上 下
245 / 402
ルモン大帝国編2

280.あの女から『エン君』と

しおりを挟む
「魔王に関しては、ナルツの故国にいる、赤髪で美人だけど性格の悪い令嬢が、魔族と契約して魔王になると言っていました。その後、男爵令嬢は聖女として、彼女を慕う男たちと魔王を討伐するのだそうですよ」
「そこまでは我々も聞き出している。他に何かなかったか?」
「特にはありませんね」

 ムダイの言葉も感情の動きも、一欠片も漏らさないように、アルフレッドはムダイに集中していた。

「では、あの女から『エン君』と呼ばれたそうだが、それについては?」

 騎士からの報告を出し、アルフレッドは揺さぶりをかける。
 『ムダイ』と名乗る男に、男爵令嬢は異なる名前で呼びかけたのだ。
 アルフレッドの一手が巧く決まったのか、ぴくりとムダイの眉が動いた。アルフレッドの口端が、わずかに上がる。
 けれどムダイの視線は雪乃へと向かっていた。それを追うように、アルフレッドの視線も動き、彼に倣うようにナルツ、フランソワ、そしてローズマリナが、順に目を動かす。

「ん?」

 突然の集中視線に、雪乃は戸惑いを浮かべた。
 ムダイは視線を、雪乃からアルフレッドへと戻す。

「大したことではないんです。殿下が求めている情報とは関係ありません」
「些細なことでも構わない。少しでも情報が欲しい」

 アルフレッドはスッポンのように食いついて離れようとしない。ムダイは自分の失態に、顔をしかめた。
 一つ息を吐き出すと、諦めたように白状を始める。

「彼女の反応ですよ。僕を見て、すぐに誰だか気付いて駆け寄ってきた」
「それで?」

 早くその先を話せとばかりに、アルフレッドは顎をしゃくる。

「男爵令嬢――ユリアさんでしたね。彼女はおそらく、僕と同郷です。……一時的に訪れていたか、近隣で僕の情報だけ手に入れていたのかもしれませんが」

 最後のほうは、ユリアの故郷が調べられていることを考慮して、付け足したようだった。
 皇太子夫妻の目が細まる。フランソワは開いた扇で感情ごと口元を隠した。
 更に先を促がす眼差しに、ムダイは軽く背もたれに腰を預け指を組む。

「その反応を見て、ずっと引っかかっていた違和感の正体に気付いたんですよ。あれが正しい反応だ。どうして雪乃ちゃんは、僕に気付かないのか?」
「私ですか? どこかでお会いしていましたか?」

 思いがけず話を振られて、雪乃は身を乗り出してムダイの顔を覗き込む。
 しげしげと観察し、じいっと目をすぼめて凝視し、角度を変えて見物し、それから幹を捻って記憶を手繰り寄せる。
 ふむうっと唸っていた雪乃は、

「ヒントを要求します!」

 と、ぴしりと右枝を上げて訴えた。
 ムダイは額に手を添えるようにして、目元を覆う。なんだか身体がぷるぷる震えていた。

「あー、うん、そうだなあ。お会いしたことはないと思うよ? でもそれなりに有名だったんだよね。たぶん、ネーデルより名前と顔が売れてたと思うんだけど?」

 注目が雪乃からムダイへと移る。だがすぐに、然もあらんと納得の空気が流れた。
 名だたる冒険者達が、何人も協力してようやく討伐できる竜種を、この赤い男はたった一人で討伐するのだ。
 誰もが憧れる強者であり、その上に見目も良い。彼の絵姿が町で売られているほど、ムダイの人気は高かった。

 世界最大国家ルモン、その帝都ネーデルでさえ彼の名を知らぬ者はいないと言われるほどだ。
 彼の地元がどこかは知らなくとも、他の土地で彼ほどの力を持つ者が現れれば、それこそ顔も名も売れているだろう。
 下手をすれば、領主以上の人気を得ているかもしれない。
 部屋にいた者たちは、そう考えたのだった。

 だがしかし、雪乃の考えは違った。
 日本で有名となると、芸能人かスポーツ選手が上げられる。
 ムダイはSランク冒険者となるほどの、身体能力の持ち主である。スポーツでも一流選手として活躍していた可能性は高い。
 もしかすると、オリンピックに出場していたのだろうかと答えを導き出した雪乃は、次なるヒントを得るために、問いかける。

「もしや、ゴリン国と関係が?」
「何を想像したの? どうしてそっちに進んだの? 普通、若い女の子ならさ、……若すぎたのか?」
「男女差別です。そういう思想はお勧めしません」
「あー、うん、ごめん」

 咎めるように眉葉を寄せる雪乃に対し、ムダイは疲れたように謝った。
 雪乃はもう一度考える。
 ゴリンではないとすると、もう一つの芸能人のほうであろう。だがしかし、

「イケメン呼ばわりされている男の人って、私の趣味じゃないんですよね。若い子は顔の区別が付きません」

 と、雪乃は幹を捻った。
 ムダイはまたもやぷるぷると震えだす。

「雪乃ちゃん、隠さずに白状しよう。君、実は結構、年いってるでしょう?」
「失礼な。確かに若年寄とあだ名を賜ったことはありますけど、まだ若いですよ?」
「賜ったんだ? 命名した子の気持ちが、すっごくよく分かるよ」
「なんと?! ムダイさん、失礼ですよ?」

 とんとんと進む会話だが、この世界のカップル二組は付いていけない。全員ぽかんとして、飛び交う言葉のボールを、首を振って追いかける。
 誰もキャッチすることも、打ち返すこともできなかった。

「ムダイさんって、こんな人だったんだ」

 ぽつりと、冒険者仲間だったナルツの口からこぼれ落ちた。

「で、結論は?」

 混沌とし始めた室内を落ち着かせるように、アルフレッドが声を上げる。

「雪乃ちゃんが変わり者だと、改めて理解しました」
「ムダイさんが自意識過剰なだけですよ」

 呆れ顔のムダイに、雪乃はぷんすか怒る。
 とりあえず、二組のカップルたちは、この意味不明な会話が魔王とはまったく関係ないことだけは、理解したようだ。
 アルフレッドに至っては、無理に聞き出そうとしたことを本気で後悔し項垂れてしまい、フランソワから憐憫の眼差しを送られていた。



「男爵令嬢ユリアさんの予言ですけど、正しいとも正しくないとも言いがたいですね。彼女はそうだと信じていますが、この予言が本当なら、すでに魔王は現れているはずです」

 疲れたように肩を落としながらも、ムダイは男爵令嬢から仕入れた内容を皇太子に報告する。

「ああ、それも理解している。だが兄たちを唆した当時の彼女の発言は、確かに予知と言っても差し支えないものだった」

 話によると、男爵令嬢の未来予知らしき発言が外れ始めたのは、問題が発覚し、捕らえられてからだという。
 精神的なショックで力を失ったのかと考えられていたそうだが、魔王や勇者に関すること以外では的中する予言もあったため、全ての力を失ったとも言い辛いそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。