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ルモン大帝国編2

285.例の女の件で

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 城から出ると、フレックの運転する車が待っていた。

「待たせたか?」
「いや、時間通り。城は分刻みで動いてるから、無駄がなくていいな。戻りたくはないけど」

 堅苦しい生活を嫌うフレックは、城を見上げながら苦く笑う。
 雪乃はじいっとフレックを見つめていたかと思うと、ぺこりと幹を曲げた。

「ごめんなさい」

 突然の謝罪に、フレックは目を丸くして瞬く。

「え? 何に対して?」

 困惑した様子のフレックに、雪乃は話して良いものかと幹を捻った。理由を察したローズマリナたちは、顔を見あわせる。
 事情を最もよく知り、フレックとも親しいナルツが、おもむろに口を開いた。

「例の女の件で、フレックの過去のこととかを知ってしまったんだ」
「申し訳ありませんでした」

 雪乃は改めて頭を下げる。

「僕も同罪だ。ごめんよ、フレック」

 ムダイも謝罪した。
 二人の対応に、フレックのほうが慌てふためく。

「気にしなくていいから。この国の貴族の間では、有名な話だから」

 急いで二人に頭を上げさせるフレックは、少し恥ずかしそうな困った顔をしているが、嫌悪感や傷付いた様子は見受けられない。
 雪乃はほっと胸を撫で下ろした。

「馬鹿だよね。甘い言葉に惑わされて、まんまと踊らされて。俺だけじゃなく、大勢の人を巻き込んで」

 自嘲するように、ぽつり、ぽつりとフレックは語り出した。

「俺の悩みに気付いてさ、背中を押してくれたんだ。俺はその娘に夢中になった。夢中になって彼女の言うことを真に受けて、アークヤー家の令嬢とパトを、冤罪で断罪しようとしたんだよ」

 耐えかねたのか、フレックはまぶたを閉じた。長いまつげが苦しげに震える。
 雪乃たちは静かに彼の気持ちが落ち着くのを待った。
 自らを嘲笑うように、フレックは声を出さずに白い歯を見せ、目尻に皺を寄せる。

「ナルツが気付いてくれなけりゃ、俺は一人の令嬢の人生と、仲間になるはずの男の命を、奪うところだったんだよ。許されるはずがない。この体だって、当然の報いさ」

 何か言葉をかけようとした雪乃だが、第三者である雪乃が何かを言ったところで、フレックに気を使わせるだけだろうと思い、言葉を紡げなかった。

「あら、相変わらずお馬鹿ね」

 この場にいないはずの人物の声に、一斉に振り向き視線が集まる。そこにいたのは、皇太子妃フランソワだった。

「パトから聞いているわ。あなたのお蔭で、パトも騎士ナルツも無事だったのでしょう? ならばあなたはパトの命を奪いかけたけれど、救ったことにもなるわ。それで帳消しで良いのではなくて?」

 飛竜討伐に出向いたナルツたちは、地元冒険者たちの裏切りに遭った。
 フレックが飛び出して飛竜の咆哮を逸らしたことにより、他のメンバーは直撃を免れ、致命傷に至らなかったのだ。
 その代償として、彼は命を落としかけ、手足を失った。

「それに私のこともそう。たしかにあなたのせいで、人生を棒に振りかけたわ。でもあのまま予定通り婚姻していたと考えると、ぞっとするわ。あんな間抜けで傲慢で、尻拭いばかりしなければならない上に、容易く浮気までするような男の面倒を、一生見なければならなかったのよ? 最悪の人生だったでしょうね」

 吊り気味の眦できつく睨みつけるフランソワは、フレックを気遣う内容のはずなのに、なぜか上から目線で傲慢に言い放つ。
 フレックは思わず視線を逸らす。
 雪乃たちも、そっと斜め下を見た。自分たちは関係ないはずなのだが、一緒に責められているような錯覚を感じた。
 ふっと息を漏らしたフランソワは、口元を緩める。

「私もパトも、幸せに生きているわ。あなたはいつまで過去に縛り付けられているつもり? フレック。あなたがそんな状態では、騎士ナルツだって前に進めないじゃない。人の幸せを邪魔するくらいなら、消えなさい!」

 優しい言葉は、最後は辛らつな言葉で締めくくられた。
 何事もなかったかのようにくるりと踵を返し、皇太子妃フランソワは、城の中へと消えていった。


 気まずい雰囲気を漂わせている雪乃たちが、すごすごと乗り込んだ車は、城から遠ざかっていく。

「それで、予定通りでいいか? それとも……」

 気を取り直してナルツに確認していたフレックの視線が、心配そうに雪乃に向かう。

「マンドラゴラからの連絡はありませんので、特に問題は起きていないと思います。まだ寝ているのでしょうか?」
「さすがに目は覚めてるでしょう?」

 アークヤー公爵邸に残してきた、ノムルのことだと察した雪乃は答えたのだが、ムダイからツッコミが入った。
 起きている間は問題を起こすと思い込まれているノムルに、人間たちはわずかばかりの同情を抱くと同時に、それも仕方無しと納得した。

「せっかくだし、少し街でも案内してもらったら?」
「そうですね。前回はまったく記憶にありませんし、ローズマリナさんのお店をどうするかも、決めなければなりませんから」

 勧めるムダイに、雪乃はぼんやり答える。
 以前ネーデルを訪れた際、雪乃は栄養のある土や水を摂取できず、体調を崩して動けなくなったのだ。ノムルの氷魔法のとばっちりを受けて、冬眠したり開花してしまったのも原因だろうが。

「店?」

 ナルツとフレックが、不思議そうにローズマリナを見た。
 公爵令嬢であるローズマリナと店というイメージは、一致しなかったのだろう。

「ゴリン国では冒険者の女性向けに、お店を開いていましたの。閉じるつもりでしたけれど、ノムル様がお店ごと運んでくださって。どこか良い土地をご存知ないかしら?」
「は? 店ごと? って、どういうこと?」

 おかしな台詞が出てきたと、フレックとナルツは驚愕の目を向ける。

「私も驚いたのですけれども、ノムル様は家ごと空間魔法に収納できるようなの。お蔭で旅の間も野宿することなく、我が家で眠らせていただいたわ」
「おかしいだろう? いや、あの人だったらありなのか?」

 フレックは首をフクロウ並みにぐるりと捻り、ナルツは口を半開きに開けている。ローズマリナは困ったように、微笑みを貼り付けていた。
 旅の間に慣れてしまった彼女だが、ノムルの魔法が異常であることは理解している。

「冒険者向けの店なら、ギルドマスターに聞いてみればいいんじゃないかな? 昼食は料亭でもと思っていたけど、ギルドの食堂でよければ、今から行ってみるかい?」
「お願いできるかしら?」

 店のことは、ネーデルの冒険者ギルドのマスターであるルッツに、丸投げするようだ。
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