乃はじいっと、巨大チンアーゴを見上げた。

「立派なチンアーゴです」
「……。あれは水竜だ」

 疲れを見せながら、カイは訂正する。
 二秒ほど硬直した雪乃だが、すぐに再起動を果たす。

「つまり、彼女はシッシーなのですね?」
「知り合いなのか?」
「いいえ。水辺に棲む竜種は、その場所の名前の頭文字を取り、ッシーと呼ぶようなので」

 そういう決まりがあるわけではないはずなのだが、雪乃の中では固定していたようだ。この世界では、まったく通じないだろうが。
 ちなみにシーマー国の海だから、シッシーである。
 カイはそこは指摘せず、代わりに、

「二頭以上いたらどうするんだ?」

 と、疑問を投げかけた。
 思わぬツッコミを受け、雪乃は幹を傾げる。二頭以上など、聞いたことがない。

「シッシー二号?」

 カイは表情を引きつらせたが、何も言わなかった。これ以上は踏み込まないほうが良いと、賢明に判断したようだ。

「そのシッシーは、何と言っているのだ?」

 通訳を頼まれた雪乃は、シッシーの頭上にいるぴー助に視線を向け、それからマンドラゴラたちを見た。
 いつの間にか砂浜に戻ってきていたサーファーたちは、それぞれに砂の椅子を作ってくつろいでいる。

「えーっと、竜種の子供の声が聞こえたので、出てきたそうです。竜種は子煩悩ですから。ただ、今はぴー助よりも、マンドラゴラたちに夢中になっているようですが」
「わー」
「わー」
「わー?」

 雪乃の言葉どおり、頭にぴー助を乗せたシッシーは、首をもたげて頭を低くし、じいっとマンドラゴラたちを観察していた。
 見られていることに気付いたマンドラゴラたちは、慌てて身を寄せ合い、ふるふると震えだす。
 そんなマンドラゴラたちを、じいっと見つめ続けるシッシー。ちらりと視線を上げたマンドラゴラたちは、葉を左右に振ると、興味を無くして椅子に寝転んでいく。
 まるで、

「ノリ悪いなー。つまんねー」

 とでも言いたげだ。

「どうしてあの子たちは、あんなふうに育ってしまったのでしょう? 私の育て方に問題があったのでしょうか?」

 地味に落ち込む雪乃の頭を、カイは慰めるように優しくぽんぽんと叩いた。
 マンドラゴラ観賞を終えたシッシーの首が、雪乃へと動く。

「お騒がせして申し訳ありません。ヒイヅル国を目指していまして、ルグ国行きの船に乗るため、この島に滞在していたのです」

 雪乃はシッシーに、この島にいた理由を答えた。

「きゅおー」
「お気持ちは嬉しいのですが、私は夜は土に根を張らなければ眠れないのです。ここからルグ国までは、途中で上陸できる島もないと聞きましたので、船で行こうと考えています」

 意外と高い声で鳴くシッシーは、どうやら雪乃たちをルグ国まで送ってくれるつもりらしい。
 しかし人魚たちの誘いも断った雪乃たちは、シッシーの誘いも断らなければならない。

「きゅおー」
「なんと! 凄いですね」

 シッシーと雪乃の会話は続いていくが、魔物の言葉が分からないカイは、無言で見つめている。

「シッシーさんならば、ルグ国まで半日あれば着くそうです」

 雪乃の通訳に、カイは少し目を丸くした後、陸側に視線を向けた。
 決定権を持つ魔法使いは、まだ出てこない。勝手に決めて暴れられても面倒だと、カイは困ったように眉をひそめる。
 カイの考えに気付いた雪乃も、困ったように葉を揺らした。

 シッシーはぴー助を砂浜に下ろすと、何度も頭を摺り寄せて堪能している。力加減は苦手なのか、時折こてりとぴー助が倒れているが、お構い無しだ。
 ぴー助が逃げようとすれば、すぐに咥えて引き戻している。
 ようやく目覚めたノムルが欠伸を噛み殺しながら出てくると、足を止めた。眠そうに半分しか開いていない目が、シッシーに向かっている。

「またユキノちゃんのおとーさんの座を狙う不届き者か?! ユキノちゃんはやらんっ!」

 寝ぼけているのか、突然の親ばか発言をかましてきた。雪乃もカイも、半眼でノムルを眺める。

「あー……。ルグ国まで送ってくださるそうです。ちなみに狙っているのは私ではなく、ぴー助のお母さんの座だと思います」

 呆れながらも、暴れられる前に雪乃は訂正しておいた。

「ピースケ? そんな食い意地張った飛竜の親になりたいなんて、変わったやつだな」

 樹人の親になろうとする人間よりも、飛竜の親になりたがる水竜のほうが、常識に沿っているだろうと思った雪乃だが、そっとしておくことにした。

「日が暮れる前に着くなら、良いんじゃないのか?」

 あっさりと許可が下りたところで、遅くならないうちに出発することになった。
 シッシーが砂浜に上陸し、その姿が顕わになる。
 長い首の下には、海に住んでいたといわれる恐竜に似た体がついていた。ウミガメのような大きな足には、一見すると爪もない。よく見れば、小さな爪が皮膚に埋まるように付いているのが見える。
 大きな体の動きに合わせるように、高波が起き、マンドラゴラたちがさらわれていった。

 雪乃はカイに抱き上げられて避難し、小さなサーファーたちは、小さな渦に飲まれて回っている。
 傍から見ると救助が必要な状態だが、マンドラゴラたちから送られてくる感情は、歓喜に満ちていた。絶叫マシーンで遊んでいる感覚なのかもしれない。
 シッシーの頭の上に乗っていたぴー助は、滑り台のように首を滑り降り、背中へと移動した。

「きゅおー」

 首を曲げて背中を示すシッシーに誘われて、雪乃たちは彼女の背中に乗る。準備ができると、シッシーは向きを変えて海へと戻っていった。
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