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ヒイヅル編
308.溺れた芝居をして
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「なるほどなるほど。つまり君たちの仲を、あの美人な父君が反対しているのだな。まあ男親というのは、娘を嫁になどやりたくないものだからな」
訳知り顔で頷くコイワシだが、雪乃もカイも冷や汗ものだ。その話題をこれ以上、ぶり返してほしくはなかった。
現に、親ばか魔法使いが暗闇の中から目を光らせて、雪乃たちの様子を窺っている。
「それより、捕まった人魚はスズキだけか?」
理解させるよりも話題を変えたほうが早いと判断したのだろう。カイが口を挟む。
コイワシも周囲にいた人魚たちも、表情を改めた。
「ああ。他に行方の分からない人魚はいないな。人間に捕まるようなドジなやつは、滅多にいない」
揃って首肯する人魚たち。
「なっ?! 俺はただ、溺れている人間がいたから助けようとしただけで」
顔を真っ赤にして反論を始めたスズキ少年に、コイワシは呆れた眼差しを向ける。
「本当に溺れていたのか? 溺れた芝居をして人魚を誑かそうとするのは、人間がよく使う手だぞ?」
コイワシは腕を組んで眉根を寄せた。
視線をさ迷わせて口ごもるスズキ少年だったが、きつとコイワシを睨みつける。
「芝居じゃなかったよ。本当に苦しそうだったんだ。小さな女の子だったし。俺は疑うことしかできないような大人にはなりたくないんだ」
きっぱりと言い放ったスズキ少年に対して、コイワシは呆れたように口を半開きに開く。
「疑うんじゃない。真偽を見分ける目を持てと言っているんだ」
「持ってるよ! あの子は本当に、溺れていた」
諭すコイワシに反論を重ねるスズキ少年。
コイワシは深く息を吐く。
「お前に真偽を見抜く目は無い」
「はあ?! 何を証拠に言ってるんだ? 俺はちゃんと」
と喚くスズキ少年から、コイワシは視線をノムルへと上向ける。
「では聞くがスズキ、お前は男色家なのか?」
「は?」
スズキ少年から怒りの感情が抜け落ちる。何を言われたのか分からないといった様子で、きょとんとコイワシを見つめる瞳を瞬いている。
「お前が先ほどからしきりに口説いている人間、男だぞ?」
コイワシの言葉に固まるスズキ少年。
雪乃とカイは、そうっと視線を彼らから逸らす。
なんとなく、気付いてはいたのだ。スズキ少年があらぬ誤解をしていることには。ただ、指摘する勇気がなかったのだ。
好きになった人の性別が実は逆だったというのは、多くの人にとってショックを受けることらしいと、雪乃は知っている。
しかしそれ以上に、雪乃の心が色々な意味でダメージを受けそうだった。
自分のおとーさんを名乗る人間を、得体の知れない変態だと紹介することは、気が引けた。
性別や外見だけならばいい。だがノムルは、それ以外にも色々と酷い。
真っ白になったスズキ少年は、ぷかりと海に浮かんで動かなくなった。
人魚に運ばれた小舟は、海岸に到着する。
昼前にポーカンの海岸から出立したが、空はすでに夕焼けに染まっていた。帆船ならば二泊三日と聞いていたので、人魚の遊泳速度はずいぶんと速いようだ。
人魚の数は陸から離れるにつれて増え、砂浜は色取り取りの尾びれを持つ人魚達で埋め尽くされている。
ちなみにスズキ少年は、青藤色の尾を持つ少女人魚にからかわれて、頬を膨らませている。
「運んでいただき、ありがとうございました」
雪乃は幹をぺこりと曲げてお礼を伝えた。
「なあに、大したことじゃないさ。ほんのお礼代わりだからね。ルグまでこのまま連れていってあげてもいいんだけど、人間は陸を好むのだろう? 必要になったら呼んでくれ」
はっはっはーというコイワシの笑い声を海に響かせながら、人魚たちは沖へと帰っていく。
未練がましく、スズキ少年は何度も振り返ってはノムルを見ていた。
「じゃあ行こっかー」
少年の淡い恋心など、おっさんにはまったく通じていないようだが。
ノムルは小舟を空間魔法にしまうと、振り返ることも無くさっさと歩きだす。
気の毒に思いつつも、すでに根が伸びかけている雪乃は逆らわずに、海を背にして森を目指したのだった。
