上 下
273 / 402
ヒイヅル編

308.溺れた芝居をして

しおりを挟む
「なるほどなるほど。つまり君たちの仲を、あの美人な父君が反対しているのだな。まあ男親というのは、娘を嫁になどやりたくないものだからな」

 訳知り顔で頷くコイワシだが、雪乃もカイも冷や汗ものだ。その話題をこれ以上、ぶり返してほしくはなかった。
 現に、親ばか魔法使いが暗闇の中から目を光らせて、雪乃たちの様子を窺っている。

「それより、捕まった人魚はスズキだけか?」

 理解させるよりも話題を変えたほうが早いと判断したのだろう。カイが口を挟む。
 コイワシも周囲にいた人魚たちも、表情を改めた。

「ああ。他に行方の分からない人魚はいないな。人間に捕まるようなドジなやつは、滅多にいない」

 揃って首肯する人魚たち。

「なっ?! 俺はただ、溺れている人間がいたから助けようとしただけで」

 顔を真っ赤にして反論を始めたスズキ少年に、コイワシは呆れた眼差しを向ける。

「本当に溺れていたのか? 溺れた芝居をして人魚を誑かそうとするのは、人間がよく使う手だぞ?」

 コイワシは腕を組んで眉根を寄せた。
 視線をさ迷わせて口ごもるスズキ少年だったが、きつとコイワシを睨みつける。
 
「芝居じゃなかったよ。本当に苦しそうだったんだ。小さな女の子だったし。俺は疑うことしかできないような大人にはなりたくないんだ」

 きっぱりと言い放ったスズキ少年に対して、コイワシは呆れたように口を半開きに開く。

「疑うんじゃない。真偽を見分ける目を持てと言っているんだ」
「持ってるよ! あの子は本当に、溺れていた」

 諭すコイワシに反論を重ねるスズキ少年。
 コイワシは深く息を吐く。

「お前に真偽を見抜く目は無い」
「はあ?! 何を証拠に言ってるんだ? 俺はちゃんと」

 と喚くスズキ少年から、コイワシは視線をノムルへと上向ける。

「では聞くがスズキ、お前は男色家なのか?」
「は?」

 スズキ少年から怒りの感情が抜け落ちる。何を言われたのか分からないといった様子で、きょとんとコイワシを見つめる瞳を瞬いている。

「お前が先ほどからしきりに口説いている人間、男だぞ?」

 コイワシの言葉に固まるスズキ少年。
 雪乃とカイは、そうっと視線を彼らから逸らす。
 なんとなく、気付いてはいたのだ。スズキ少年があらぬ誤解をしていることには。ただ、指摘する勇気がなかったのだ。

 好きになった人の性別が実は逆だったというのは、多くの人にとってショックを受けることらしいと、雪乃は知っている。
 しかしそれ以上に、雪乃の心が色々な意味でダメージを受けそうだった。
 自分のおとーさんを名乗る人間を、得体の知れない変態だと紹介することは、気が引けた。
 性別や外見だけならばいい。だがノムルは、それ以外にも色々と酷い。
 真っ白になったスズキ少年は、ぷかりと海に浮かんで動かなくなった。


 人魚に運ばれた小舟は、海岸に到着する。
 昼前にポーカンの海岸から出立したが、空はすでに夕焼けに染まっていた。帆船ならば二泊三日と聞いていたので、人魚の遊泳速度はずいぶんと速いようだ。
 人魚の数は陸から離れるにつれて増え、砂浜は色取り取りの尾びれを持つ人魚達で埋め尽くされている。
 ちなみにスズキ少年は、青藤色の尾を持つ少女人魚にからかわれて、頬を膨らませている。

「運んでいただき、ありがとうございました」

 雪乃は幹をぺこりと曲げてお礼を伝えた。

「なあに、大したことじゃないさ。ほんのお礼代わりだからね。ルグまでこのまま連れていってあげてもいいんだけど、人間は陸を好むのだろう? 必要になったら呼んでくれ」

 はっはっはーというコイワシの笑い声を海に響かせながら、人魚たちは沖へと帰っていく。
 未練がましく、スズキ少年は何度も振り返ってはノムルを見ていた。

「じゃあ行こっかー」

 少年の淡い恋心など、おっさんにはまったく通じていないようだが。
 ノムルは小舟を空間魔法にしまうと、振り返ることも無くさっさと歩きだす。
 気の毒に思いつつも、すでに根が伸びかけている雪乃は逆らわずに、海を背にして森を目指したのだった。

 砂浜からもほど近いところにあった密林で夜を越した雪乃たちは、朝日が昇ると街へと繰り出した。
 街というより市場といったほうが正確だろうか。たくさんの露店で賑わっている。南方に位置するシーマー国は温暖な気候で、色取り取りの果物が売られていた。
 客は地元の人に混じって、多くの観光客が珍しそうに足を止めては、店主に味や食べ方を聞くといったやり取りをしていた。

「くっ、樹人でなければ食べることができたのですが。残念です」

 珍しく、雪乃は樹人であることを悔やんだ。

「んー。甘くてとろりとして美味しいねー」
「ぴー」

 隣では、いつもどおりの食レポが行われている。オレンジ色のマンゴーのような果物を、ノムルは頬張っていた。

「こっちは適度な酸味が甘さの中にあって、ねっとりなのに、さっぱりしてるね」
「ぴー」

 黄色や赤色の果実、丸や星型の果物。雪乃は羨ましそうに、じいっと凝視し続ける。
 ノムルとぴー助はお構い無しで食べ続けているが、カイはそっと顔を逸らし、隠すように残りの欠片を口に詰め込んだ。

「雪乃、あっちの店を見てこないか?」

 もぐもぐごっくんと果物を飲み込んだカイは、雪乃を誘う。
 果物や魚などを売る区画から少し離れた所に、きちんと屋根の付いた建物が並ぶ通りがあった。そちらにも観光客が流れ込んでいる。
 雪乃は誘われるまま、カイと手をつないで向かう。狭い道を挟んで隙間無く建つ店舗では、貝殻などで作ったアクセサリーや、色鮮やかな織物などを売っていた。

「人魚の国と聞いていましたが、人間が大勢いるのですね」

 店の店員も客も、人間ばかりだ。雪乃は不思議そうに辺りを見回す。

「島によっては、人間との交流もあるからな。特にこの島は大陸に最も近いから、対岸にあるポーカンからも人間が移住してきて、観光地として栄えている」

 人間が暮らす大陸と近い島の中には、人間と交易をしている島もあるらしい。だがこの島のように、大陸から移住してきた人間が多い島は珍しいのだと、カイは説明した。
 話を聞きながら、雪乃は通りを歩いていく。

 カイが言っていたとおり、アクセサリーに使われている貝殻は、ポーカンよりもたくさん種類があった。
 質もひびなどなく、色も美しいものが揃っていた。中には人魚の涙や鱗を扱う店もある。
 ネックレスやブレスレット、貝殻で作った人形などを、雪乃は楽しそうに見物した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

異世界召喚に巻き込まれたおばあちゃん

夏本ゆのす(香柚)
ファンタジー
高校生たちの異世界召喚にまきこまれましたが、関係ないので森に引きこもります。 のんびり余生をすごすつもりでしたが、何故か魔法が使えるようなので少しだけ頑張って生きてみようと思います。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。