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ルモン大帝国編2

268.握りこまれた扇がミシミシと

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「自国の恥を晒すようだが、六年ほど前に、皇太子となるはずだった第一皇子やその側近達が、一人の悪女に誑かされて国を乱したことがあったのだ。あのままだと、我が国は大きく国力をそがれていただろう」

 ソファの背もたれに体を預けた公爵は、眉や額に深いしわを寄せる。公爵夫人も扇で口元を隠しているが、握りこまれた扇がミシミシと音とを立てていた。

「現皇太子である第二皇子殿下とナルツ殿が、女の本性を暴いたことで事を収めることができた。その件で王太子殿下はナルツ殿を高く評価し、近衛になるよう何度も誘いをかけていた」

 ちらりと、公爵の目がナルツを射る。
 ナルツは苦笑を浮かべて曖昧に濁しているが、皇族からの誘いを蹴るなど、不敬に問われかねない。ローズマリナは心配そうにナルツを見上げた。

「今回ようやくナルツ殿が皇太子殿下の誘いを承諾したとの事で、気が変わらぬうちに、爵位を与えて取り込むことになったわけだ」

 公爵はにやりと口角を上げて、ナルツとローズマリナを交互に見る。
 ローズマリナは驚き通しだ。離れている間に、想い人は他国で高い評価を受けていたのだから。

「そんなわけで、ナルツ殿とローズマリナ嬢の婚姻を成立させるために、皇太子殿下夫妻を中心に動いている。なに、国力の差もあることだ。まず問題なく婚姻は結べるだろう」

 かかと公爵は愉快そうに声を上げて笑った。
 雪乃も嬉しそうに葉をきらめかせる。

「良かったですね、ローズマリナさん、ナルツさん」

 ぽかんっと口を開けて目を瞬いていたローズマリナは、雪乃の言葉にはっと正気に戻り、笑みをこぼした。その目には、涙が浮かんでいる。

「ありがとうございます、アークヤー公爵様。ありがとう、ユキノちゃん」

 涙に濡れるローズマリナの肩を、ナルツが優しく抱き寄せる。

 ローズマリナが落ち着いたところで、雪乃はポシェットの中から、小さな包みを取り出した。

「ローズマリナさん、ナルツさん、これ、お祝いです」
「ありがとう。なにかしら?」

 雪乃から包みを受け取ったローズマリナは、その場で包みを開く。ナルツも恋人の手元を覗き込んだ。

「あら、可愛いハート型の魔石ね。こちらの魔法石は何かしら?」

 出てきたのは、小指の爪にも満たない、小さなハート型をした透明な石だ。それと銀色をした、小指の先ほどの小さな魔法石だった。

「もしかして、双子石かしら?」

 ローズマリナの掌に乗るハート型の魔石を目に留めた公爵夫人が、目を輝かせてはしゃいだ声を上げた。
 先ほどまでの落ち着いた雰囲気はどこへやら、身を乗り出して凝視している。

「何だ? それは」

 双子石を知らないらしいアークヤー公爵が、夫人に問うた。

「これだから殿方は無粋でいけないわ。双子石というのは、コダイ国で産出される愛の石よ。想い合う恋人が二人で魔力を込めると、赤く色を変えると言われているの」

 頬を赤く染めてうっとりとした表情で語る公爵夫人。女性は幾つになっても、恋に恋する乙女なのかもしれない。
 公爵夫人の説明を聞き、ローズマリナとナルツの視線が、雪乃へと向かう。雪乃は肯定するように、幹を縦に振った。
 恋人たちの頬も赤く染まり、笑みが浮かぶ。

「さあ、さあ、見せてちょうだい。あなた達の愛の印を!」

 ソファから立ち上がって二人の傍まで来た公爵夫人は、糸状の目がわずかに開き、ギラギラと双子石を見つめている。
 対するローズマリナとナルツは、公爵夫人のあまりの勢いに、ちょっと引き気味だ。

「そんなに素晴らしい石ならば、お前とフランソワにも取り寄せよう」

 妻の威勢に驚いていたアークヤー公爵だったが、微笑を浮かべて執事に命じ始めた。しかしその心遣いに対し、公爵夫人はぎらりと目を光らせて仁王立ちすると、夫に向かって言い放った。

「駄目よ! 双子石は別名『別れの石』。本当に愛し合っていなければ赤く染まらず濁り、恋人たちは別れてしまうのよ?!」

 ぴしりと、空気が固まった。
 全員の視線が双子石に集まり、それから雪乃へと向かう。

「ええっと、たしかに想いによって色が変わるそうですが、別れるとは聞いていません。それにローズマリナさんとナルツさんなら、赤く染まるはずです」

 凍りついた眼差しにたじろぎながらも、雪乃はローズマリナとナルツへ、期待の眼差しを向ける。
 雪乃の発言により、その場の視線はローズマリナとナルツへと移った。

「私は一欠片の迷いもなく、ローズマリナ様を愛していると誓えます」

 ナルツは真摯な瞳でローズマリナをひたと見つめると、愛の言葉を告げた。頬を赤く染め、ふわりと顔をほころばせたローズマリナもまた、愛を返す。

「私も、ナルツ様だけを愛しておりますわ。全てを捨てて、こんなところまで追いかけてきてしまうほどに」

 二人の甘い雰囲気に、室内に感嘆の吐息があふれる。

「いいわ。究極の愛だわ。私もこんな恋愛をしたかった」

 ぐっと拳を握り締めて漏らした公爵夫人の言葉に、アークヤー公爵の顔が、とても気の毒なくらい崩壊していた。

 互いの愛を目と言葉で確かめ合ったローズマリナとナルツは、改めて双子石に向き合う。
 ローズマリナの掌に小さな双子石が乗り、彼女の手ごと包むように、ナルツが手を重ねる。
 見つめあいながら、二人の魔力が小さな石に流れ込んでいった。
 しばらくしてナルツが手を離すと、小さなハート型の双子石は、二つの楕円形の魔法石へと変わっていた。その色は、

「青?」

 公爵夫人の眉根がものすごく寄って、ローズマリナの手に目がくっ付かんばかりに近付いて、魔法石を凝視している。
 ローズマリナとナルツも困惑顔だ。他の面々も、戸惑いを隠せない。

 そんな中、雪乃はきらきらと葉をきらめかせて、ローズマリナとナルツを見つめる。カイも表情を緩めて、雪乃の頭をぽんぽんと撫でていた。
 当然のように、大人たちの視線は雪乃へと向かう。

「青色は、『決して離れることの無い、究極の愛』だそうです。滅多に現れない伝説的な色で、強力な守護の加護を持つ魔法石にもなるそうですよ」

 石屋の店主から聞いた言葉を雪乃が伝えると、一緒に聞いていたカイも首肯した。
 一同は驚きに目を見合わせていたが、すぐに破顔していった。
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