砂浜からもほど近いところにあった密林で夜を越した雪乃たちは、朝日が昇ると街へと繰り出した。
街というより市場といったほうが正確だろうか。たくさんの露店で賑わっている。南方に位置するシーマー国は温暖な気候で、色取り取りの果物が売られていた。
客は地元の人に混じって、多くの観光客が珍しそうに足を止めては、店主に味や食べ方を聞くといったやり取りをしていた。
「くっ、樹人でなければ食べることができたのですが。残念です」
珍しく、雪乃は樹人であることを悔やんだ。
「んー。甘くてとろりとして美味しいねー」
「ぴー」
隣では、いつもどおりの食レポが行われている。オレンジ色のマンゴーのような果物を、ノムルは頬張っていた。
「こっちは適度な酸味が甘さの中にあって、ねっとりなのに、さっぱりしてるね」
「ぴー」
黄色や赤色の果実、丸や星型の果物。雪乃は羨ましそうに、じいっと凝視し続ける。
ノムルとぴー助はお構い無しで食べ続けているが、カイはそっと顔を逸らし、隠すように残りの欠片を口に詰め込んだ。
「雪乃、あっちの店を見てこないか?」
もぐもぐごっくんと果物を飲み込んだカイは、雪乃を誘う。
果物や魚などを売る区画から少し離れた所に、きちんと屋根の付いた建物が並ぶ通りがあった。そちらにも観光客が流れ込んでいる。
雪乃は誘われるまま、カイと手をつないで向かう。狭い道を挟んで隙間無く建つ店舗では、貝殻などで作ったアクセサリーや、色鮮やかな織物などを売っていた。
「人魚の国と聞いていましたが、人間が大勢いるのですね」
店の店員も客も、人間ばかりだ。雪乃は不思議そうに辺りを見回す。
「島によっては、人間との交流もあるからな。特にこの島は大陸に最も近いから、対岸にあるポーカンからも人間が移住してきて、観光地として栄えている」
人間が暮らす大陸と近い島の中には、人間と交易をしている島もあるらしい。だがこの島のように、大陸から移住してきた人間が多い島は珍しいのだと、カイは説明した。
話を聞きながら、雪乃は通りを歩いていく。
カイが言っていたとおり、アクセサリーに使われている貝殻は、ポーカンよりもたくさん種類があった。
質もひびなどなく、色も美しいものが揃っていた。中には人魚の涙や鱗を扱う店もある。
ネックレスやブレスレット、貝殻で作った人形などを、雪乃は楽しそうに見物した。
訳知り顔で頷くコイワシだが、雪乃もカイも冷や汗ものだ。その話題をこれ以上、ぶり返してほしくはなかった。
現に、親ばか魔法使いが暗闇の中から目を光らせて、雪乃たちの様子を窺っている。
「それより、捕まった人魚はスズキだけか?」
理解させるよりも話題を変えたほうが早いと判断したのだろう。カイが口を挟む。
コイワシも周囲にいた人魚たちも、表情を改めた。
「ああ。他に行方の分からない人魚はいないな。人間に捕まるようなドジなやつは、滅多にいない」
揃って首肯する人魚たち。
「なっ?! 俺はただ、溺れている人間がいたから助けようとしただけで」
顔を真っ赤にして反論を始めたスズキ少年に、コイワシは呆れた眼差しを向ける。
「本当に溺れていたのか? 溺れた芝居をして人魚を誑かそうとするのは、人間がよく使う手だぞ?」
コイワシは腕を組んで眉根を寄せた。
視線をさ迷わせて口ごもるスズキ少年だったが、きつとコイワシを睨みつける。
「芝居じゃなかったよ。本当に苦しそうだったんだ。小さな女の子だったし。俺は疑うことしかできないような大人にはなりたくないんだ」
きっぱりと言い放ったスズキ少年に対して、コイワシは呆れたように口を半開きに開く。
「疑うんじゃない。真偽を見分ける目を持てと言っているんだ」
「持ってるよ! あの子は本当に、溺れていた」
諭すコイワシに反論を重ねるスズキ少年。
コイワシは深く息を吐く。
「お前に真偽を見抜く目は無い」
「はあ?! 何を証拠に言ってるんだ? 俺はちゃんと」
と喚くスズキ少年から、コイワシは視線をノムルへと上向ける。
「では聞くがスズキ、お前は男色家なのか?」
「は?」
スズキ少年から怒りの感情が抜け落ちる。何を言われたのか分からないといった様子で、きょとんとコイワシを見つめる瞳を瞬いている。
