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旅路編

261.雪乃は見つけたのだ

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「ああ、マロマシュだね」

 ノムルがその正体を見破った。
 ラジン国北東にある国境の町で、雪乃は見つけたのだ。魔法ギルド総帥である彼が知っていても、不思議ではないだろう。
 店の人に作り方を尋ねると、企業秘密だと言われたのだが、雪乃のほうから大雑把な作り方を耳打ちすると、渋々頷いた。それにより、地球のマシュマロと似たものだと確認が取れたのだった。

「ノムルさんはどのようにして食べますか?」
「そりゃあ、そのまま」

 と、一つ摘まむと口にぽいっと放り込んだ。
 その食べ方を見て、雪乃は満足そうに葉をきらめかせる。
 ローズマリナにも一つ差し出して、食べてもらう。それから綺麗に洗った細めの枝を取り出すと、マロマシュを刺していく。

「何してるの?」

 面白そうに雪乃の枝元を覗くノムルとローズマリナの前で、雪乃はマロマシュを火で炙った。
 じゅっと音がして、マロマシュに焦げ目が付く。
 焦げ過ぎないように気を付けながら適度に焼くと、雪乃はノムルとローズマリナに差し出した。

「熱いですから、気をつけてくださいね」

 不思議そうに受け取ったノムルとローズマリナだが、一口食べて目を輝かせた。

「蕩けて甘くて美味しいわね」
「俺は焦げ目のところが好きかも」

 マロマシュ焼きはこの世界でも好評のようだ。
 雪乃は満足そうに微笑む。
 そんな長閑な三人から少し離れた場所では、カイの指導がどんどん厳しくなっていた。

「だから、どうしてそこに火をつっ込むんだ?」
「その木を今くべても着くはずがないだろう?」
「せっかく移ったのに、どうして崩すんだ?」

 結局、カイの指導を受けながら、なんとかムダイが火を熾すことに成功したのは、ノムルとローズマリナがお茶も終え、雪乃が根を張って夢の中に入った後だった。

「あれ? 僕の魚は?」
「残ってるわけないだろ? さっさと寝るぞー。明日は早いんだからなー」
「ぴー」

 明日乗る機関車の時間は決まっている。
 ノムルとローズマリナも、ムダイは放っておいて眠りに就いた。

「え? 僕、何のために火を着けたの?」
「せっかくだから、軽く手でも炙ってみたらどうだ?」
「何のために?」

 呆然と呟いたムダイは、突拍子もなく出てきたカイの言葉に、訳が分からないとばかりに顔を向ける。

「火を五感で感じたいのだろう? 味覚に関してはよく分からんが」

 なるほどと納得しかけたムダイだが、焚き火を見つめて逡巡する。
 魔法を使えるようになりたい気持ちはあるが、体を炙ったり、火を口に入れるのは、さすがに躊躇われる。
 痛みも気になるが、なんだか変な扉を開いてしまいそうだ。

 ぶつぶつと呟きながら悩んでいるムダイに、さすがのカイも飽きたようだ。適当に身を丸めて眠りに就いた。

「魔法を使えるようになるのって、こんなに厳しいの? 小説とかだと、もっとこう簡単にさ、ゲーム感覚で使えたような?」

 一人悶々と考え続けるムダイに相槌を打ってくれたのは、夜行性の魔物の鳴き声だけだった。

「ぐげげげげ」
「ぐえぐえぐえ」

 Sランク冒険者であるムダイにとっては、全く脅威ではない相手だが、鳴き声は風情も何もなかった。

「アーハッハッハッハー! アーハッハッハッハー!」

 笑い袋のような声まで聞こえてきた。
 火の始末をして、ムダイも眠ることにした。



「おら、とっとと起きろ」

 足蹴にされて、ムダイは目を覚ます。足の持ち主は、もちろんノムル・クラウである。
 珍しく早起きをした彼は、いつも以上に不機嫌だ。雪乃やカイにとっては然して早い時間ではないのだが、寝坊助ノムルには辛い時間だったらしい。
 苛立ちをぶつけるように、げしげしとムダイを踏みつける。

「今日の夕方には、ネーデルに着きますね」
「そうね」

 雪乃の言葉に、ローズマリナはほんのり頬を赤らめている。
 数年ぶりに恋人と再会できるかもしれないのだ。嬉しさは隠しきれないだろう。
 じゃれあう勇者と魔王は放っておいて、常人組は駅へと向かう。

「ユキノちゃん、待ってー」

 気付いて追いかけてきた魔法使いも合流して、四人は駅舎へと入った。起きたばかりのムダイはまだ身形を整えているようだが、すぐに追いつくだろうと、誰も気にしない。

「まったく、もう少しまともな起こしかたはないんですか?」

 駅舎に遅れてやってきたムダイの美顔は、傷だらけだ。雪乃は治癒魔法を掛けてやる。

「起こしてやっただけ感謝しろ」

 上から目線のノムルに呆れながらも、一行はやってきた機関車に乗り込んだ。乗り込むと同時に、執事モドキに朝食を注文する。
 運ばれて来たのは、コンメが浸かるスープと焼き魚、野菜の煮物だった。

「お雑煮みたいですね」
「僕は白味噌派なんだけど、残念ながら見つからないんだよね」

 雑煮もどきの汁は味噌味ではなく、澄まし汁のようだ。

「ミソ?」
「オオメマやムーギーを発酵させて作った調味料ですよ」

 興味を示したノムルに、雪乃が説明する。

「オオメマを発酵させたものなら、我が国にあるぞ?」

 雪乃とムダイが勢いよく首を回してカイを凝視する。それはもう、目からビームが出そうなほどの熱視線だ。
 片眉を跳ねたカイだが、然して気にせず説明を続ける。

「コンメを収穫した後の藁に、蒸したオオメマを包んで、土に埋めて作る」
「おおー!」
「そっち……」

 喜びの歓声を上げる雪乃の一方で、ムダイはがくりと項垂れた。

「それって以前ユキノちゃんが話してたやつ? 美味いのか?」
「コンメとよく合う。臭いが強いので、近付くことさえ嫌がる者もいるが」
「カレーみたいなものか?」

 ノムルが問いを重ねるが、カレーを知らないカイは首を傾げる。

「いやあ、カレーと納豆は全く別ですよ」
「納豆カレーも美味しいと聞きます」

 じとりとムダイは雪乃を見つめる。

「カレーに混ぜてもアレは駄目だね」
「給食に出た日は、山盛りにしてもらっていました。納豆だけでお腹いっぱいです」

 きらりーんっと、葉をきらめかせる小さな樹人。
 好き嫌いの激しい納豆は、食べたがらない生徒が多いため、食べることのできる雪乃の器に盛られていったのだ。

「何その拷問。ありえないよ」
「卵の甘みとピリリとしたスプラウトが、旨味を引き立てます」

 二人の間でしか通じない会話を繰り広げているのだが、噛み合わない元日本人たちである。
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