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ルモン大帝国編2
291.すぐに討伐します
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首を傾げるナルツとローズマリナの視線を受けて、ムダイは二人に扉の前を譲った。
そうっと扉を開けたナルツは、
「たくさんの茸ですね。これって食べられるんですか?」
と、呑気な声で感想を漏らしながら、部屋の中へ入っていく。
(そこじゃない)
廊下にいる全員が、一斉に心の中でツッコミを入れた。
だがしかし、ナルツの天然発言は、これだけでは終わらなかった。
「スライム?! すぐに討伐します」
「駄目です、ナルツさん」
「それはただのスライムじゃない! 魔王スライムだ!」
ぎょっとした雪乃とムダイは、ナルツを止めるため、部屋に踏み込む。その直後、ぱたんと音がして、誰も触れていないはずの扉が、勝手に閉まった。
とっさにムダイが手を伸ばして扉を押すが、びくともしない。
『どうした? 何があった?』
扉の向こうから、焦りが混じったカイの声が聞こえる。
どうやら廊下側からも開かないようだ。
「なあ、ムダイ?」
地獄の底からにじみ出てきたような、低くねっとりとした声が耳に侵入してくる。
おそるおそる振り向くと、地面を這っていたスライムが、ぬるりと立ち上がっていく。
まだ人型とは言えない。草色のシーツを被った、お化けのような状態だ。
ムダイの顔が引きつる。
「ユキノちゃんのおとーさんは、誰だ?」
扉に背をへばりつかせ、顔を青くするムダイ。その足には、こちらも葉を白くした雪乃がしがみ付いている。
「の、ノムルさんです」
声を上ずらせながら、なんとか答えた。
草色のお化けは、ゆっくりと近付いてくる。
「そうだ。ユキノちゃんのおとーさんは、俺だ」
お化けの正体に気づいたナルツは、構えていた剣を下げようとしたが、不穏な空気に構えを解くことができない。
そんなナルツに、お化けは向きを変える。
「おい、騎士崩れ」
「なんでしょう?」
もしもノムルが攻撃を仕掛ければ、ナルツには勝ち目どころか逃げ切る自信もない。
冷たい汗が、額と背筋に流れた。
「お前、ユキノちゃんのおとーさんになりたいのか?」
思いがけない問い掛けだったのだろう。ナルツの表情が困惑に歪む。
「いいえ? ユキノちゃんのお父さんは、ノムルさんですよね? 俺が彼女のお父さんになることは、ないと思いますが?」
不思議そうに答えたナルツを、お化けノムルはじとりと睨みつける。
それから手らしき突起を差し出した。その上には、ガラスで作られた緑頭巾ちゃんの人形があった。
何をするのかと、雪乃たちが戸惑いを顕わに見つめている前で、緑頭巾ちゃんは喋り出した。
それは人形の外見には相応しくない、低い男の声だった。
『どう見ても親子』
雪乃はしがみ付いていた赤いスーツに沿って顔を上向け、ナルツは入ってきた扉へと振り返り、一人の男を凝視する。お化けから生えているマンドラゴラたちも、じいっと呆れを含んだ責めるような視線を放射していた。
緑頭巾ちゃんから再生された声、それは、
「え? なんで僕の声が? というか、あの時ノムルさんいませんでしたよね?」
赤い男の声だった。
ムダイの指摘に、雪乃は視線を落とし考える。
以前から気になってはいたのだ。気付かない振りをしていたが、あまりにタイミングよく現れるノムルに、ずっと違和感はあった。
ゆっくりと幹を回して、お化けノムルの手に乗る人形を観察する。それは、雪乃の記憶にもある人形だった。
自分の腰の辺りを無意識に見つめた雪乃は、全てを理解した。
ローブの中に手を入れて、枝にかけていた人形を取り外すと、印籠のように掲げる。
「つまり、このノムルさん人形が、盗聴器だったわけですね?」
込み上げてくる羞恥や怒りや困惑や情けなさに、雪乃はふるふると震えた。
「見損ないました! ムダイさんをストーカー呼ばわりしていましたが、ノムルさんの方が悪質なストーカーではないですか!」
大きな声で叫んだ。
途端にお化けノムルが塩でも撒かれたかのように縮み、後退る。
「ゆ、ユキノちゃん? おとーさんはただ、ユキノちゃんのことが心配で……」