「お前が先ほどからしきりに口説いている人間、男だぞ?」
コイワシの言葉に固まるスズキ少年。
雪乃とカイは、そうっと視線を彼らから逸らす。
なんとなく、気付いてはいたのだ。スズキ少年があらぬ誤解をしていることには。ただ、指摘する勇気がなかったのだ。
好きになった人の性別が実は逆だったというのは、多くの人にとってショックを受けることらしいと、雪乃は知っている。
しかしそれ以上に、雪乃の心が色々な意味でダメージを受けそうだった。
自分のおとーさんを名乗る人間を、得体の知れない変態だと紹介することは、気が引けた。
性別や外見だけならばいい。だがノムルは、それ以外にも色々と酷い。
真っ白になったスズキ少年は、ぷかりと海に浮かんで動かなくなった。
人魚に運ばれた小舟は、海岸に到着する。
昼前にポーカンの海岸から出立したが、空はすでに夕焼けに染まっていた。帆船ならば二泊三日と聞いていたので、人魚の遊泳速度はずいぶんと速いようだ。
人魚の数は陸から離れるにつれて増え、砂浜は色取り取りの尾びれを持つ人魚達で埋め尽くされている。
ちなみにスズキ少年は、青藤色の尾を持つ少女人魚にからかわれて、頬を膨らませている。
「運んでいただき、ありがとうございました」
雪乃は幹をぺこりと曲げてお礼を伝えた。
「なあに、大したことじゃないさ。ほんのお礼代わりだからね。ルグまでこのまま連れていってあげてもいいんだけど、人間は陸を好むのだろう? 必要になったら呼んでくれ」
はっはっはーというコイワシの笑い声を海に響かせながら、人魚たちは沖へと帰っていく。
未練がましく、スズキ少年は何度も振り返ってはノムルを見ていた。
「じゃあ行こっかー」
少年の淡い恋心など、おっさんにはまったく通じていないようだが。
ノムルは小舟を空間魔法にしまうと、振り返ることも無くさっさと歩きだす。
気の毒に思いつつも、すでに根が伸びかけている雪乃は逆らわずに、海を背にして森を目指したのだった。
砂浜からもほど近いところにあった密林で夜を越した雪乃たちは、朝日が昇ると街へと繰り出した。
街というより市場といったほうが正確だろうか。たくさんの露店で賑わっている。南方に位置するシーマー国は温暖な気候で、色取り取りの果物が売られていた。
客は地元の人に混じって、多くの観光客が珍しそうに足を止めては、店主に味や食べ方を聞くといったやり取りをしていた。
「くっ、樹人でなければ食べることができたのですが。残念です」
珍しく、雪乃は樹人であることを悔やんだ。
「んー。甘くてとろりとして美味しいねー」
「ぴー」
隣では、いつもどおりの食レポが行われている。オレンジ色のマンゴーのような果物を、ノムルは頬張っていた。
「こっちは適度な酸味が甘さの中にあって、ねっとりなのに、さっぱりしてるね」
「ぴー」
黄色や赤色の果実、丸や星型の果物。雪乃は羨ましそうに、じいっと凝視し続ける。
ノムルとぴー助はお構い無しで食べ続けているが、カイはそっと顔を逸らし、隠すように残りの欠片を口に詰め込んだ。
「雪乃、あっちの店を見てこないか?」
もぐもぐごっくんと果物を飲み込んだカイは、雪乃を誘う。
果物や魚などを売る区画から少し離れた所に、きちんと屋根の付いた建物が並ぶ通りがあった。そちらにも観光客が流れ込んでいる。
雪乃は誘われるまま、カイと手をつないで向かう。狭い道を挟んで隙間無く建つ店舗では、貝殻などで作ったアクセサリーや、色鮮やかな織物などを売っていた。
「人魚の国と聞いていましたが、人間が大勢いるのですね」
店の店員も客も、人間ばかりだ。雪乃は不思議そうに辺りを見回す。
「島によっては、人間との交流もあるからな。特にこの島は大陸に最も近いから、対岸にあるポーカンからも人間が移住してきて、観光地として栄えている」
人間が暮らす大陸と近い島の中には、人間と交易をしている島もあるらしい。だがこの島のように、大陸から移住してきた人間が多い島は珍しいのだと、カイは説明した。
話を聞きながら、雪乃は通りを歩いていく。
カイが言っていたとおり、アクセサリーに使われている貝殻は、ポーカンよりもたくさん種類があった。
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