上 下
240 / 402
ルモン大帝国編2

275.もしもノムル・クラウ殿が

しおりを挟む
「質問に答えてほしい。もしもノムル・クラウ殿が世界を滅ぼそうとしたら、君はどうする?」

 予想外の問い掛けに、雪乃は視界を丸くして、まじまじと皇太子を見詰めた。それから、

「とりあえず、飛び蹴りして罵倒して、落ち着かせます」

 と、素直に答えた。
 静かだったはずの部屋に、なぜか更なる沈黙が落ちる。
 男たちは額を押さえて項垂れ、女たちは瞼を伏せて下を向く。
 何か間違ってしまったのだろうかと、雪乃は一同を見回し、それからふむうっと幹を傾げて考えた。
 だが特に間違った答えは言っていないと、結論付ける。

「雪乃ちゃん、たぶん、そこじゃない」

 心を読んだムダイからツッコミが入ったが、雪乃はやっぱり理解できずに、幹を傾げることしかできない。

「そうは仰られても、ノムルさんと戦っても勝ち目はありませんよ? 世界を滅ぼそうとするなんて、どうせ頭に血が上って血迷っているときです。ショックを与えて意識をこちらに戻して、きちんと説得しなければ」

 言いながら、雪乃は気持ちを新たにする。
 冗談ではなく、あの魔王様は、うっかりで世界を滅ぼしかねないのだから。

「君たち親子って、どういう思考回路をしているの? ノムルさんの影で気付きにくいけど、雪乃ちゃんもぶっ飛んでるよね?」
「なんと?!」

 ムダイの言葉に、雪乃はがく然としてふるふると震える。

「私は常識あるじゅ、いえ、ただの子供です。ノムルさんと同一視されるなんて、非常に不服です」

 悲痛な声で訴える雪乃だが、同調してくれる人間は、この場にはいなかった。
 ショックを受けて萎れる樹人の子供を慰めてくれる者も、ここにはいなかったのであった。

「なんという屈辱でしょう」

 項垂れる小さな子供の姿に心は痛むが、全員がムダイに軍配を上げた。


「えっと、とりあえず、君に危険思想は無いと確認できたということで、この話は忘れよう」

 皇太子アルフレッドは、先のやり取りを無かったことにすることで、淀んだ空気を振り払うという力技に出たようだ。
 それで良いのかと思いつつも、全員一致でこの案を受け入れる。

「改めて、座ってくれ。ユキノ嬢もそちらの席へ」

 促がされて、落ち込みながらも雪乃はソファに上る。
 全員が座ったのを見計らい、アルフレッドは口を開く。

「時間が限られるので率直に話そうと思う。君たちの人となりは、騎士ナルツとパトから報告を受けているから、腹の探り合いに時間を割く気は無い。これから話すことは他言しないように」

 重々しい口調に、雪乃たちも真剣な眼差しを返す。
 同意と受け取ったアルフレッドは、一つ頷いてから話し始めた。

「まずはムダイ殿に問いたい」
「なんでしょう?」

 先ほどの崩れた口調も表情も、すっかり無かったものとして、ムダイは余裕の笑みで応じる。

「『プレイヤー』とはなんだ?」

 余裕の笑みは、固まった。雪乃は巻き込まれたくないとばかりに、そうっと視線を逸らす。

「冒険者ギルドの依頼のことですね? 僕も依頼されて探していたので、依頼主の許可無く口外することはできません」

 すぐに取り繕ったムダイは動揺を押し隠し、ゆったりと出任せを答えた。
 皇太子はムダイの瞳を正面から見据える。だが答えを引き出せないと感じたのか、目を細めると質問を変えた。

「ではこれから私が口にする言葉で、耳にしたことのある言葉があれば教えてほしい」

 わずかに沈思した後、ムダイは了承した。
 皇太子は口を開き、一つ一つの単語をゆっくりと紡いでいく。
 微笑みを保っていたムダイの表情が、次第に引きつっていった。雪乃もまた、皇太子の唇の動きを、まじまじと見つめてしまう。

「……カクレキャラ、ハーレムルート、マトメサイト、チャラオ、ハラグロショタ……」

 金髪碧眼の完璧皇子から次々と出てくる単語に、元日本人二人の精神はぐったりだ。白旗を上げることが許されるなら、すぐにでも上げてしまいたい。

「ちょ、ちょっと待ってください」

 表情を隠せる雪乃より先に、表情筋が限界を迎えたムダイがギブアップした。

「ご存知か?」

 にやりと、アルフレッドの口角が上がる。
 ふるふると震える雪乃は、巻き込まれないようにソファの肘掛の陰にそっと身を縮めて、気配を消した。

「すみません、それは一人の人間から?」
「ああ、そうだ」
「女性ですか?」
「へえ? 今の単語でそこまで分かるんだ?」

 にこにこと笑っているアルフレッドだが、その目はまったく笑っていない。獲物を見据える猛禽類のように、ムダイを凝視している。

「ちなみにその女性は、この国の誰かに言い寄ったりは?」

 苦しげに発せられたムダイの問い掛けに、皇太子夫妻は視線を交わす。

「あなたもよくご存知の男達よ。フレック、マグレーン、そしてナルツ。後は第一皇子のレオンハルト殿下」
「フレック、マグレーン、ナルツ、レオンハルト殿下……。えー……?」

 ちらりと、ムダイの視線が雪乃に向かう。巻き込まれまいと、小さな樹人は更に小さくなって、肘掛の陰に身を隠した。
 だがムダイは、隠れる雪乃を逃さない。

「雪乃ちゃん、なんだか分かる?」
「存じません」

 きっぱりと答えた雪乃を、ムダイは胡乱な目で見つめていたが、力にはなってもらえないと理解したようで、情けなく呻いて頭を抱える。
 悲壮感あふれる姿を醸し出す赤い男に、雪乃も少しばかり同情の気持ちが生まれてきて、肘掛から顔を出すと、

「もっと他の単語は無いのでしょうか? 例えば、物語の題名のような」

 と、助け舟を出してみた。
 わずかに眉を跳ねて雪乃を見たアルフレッドは、柳眉の間に皺を寄せ、顎に手を添えた。

「そうだな、『ファーストキッスはルモン味』だったか」

 思案顔で絞り出されたアルフレッドの重々しい声に被さるように、ぷふうっと吹き出す音が二つ、発せられた。

「も、申し訳ございません」

 一方は、ふるふると震えながらも、必死に笑いを押さえ込んで謝罪する雪乃。
 そしてもう一方は、

「や、やめて、アルフレッド。真剣な顔でそんな台詞」

 フランソワだった。
 小さな子供と愛する妃に笑われて、アルフレッドは赤面して眉間の皺を深くする。屈辱に耐えるように握り締めた拳が、膝の上で震えていた。
 この場で最も身分の高い皇太子が辱められている状況に、ローズマリナとナルツは、どうしたものかと目を見交わす。
しおりを挟む
感想 933

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな

しげむろ ゆうき
恋愛
 卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく  しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ  おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。