「GPS付ける親がいることは知っていますけど、それだって充分過保護すぎでしょ? って気がするのに、盗聴器なんてやりすぎです!」
「じーぴーえす?」
携帯電話や防犯ブザーの中には、親が子供の居場所を知ることができる機能が付いているものもある。
子供の安全を心配する親の気持ちは分からなくもないが、子供にも、大人と同じように自我はある。
行動を監視されて喜ぶ子供は――色々な嗜好を持つ人間がいるので、いないとは断言しないが――少数派だろう。
「分かる。僕もGPS付けられてたから。寄り道して帰ると母さんを心配させたってことで、父さんに扱かれたなあ……」
遠い目をしだしたムダイはスルーして、雪乃はじとっとノムルを睨みつけ続ける。
「ゆ、ユキノちゃんは、俺よりその騎士崩れのむ、む……こふっ……むすめ、に、なりたい、の?」
吐血しながらも、ノムルは言葉を紡ぐ。
「どうしてそういう話になるんですか? これからナルツさんはローズマリナさんと結婚するんですよ? いずれはお二人のお子さんが生まれるかもしれません。私がお二人の子供になる理由なんて、一つも無いではないですか」
眉葉を寄せて、不機嫌に答える雪乃。
「じ、じゃあ、ユキノちゃんのおとーさんは、俺でいいの?」
ノムルらしくない、弱々しい声だ。
はふうっと、雪乃は息を吐き出す。
「ノムルさん以外に、私のお父さんになりたいなんて奇人はいませんよ」
「雪乃ちゃん、自分を卑下しすぎ」
赤い男の言葉に、雪乃が振り返って顔を上向けたその刹那、背後からまぶしい光が差し込んだ。
思わず雪乃たちは目を窄める。
お化けノムルは神々しく輝き、部屋を照らしだす。その光は、アークヤー公爵邸全域に及び、ジメジメ湿気をからっと爽快空気に変えていった。
「あ、茸が消えた」
ぽつりと、ナルツの残念そうな声が耳に届いた気がしたが、雪乃とムダイは空耳だろうと、意識の外に放り投げた。
ノムルが復活したところで、改めて雪乃はアークヤー公爵夫人と、公爵家の使用人たちに謝罪する。
「本当に、お騒がせして申し訳ありませんでした」
深々と腰から頭を下げる小さな子供。その背後には、にこにこと笑っている諸悪の根源。
「い、いえ。元に戻していただけましたし、問題はございませんわ。おほほほほ」
扇で口元を隠して淑女の笑いを披露する公爵夫人だが、どう見ても顔が引きつっている。声も上ずっている。
そうっと扉を開けたナルツは、
「たくさんの茸ですね。これって食べられるんですか?」
と、呑気な声で感想を漏らしながら、部屋の中へ入っていく。
(そこじゃない)
廊下にいる全員が、一斉に心の中でツッコミを入れた。
だがしかし、ナルツの天然発言は、これだけでは終わらなかった。
「スライム?! すぐに討伐します」
「駄目です、ナルツさん」
「それはただのスライムじゃない! 魔王スライムだ!」
ぎょっとした雪乃とムダイは、ナルツを止めるため、部屋に踏み込む。その直後、ぱたんと音がして、誰も触れていないはずの扉が、勝手に閉まった。
とっさにムダイが手を伸ばして扉を押すが、びくともしない。
『どうした? 何があった?』
扉の向こうから、焦りが混じったカイの声が聞こえる。
どうやら廊下側からも開かないようだ。
「なあ、ムダイ?」
地獄の底からにじみ出てきたような、低くねっとりとした声が耳に侵入してくる。
おそるおそる振り向くと、地面を這っていたスライムが、ぬるりと立ち上がっていく。
まだ人型とは言えない。草色のシーツを被った、お化けのような状態だ。
ムダイの顔が引きつる。
「ユキノちゃんのおとーさんは、誰だ?」
扉に背をへばりつかせ、顔を青くするムダイ。その足には、こちらも葉を白くした雪乃がしがみ付いている。
「の、ノムルさんです」
声を上ずらせながら、なんとか答えた。
草色のお化けは、ゆっくりと近付いてくる。
「そうだ。ユキノちゃんのおとーさんは、俺だ」
お化けの正体に気づいたナルツは、構えていた剣を下げようとしたが、不穏な空気に構えを解くことができない。
そんなナルツに、お化けは向きを変える。
「おい、騎士崩れ」
「なんでしょう?」
もしもノムルが攻撃を仕掛ければ、ナルツには勝ち目どころか逃げ切る自信もない。
冷たい汗が、額と背筋に流れた。
「お前、ユキノちゃんのおとーさんになりたいのか?」
