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ルモン大帝国編2

287.ナルツのお勧めは

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「ローズマリナ様は、何になさいますか?」

 ナルツはさり気無くローズマリナをエスコートしている。

「ナルツ様のお勧めをお願いしてもよろしいかしら? ルモンの食べ物は、まだよく分からなくて」
「分かりました」

 そんな会話をしている恋人たちに、フレックが割り込む。

「ナルツのお勧めは男向けのがっつりになるから、任せないほうがいいですよ? 俺のお勧めは、玉スーシー定食か彩り定食かな」
「では玉スーシー定食を」

 ローズマリナはくすくすと笑いながら答えた。
 眉をひそめたナルツだが、すぐに表情をほころばせるとフレックに向き直る。

「ローズマリナ様とユキノちゃんは、先に席のほうへ。フレック、頼めるか?」
「了解。ここじゃゆっくり話すのは無理だな。接待室を使っていいですか?」

 食堂を見回したフレックは、ルッツに声を掛けた。

「ああ。好きにしろ」

 フレックに案内されて、ローズマリナと雪乃は食堂から出ると、階段とは反対側に進む。

「すみません、開けていただいてもいいですか?」
「ええ、もちろんですわ」

 手のないフレックに、ノブを回さなければならない扉は開け難いようだ。ギルドの玄関扉は押すか引くかすれば良いので、彼一人でも難なく開け閉めしていたが。
 三人は部屋の中に入る。広めの室内には、中央に大きなテーブルがあり、布張りの椅子が並んでいた。

 フレックは義手を使って椅子を引くと、ローズマリナに席を勧める。

「ありがとうございます」

 微笑んで座ったローズマリナの隣の席を、今度は雪乃のために引いてくれた。だがしかし、

「ふにゅにゅにゅにゅ……」

 小さな樹人の子供には、大人用の椅子は難関だった。
 ソファならばなんとか上れるのだが、椅子は座面が高く、足を掛けるところもないため上ることができない。

「あー、ごめん。抱っこしてあげたいけど、ちょっと難しいかな」

 申し訳なさそうにフレックは眉を下げる。

「お構いなく」

 そう応えた雪乃は、ムダイかナルツが来るのを待つことにした。そんな雪乃の脇の下に、そっと手が伸びる。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」

 席を立ったローズマリナが、雪乃を椅子に座らせてくれたのだった。
 フレックも反対側の椅子に腰を下ろす。
 ユキノたちがルモンを発ってからの、フレックたちの状況などを聞いていると、扉が開き三人の男が現れた。
 ムダイとナルツは、両手にお盆に乗った昼食を持っている。

「どうぞ、ローズマリナ様」
「ありがとうございます」

 ナルツがローズマリナの前に、玉スーシー定食を置く。
 半分に切られたコンメを包み込むように、茸やうす切りにされた野菜などが乗った、一口サイズの寿司もどきが並んでいる。他に煮物と茶碗蒸し、お吸い物、それに饅頭らしきものが添えられていた。

 ローズマリナの隣に腰掛けたナルツのお盆には、十センチ近くありそうな分厚い肉が乗った皿と、コンメが五個ほど入った器が乗っている。
 フレックのアドバイスは正しかったようだと、ローズマリナもわずかに頬を引きつらせた。

 フレックの前には、ムダイが運んできた勝利丼が置かれる。薄いパンで包んだ肉を卵を絡めて焼き、コンメに乗せた丼ものだ。
 ムダイはナルツと同じメニューのようだが、肉の厚さは半分ほどだった。それでも充分に分厚いが。
 ごってりした昼食を取る若者たちの中、ルッツは焼き魚定食を選んでいた。

 フレックは特製のフォークを義手に装着し、勝利丼を食べている。
 コンメは地球の米と違い、小ぶりのおむすびサイズのため、フォークで刺して食べるのも難しくはないようだ。
 ただ雪乃は一つ、気になることがあった。

「コンメをそのままでは、つゆの味が染みず、丼の良さが半減するような気がするのですが」

 うーむと、幹を傾げる。

「炊く時につゆを入れてるから、しっかり染み込んでるよ」
「なるほど」

 答えをくれたのは、同じ元日本人のムダイだった。二人はしっかり頷き合う。
 彼もまた、最初に見たときは気になったのだろう。

「ユキノ君は食べないのか?」

 ルッツのもっともな言葉に、全員が石化した。
 人間たちが昼食を頬張っている中、小さな雪乃だけが何も食べていない。この場にいる者たちは、ルッツを除いて全員が雪乃の正体を知っている。
 だがルッツは知らない。魔物を討伐する冒険者ギルドの責任者である彼に、雪乃の正体を明かすことは危険が多すぎる。

「ノムルさんが管理してますから、勝手に食べさせると怒るんですよ」

 無理矢理に理由を捻り出したムダイに、全員が白い目を向ける。
 もっと良い言い訳があるだろうと、彼らの目は語っていた。
 しかし最初に出た内容を否定すれば、疑惑は深まるだろう。一同は、その流れに乗るしか道はなかった。

「ソウナンデスヨ。過保護で困ります」

 雪乃は困ったように笑ってみせる。下手な空笑いが、皆の同情を誘ったようだ。
 気の毒そうに、眉尻を下げられた。

「そ、それで、ローズマリナさんのお店の話でしたよね?」
「ええ、そうなんです。ゴリン国で女性冒険者向けの店を開いていまして。どこか良い移転先はありませんでしょうか?」

 あまり突付かれるとぼろが出かねないと、フレックが早々に話題の舵を力技で切った。ローズマリナもすぐに乗る。

「ゴリン国でか。実際の商品を見てみないことには判断できないが、あそこで商売が成り立っていたのなら、質は良いのだろう。空き店舗がないか探させよう」

 冒険者ギルド本部近くの、激戦区に店を構えていたのだ。販売されている商品の質は、ある程度の想像が付く。
 ルッツは気前よく返事する。

「いえ、店はありますので、土地だけを探しています」
「店はある? どういう意味だ?」

 訝しげに眉をひそめるルッツの気持ちが良く分かり、一同はなんとなく同情する。

「ノムル様の空間魔法に、店舗ごと収納されています」

 ぽろりと、ルッツの持っていた箸が床へと落ち、からりと高い音を立てて転がっていった。
 額を押さえて机に肘を付く、ギルドマスター、ルッツ・イーグス。

「常識が……、いや、あの人に常識なんて通用しないのは分かっていたことだ。だが店ごと収納するっていうのは、ありなのか?」

 ぶつぶつと言い出したルッツは放っていおいて、フレックたちは食事を続ける。戸惑っていたローズマリナも、ナルツに勧められて箸を動かし始めた。
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