思いがけない問い掛けだったのだろう。ナルツの表情が困惑に歪む。
「いいえ? ユキノちゃんのお父さんは、ノムルさんですよね? 俺が彼女のお父さんになることは、ないと思いますが?」
不思議そうに答えたナルツを、お化けノムルはじとりと睨みつける。
それから手らしき突起を差し出した。その上には、ガラスで作られた緑頭巾ちゃんの人形があった。
何をするのかと、雪乃たちが戸惑いを顕わに見つめている前で、緑頭巾ちゃんは喋り出した。
それは人形の外見には相応しくない、低い男の声だった。
『どう見ても親子』
雪乃はしがみ付いていた赤いスーツに沿って顔を上向け、ナルツは入ってきた扉へと振り返り、一人の男を凝視する。お化けから生えているマンドラゴラたちも、じいっと呆れを含んだ責めるような視線を放射していた。
緑頭巾ちゃんから再生された声、それは、
「え? なんで僕の声が? というか、あの時ノムルさんいませんでしたよね?」
赤い男の声だった。
ムダイの指摘に、雪乃は視線を落とし考える。
以前から気になってはいたのだ。気付かない振りをしていたが、あまりにタイミングよく現れるノムルに、ずっと違和感はあった。
ゆっくりと幹を回して、お化けノムルの手に乗る人形を観察する。それは、雪乃の記憶にもある人形だった。
自分の腰の辺りを無意識に見つめた雪乃は、全てを理解した。
ローブの中に手を入れて、枝にかけていた人形を取り外すと、印籠のように掲げる。
「つまり、このノムルさん人形が、盗聴器だったわけですね?」
込み上げてくる羞恥や怒りや困惑や情けなさに、雪乃はふるふると震えた。
「見損ないました! ムダイさんをストーカー呼ばわりしていましたが、ノムルさんの方が悪質なストーカーではないですか!」
大きな声で叫んだ。
途端にお化けノムルが塩でも撒かれたかのように縮み、後退る。
「ゆ、ユキノちゃん? おとーさんはただ、ユキノちゃんのことが心配で……」
「GPS付ける親がいることは知っていますけど、それだって充分過保護すぎでしょ? って気がするのに、盗聴器なんてやりすぎです!」
「じーぴーえす?」
携帯電話や防犯ブザーの中には、親が子供の居場所を知ることができる機能が付いているものもある。
子供の安全を心配する親の気持ちは分からなくもないが、子供にも、大人と同じように自我はある。
行動を監視されて喜ぶ子供は――色々な嗜好を持つ人間がいるので、いないとは断言しないが――少数派だろう。
「分かる。僕もGPS付けられてたから。寄り道して帰ると母さんを心配させたってことで、父さんに扱かれたなあ……」
遠い目をしだしたムダイはスルーして、雪乃はじとっとノムルを睨みつけ続ける。
「ゆ、ユキノちゃんは、俺よりその騎士崩れのむ、む……こふっ……むすめ、に、なりたい、の?」
吐血しながらも、ノムルは言葉を紡ぐ。
「どうしてそういう話になるんですか? これからナルツさんはローズマリナさんと結婚するんですよ? いずれはお二人のお子さんが生まれるかもしれません。私がお二人の子供になる理由なんて、一つも無いではないですか」
眉葉を寄せて、不機嫌に答える雪乃。
「じ、じゃあ、ユキノちゃんのおとーさんは、俺でいいの?」
ノムルらしくない、弱々しい声だ。
はふうっと、雪乃は息を吐き出す。
「ノムルさん以外に、私のお父さんになりたいなんて奇人はいませんよ」
「雪乃ちゃん、自分を卑下しすぎ」
赤い男の言葉に、雪乃が振り返って顔を上向けたその刹那、背後からまぶしい光が差し込んだ。
思わず雪乃たちは目を窄める。
お化けノムルは神々しく輝き、部屋を照らしだす。その光は、アークヤー公爵邸全域に及び、ジメジメ湿気をからっと爽快空気に変えていった。
「あ、茸が消えた」
ぽつりと、ナルツの残念そうな声が耳に届いた気がしたが、雪乃とムダイは空耳だろうと、意識の外に放り投げた。
ノムルが復活したところで、改めて雪乃はアークヤー公爵夫人と、公爵家の使用人たちに謝罪する。
「本当に、お騒がせして申し訳ありませんでした」
深々と腰から頭を下げる小さな子供。その背後には、にこにこと笑っている諸悪の根源。
「い、いえ。元に戻していただけましたし、問題はございませんわ。おほほほほ」
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